もしもし私ヤンデレ、今あなたの隣にいるの。
稲井田そう
第1話
春は出会いの季節というけれど、今年から是非とも再会の季節を提唱したい。なぜなら私、浜瀬瑠璃は、今年の春、とうとう高校と大学で離れ離れになってしまった私の恋人――帆坂尚人くんと再会できるからだ。さらに! 一緒に! 住める!
「尚人くんっ! ひ、久しぶり! 元気だった」
「久しぶり、瑠璃。夜行バス疲れなかった?」
燦々と春の日差しが降り注ぐマンションのエントランスで、私の二歳年上の幼馴染、尚人くんが穏やかな笑みを浮かべる。この春、私は彼と同じ大学に合格して、さらに彼の住む2kのお部屋へと引っ越ししてきた。
尚人くんが大学進学を機に一人暮らしするまで、私達はお隣さん同士だった。小学校、中学校、高校と同じところに通学して、私の方が帰りが早いと帰り道待ち伏せしたり、めちゃくちゃくっついて回っていた。最終的には押し倒し、結婚してくれなきゃ死ぬと、結婚の約束まで取り付けたのだ。
「じゃあ、行こうか。ダンボールはもう運んでもらってるんだよね? 荷解き手伝うよ」
「ありがとう……!」
数学や物理が得意で、すらっとしてて、地毛が栗色で王子様みたいで、かっこよくて、カメラが趣味で、もう王子様みたいで、優しくて、音楽をよく聞いていて、おだやかで、もうとにかく王子様みたいな幼馴染であり恋人の尚人くん……!
そんな彼とこれから一緒に住めるのだと、私はこれから始まる新生活に目を輝かせながら、彼の隣を歩いたのだった。
◆◆◆
「尚人くん、荷解き手伝ってくれてありがとう……! よ、よければなんだけど、ら、来週とか空いてる日ない? い、一緒に買い物とか、ど、どうかな?」
「いいの?」
「もちろんだよ!」
お姫様みたいなピンクや白の猫脚家具に、お花の柄の小物が並ぶ景色、そしてそこに彼が佇む姿を見て、私はうっとりする。本当は、二畳くらいのお部屋で、ぴったりと尚人くんと寄り添って暗闇の中で過ごしたいくらいだけど、
あれから彼に荷解きを手伝ってもらったことで、一週間くらいかかりそう……と思っていた部屋の片付けが全部終わった。
「新入生が大学始まるのは……来週だっけ? その日は俺も行く日だから、よければ大学の中を案内するけど……どうする?」
「いいの?」
「もちろんだよ。多分俺の方が早く終わるから、迎えに行くね。あ……」
尚人くんが「ちょっと待ってて?」と部屋を出ていってしまった。すぐとなりでバタン、と扉の開いた音がする。もしかしてこの部屋、彼の部屋の出入りがわかるのでは……? 壁に聞き耳とか立てれば、彼の生活音が聞こえてしまうのでは?
いや、駄目だ……犯罪だもん。私は尚人くん側の壁に引き寄せられそうになるのをじっと耐える。この部屋は壁側だから、なるべく彼と反対側の壁に立ってよう。触ったら最後、頬ずりとか変態っぽいことをしてしまうかもしれない。
「おまたせ、瑠璃」
ぐらぐらと煮えるような欲求に耐えていると、尚人くんが戻ってきた。彼はフリルリボンのついたラッピングボックスをもっていて、それを差し出した。
「大学の合格と、引越しのお祝い。ずっと隣空いててどんな人が引っ越してくるんだろうって思ってたから、瑠璃が引っ越してきてくれて嬉しい。これからよろしくね」
「あっ、あ、ありがとう……! 開いてもいい?」
「どーぞ」
ぱかっと中を開くと、中にあったのはキーケースだった。ピンク色の、ふわふわのファーとラインストーンがびっしりと貼られたくまちゃんだ。あまりの可愛さにどう触っていいかわからないでいると、尚人くんは「好きかなと思って」と、私の頭をぽんとなでてくれた。
「大好き……! ありがとう……!」
尚人くんが……! 大好き……!
結婚して! 今すぐに! でも、まだ私はお金もないしお仕事もできてない。大学でたくさん研究して特許を取って、ただ尚人くんに貢いで暮らしたいと願いながら、私は彼に抱き着いたのだった。
◆◆◆
翌日、私は尚人くんと夕食の食材を買いに街へ出た。この街のことは尚人くんが暮らすと聞いてから調べ上げちゃってるけれど、私は「薬局はどこにあるの?」とついついあれこれ聞いてしまう。
「本屋さんは近いのかな?」
「ちょうど瑠璃から見て、右側に……ほらあそこ。ちょっと寄って行こうか」
「うん!」
毎月買ってるファッション雑誌を買おう! 尚人くんと一緒に暮らすから、レシピ本もほしいと私は何度もうなずく。
「俺、ちょっと工学のところに行ってきてもいいかな」
「うん。わたし雑誌売り場にいるね」
颯爽と本屋さんの奥へ進んでいく尚人くんを、網膜に焼き付け、私は棚へと振り向く。春だしインテリアの雑誌も買おうかなと、手にとった雑誌をぱらぱらめくり、愕然とした。
ヤンデレとは!
誰かを好きすぎて、精神を病み、狂気に堕ちてしまった人のことを差す。
以下の八つの項目をチェックしてみよう!
チェックが多ければ、あなたの彼女はもしかしたらヤンデレ彼女かも!?
一、…………
二、……
三、
目に入ったその特集に衝撃を受け、私はその場から動けなくなった。
◇
「頼むから違うと言って……!」
家に帰ってきた私は、尚人くんと夕食を食べ、自分の部屋にいた。買った雑誌を広げ、ばさばさとページをめくる。半ば血眼になりながら該当のページを探し出した私は、千切れんばかりに力いっぱい開く。
『ヤンデレ彼女特集』
そこには、付き合ったヤンデレ彼女……、言わば相手が好きすぎて精神を病んでしまった彼女の体験談や、ヤンデレ彼女と付き合う心得、付き合うメリットデメリットがのっている。
けれど、もう雑誌の全体的な雰囲気として「ヤンデレ彼女とは付き合わない方がいい」って感じがひしひし伝わってくるし、最後の方には「お勧めしない」とがっつり書いていた。
特集にはヤンデレ彼女チェックシートがあり、八つある項目のチェックが多ければ多いほどヤンデレだけど、最悪なことに、私は八つの項目の内七つに当てはまっている……みたいだ。
隣では、尚人くんが勉強している以上、大きな声が出せない。私はベッドにのりあげ、蝉がしんだように足を浮かせて振るわせる。
ひとしきり雑誌に顔を突っ伏しばたばたと暴れた私は、心を落ち着けようと彼に貰ったキーケースを握りしめる。すると尚人くんへの愛と、私は彼女なのだからという事実に、勇気がわいてきた。
もしかしてよく読めば違うかも! 私はヤンデレじゃないかもしれない!
淡い期待を抱きながら、まず一つ目の項目に目を通した。
『ヤンデレ彼女チェック その一、想いが重い』
「あああぁぁぁあぁぁあぁあぁぁぁぁっああああ!」
私は枕に顔を押しつけ、声を殺しながら叫ぶ。駄目だ。完全にアウトだった。初手アウト、最悪だ。もう死ぬしかない。何なの! 何なんだよもう!
想いが重いって、想いが重くならないわけなくない! だって私が尚人くんに恋をしたのは四歳の頃だ。そして今は十八歳。
想いが重くならない訳がなくない? 十四年間好きなのに。だって十四年って言ったら、赤ちゃんが中学生になってる。
無理じゃん。見る度好きって思って好き成分が溜まっていくのに無理じゃない?
十四年間だよ?
一年に一リットルバケツに溜めてたら十四リットル溜まるよ? それで軽かったらむしろおかしくない? そっちが異常じゃない?
出会いだって、好きにならない方が無理な出会いだった。
十四年前の夏。ブスブスブスブス、ブスブスブスブス、近所の子に言われて虐められていた私は近くに引っ越して来た尚人くんに助けて貰った。
押されたり腕を引っ張られたり、スカートめくられたり、もう何かの仇かってほどずっーと虐められて辛かった。
そんなところを助けて貰ったら好きになっちゃうよ。
それに尚人くんは私を助けてくれただけじゃなくて、一人ぼっちでいた私とずっと一緒に遊んでくれた。
私が何か無くせば一緒に探してくれたし、何処に行くにもついてきてくれた。あっちは妹くらいにしか思ってなかっただろうけど、とにかくずっと優しくしてくれたのだ。
好きにならないわけがない。
想いが重くならないわけない。片思い十四年舐めないでほしい。
次の項目に目を向ける。そしてまた私は絶望した。
「ああああああああああああああああああああああ!」
『二、嫉妬深く束縛が強く邪魔なものを排除する』
「好きなんだから当たり前じゃん……仕方ないじゃん」
バシン、とやりきれない思いを雑誌にぶつける。何でよ、するよ嫉妬くらい。だって好きだもの。束縛だってしたくなるよ。だって取られたら嫌だもん。私のじゃないけど。
「辛い……」
辛いほどに、思い当たる節がある。
だって私はブスだもの。可愛くない。今まで男の子で私に可愛いと言ってくれたのは尚人くんだけだ。男子生徒は私に寄りつかないし、あまりにブスすぎて女子の皆に「瑠璃ちゃん可愛いよ!」と毎日励まされているくらいだ。
尚人くんの私への気持ちは、きっと同情とか、妹としてだと思う。そんなの分かってる。痛いほどわかってる。
死にたい。
でもそれでもかっこいい尚人くんの隣に立ちたくて、メイクもスキンケアもボディケアもめちゃくちゃ頑張って努力してるつもりだ。
でも、やっぱり尚人くんの近くに可愛い子がいると、私は尚人くんに不釣り合いだな、好きだって思うのも身の程知らずなことなのかなって、死にたくなって可愛い子に嫉妬する。尚人くんが修学旅行とか、友達と遠くへ遊びに行くことを聞くと嫌だなーと思って、天気悪くなって中止にならないかなって思ったりする。
だって、私のいないところで尚人くんが他の女の子といい感じになったりしたら嫌だもん。
「邪魔なものは排除かあ……」
邪魔とは思ってないけど、同級生で尚人くんを好きな子がいて、彼に手紙を渡してほしいって言われたけど、絶対嫌で断ってしまった。多分そのことだよね……。うう、辛い。
いや、むしろ尚人くんがかっこいいのがいけないよ!
だって私がもしも可愛い、彼にお似合いの女の子でも嫉妬しちゃうし束縛しちゃう。
尚人くんは優しくてかっこいいし、誠実だし、すごく気が利くし、すごく大人。
なのにちょっと子供っぽいところがあったり、天然なところがある。普通にしてても好きになるし、そうじゃなくてもそういうギャップで好きになる。
だから尚人くんはモテモテだ。だから嫉妬するな、束縛するなっていうのが無理だよ。目を離した隙に誰かに取られちゃうもん。
「じゃなくて、これがヤンデレの思考なんだって、もう、馬鹿! はあ……次……」
『三、何処までもついて行く』
「あ、これしてな……ああああああしてるうううううううううううう」
もう嫌だ、本当辛い。これめちゃくちゃしてる。
本当は、尚人くんのおトイレだってついていきたい。彼のお世話なら、なんでもしてあげたい。ぴったりくっついて、骨とか同化しちゃえ! なんて、毎日祈ってるくらいだ。
今から埋まる? 穴は掘れるけど誰が埋めるの?
「……どうしよう、引っ越す? 嫌われたくないよ……」
祈る想いで、次の項目を見る。
『四、持ち物を盗んだり、盗み撮りをする』
「ああああもう! なにこれ! 嫌だもう! だいっきらい! こんな雑誌!」
座ったまま、ばたばたと地団駄を踏む。何これ、もうピンポイントで私を狙ってきてない?
私に恨みでもあるの? この特集私のこと狙ってない? 絶対許さないんだけど。持ち物を盗む。いわば窃盗だ。確かに私は、尚人くんの持ち物を盗んだことがある。
小学校……、私が三年生で、尚人くんが六年生の時、
私のタオルと、尚人くんのタオルを交換したことがある。その頃はまさか尚人くんと付き合えるなんて思っていなかったから、思い出のかわりにと……交換してしまった。
完全に、盗みと同じだ。
スーパーが閉店してるときに代金さえちゃんと置いておけば、忍び込んで商品勝手に取って行っていいわけない。それと同じだ。
盗み撮りもした。
高校入学したての頃のことだ。私は高校、尚人くんが大学で、会える時間が少なくて、いつでも見れる写真が欲しいと思って、帰宅途中の尚人くんの写真を一枚だけ撮った。
そして待ち受けにしている。辛い。一枚は一枚でも立派な盗撮だ。でも消せない。苦しい。今日も朝眺めてしまった。
「はあ、でも、まだ……」
『五、相手の全てを把握しないと気が済まない』
「はああ……」
もう、身に覚えがありすぎて辛い。だってこれ、SNSとかのことでしょう?
尚人くん、あんまり呟いたり投稿したりしないけど、通知来るようにしてるよ……。めちゃくちゃ繋がってるし、すぐいいね押す……。爆速で押してた……。本当にもうやだ……。私、います! みたいなアピールしてた……。泣きたい。
今からでも遅くないかな……尚人くんのフォロー外す?
急に私がいなくなったらどう思うかな……?
過干渉終わったと思う……? しんどい……。嫌だよそんなの……。もういいねもしない……。カップルアカウントもほしいくらいだった……。
「尚人くん嫌いにならないでぇ……やだよぉ……」
『六、強引にものごとを進める』
「ふえええ」
無理死のう。何これなんでもっと早く読まなかったの?
これ発売いつ?
「ああああ一昨日じゃん」
雑誌の裏の発行日を見て私は床に雑誌を叩きつけた。
もっと早く出版しててよ、小学校の国語の教科書に載せておいてよ。辛い。もっと早く教えてほしかった。したばっかりだよ。尚人くんが県外の大学に行くって聞いて、付き合ってくれないなら死ぬって脅して付き合ってもらったんだよ……。
そして、私のことをちゃんと好きになってもらえるように、頑張ってたつもりだったんだよ……。
でも、駄目みたいだ。私は尚人くんに、完全に嫌われている。そうだよね。こんな重いし、尚人くんに対して感情を無視したことばっかりしていたんだもの。嫌われて当然だよね……。ああ。中学くらいに時が戻ればよかったのに。そうしたら、すこしは……、
「……あとなんだっけ……」
『七、思い余って監禁しちゃう』
「閉じ込めごっこのことかああああああああああああああああああ!」
してたよ。これもしてる。
小さい頃尚人くんとしてた遊びだ。クローゼットに入ってただ閉じこもる遊び。
鬼のいないかくれんぼで誰にも隠れることを言わないで、周りの人に気付かれないようにする遊び。その中でお菓子を食べたりジュースを飲んだり、こそこそお話をする。
私は尚人くんを独り占めできるみたいで、楽しかったし大好きだった。
「その頃から監禁願望があるって末期じゃん……」
もう絶望しかない。八つ目の項目に全てを賭けつつ見る。
「八は……、ないな、これは流石にない。良かった……」
八つ目は、多分これ書いた人がネタが無くて適当に埋めた感じだった。当てはまらないのも当然だけど、ちょっと安心する。
「尚人くんに土下座して、別れないでってお願いすべき……? それが重いのかな……? 死んで詫びるのもいやだ……尚人くんと結婚したいよぉ……」
枕を抱きしめて絶望していると、こんこん……とノックの音が響く。そうだ。もう私の部屋じゃない。隣に尚人くんがいるのだと、扉を開いて土下座しようとすると、彼は「なんか叫び声聞こえたけど、虫とか出たかな?」と私を心配してくれていた。
「ううん……そういうのじゃなて……」
「じゃあ何? もう、俺たち一緒に暮らしてるわけだし、悩みがあるなら話してよ」
尚人くんは私を抱き寄せ、「恋人同士だし」と、優しく私の背中をたたく。私は目の奥が厚くなって、「尚人くん、私のこと嫌いじゃない?」と、超ド級の重量発言をしてしまった。
「なんで? 瑠璃はすごく軽いよ? 持ち上げられるし、このままどこへでも連れて行けそう」
「ち、違うの。私ほら、尚人くんのこと、好き好きって言ってるし、その、ずっとくっついてるから、邪魔じゃないかなって」
「瑠璃が邪魔なわけないでしょ? 彼女のこと邪魔だと思う彼氏なんてどこにもいないよ」
尚人くんは澄んだ瞳で私を見つめる。
「なにか言われたなら、そんなの気にしなくていいし。俺は瑠璃のこと大好きだし、ずっと一緒にいたいよ? こうして一緒に住めるなんて、夢みたいだし」
「そ、そうかな?」
「うん。だから、あんまり一人で悩まないで?」
「わかった……」
頷くと、尚人くんは「いいこ」と私の頭をなでる。
「俺はたぶん、瑠璃が思っている以上に、瑠璃のこと好きだよ」
彼は私のおでこにキスをした。私はこの上なく幸せな気持ちになって、彼を抱きしめ返したのだった。
◇
『ああああああ、尚人くんに嫌われちゃうのやだあああ! 尚人くん結婚して……ずっとそばにいて……』
イヤホンを通して聞こえてきた声に、瞳を閉じてうなずく。壁を隔てた向こうには、瑠璃がいるのだ。借りているマンションは防音完備だけど、俺と瑠璃の部屋の間だけは、音がより聞こえるようにしているから、別々に暮らしているときと違って返事が出来ない。彼女の声にしみいっていれば、隣の部屋からかすかにベッドのきしむ音が聞こえてきた。
今までも録音してきたと言えど、生音はやはり違う。
自室の椅子の背もたれに身を預けながら、キーボードの操作をすると、モニターの中で雑誌をばんばん叩く瑠璃の顔がアップになった。音は響いてアレだけど、性能の良いワンランク上のモデルを購入した甲斐もあって吐息まで良く聞こえる。
俺はふっと笑って、瑠璃の部屋にあった雑誌、そして一斗缶を持って台所に向かう。
瑠璃のことを誑かした雑誌。隣で俺がしっかり瑠璃の声を聞いていなければ、瑠璃が俺から心変わりしたかと思って、危うく全部の計画を台無しにして、監禁するところだった。
ずっと、瑠璃の事が好きだったのに。瑠璃を手に入れる為にずっと計画を立て実行してきたのに。
「今までずっとずっとずっと我慢して積み立てて来たものを、こんなものに邪魔されるとはなあ」
目を閉じると、初めて瑠璃を見た時を思い出す。初めて出会ったあの日。
瑠璃は可愛くてまるで人形みたいで、俺が守ってあげなくちゃと思った。でも瑠璃の周りの同世代の猿共は瑠璃の気を惹きたいと虐めた。
好きだから気を惹きたいが為に押してみたり、どこかへ連れて行こうと引っ張っていた。普通に優しくしてあげればいいのに。
あいつらはきっとどこか歪んでるんだ。俺は瑠璃をそんな馬鹿な猿共から助けてあげて、そいつらを瑠璃の見ていないところで潰した。
閉じ込めごっこと言って、
瑠璃と小さなクローゼットに閉じこもる遊びは本当に楽しかった。
瑠璃と狭くて暗いところに閉じこもって、おしゃべりをする。その間瑠璃は誰にも見られないし、俺しか認識できない。あれは最高だった。大人になった今でもまたやりたい。
思い返してみれば、小学校は楽しかった。瑠璃と通えたから。
でも中学、高校は一緒に通えないから苦しくて、苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて、瑠璃が待ち伏せしてくれる時間まで帰る時間を遅らせて一緒に帰ったし、瑠璃が行きたがるように、瑠璃の前で学校行事の話をしたし、会えない時は偶然を装って瑠璃の親に会って、行事の話をして、瑠璃の耳に入るようにしていた。
瑠璃の行動を把握して、先回りして俺を見つけられるようにしたことも、何度もある。
それだけじゃない、瑠璃の親に偶然を装い接触して、俺の通う大学がどんなにいい大学かの話をしたし、瑠璃にも同じような話をした。偏差値は瑠璃は少し足りなかったけど、俺が勉強を教えてフォローした。
ぜんぶ、瑠璃を同じ大学に通わせ、実家から離れさせ二人暮らしをするためだ。しかしうれしいことに、俺が大学に入学する少し前、瑠璃は「付き合ってくれなきゃ死んじゃう!」と俺に交際を求めてきたのだ。その場で襲い掛かりたくなったけれど、瑠璃は俺を「人畜無害な尚人くん」だと思っているから、きちんと理性をもって対応した。
ふとパソコンのほうに振り返り、モニターに映る瑠璃を見る。
ぐっすり眠り寝返りをうってるのがばっちり分かるし、別のカメラでは口がもごもご動いてるのがはっきり映っていた。
やっぱりカメラは高画質に限る。買い替えて良かった。瑠璃の声を聴きすぎてイヤホンが壊れて、カメラはついでに新しくした形だったけど、本当に全然違う。
「我ながらけっこー重いと思うけど、でも瑠璃も俺の事好きだし、両思いだもんね? 俺たち」
瑠璃だけは言ってくれた。
生まれつき黒髪では無く茶色い髪を持っていた俺を、髪の毛、綺麗だねって。王子様みたいだねって。
瑠璃だけは言ってくれた。
今まで誰も言ってくれなかった。
幼稚園も小学校も、染めた方がいいんじゃないかって両親は口論になっていたし、先生もそれは元々の髪の色じゃないってずっと言っていた。
けれど瑠璃だけは王子様みたいだって、瑠璃と結婚してって俺を救ってくれた。
ある程度歳を重ねてからこの茶色い髪を素敵だなんて言う人間は出て来たけれど、どうでもいい。むしろ瑠璃の綺麗な言葉の上から泥をかけられた気分になって吐き気がする。
瑠璃はあの時の言葉を、そこまで重要視していないと思う。でも、それでもあの言葉は俺の救いだった。
可愛くて、優しい瑠璃。
ちょっと天然で、何事にも一生懸命で、努力家な瑠璃。好きにならないわけが無い。だって全部が可愛くて、愛おしい。
早く、俺のお嫁さんになってほしい。俺だけのものになってほしい。
「なのにこの雑誌ときたら……。俺の瑠璃を泣かせて……。まあ、俺に嫌わないでって言う瑠璃は、……はは……あぁ……すごぉく可愛かったけど……さ……」
雑誌に火をつけ、そのまま缶に放る。雑誌がどんどん焦げ炎にのまれていく。視界に入ったのは、八つ目の項目だ。
瑠璃が、当てはまらなかったと言っていた。それ。
『八、最悪の場合好きな相手すら殺めてしまう』
「好きな女の子は殺さないよ、周りの奴は殺すけど」
雑誌が燃え尽きるのを見てきちんと火の始末をすると、俺は部屋へ戻ったのだった。
もしもし私ヤンデレ、今あなたの隣にいるの。 稲井田そう @inaidasou
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