5 フレイムヘイズ
思ってしまった。
アラストールのフレイムヘイズが。
ずっと一緒にいてほしいと。なくしたくないと。
そう、少しでも、思ってしまった。
思ってしまっていた。
そのことが、恐さを生んだ。
ふと、
でも、私は、アラストールのフレイムヘイズ。
私がそうあるよう望んだ、だからある存在。
それが、
私がそうあるよう望んだ、だからある存在として、私は選ぶ。
戦うと。
でも、あの〝ミステス〟は、どう言うだろう。
助けて、と言うだろうか。
あの〝ミステス〟に、助けて、と言われたら。
私は、どうするだろうか。
大丈夫、フレイムヘイズとして、戦う。
『シャナ、アラストール、あんたたちも、僕が利用できるというなら、そうするのがいい』
なんて言葉。でも、私はそれに、なんと答えたか。
そう、
『うん』
と答えていた。
そうだ、そういうことなのだ。
私がそうあるよう望んだ、だからある存在として、私は選ぶ。
戦うと。
そのはずだ。
でも、とても恐い。
恐い、この私が、恐い。
でも、恐いなら、
私は、戦うことを、覚悟しよう。
私は、アラストールのフレイムヘイズ。
私がそうあるよう望んだ、だからある存在。
……
戦うよ?
なにを、言うつもり?
私は、戦うよ?
でも、胸が、すごく痛いよ。
……
市街地と住宅地を結ぶ大鉄橋の
正確には元デパートで、今現在、営業しているのは地下街の一部となっている食品売り場だけ。地上部分は親会社の事業
もっとも、それは人間にとっての話。
地上階の中ほどから上は、フリアグネ一党が運び込んだ無数の
一党は全員、屋上の
破れた丸テントや
屋上の
その御崎市の頂点とも言える夜の舞台上に、整列するモノたちがいる。
マネキン人形の群れだった。
これらはもちろん、フリアグネの〝燐子〟である。皆、凹凸だけの顔と抜群のスタイルを、とりどりの様式と色彩によるウエディングドレスで着飾っていた。
きらびやかさ以外、何も求められないドレスを着たマネキンが、夜風の中、身動き一つせず無言で居並ぶ
それらが薄く明かりを受ける夜景は、時が
ただ静かに、夜が更けてゆく。
その同じ、吹きさらしの舞台の片隅に、
ここで意識を取り戻した悠二は、すぐにでも自分の中の
『君の目の前であの子を殺す、あるいは、その逆になるかもしれないが……いずれにせよ、ただ戦うだけじゃあ、物足りない。私の
薄笑いの向こうには、まさに
そして悠二は、そう告げられてからずっと、穴も
頭の中では、あの少女が最後に見せた表情が、ぐるぐると回り続けていた。
まず
最初に会ったときは、そうしていた。
自分は、一個のトーチに過ぎない存在なのだから。
ただ、身の内に宝具を秘めた〝ミステス〟という変わり種だった。
そう、それだけ。
それだけに過ぎなかった、はずなのに。
止まってしまった。
変えてしまったのだ、自分が、彼女を。
(僕が、あんな顔をさせてしまったんだ)
ほんの一瞬の気の迷いだったとしても、止まってくれたこと自体は、
(でも、それはそれ、だ)
あのときの彼女の顔。
あれは、己の本質を
(なんてこった)
と思う。どんなひどいことをするよりも、されるよりも、
そうさせてしまった自分が、彼女に、今さらでもしてやれる……いや、すべきことはあるか。
ある。
それは、彼女を、彼女として。
フレイムヘイズたる彼女を、フレイムヘイズたる彼女として。
彼女が、その自分を貫き通し、これからも強く生きていけるように。
せめて自分が、そんな彼女の強さを受け入れる
大丈夫だと。
(……やれやれ)
悠二は、危うく浮かべそうになった苦笑を何とか
(ずいぶんとしょってるなあ、僕は)
また風が
それに
「……来ないね……?」
その一番近くに立つ、純白のウエディングドレスで着飾ったマネキンが、あのマリアンヌとかいった人形の声で言う。
「ご主人様。もしかして、先の爆発で死んでしまったのでは……?」
フリアグネはそれに、
「
この
フリアグネは肩をすくめて、つまらなさそうな表情を見せる。
「……ふう、張り合いのない
突然、
右手には銃、左手には指輪。
「この二つ、なんだか分かるかい?」
フリアグネは左手薬指、手袋の上からはめられた銀色の指輪をかざす。
自分が集めた珍品を他者にひけらかし、お
「これは『アズュール』っていう、火
今度は、右手に
「で、これが
その言葉の意味からすると恐ろしい状況で、フリアグネは得意気に説明を続ける。
「ほうら、ご覧の通り、弾はない」
と弾倉を横に出して見せる。六つの穴の向こうに、フリアグネの顔が見えた。
「けど、この銃の形はただの、撃つという行為を表すための様式さ。弾なんかいらない。撃つ意思を持つ者が使えば、いくらでも撃てる。その効果は……なんだと思う?」
不気味で薄い笑みを作りつつ、手首を返して弾倉を直す。
「実は」
と、一秒も置かずに秘密を明かしにかかる。自慢したくて
「この銃は、対フレイムヘイズ用の宝具なんだよ……っはは!」
悠二は内心の
フリアグネは突然、深刻な面持ちとなる。相手のことなど考えない、自己満足のための説明。
「フレイムヘイズは、契約者が『過去・現在・未来』で自分が占めるはずだった存在の
「そうやって〝王〟の力を得た契約者は、持てる意思力と技量で〝王〟の力をこの世に引き出す。そして、この器の中に入るとき、〝王〟は己が存在を、その内に収まる程度にまで休眠させるんだけれど、この『トリガーハッピー』は、その休眠を破ることができるんだ。すると、どうなるか、分かるかい?」
「……」
フリアグネは突然、悠二の目の前で、左の
「ボン、と器は割れて契約者は爆死する……楽しいだろう?」
にんまり笑うと、フリアグネは銃口を悠二から
悠二はそれを見ないが、フリアグネは構わず続ける。
「そして〝王〟は、この世に無理矢理に現れることになる。ところが彼らは、この世に在り続けるだけの〝存在の力〟を、そもそも持っていない。だから、両界のバランスを
と、不意に得意げな笑みが、苦笑に変わる。
「でも、街中でそれをやったらまずいんだ。なんせ、おちびちゃんの中に入っているのは、あの〝
悠二の
「呼びよせるための
真夜中の月が、拳銃を手にして目を細める、純白の男の姿を浮かべている。
「そうして、
なのに、と一転、への字口を作って、声の調子を落とす。
「あのおちびちゃんの性格なら、すぐにでも追ってくると思ったのに、正直
要するに、それが
フリアグネも、さして期待していない。ぴっ、と手を払い、悠二から離れる。
(たしかに、なにを考えてるんだろうな……?)
という悠二の思いは、フリアグネのものとは
実は悠二は、ここに来てから、ずっと感じている。
どきん、どきん、
という、胸を破るほどに、激しい
ずっと。近くに。
誰のものかは、分かりきっていた。今の自分には、はっきりと分かる。
彼女だ。
何を
(そんなに緊張するなよ)
今度こそ、彼女は思い切りやるだろう。これも、はっきりと分かる。
(だから、緊張してるんだな)
ただ自分を
自分に構わず戦うことを決意している、そのことに緊張してくれているのだ。
彼女が戦いで、それ以外の理由で緊張することなどありえない。
また、笑いを
(……ふふ、僕も相当、おかしくなってるな……)
彼女が、自分に構わず全力で戦う。
それは、自分が間違いなく、巻き込まれて死ぬ、ということだ。
彼女が、自分を殺してでも戦うと決意している、ということだ。
しかし、それでも嬉しく思う。
彼女が自分を心にかけてくれている。それを実感できる。それを嬉しく思う。
悠二はそういう
(そう、あの子を変えてしまった、その責任というやつ…………、っ?)
今、何かに触れたような気がした。
大事な何かに。
悠二がそれに思いを巡らせようとしたとき、彼女の
(!)
見つけた小さなとっかかりは、感じた鼓動の強さに流され、また胸の奥底に消える。
フリアグネも、何らかの気配を感じ取ったらしい。ぴくりと
「ふふ、なにをモタモタしていたのやら……ようやく来たね?」
その体の、薄白い
「さあ、おまえたちも」
フリアグネが指輪を
ウエディングドレスを着込んだマネキンたちが不気味に動いて、各々剣を取り、戦闘体勢を整えていく。
その中で、マリアンヌだけが動かず、その場に
まるで、そんなものは必要ないとでも言わんばかりに。
フリアグネは、その
「マリアンヌ、もうすぐ君を、一個の存在にしてあげることができるよ……君と私と、いつまでもいつまでも、一緒に生きよう」
マリアンヌは、一言だけで答える。
「ご主人様」
フリアグネは『トリガーハッピー』を持った手で純白の花嫁・マリアンヌを抱き寄せ、もう片方の手を、夜景に向かって突き出した。
その指先には、あの〝
戦闘準備は万全、というわけだった。
その両脇に、剣を掲げたウエディングドレスのマネキンたちを
「さて……
非力な自分を巻き込むに違いない戦いの、始まりを。
(さあ)
しかし、その顔には、笑みが浮かんでいた。
強烈な期待と欲求の、笑みが。
彼の目の前に来る、少女への期待と欲求の、笑みが。
(やれ!)
ただそれだけが、心を満たす。
自身気付かない、少女と同じ強い笑みが、悠二の満面に刻まれていた。
(いいから、思い切り、やれ!!)
感じた。
少女が答えるように、
そして、
(来た!!)
舞台の、フリアグネたちの、真正面。
炎髪が、舞い咲く火の
それは、アラストールのフレイムヘイズ。
「シャナ!!」
悠二は、一声だけ。
「銃に当たるな!!」
その叫びが、マネキンの
「……」
その声を聞いたシャナは、笑った。
泣きそうなほどに強く、燃えそうなほどに強く。
「……っはは!!」
「む、『フレイムヘイズ殺し』の
その胸元、夜光を〝コキュートス〟に受けるアラストールが、状況を理解する。
屋上に着地したシャナは
(私がそうであるよう望んだ、だからある存在として、私は選ぶ)
悠二の意思も、
決意も
(戦う、と!!)
もはや、自分のやるべきことを、
マネキンたちの向こうに下がる〝
それだけだった。
フリアグネの銃口が自分を指向したと見るや、シャナは横っ飛びに飛んだ。残した火の
が、その前をマネキンが
「っ
攻撃は止まらず、足は留まらない。マネキンを大太刀でぶち抜くと、そのまま横に引き
フリアグネは、その間にシャナとの距離を取っていた。今度はハンドベルを振る。
「
前方からシャナに迫っていたマネキンが一体、
シャナは、これを前に跳躍して、かわした。爆風が背を襲い、同時に前へと加速させる。
「!?」
驚いたフリアグネは、別のマネキンの影に、飛んで逃れる。
そのマネキンが、ブーケと一緒に
「っち!!」
舌打ちしてシャナはマネキンの胴を断ち切り、またすぐ低く横に飛ぶ。
半秒前にシャナの体のあった場所を、弾丸が抜けた。
双方とも、
フリアグネは、もう非力な〝ミステス〟などに、目もくれない。
シャナはすでに巻き込む
「っと!?」
もちろん悠二自身も、そのことを理解している。爆発に
(はは、まったく、格好悪いな)
そのとき、
キーン、とフリアグネのハンドベルが鳴った。
「!」
悠二は、そのベルの音を感じた。
何かを内に秘めた〝ミステス〟たる彼だけが持つ感覚で。
(……なんだ?)
その音には、
また、キーン、とフリアグネのハンドベルが鳴った。
〝
頭を低くして、その爆風から逃れる。
(違うぞ、どういうことだ)
今鳴った、二つの音色が、
(鳴らせ!)
鳴った。〝
(くっ、知ったことか……鳴らせ!!)
鳴った。今度は爆発しない。
代わりに、その音色は深く広く、夜を渡ってゆく。
また、鳴った。今度も爆発しない。
ドクン、
と悠二は感じた。感じたものに、そうけだった。
(これは……!)
悠二はこの、感じたものを、知っていた。
トーチの中に
フリアグネはさらに、マネキンを爆発させる以外に、ベルを鳴らし続ける。
その度に、澄んだ音色が
トーチに宿る、弱いものには遅い、強いものには早い鼓動が、それを受けている。
悠二は、自分の鼓動がやはり、その影響を受けないことも感じていたが、そんなことはもう、どうでもよかった。今、御崎市に起きていることを、考えねばならなかった。
(どういう意味が……?)
また一つ、ベルが鳴って、
(!!)
そして今度こそ、悠二はたどり着いた。
トーチに込められていた鼓動が、ベルの音を受けて、加速されていた。
(……そ、そうか)
悠二は
目の前で起きている爆発と、本質は同じなのだ。
鼓動が加速される先に、
(
アラストールの声が、脳裏に
『〝
(単なる分解どころじゃない、爆発だ)
『
(感じる、その大きさを……一割に満たなくても、この威力なら)
『その巨大な揺らぎは、トーチの分解に触発され、
(十分、『
あのハンドベル。
あのハンドベルこそが、フリアグネの切り札だったのだ。
(くそっ、
連中は一見、戦力を自分で減らすだけでしかない自爆戦法を取り続けている。シャナにとって、フリアグネのハンドベルは、マネキンを爆発させる物でしかない。しかし、実はそれは、ハンドベルを鳴らすことの真意を隠すための
この狡猾な〝
フリアグネは、シャナと戦うために待っていたのではない。
馬鹿正直にハンドベルを使って『都喰らい』を発動させていたら、シャナはそれを、
だからフリアグネは、まだ『都喰らい』の準備は終わっていない、今は戦いに集中している、そう見せかけるための、隠れ蓑としての戦いを欲していたのだ。
戦意に
(僕でなければ、この
シャナたちは目の前の戦闘に集中している。必殺武器が自分を
(でも……逆転は、できる)
悠二は、目の前の夜景を見る。
今まで、全く気がつかなかったが、フリアグネが行わず、シャナが完全に失念していることを、やればいい。とにかく、ハンドベルの音を街に届かせなければいいのだ。
そのために、行うべきことは、一つ。
(知らせないと!)
それを叫ぼうとした瞬間、
叫びもかき消されて、悠二はコンクリートの床に
「…………っ、っ……!!」
数秒の暗転。
(せめて、一声だけでも、力が)
助けを求める声ではない、助けるための声を。
(……シャ、ナ……)
あの顔を、見てしまったから。
彼女を変えてしまった、自分の……、
(……)
彼女を、変えた……?
(……ああ、そうか……)
朦朧とした意識の中で、
(僕が、シャナを変えた)
悠二はとうとう見た。
そして
(ここにいる、僕が)
そう、消える運命にある、それがなんだ。
自分が動かなければ、彼女が死ぬかもしれない。
自分が動けば、彼女を助けられるかもしれない。
そういうこと、それだけのこと。
自分が本当に生きているかどうかなんて関係ない。
自分が動くことで、変わるのだ。
そういうこと、それだけのこと。
死んでいる事も、死んだあとの事も、動ける今があるのなら、関係がない。
(生かす、か……なんだ、分かってたんじゃないか……)
倒れる彼を再び爆風が襲い、
(動こう……ああ、そうとも、動けるさ)
煙に
自分を、彼女を、生かすために。
すでに残りのマネキンは、四体にまで減っていた。
フリアグネを守る壁も薄い。
実は、悠二に
そもそも彼らは、自爆戦法を取る内に『
この苦戦の原因は、簡単に言うと、誤算、だった。
フレイムヘイズ必殺の
ところが今、
相性というものの、これは最悪の展開だった。
他のフレイムヘイズなら、まず炎を主力に使ってくる。だから、
しかし、この少女、炎も満足に扱えないフレイムヘイズは、剣しか使わない。いや、使えない。最初から隙などできようはずもないのだった。そして、その剣の腕、それだけは圧倒的なまでに、強い。
大した敵ではないという認識が、自分たちの優位性が、本来どこに根ざしていたのかを、フリアグネ主従は豊富な経験という名の慣れから、見落としていたのだった。
彼らは、苦戦する内にようやくそのことに気付いたが、もはや
シャナの方は、全く単純である。どんな
(……ご主人様)
純白の花嫁が、
(
シャナの
「どけ!!」
強い笑みが浮かぶ。どいつもこいつも、全くの無能だった。剣の腕も力も、せいぜいフリアグネの射撃の援護としてしか使えないような
(しかし、このままでは、ご主人様のお命まで……逃げることも、今となっては
フリアグネが、
(
マネキンが振り回す剣に、シャナは軽く
「っは!」
吹っ飛ぶマネキンを、返し
(ご主人様が
純白の花嫁、その内にある
(駄目だ、マリアンヌ!!)
マネキンたちの剣にも、それぞれ
「あと三つ!!」
ただの剣術でも、こんな
(マリアンヌ、私は君のために、
二人の夢の姿、マリアンヌの花嫁
(ええ、ご主人様……私も、同じなのです……それができることを、私は
シャナの前に映る、残り三体のマネキン、その内の、前に立ちふさがる二体が
「むっ!」
シャナは爆発に備えるため、
(ご主人様の持つ、オリジナルの自在式があれば大丈夫、同じ式で組み立てられた私の修復も可能でしょう)
できるかどうかも分からないことを、それでもマリアンヌは口にして、
(マリアンヌ!!)
しかし、
(破れかぶれ!)
とシャナは判断した。後続はない。この一体だけ。しかも、このマネキンは何も持っていない。爆発するつもりだとしても、その前に、
斬れば、火花となって散る。爆発は起こらない。
(きっと、修復してください。約束ですよ、ご主人様……私も、あなたと……)
誓うことで、マリアンヌは、愛する主を守るための行動を、許してもらう。
誓いの
主のためにできること
(マリアンヌ!!)
シャナの
これで、爆発はしない。
「あとは……!」
フリアグネだけ。
シャナは、真っ二つになったマネキンの間を抜けるように、前に
その、わずか一歩の、油断。
(ご主人様のために……それが、欲しかったのよ!!)
分かれたマネキンの体の中から、伸びた。
金の
「う!?」
シャナが思わずかざした刀身に、がりり、とそれは
散った薄白い火の
シャナは、彼女が最初のときのように、体を二重に持っていたことを思い出し、
「っく、しまった!?」
「フリアグネ様!!」
「マリアンヌ!!」
ハンドベルが、鳴る。
(まずい!!)
シャナはとっさに、人形に引き寄せられる
マリアンヌが
破裂の余韻を残す夜気の中、
「……う、う……」
金網も吹き飛んだ屋上の縁で、ぼろぼろになって
「……ううう、うう……私のマリアンヌ……私の、マリアンヌ!!」
嗚咽は、銃口の向こうから来ていた。
「できるとも、するとも、マリアンヌ! ここで得られる力、
その右手には、フレイムヘイズ必殺の銃、『トリガーハッピー』が
「この世で一個の存在にしてみせる!!」
その左手には、『
「……そして、いつまでも二人で生きよう、二人で……」
フリアグネは、噴出する悲しみに狂喜を混ぜた。
差し出す銃口の前に、ぼろぼろになって
秘法『都喰らい』は、最後の仕上げ、一打ち、二打ちを残すまでになっている。
右手と、左手。
フレイムヘイズ殺しと、『都喰らい』の成就。
フリアグネは、
「……だから、まず、死ね」
満面を満たす悲しみと狂喜に、さらに怒りが混じる。
トリガーにかけられた指に、力が
「フレイムヘイズ……この、討滅の道具が!!」
「……っ!!」
シャナは全身を
さっきの〝
(……なにも、できない……!?)
そのとき、
「
「っな!?」
フリアグネが、その突然の声に、彼の
その、ほんのわずかな間に、シャナは悠二の指示を実行していた。
「……!!」
(
シャナは封絶の意味を、フリアグネの思惑を、流れるような思考の末に、
「
フリアグネが制止の声をかけ、トリガーに力を込めた。
「っはあ!!」
シャナは、自分に残された最後の力で、床にあったガラスの破片を
目の前にあるものは、二つ。
自分の命を確実に奪うだろう、銃を
悠二が叫んだことの意味、ハンドベルを持つ左手。
「そう。私はフレイムヘイズよ」
シャナは、自身を誇り、斬っていた。
左手を。
ハンドベルを。
宙高くばらける指とともに、ハンドベルが、真っ二つになっていた。
「き」
フリアグネは、ばらけ飛ぶ自分の指と、秘宝『ダンスパーティ』を、見る。
「っ」
この光景の意味を、理解する。
もう、
計画を、『
マリアンヌも、帰ってこない。
自分と、マリアンヌの、永遠も。
「っあああああああああ!!」
フリアグネは何もかも、
シャナも、悠二を見て、笑って撃たれた。
二人は、叫びの意味を、取った行動の意味を、全て理解し合って、
笑っていた。
そして、胸の中央に弾丸を受けたシャナの体が、屋上の縁から、落ちた。
彼女の張った封絶が、解けた。
彼女の体が、再び動き出した世界へ、
震源を失い、
デパートの背後に流れる
「こわれてしまえ!! ばくはつしろ!! すべて!! すべてえ!!」
あらん限りの声で、フリアグネは狂気の悲鳴を上げる。
〝
その狂乱の中、
「…………?」
フリアグネは、予想外の光景を見た。
彼女が落ちたらしい、
そこに、赤い火の
そしてそれが、広がる。
鉄橋を包んで市街へ伸び、
住宅地を
遠く遠くへと赤い波紋は広がってゆき、
それが地平線に達した瞬間、
一気に燃え上がった。
御崎市の全域を巻き込んで燃え上がった、
「……
夜景に遠く、星空を
地面に広く、
巨大な、あまりに巨大な封絶が、御崎市全域を覆っていた。
そしてその中心、これだけは本当に燃え上がっていた真南川の広い水面から、
ゆっくりと、それが身を起こした。
屋上を見下ろすほどに巨大な、それ。
「……〝
名を呼ばれたフリアグネは、その遠雷のような
「ア、アラス……トール?」
巨大な、
あまりに圧倒的な〝
「……己が持てる
再び、腹の底を震わせるような、重く低い声が
「……その宝具……我が身を目覚めさせることで、契約者の器を破壊するものだったとは……恐れ、かわしていたことも、今となっては笑うべきか……いや……」
わずかに苦笑らしき轟きを声の
「……貴様には、我が身の顕現が、何を意味するか分かるか……? 我が身が目覚めてなお、我がここに顕現し続けていられる理由が分かるか……? その宝具による
アラストールは、己を宿した少女を
「この子、本来の末は……後世に名を刻む芸術家か、
フリアグネには、もはやその説明を理解できるだけの
「……この〝天壌の劫火〟が、契約者を選ばぬとでも思ったか……」
この世に顕現した本物の
「受けよ……
その、
たったそれだけで、デパートの屋上が、丸ごと吹き飛ばされた。
薄白い炎が鳥の形を取って、
彼の、こぼれるように小さな
それを聞いた者はなかった。
復元を終え、
弱々しく、ところどころ
(……
「この、有様、か……」
誰にともなく、声を出す。
自分が、まだここにいることを確かめるように。
彼の前にそれが降ってきたのは偶然か、それともシャナの
その、
悠二は目線だけで、その誰かを見る。
「……やあ」
わずかに前
(……
と悠二は素直に思った。その
「……どうだい? 僕、治せる?」
シャナはゆっくりと、首を振る。
再び彼女の内に戻ったアラストールが、胸元の〝コキュートス〟を介して告げる。
「もはや残り火とも言えぬ。消えつつある
「そう、か」
案外、気持ちは静かだった。まあ、戦いに
そんなことより、
「シャナ」
「なに」
「ずっと考えてたことの答えが……やっと出たよ……消えてしまういつか、なんて、どうでもよかったんだ……今いる僕がなにをするか、だったんだ」
「……」
途切れ途切れの声が
「……自分が何者でも、どうなろうと、ただやる、それだけだったんだ……」
言葉が終わったと見るや、
「バカな悩み」
とシャナは、いつもの調子で
「そうだな……やったことも、あんまり格好よくなかったし」
「うん、格好悪かった」
シャナも、くすりと笑い返した。
そして、付け足す。
「でも……笑ってくれたね、最後に」
穏やかな顔で。
「ありがと」
「……うん、
シャナは少し驚き、それから赤くなって
笑っていた。あのときのように。
少しくらい調子に乗ってもいいよな、と悠二は思う。
「シャナ」
「なに」
「お願いが……あるんだ、けど」
「なに」
「シャナって、名前」
「……?」
「ずっと、使って……くれないかな」
シャナは返事をしなかった。
ただ笑って、頷いた。
ありがとう、と悠二は言えない。
その力が、もうなかった。
シャナの笑顔が、薄れていく。
自分も笑っていることを感じて、その心地よさの中、悠二は目を閉じた。
……これが、死なのか……
……なんだ……悪くない、気分……だ……
……
……
……ここはどこだ?
死んだのかな?
でも、僕は
人間じゃない。
死んでしまったら、どこへ行くんだろう。
僕が死んだら。
消えるだけじゃなかったのかな。
消えた後があるなんて。
不思議な感じだ。
でも、聞こえる。
なんだろう。
聞こえる。
動いている。
ああ、ずっと聞こえていた、音だ。
どこかでずっと。
いや、僕の奥で。
動いている。
規則正しく、いつまでも変わらず。
なんだろう、これは。
動いている。
……
……
「……っくく」
こらえるような笑い声。それはすぐに
「っあははははは!!」
無邪気で明るい笑い声が、夜風と渡り、月夜に響く。
聞こえる。
「…………?」
悠二は目を開けた。
「………………え?」
見える。
「っはは、あはははは!!」
「ふ、ふ、ふ」
アラストールまで、
半ば放心状態の
手が、ある。薄れていない。胸元を見れば、
「驚いた? なぜ私たちが襲撃を待ってたと思う?」
「ふ、ふ、万が一のときを考えての措置だったが、こうも場面と時間が重なると、
「ほら、完全に元通り!」
シャナが、いつもの強さを取り戻したシャナが、悠二の背中を思い切り
「ぶはっ!? な、なな、なにがどうなって……?」
「おまえ、一つ忘れていたでしょう? 大事なこと」
「?」
「貴様の、〝ミステス〟としての中身のことだ」
アラストールが、笑いを声に込めて言う。
「……ああ、そういえば……それが、これと……?」
疑わしげに自分の体を
胸の内の灯は、相変わらず
しかしその奥に、何かがあるのを感じる。
ふと、さっき、どこかで感じた
「それが、『
『零時迷子』。
かつて一人の〝王〟が、恋に落ちた人間を『永遠の恋人』とするために作ったといわれる永久機関だった。
これをトーチの中に
「その〝王〟は、かなり前に消息を断っている。貴様にそれが転移してきた以上は、『永遠の恋人』もろともに、なんらかの異変があったのだろうが……まあ、今はどうでもよいことだ」
「おまえにはまだまだ、私たちに見届けてもらえるだけの未来があるってことなのよ、悠二」
決定的なことが起こった。
「……あ……今……」
ふふふ、とシャナは
「おまえの中にあるそれは、〝紅世の徒〟が持てば、ほとんど〝存在の力〟の消耗を考えずに力を振るえるっていう、
「うむ、シャナの言う通り、『
「……あ、それじゃあ……」
「うむ、しばらく貴様という危険物を、この街で見張ることにする」
「そういうこと。なによ、文句あるっての?」
悠二は確信とともに。
「ない」
「よろしい」
その断言に満足したシャナは立ち上がり、悠二に手を差し出した。
悠二はその手をしっかりと取り、立つ。
ふとその胸元が目に入って、気が付いた。
さっきから、やけに
「……ちゃんと下着の替え、持ってるか?」
真っ赤になったシャナのアッパーカットが真下から入って、悠二は再びひっくり返った。
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