第二章
超特大の
相変わらず俺たちは、あれから一言も口を利いちゃいないのだ。
ま、世の中そんなもんよ。そうそう変わりゃしねえって。
できる
妹の妙ちきりんな
いきゃあいい……はず、なんだけどなぁ。
もやもやした
「あ~あ、なんだかな」
俺は着席したままのびをして、退屈な授業で
と、さっそく近付いてきた
くいっとかがみ込むようにして、俺の顔を
「なんだか最近、ずーっとだるそうだね──きょうちゃん? お疲れ気味かな?」
「俺がダルそーにしてるのは、いつものことだろう」
首をこきこき鳴らしながら、俺は
眼鏡の幼馴染みは、ふんわりと笑った。
「あはは、
「ふぅん……おまえが言うならそうなんだろうよ」
「投げやりだなあ」
「それこそいつものこった──帰るか」
「うんっ」
俺は
眼鏡をかけているだけあって、こいつはなかなか
外見的には普通。わりとかわいい顔つきをしてはいるのだが、いかんせん地味で
眼鏡を外したら超美人──ということも残念ながらない。
眼鏡を外したこいつは、やっぱり地味で普通なツラであった。
ザ・
それは外見に限らない。
「どうしたの? わたしの顔なんか、じろじろ見て」
「別に? なんでもねえよ。おまえってとことん普通だな、と思ってさ」
「そお? 照れちゃうな、あはは……」
「別に
訂正、普通よりもちょっぴり天然入ってるかもしれない。
「でも、普通っていいことだよね」
などと言う天然地味
凡庸
そういう主義の俺であるから、普通を絵に
俺たちは、並んで廊下を歩いていく。
「それで、どうかしたの?」
「あ? なにが?」
「だからぁ、きょうちゃんが、最近
「ああ……俺がダルそーにしてる理由、な」
俺の異常には、自分よりもコイツの方がよく気付く。自覚はなかったが、こいつがそういうのなら、俺は最近、気怠い毎日を送っているのだろう。となるとやはり、その理由になりそうなのは一つっきゃない。
「おまえにゃカンケーねえよ。気にすんな」
俺はすげなく言って、学生
唇を小さくすぼめ、うらめしそうに見上げてくる。
「関係あるよう、すっごく」
「は? なんでよ?」
「あ、そゆこと言う……? じゃあ、わたしが落ち込んでたら、きょうちゃんは『カンケーねー』って見て見ぬふりするの?」
んー? とふんわり目を細めて
俺はしかめっ
「おまえって……ほんっと、俺のお袋よりも俺のお袋みたいなやつな」
「えっ……大好きって意味?」
「おばさんくさいって意味」
「……えぇ~」
ずーん。
一歩先を行った俺が振り返ると、涙目になっていた。
「ひーどーいー……」
なるほど、実は結構気にしていたっぽいな。それなりに罪悪感も出てきたので、俺は麻奈実がした最初の質問に、できる
「妹さん?」
俺は正面を向いたまま「ああ」と
「妹さんが……どうかしたの?」
「ん……まあなんだ、人生……
俺が言葉を
「きょうちゃんに? 人生相談?」
「……んだよその意外そうなツラは?」
人選誤ってない? みたいな目をすんじゃねえ。俺のジト目に気付いた麻奈実は、
「えっ、わたし、そんな、『
「おまえって、ほんっとウソが
俺はにこやかに
「め、めがね返してよーっ」
めがね、めがねっ……と漫画みたいに
「
「わ、わ」
俺が返してやった眼鏡を、必死になってかけなおす麻奈実。
俺がさっさと先を歩いていると、麻奈実は小走りで追い付いてきた。となりに並んだのを
「……本人は悩んでるみたいだけどな。俺にはどうしようもねえし、ほっとくしかねえよ」
「ふ、ふぅん……」
会話が
その間、唇に人差し指をあて、
突然、「えへー」とゆるゆるな
「
「……どうしてそうなるんだよ。ユル顔近づけんな
「どうにもできなさそうで──でも、なんとかしてあげたいんでしょ」
「はっ」
んなわけあるか。俺は肩を揺らして声を漏らす。だが、
くっ、気にいらん。これだから
俺が返事をしなかったので、そこで
俺たちは
麻奈実とは近所なので、俺ん
校門を出たところで、麻奈実が話しかけてきた。
「ところで勉強は進んでる?」
「全然だな」
「即答できるくらい全然ってこと? もう。じゃあ、
「そうしてくれると助かる。どうにも
「漫画とか読んじゃうんでしょう」
「……
本当にお見通しらしかった。にこにこと笑ってやがる……。
ちなみに俺が目指しているのは、麻奈実と同じ地元の大学である。
少々
「ん、分かった。じゃあ、わたしの家で待ち合わせして、
「お、おお、いいのか? 悪いな」
麻奈実の家は
毎度毎度、年寄り
お袋の味ならぬ、幼馴染みの味ってところか。
「いいよ。妹さんの人生
「……このお
「おまえは、いいお
「……あ、あのさー……その褒め言葉って、『おまえはいい奥さんになるよ。おまえの夫になる男は幸せだな』とか言うもんじゃない?」
「いや、お婆ちゃんで正しいね。
「……褒めてないよね? それ、全然褒めてないよね? ……ふんっ、どうせ色気がないですよーだ。もうっ、きょうちゃんだって、
「おまえにだけは言われたくねえよ!?」
まさかお互いにそんなことを思っていたとは……。わりと似たもの同士なのかもしれん。
そんな会話をかわしているうちに、
目の前の
が、そこでタイミングよく──あるいは悪く──下校中の
「げ」
俺は
丁字路の右手から、制服姿のティーン誌モデル様が歩いていくる。同じ学校の女生徒たちと
ほら、ローティーンばっかを集めた有名なアイドルグループがあるだろ? あいつらが、セーラー服着込んで、きゃらきゃら
「………………」
俺たちは立ち止まったまま
「はぁ~……」
そんな
「いまの、すっごくかわいい
「婆さんや、自分が女子高生だってことを思い出しなさい。もの忘れ
もはやフォローしきれないレベルで言動がババア。どうにもならんな、こいつ。
「分かってますよう、お
「……いいよ別に……おまえはそのまんまで」
おまえまで
俺は、
ふん。俺も
分かってるさ、ちくしょうめ。
それからさらに数日後。俺は、しばらくぶりに妹と言葉をかわすことになった。
……えーと、なんかこいつに悪いことしたかな、俺?
「……ちょっと来て」
「な、なんで?」
内心ビビりながら問うと、桐乃は俺を流し見たまま、
「人生
単語ブツ切りで
これから人にモノを
「続きっておまえ──」
「……いいから、早く来てよ」
と、桐乃は俺がろくに靴も脱いじゃいないうちから、
「ったく、相っ変わらず
人の好い俺は、桐乃の
そうして
相変わらず甘ったるいにおいのする部屋だな……。ちなみに麻奈実の部屋は、いつ行っても
先んじて部屋に入った桐乃は、パソコンデスクの
妹の
「ここ、座って」
「あ、ああ」
俺は素直に、妹の指示に従った。桐乃は、椅子に座った俺のすぐ
たくさんのネコ耳少女たちが、お茶の間でくつろいでいる
そんなかわいいデスクトップの
「……ずいぶんと
「まあね。スキンを変えて、かわいいランチャー使ってドレスアップしてあるんだ。基本でしょ、こんなの」
得意げに
……つーかこういうのを見せびらかしたがるのは、オタクも女子中学生も変わらんな。
「そんで? 俺にこれを見せて、どうしようってんだ?」
「あっきれた。……まだ分かんないの?」
分かるかよ。桐乃は、俺のすぐとなりから、
「……ゲームよ、ゲーム。これから
「はあ? ゲームって……俺とおまえが?
「……そ、そう」
さっぱり分からん。どうして俺が、別に仲いいわけでもねえ妹と二人で、並んでゲームをせにゃならんのだ。対戦にしろ何にしろ、気まずいだけだろうによ。
「自分で言ったんじゃん。できる
「いや、親にバレねえよう協力するっつったんだぞ? 俺は。だいたい人生
「ひ、必要なことなの! いいから、はいコレ持って──」
「お、おい……」
いきなりテンション高くなってきたなコイツ……。
冷めていて、投げやりで、斜に構えて……妙に反抗的で。
流行の服着て、流行の
それがイマドキの中学生が考える『イケてるあたし(死語か?)』像なのかもな。
その生き方が良いとか悪いとか、
でもさあ桐乃……おまえ、そういうのより、友達とゲームやったりしたいんじゃねーの?
「……なに見てんの? なんかむかつくんですけど」
「別に?」
やれやれ……。しょうがねえな、ちっとくらい付き合ってやっか──。
俺は内心で兄貴風を吹かせ、ゲーム画面に切り替わったディスプレイを見た。
ぴっろりん。
『いもーとめーかぁいーえっくす♪ ぼりゅーむふぉーっ!
──おかえりなさい、おにーちゃんっ。妹とぉ……恋しよっ♪』
「
キレていい。いま、俺は絶対キレていい。そもそもリビングのテレビじゃなくて、
『わかってるとおもうけどぉ──おにーちゃん? このゲームにとうじょうするいもーとは、みぃんな18さいいじょうなんだからねっ』
うるせえ、おまえもちょっと
俺はズキズキ痛むこめかみを押さえながら、桐乃に向き直った。
「お、おまえな……」
「なにいきなり
詰め寄った俺に、言葉の毒ナイフをぐさぐさ
「……おい、どうした?」
「……やっぱ、バカにしてんじゃん」
「は? 何が?」
「結局……口だけなんでしょ? やってもないうちから
「あ、あのなあ……そうじゃなくて……っ」
俺はマウス片手に頭をくしゃくしゃかきむしった。
「バカにするとかじゃなくて! おまえの前でコレをやるのが気まずいんだっての! 分かれよ! お茶の間でドラマ見てる最中、キスシーンになるどころの
「……なにそれ? なに言ってるか、ぜんぜん分かんないんだケド」
まさか……本気で分かってないのか? つうか、俺が変なこと言ってるのか?
いや、だってさあ。俺はディスプレイを指差して言う。
「俺もぜんぜん詳しくないが、恐らくコレは、仮想の妹と仲良くして、どうのこうのっつーゲームだろ? そんでもって男向きの18禁ゲームだろ? ってことはだ、当然の
そこまで言ったところで、桐乃が、怒った顔のままびくっと反応した。
「おまえ、俺と一緒にそういうシーン見てて、何とも思わねえの?」
「あっ……」
口を大きく開けた桐乃の顔は、『言われていま気付いた』とばかりに
「あ、あたしは、そういうの……
「むう……」
なるほど、問題点が見えてきたぜ。たぶんこいつ、『18禁だから』『そういうシーンがあるから』、こういうゲームをやってるわけじゃねーんだ。こいつが言う『妹が好き』ってのに、エッチなことしたいって意味は含まれてない。まあ、女だから当たり前なんだろうけど……。
とにかく、んなもんだから……
「ふ──、分かった
『画面を、やさしぃく、くりっくしてねっ♡』
「だからうるせえっての!? いいタイミングで話のコシを折るんじゃねえ!」
ディスプレイに突っ込み入れちゃったよ……どんだけ混乱してるんだ俺は。
いかん、落ち着かねば……
「……ちょっとぉ、しおりちゃんを
「おまえも現世に戻ってこい。それは絵だ」
「絵って言うな!」
しまった、不用意な発言だったか……。なんつー顔で
あーもう、ったく、なんだかな……。どうすりゃいいんだ。
俺は
「悪かった。よく知りもしねーで適当なこと言ったな、俺。別に、おまえのやってることを否定したり、バカにしたりするつもりはこれっぽっちもねーんだよ。それだけは
「…………」
唇を
「でもな、その、いきなりこのゲームはハードル高いと思うんだ。ホラ、俺、まだ十七歳だしさ。バカにするつもりは全然ないけど、無理なんだって。……いや、分かるよ? たぶんメチャクチャ
「………………いくじなし」
そんな
「はぁ」
盛大にため息をつかれた。ため息つきたいのは俺の方だ。
さらに
「じゃ、宿題ね?」
「しゅ、宿題だあ?」
「そう。ようするに、あたしのとなりじゃ、コレ、やりたくないんでしょ? だから、宿題。あとでノートパソコンと
「…………」
これ、断ったらまた、バカにしたとかなんとか言うんだろうな……。
「……わーったよ、やりゃあいいんだろ? やりゃあ……」
「そーゆうコト」
桐乃は得意げにマウスを
『──おにーいちゃんっ♡ ぜぇ~ったい、またあそんでネ? ばいばーい♪』
「へーいへい。ばいばーい……」
おまえは偉いよ。
俺の妹なんか、そんなふうに呼んでくれたこと、一度たりともないもん。
翌日の夕方、俺が冷たい飲み物を求めてリビングに入ると、桐乃と
ヤツは、例のごとく
まさしく姫。妹とはいえ、俺のような一般人は、話しかけることもままならないのである。
だからなんだっつーわけでもない。最近ちっとばかし話す
「…………」
俺は桐乃を遠目に眺めながら、グラスに注いだ麦茶を飲み干す。ふぅ、とひと
「──ねぇ」
「……な、なんすか?」
ぎぎぎ、
桐乃は雑誌に目を落としたまま、短く問うてくる。
「やった?」
「…………えーと。…………なんのことっすかね?」
質問の意図が分からないことをアピールすると、
「やってないんだ?」
「……え~~と……ね?」
な、なんで分かったんすか?
うおお……
「なんで? 宿題だって言ったよね、あたし? どうしてまだやってないの?」
なんで? なんで俺は、借りたエロゲーをやってないという理由で、妹に説教
俺の人生、いったいどうなっているの? ……つうかね! ぶっちゃけ、やるわきゃねーだろっちゅー話ですよ! なにが
「いやだって……な? ホラ、俺、初心者だし? 説明書見ても、やり方がよく分かんなくってさぁ」
俺は半ば涙目になりながらも、苦しい
すると桐乃は半ギレのままで、「それならそうと、さっさと言いなさいよ」と言い捨てた。
「はぁ……じゃあたしが
俺は妹に
「だ、だから……おまえのとなりじゃやりたくないっつっただろ、
「あーはいはい。ったく、わがままばっか言うんだから……とにかく来て」
クソ、なんで俺がこんなこと言われなくちゃいけねーんだ? それは俺の
階段を上り切り、例のごとく妹の部屋に連れ込まれる。
桐乃はパソコンをスタンバイから復帰させるや、こう言った。
「……仕方ないから、
「んなもんがあるなら最初から出せや!?」
「──全然分かってない。全年齢版と18禁版では同じタイトルでも、違うものなの」
この会話にちゃんと付き合ってあげる俺って偉いよな?
「はあ……でも全年齢版ってことはさ……単にエロいシーンカットしただけのモンじゃねえの?」
「そんなこと言ったら文章書いてる人にも、ファンにも失礼。二度と言わないで。……あたしは大抵18禁版でやったゲームがコンシューマとかで全年齢版になってリメイクされると、一応そっちもやってみるんだけどさ。よく『なーんか違うなー』って思うんだよねー。なんて言うの? どっか物足りないっていうか……あたしは
「ふーん」
サッパリ分からん。
「ヒロイン
んなこと、
「
「……じゃあなんで、いま全年齢版とやらを用意してんの、おまえ?」
「だーかーらー。自分がやり方分かんないって言ったんじゃん。ありがたく思いなさいよね、ちゃんとあたしが教えてあげるから」
ありがたくねえ──。
ちくしょう……。やっぱり、やんなくちゃならねーのかよ……コレ。
俺はマウスを構え、ゲーム画面に切り替わったディスプレイと向き合う。
例の
タイトルの下では『画面を、やさしいく、くりっくしてね♡』の文字が点滅中。
妙に口数が増えてきた
「じゃ、スタート。まず名前を入力して……ちょっと、なにデフォルトの名前で始めようとしてんの? 本名入れなさいよ本名」
「ほん……みょう……だと……? ……それは、なに? 絶対入力しないとダメなの?」
「は? 当たり前でしょ? 妹たちが自分の名前を呼んでくれるところが、キモなんだから。ホラ、さっさと、はい」
「クソッ、やりゃあいんだろ……やりゃあ……」
ヤケクソになる俺。初めての妹ゲーで本名プレイとか……ハードル
このあたりで『妹と恋しよっ♪(全年齢版)』とやらの基本システムについて、
ほんのさわりだけになることは
こほん……このゲームでプレイヤー・つまり俺は、主に画面下部のウィンドウに表示されるテキストを、マウスの左クリックでスクロールさせて読み進めていく。桐乃の説明によれば、
「ま、オーソドックスな
ということらしい。説明書をチラ見したところによると(たったいま取り上げられてしまったが)、基本となるプレイ画面はこのテキストウィンドウと、背景画像、そしてキャラクターの立ち絵の三つで構成されているようだ。
なお特殊なイベントシーンになると『イベントCG』と呼ばれる一枚絵が、『背景画像・立ち絵』に取って代わり、ゲームを盛り上げてくれるというシステム。
シンプルなシステムだし、
ふーん、ま、これくらいなら
名前入力を終え、ゲームをスタートさせると、まずは青空を背景に、主人公のモノローグが始まった。
俺の名前は、
……つまらん男だなー。いきなり自分で平凡とか……おいおい(苦笑)。
せっかく俺の名前を付けてやったんだから、もうちょっと気の利いたこと言えや。
俺のネガティヴな感想を
「あのね、こういうゲームの主人公って、プレイヤーが感情移入しやすいように、たいてい平凡で地味な性格に設定されていることが多いの。あと、
「ふーん」
……自分のことを言われているわけじゃねえはずなのに、妙に胸がズキズキと痛むのは、なんでなんだろうな。同姓同名だからなせいか、まるで他人とは思えん。
よし、つまらん男と言ったのは
しっかし……この手の話題になると、
俺は桐乃の楽しげな解説を聞きながら、クリック、クリック、クリック、クリック…………
平凡で地味なモノローグが終わり、画面が暗転。ちゅんちゅん
京介「ふぁ~~……よく寝たなぁ。
さて、ゲームテキストをそのまま表記していくのもなんだ、要約して説明するとだな。
このゲームの本編は、主人公・京介が自分の
京介「うわっ……し、しおり……?」
がばぁっ。あわてて起き上がる。ぱちぱちとまばたき。
ん? 妙に反応が
おいおい、もっと身の危険を感じろよ京介。寝ぼけてんのかおまえ──。朝起きたら、妹が
ちなみに、しおりとやらの見てくれは、黒髪ツインテールの気弱そうなチビガキである。
この前、
「ねぇ、ねぇ、すやすや無防備に眠ってるところ、どう? びっくりしたっしょ?」
「いや……どうだろう、な。……ふ、普通?」
イベントCGを絶賛している桐乃に、
クリックしてテキストを進めようとすると──ぽこん、画面中央に新しくウィンドウが開く。
「お?」
「それが
「ふーん? ……で、じゃあ、どれを選べばいいんだ? 三つくらいあるけど」
「は? そこは自分で決めなきゃゲームの意味ないじゃん。大丈夫だって、このゲーム、選択肢すっごく
軽く言う桐乃。なるほど、それもそうだな。
俺は主人公が取るべき行動を選択することにした。えーと……なになに?
すやすや眠るしおりを、俺は……
1.ぎゅっと
「却下だな」
死ぬつもりか? 妹の寝込みを抱き締めるとか、狂気の
2.起こしてしまわぬよう、そっと
「ふむ……」
3.
ドゴッ!(画面が振動するエフェクト)
京介「おい、勝手に人の布団入ってくんじゃねーよ! さっさと起きろバカが!」
よし! 適切な行動だ。それでこそ兄。ふん、なかなかいいゲームじゃねえか。さてお次は、
「しおりちゃんになんてことすんのよッ!?」
ドゴッ! 現実の妹から
「ってぇな!? いきなりなにすんだ!?」
起き上がるなり文句を言った俺を、
「なにすんだはこっちの
「いや……その……まずは妹に、なめられねーよーにと……ね?」
「はぁ? なんか言ったいま?」
「なんでもないっす」
弱っ! 俺、弱っ……。ったく、こっちの妹は
俺は蹴っ飛ばされた
しおり「ご、ごめんね……ごめんね京介おにいちゃん……ひくっ……わ、わたし……ゆうべ……ひとりじゃねむれなくって……それで……そのぉ……」
京介「はぁ? なんか言った?」
しおり「ひぅ……な、なんでもないよう…………え、えへへ! おはよ、おにーちゃんっ」
しおりは、俺が蹴っ飛ばしてやった
「いやな野郎だな、この主人公」
「自分の選択の結果でしょっ!? つか、こんなシナリオあったんだ! こんな選択肢絶対選ばないから初めて知ったんだけど! ……あーもぅっ……かわいそうじゃん、しおりちゃん」
ゲーム開始早々ひどい扱いを受けているヒロインをあわれむ桐乃。
でもおまえ、たったいま、俺に似たような台詞言ってたよね?
ゲーム開始早々、朝っぱらから
そこでは、主人公を
「なぁ桐乃? こいつら似てないにもほどがあるだろ。どう見ても血ぃ
「しょうがないでしょ。ヒロインごとに描いている人が違うんだから」
ぴっろりん。画面が食卓を
「お? またなんか画面変わったぞ?」
「それはイベント
「ふーん。ところでさっきから言ってる『好感度』ってなに?」
「妹が兄をどれだけ好きかってのを、数値化したパラメータ。これが一定数値以上じゃないと見られないイベントとかあんの。もちろん個別エンディングもそう。だから基本的には、攻略したい妹とのイベントをいっぱい見て、好感度を上げていくのがクリアのコツ。ちなみに複数の妹の好感度をたくさん上げておくと、バレンタインとかで特殊イベントが発生しやすくなるから絶対押さえておくべきね」
さっきからこいつ、説明に
「そ、そうか……ところで聞くけど、おまえの俺への好感度はいくつ?」
「……聞きたい?」
「いやいい」
その表情だけで聞かなくても分かったわ。俺の人生で、妹の好感度が一定数値以下じゃないと見られない特殊イベントが発生しまくっていることもな。
「ま、だいたい流れはこんな感じ──分かった?」
「おう」
俺へのチュートリアルを終えた
「感想は?」
「まだなんともいえん……始めたばっかだしな」
「そ、そっか……そだよね……」
正直に言うと、少なくともこのゲームは、俺には合わないと思う。
なんつったらいいのかな……妹不信? たとえばの話さ、桐乃が兄貴を攻略するゲームをやったとして、純粋に楽しめると思うか? 無理だろたぶん? そういうことなんだって。
けどまあ、一度やるっつっちまったしな。この一作だけは最後までやってやるか。
などと思っていたのだが、
「うーん、じゃあ次は何がいっかなー」
楽しそうにフォルダを展開して、ポインタをさまよわせている
「…………」
恐ろしくて聞けないが、たぶんそうだろう。さすがにそれは
ただ、桐乃が俺に妹ゲーをやらせたがる理由は、なんとなく分かるんだよなあ……。
「なぁ……桐乃」
「なに? どしたの真剣な顔しちゃって?」
「おまえさ……学校で、
聞くと、桐乃はぽかんとした表情になって、それからさっと
「…………どっちでもいいでしょ」
「そうか」
この前、桐乃が同級生と一緒に歩いていたシーンを思い出す。……あの連中は子供向けアニメ見たり、妹ゲーやったりはせんだろう。
それこそちょっと前までの俺が抱いていた、妹のイメージだ。俺が桐乃の立場だったとしても、同級生に自分の
「じゃあ学校じゃなくてもいいや。……おまえと同じ趣味持ってて、気兼ねなくゲームやらアニメの話ができる友達、いんのか?」
俺の二つめの問いにも、桐乃は首を
「…………どっちでもいいじゃん」
「そっか」
そう、だからこいつは、俺に自分と同じ趣味を
単なる口実だとばかり思っていたんだけどな……そうじゃなかったのかもしれん。
「なに……? バカにしてんの?」
「そうじゃねえよ」
そうじゃねえ。なんとかしてやりてえって、思ったんだ。
けっ、俺だって、これ以上おまえなんぞの趣味に付き合いきれんからな。代わりに
「
「──友達、作るか」
「は、はあ?」
桐乃は目を真ん丸にして
上等だぜ。俺はいつものやる気なさそうな表情で、妹を流し見る。
「人生相談っつったのはそっちだろ? そんならアドバイスくらい聞いとけよ」
にやり。俺は不敵な
「ほら、そこ座って」
「………………」
桐乃はなんだか文句ありそうな顔で
まあいい。とりあえず、聞く気はあるとみなす。
「おまえ、この前言ったよな? 『あたし、どうしたらいいと思う?』って。で、そんとき俺は、ろくなアドバイスもしてやれなかった。だからいま、答えるぜ。──おまえは友達を作れ」
「友……達?」
「そう。おまえと似たような
「……つまり、それって……オタクの友達を作れってこと?」
俺は
「…………」
ベッドに腰掛けている桐乃は、唇を
やがてこう
「……やだよ……オタクの友達なんて。
「そりゃまた、ずいぶんとおかしな話じゃねえの。──てめえだって立派なオタクだろ?」
「……ち、ちが……」
「違うのか? じゃあなんだってのよ? なぁオイ、言えるもんなら言ってみ? ホラ」
このとき俺は、妹の態度にわりと本気でムッとしていたので、あえて追い詰めるような言い方をした。桐乃は
俺は舌打ちをした。
「口だけなのも、オタクをバカにしてるのも、おまえの方じゃねーか。俺は言ったよな? おまえがどんな趣味持っていようが、絶対バカになんてしねーってさ。──じゃあおまえはどうなんだ。おまえと同じ
「──────」
「──それは
……
桐乃は盛大に舌打ちをした。俺のお株を奪うほどでかいやつだ。だからおっかねえっての。
「バカにしてるわけじゃないもん! あたしは、
「世間体だあ?」
「そう、世間体。あたしは
言ってもいいんだ……。女子中学生の
ドン引きしている俺に向かって、桐乃は胸を張って言う。
「もちろん、ガッコの友達と
桐乃は堂々と胸を張った。
「でも、オタクが世間から白い目で見られがちだってのも、よく分かってるつもり。……日本で一番オタクを毛嫌いしてる人種って、なんだと思う?」
女子中学生。自分がそうだから、よく分かるんだろうな、こいつは。
「ええと……何が言いたいかっていうと……その……つまり、両方があたしなの」
気持ちを伝えるのに適当な言葉が見付からず、もどかしそうにしている桐乃。
アニメが好きだし、エロゲーを愛している。でも、学校の友達と一緒にいるのも好きだから、どちらかを選ぶなんてできない。女子中学生としての自分、そしてオタクとしての自分。両方を合わせたものが自分なのだ──桐乃はそう言いたいのだろう。たぶん。
「でも──それはそうなんだけど、だからこそ……家族はともかく、同級生にバレるのだけは絶対ヤダ。そんなことになったら、もう学校行けないもん」
世間体。社会人と同じか、それ以上に学生にとっては重要なもんだ。クラスっつー集合体の
世間体を気にするのは、誰だって当たり前だよな。
趣味と世間体の板挟み。誰にも
OK、問題は把握したぜ
「つまりおまえ、同級生にバレさえしなきゃ、オタクの友達を作ってもいいっつーんだな?」
「う、うん……別に……いいけどさ」
「それなら大丈夫だ。おまえの同級生にバレねーよう、オタクの友達を作りゃあいい」
そのまんまである。いや、ここで
「なにそれ……なんかいい考えでもあんの?」
「いいや? あいにく全然なんも思いつかねーな」
「だめじゃん。……つかえねー」
ジト目で言い放つ桐乃。ふん、言ってくれんじゃねえの。おおよ、自分で言うのもなんだが、
「まぁ俺に任せておけって」
「……は? なにその自信……」
妹よ、知っているか?
この世には、おばあちゃんの知恵袋、という言葉があってだな……。
『──なら、『おふかい』に参加してみたらどうかな?』
もちろん妹の秘密について漏らすわけにはいかないから、そのへんは
「おふかい?」
『そ、おふかい。えっと……いんたーねっとで仲良くなった人たち同士が、実際に集まって遊ぶこと──かなっ』
「…………」
えーと、とすると発音は『オフ会』だろうな。
このお
「ウソ。おまえ、インターネットとか、できたの?」
『……そのくらいできるってばー……もう……きょうちゃんたら、わたしのこと、ばかにしてるでしょー』
「いやーだってお年寄りって、
『わたし十七歳っ!? ぴちぴちの女子高生ーっ!』
必死に訴えてくる麻奈実。相変わらず
電話の向こう側で、両目をバッテンにして半泣きになっているのが見えるようだ。
『もーっ。きょうちゃぁ~ん? いい加減にしないと怒っちゃうんだからねー。ぷんぷんっ』
ぷんぷんとか口で言うやつ、存在したのか……。
なんつーか。
「や、悪かったって。……でもおまえ、パソコンなんか持ってたっけ?」
「え? あ、あるよっ? ……お、弟のだけど」
最後の方が、ぼそぼそ
「なんだ、聞きかじりかよ」
「う、う~……そうだけどぉ。いんたーねっとくらいは、普通に使えるもん」
「はいはい」
だからな、そもそも発音からして
「オフ会とやらに参加したことはあるのか? あ、おまえじゃなくて弟な?」
『あるみたいだよ? あーるあんどびーの、こみゅの、おふかいに、この前行ったって。……えっと、きょうちゃん、「そーしゃるねっとわーきんぐさーびす」って知ってる?』
「あー、SNSってやつか。なんか聞いたことあんな。会員制で、自分の
『うん。有名なのだと、みくしぃとかね。弟がやってるのは
「……ふむ」
なるほど。これはいいことを聞いた。さっそくやってみる価値はあるな。
「おし、参考になった。さんきゅな、
「……どういたしましてっ。えへへ……じゃあまた
ベッドに寝ころんでいた
こんこんこんっとノックを三回。しばらく待つと扉が開き、妹が顔を出す。
「入って」
「あいよ」
妹に部屋に招き入れられる俺。……そういやいま気付いたが、こいつの部屋に入るのはもうこれで四回目か。人生ってのは分からんもんだなー……
「待たせたな桐乃。おまえのオタ友を作る方法、
さっそく用件を切り出すと、なぜか桐乃は
「……うそばっか。どーせ電話で、
「地味子って言うんじゃねえ!?
「……なにマジギレしてんの? ばっかみたい」
俺を
「とにかく、次はおまえでもひっぱたくからな。もう言うなよ」
「はいはい」
はいは一回だこの野郎。せっかくおまえのために動いてやってるってのによ、なんだ、そのむかつく態度は。いきなり
……ん? あれ、もしかしてコイツ……。
「……ちょっと聞くけどよ、おまえ、
「……別に? ってか、よく知らないしぃ──」
だよな。そりゃ俺の
実際、この間、桐乃が俺と麻奈実の前を通ったとき、麻奈実は桐乃に気付いていない
そもそも麻奈実は、人に嫌われるようなヤツじゃねえ。じゃあなんだ──?
「……なんか、デレデレしてんのが、気に食わなかっただけ」
あっそ。そうですか。……意味分かんねー。デレデレなんかしてねーっての。
バチバチと火花を散らす俺らであったが、このままでは再び冷戦に突入しかねん。
けっ、ここは年長である俺が折れてやる。
「なぁ桐乃、この際、
「……いいけどさ。で、どんなん?」
「おう。ところでおまえ、SNSって知ってっか──?」
麻奈実の受け売りで、オフ会に参加してみたらどうかと提案してみると、妹は微妙な表情で
「……気にいらなかったか?」
「……そういうわけじゃ……ないけど……」
数秒間、
「……分かった。んじゃ、やってみるよ」
お? 意外と素直じゃん、珍しい。
「ケータイからでもアクセスできるらしいぞ?」
「分かってるって。顔近づけないで」
……すっげぇな。
とか思っていると、桐乃がチッと舌打ちした。
「あー、入会するのに紹介状いるんだ……。めんどくさいなあ……」
「おまえガッコにゃ友達いっぱいいるんだろ? いまからメールでもなんでもして、SNS入ってるヤツから紹介状もらえばいいじゃん」
「バカ。ほんっとバカ。表の顔と裏の顔、
「そ、そうか……」
すげえな、顔に裏表があんのかい。……まぁ表の顔ってのは、イマドキの女子中学生、ティーン誌モデルの『
「えーと、ゲームとかアニメなら、そういうのが専門のSNSがあるんじゃねえの? 紹介状いらないところ探してみろよ」
「……はいはい」
俺が
「ハンドルネームを入力してくださいだとよ。ほれ、さっさと決めろよ」
「そんなこと言われたって、いきなり決められるわけないじゃん」
「どうせ後で変更できんだろ? 最初はテキトーでいいよ、テキトーで。それか
携帯の画面を脇から
「はい、こんな感じでどう?」
「……この……名前
「あたしのハンドルネーム。かわいいっしょ」
似合わねえ──。あと俺怒っていい? 怒っていいよな? いい加減泣けてきたわこの扱い。
「お、おい……待て……
「だって本当のことじゃん。いいの、これは裏の顔なんだから。あたしだって、さすがにクラスメイトとかモデル友達から紹介状もらってたら、こんなプロフィール欄にはしないって」
まあな。
次の日学校で顔合わせたとき、
だからおまえみてーに、裏表を使い分けるのは
でも俺が気になってることは、まだあってな……。
「おまえ、さっきからなに渋い顔してんの?」
「………………だって」
それは
「その……こういうの使って交流するのが、ちょっと
「そうか……そう……だな」
オフ会で直接会うとなれば、なおさらだよなぁ。……となると、やっぱ同年代で、同性で、
……いるワケねぇ──桐乃と趣味の合う女子中学生なんざ、そう何人もいるワケねぇ──
俺はバリバリと頭をかきむしった。どうしたもんかね、こりゃあ。
「……そういう……女だけの集まりとか……探してみっか……
「……やってみる」
桐乃は
「……これ、とか……どうだ?」
「んー……? えっと、これ?」
「……そうそう。へー、探しゃああるもんだな……どれ、ちょっと中見てみろよ」
俺たちが見付けたのは『オタクっ
「……なぁ桐乃。これなら大丈夫なんじゃねーの」
もしもメンバーに、女になりすましている男が混じっていたとしても、女だらけのオフ会に参加してきたりはせんだろう。
「ん……うん……そだね……」
「なにおまえ? まだ何か、
「そういうわけじゃないけどぉ…………」
「じゃ、参加したいってメッセージ送ってみれば? ほれ、このボタン」
「ん……」
「……メッセージ、なんて書いたらいいかな?」
「そうさなあ。こういうのは、ある程度ハラ割って話した方がいいんじゃね?
桐乃は
『メッセージが送信されました』
その表示を見た俺は、自分の役目が半ば果たされつつあることを実感する。
これで桐乃に、趣味を理解してくれる女友達ができれば──もう俺はお
俺がこの
だから、これでいい。もしもこれで、また前みてーにドライな関係に戻っちまうんだとしても、それはそれで仕方のねーことなんだ。ふん……まあ……正直なところを言うと、ちっとばかし
俺たちはここ数日で、それこそ十年分くらい話をした。
そうして俺は、妹の意外な一面を知った。
それは『意外な趣味』だけじゃあない。何を考えてんのか分からねえと
「これでよし、と。あとは返事を待つだけ……」
「
「…………うん」
桐乃はこくりと頷く。俺は唇の端を持ち上げて
なぁ、おまえさ。俺なんぞよりもずっと、
ま、それまでのあとちょっとだけは、俺が代わりに付き合ってやんよ。
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