Summer story ~三ヶ月限定のお姉ちゃん~
Wildvogel
第一話 きれいな女性
「三ヶ月間?」
「うん。六月から八月末まで。向こうの人手が足りなくて、その応援でね」
五月下旬の夜、マンションの一室で
「それで、知り合いの女の子に
「知り合い?同僚の人とか?」
「まあ…。そんな感じの人かな」
「『そんな感じの人』って…。まあ、仕方ないか。仕事だもんね」
「ほんとにごめんね…。明日、土曜日で私は仕事休みだし、隼は昼過ぎまで練習。三時くらいにその人の所に行こうか」
「うん」
隼は頷くと、器を左手に持ち、味噌汁を啜る。
その表情はどこか寂しげだった。
翌日、午後三時過ぎ。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人は女性の元へと向かった。
それから数分後。
「寂しい?」
「え?」
姉の横顔を見つめる弟。
「昨日の隼の表情がそういうふうに見えて」
「ま、まあ…。寂しいというか…」
「ずっとべったりだったもんね、私に」
隼は自身の靴を見つめるように顔を俯ける。
しばらくの沈黙の後、咲苗が言う。
「すぐ戻ってくるからね…!」
その言葉と同時に、目の前の横断歩道の信号が青に変わった。
マンションを出発してから、十分後。
「このマンションの三階に住んでる子だよ。エレベーターで上がろう」
咲苗の後ろを歩く隼。女性の部屋に近づくにつれ、寂しさが増していく感覚を覚える。
姉にそばにいてほしい。だが、仕事である以上、仕方ない。二つの想いが隼の心で交錯する。
二人はエレベーター前に到着。咲苗が上へ向かうボタンを押してから数秒後にドアが開く。二人はドアをくぐり、三階まで上がる。
「三階です」
エレベーターのアナウンスからすぐ、ドアが開く。二人はエレベーターから降り、女性の住む部屋へ向かう。
「この部屋だよ」
部屋の前に到着した二人。隼はドアに記された「三〇六」の文字を見つめる。
「どんな人なんだろ…」
そう言葉を漏らした隼は心配そうな眼差しを咲苗へ。
咲苗は隼の目を見つめ、やさしい声で言葉を掛ける。
「とっても優しい人だから。何も心配いらないよ」
そして、隼の頭に右掌を乗せる。
「大丈夫だから」と言うようにやさしく。
咲苗は小さく頷くと、右手人差し指でインターホンを鳴らす。それからすぐ、女性の「はーい」というやさしい声が。同時に、隼の鼓動が高鳴る。
ドアがゆっくりと開く。そして、女性が姿を現す。
「咲苗」
隼の目に映るのは毛先にパーマがかかったミディアムヘアーの女性。
「きれい…」
隼が無意識に言葉を漏らすと、女性が隼へ視線を向ける。
「弟?」
「うん。実はね、頼みがあって来たの」
「頼み?」
女性は再び視線を咲苗へ。
咲苗は小さく頷くと、隼を見つめながらこう話す。
「三ヶ月間、私の弟の面倒を見てくれない?」
少しの間の後、再び隼へ視線を向ける女性。
「この子の?」
「うん。私、来月から八月末まで別の店舗の応援に行かなくちゃいけなくて。この子、今の中学校のサッカー部で全国を目指しているの。もうすぐ大会。このタイミングで転校なんてことはさせたくないの。だから、三ヶ月間だけこの子の面倒を見てほしいの。
可憐な眼差しが隼を見つめる。
すると、隼は僅かに視線を下へ逸らす。
その理由は本人には分からない。だが、僅かだが頬は赤く染まっていた。
それから十数秒後。
「いいよ」
「本当!?助かるよ…!」
「全然大丈夫だよ。一人で寂しかったし」
「あー。狙ってるー?」
「そんなんじゃないって。とにかく、三ヶ月間ね。引き受けるよ!今日からでもいいよ」
「ありがとう…!」
咲苗と女性は笑顔を浮かべる。
しかし、隼は曇った表情を浮かべ、咲苗を見つめる。
咲苗は女性としばらく談笑。
その後、隼は荷物をまとめるために一度、咲苗とともに身を寄せていたマンションへ。そして、バッグへ洋服などを詰める。その表情は曇ったまま。
「ほんとにごめんね…」
微かに聞こえる咲苗の言葉からすぐ、バッグのファスナーを閉じた隼は咲苗へ視線を向けると、何も言わず、小さく頷く。
そして再び、二人は女性の住むマンションの部屋の前へ。
時刻は、午後三時五十一分。
「じゃあね、隼。八月末に迎えに行くから。良い子にしてるんだよ?」
「う、うん…」
隼の表情は変わらない。
咲苗は申し訳なさそうな表情を浮かべ、再び隼の頭に右掌を置く。
「ほんとにごめんね…。でも、すぐ戻ってくるから…」
姉の言葉に小さく頷く弟。
応えるように咲苗も小さく頷く。
すると、次の瞬間。女性のやさしい声が隼の耳に届く。
咲苗の声ではない。
「隼君」
隼は声のする方向へ視線を向ける。
そこには。
「私、
笑顔で右手を差し出す女性の姿が。
隼は女性の右手を見つめる。
彼女の手はどこか咲苗の手に似ていた。
その瞬間、隼の心の隅に潜んでいた寂しさのようなものが消え去り、表情には笑みが。
そして。
「
隼は頭を下げると、陽菜子と握手を交わす。その感触はまさに咲苗の手、そのものだった。
陽菜子は笑顔で頷く。
陽菜子と握手を終えた隼は咲苗を見つめる。
寂しくなるからではない。
「ねえ、お姉ちゃん…。陽菜子さんって…」
隼のその先の言葉をかき消すように、咲苗と陽菜子の声が。
「じゃあ、よろしくね。陽菜子」
「うん!任せて!」
隼は咲苗に何を尋ねたかったのだろう。
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