ダンジョン攻略者学校の仮面教師

@highvall

第0話

「お兄ちゃん……お兄ちゃんっ!」


 呼びかけに応じて、泥のように沈んでいた意識が浮上する。

 顔にはさらりと髪の毛のような感触が頬を流れる。俺は重たかった瞼を持ち上げると、そこには天使がいた。


「おはよう彩音。今日も可愛いね」


 俺は手を伸ばし、妹の頭を撫でるとサッと避けられた。


「やめてよね。もう子供じゃないんだし」


 俺は気怠い体に活力を入れ上体を起こす。


「最愛の妹を愛でるのは全兄の義務だと思わないか?」


 妹は、腰に手を当てもう手遅れですと言うべきか諦めたような表情で溜息を吐く。

 そんな表情もまた愛らしいのだが。


「お兄ちゃんのことが心配だよ。ちゃんと自分で起きてほしいのに」

「無理だな。妹に起こしてもらうなんて役得諦めるわけがないだろ?」


 俺はキメ顔でそう言った。


「そんなこと言っても、私。春から東京の攻略者学校に入寮するし自分で起きてよね」

「は?」


 なん……だと……。

 この世の終わりか? これが終末世界なのだろうか?


「う、嘘だよな……?」


 喉から震えた声が漏れる。俺は藁にも縋る思いで、震える手を伸ばす。

 そんな俺の様子とは裏腹に、妹は机の上に放置されていた紙の中から一枚の紙を取り出し、震える俺の手に渡される。

 そこにはデカデカと攻略者学校の案内についてと書かれていた。


「俺も一緒に暮らせるんだよな……? 妹無しの生活なんて」

「お兄ちゃんついてこないでよね。偶に連絡はするし、寮だから無理だよ」


 希望は涙と共に儚く散った。

 絶望に浸る俺を余所に、最愛の妹は扉の方に向かう。妹は扉に手をかけ、ドアを開く。妹は思い出したかのように、こちらを振り返る。


「お兄ちゃん。これを機にしっかりしてよね」


 そう言って、妹は部屋を後にする。


 一人取り残された俺はあることを思い出し、動揺しながらも枕元に置いてあったスマホに手を伸ばす。

 登録されたアドレスは2件のみ。そのうちの片方は妹だが、今回は別の方にかける。

 通話ボタンを押し独特なメロディーが流れる。


『はい。もしもし、こちら朝比奈――』

「妹が攻略者学校に行くの知っていたのか⁉」


 通話相手の話をぶった切る。

 電話の相手――朝比奈纏が深く溜息を吐いているのが電話越しにも聞き取れた。


『あなたから電話なんて珍しいと思いましたが、そういうことですか。もちろん知っていますよ。逆に知らなかったんですか?』


 俺は、つい先ほど焦って声を大きくしてしまったが、まだ家に妹がいるかもしれない。手で口元を覆うようにして小声で喋る。


「なんとか止める方法はないのか?」

『この前成立した法律で新たな覚醒者は攻略者学校に行くのは義務ですので、いくら政府秘蔵のの黒鉄さんの頼みとは言え無理ですね』


 そ、そんな……。

 妹があんな危ないダンジョンに……? お兄ちゃん心配だよ?


『ですが、良い案がありますよ』

「本当か⁉」


 俺は藁に縋る思いで、聞き返した。


『えぇ。妹さんと一緒にいる方法が』


 俺はゴクリと喉を鳴らす。


『攻略者学校の教師になればいいと思いませんか?』

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