巷で噂のヤンキー獅子井くんは心底面倒臭いし普通に重い
稲井田そう
第1話
「おい、何してんだ殺すぞ」
麗かな昼下がり。
午前授業を終えた帰宅途中、金の髪に鋭い目つきの男子高校生が別の学校の生徒三人を睨みつけている。
治安が悪い。
そしてこんな真っ昼間から殺人予告をし街の治安の悪化に協力しているのが、私の幼馴染で彼氏の
校則違反である第二ボタン開き、シャツを出した着崩しスタイルから覗く筋力は、スタイルこそすらりとしているが中々のもの。その風貌も相まってどう見ても「えげつないヤンキー」にしか見えない。
が、成績は優秀、スポーツ万能、両親は医者と看護師で自分も将来医者を志している。
属性多重事故、存在が二次元に片足を突っ込んでいる。神様のふざけたキャラメイクとしか思えないスペックだけど人間は誰しも欠点が用意されているもので、勿論彼にも欠点がある。
見た目がえげつないヤンキー、とかではなく、内面的な欠点が。
ちなみに真昼間から殺害予告をしてしまうというところではない。
獅子井くんが殺害予告をした相手は、中学生相手に恐喝をする三人組だからだ。中学生は獅子井くんに怯え逃げてしまった為、今はどう見てもえげつないヤンキーが三人に因縁をつけている様にしか見えない。
このままだと獅子井くんが通報されてしまう。
「獅子井くん、普通に警察に行こうよ、防犯カメラがあるから、恐喝は犯罪だし警察も動いてくれるよ」
何人も殺してきました! みたいな表情で三人組を睨む獅子井くんの腕を引くと、彼は「顔覚えたからな!」と三人組に念を押して歩き出した。
◆
獅子井くんと一緒に交番に行き今日あったことを伝えると、パトロールを強化してくれるようだった。良かった。途中私が何か獅子井くんに脅されているのでは、と誤解され、それを解くのに時間がかかったくらいだ。
それから、勉強会をしようと一緒に私の家へ帰ると、獅子井くんの欠点であるそれは起きた。
「おい、おーい、あさひぃ! 聞いてんのかよ、おーいー」
ガタガタと揺れる私の机。
こんなに揺らされれば勉強なんてレベルじゃない。道がガッタガタの車内でもこうはならないし、アウトローなカーチェイスでもこうはならないはず。
これは別に私が自発的に揺れているわけでも、驚異的な勉強をしているわけでもなく、ただ単に獅子井くんの身体が机にぶつかっているからだ。
獅子井くんは腕も足も長い。
それに鍛えていて、どこもかしこも硬い。「力を入れてみてよ」と頼むと、腕をそのまま使って釘でも打てそうなくらいになる。
だから、獅子井くんの身体が少し机にあたっただけで、かなりの衝撃を作る。今彼は身振り手振りを交え大胆に己を主張している為、かなりの衝撃波が私の机を襲っているのだ。
「なに」
「ノートばっかり見てたら嫌だっつってんだろ!」
「いや勉強だから、ノート見ないと出来ないからさ」
「勉強と俺、どっちが大事なんだよ?」
出た。
この質問がほぼ毎日繰り返されている。
基本獅子井くんは毎日家に来て、この質問をして暴れる。そして次にくる質問も分かっている。
「俺のこと好きじゃねえの?!」
「好きだよ」
「じゃあ構ってくれよ! お話しろ! 優しくしてくれ!」
他ならぬ獅子井くんの欠点、それは心底面倒なところである。
「じゃあ一緒に勉強しようよ獅子井くん」
「分かった、どっからだ」
獅子井くんはさっきまでの大暴れが嘘のように私の教科書に目を通し始め、教師や学習塾もびっくりの分かりやすい授業を展開しはじめた。
ありがたいと思いながら獅子井くんならぬ獅子井先生の授業を受けていると、私のスマホが鳴った。
「誰? 誰から電話だ?」
スマホを手に取り確認すると、獅子井くんが途端にそわそわし始めた。
「知らん番号だこれ、何だろ」
「本当か? 見せろ?」
面倒なのでそのままスマホを獅子井くんにかざす。
「知らない番号じゃねえか!」
獅子井くんがバキィッと握っていたペンを折った。獅子井くんのペン、死す。流石握力八十。林檎も潰せるんじゃないかと思う。ミキサーが壊れていて林檎が手元にあってリンゴジュースをめちゃくちゃ飲みたい時、彼はきっと光り輝く。
「おいこの番号……」
「インク」
獅子井くんは漏れたインクが垂れないようにそっとゴミ箱に移動し、処理を終え、飛び散ったインクをせっせと拭いはじめた。こういうところが彼の憎めないところだ。そして一通り確認すると、改めて声を荒げた。
「それで! 男か!?」
男かと言われても、そもそも私の番号は両親、獅子井くんくらいしか入ってないし知らない。男も何も、知らない番号からかかってくるはずはない。
クラスの子の番号を登録すると勝手に消えるし、相手も消えるらしい。メモを交換しようとしたら、獅子井くんが「個人情報だろうが!」と怒るためメモの交換もしてない。
故障を疑って修理に出したけど直らないし、買い替えようにも今のスマホは高校の入学祝いで買った最新機種だ。
お金もかかるし手続きも面倒だ。それにクラスの連絡は獅子井くんに聞けばいいし不便も無い。
履歴を確認して調べると、帰ってきてすぐ頼んだ宅配ピザ屋さんの電話番号だった。
「これピザ屋の番号だ さっき頼んだやつだよ。何かあったのかな」
「ああ、ピザ屋か、忘れてたわ」
電話を掛け直すと、ピザのバイクが途中で事故にあったらしい。バイクにも従業員にも怪我は無いけど、私たちのピザがめちゃめちゃになったから遅れるとのこと、代金はいらないそうだ。
「なー、ピザ俺が受け取るからな、絶対、家割れてんだから気をつけろよ、何してきやがるか分からねーからな」
「会ったことも無い人を悪くいうんじゃないよ獅子井くん」
「実際お前俺みてえなのに好かれてんだろうが」
「自己否定はよくないよ獅子井くん」
獅子井くんは心底面倒臭いし重いけど少し繊細で心配性でもある。
そんな獅子井くんだけど、昔からこうではなかった、
実はあるきっかけが……なんてことはなく、思い返せば元からこういう感じだった。えげつないヤンキーが、面倒くさくて重くなってしまった、のではなく、元々面倒くさくて重い人間が、えげつないヤンキーという属性を得てしまった感じである。
私が獅子井くんと出会った幼稚園の頃、彼はいじめられていた。
そこに当時祖父の影響で時代劇にハマり、「正義の心! 成敗! 強いものが好き!」と戦闘に憧れ、半ば戦闘に対し惹かれていた私が、いじめっ子を撃退したのが出会いだ。
一方の獅子井くんは非常に大人しく、どちらかといえばかなり気弱でわりとよく泣く子供だった。そして髪も黒かった。
獅子井くんと私はそれをきっかけに遊ぶようになり、家が近いことも判明してよく遊んでいた。
ただその頃から私が別の子と遊んだり、獅子井くんとの遊びに他の子を混ぜたりすると泣いていたから重さの片鱗はあったように思う。
それから幼稚園、小学校、中学と年齢を重ねても、私たちはいつも一緒に居た。
流石に中学生ともなると、「あの二人付き合ってるんじゃない?」と冷やかされることはあったけど、放っておくとその話題は『人気の数学教師と容姿端麗な女子生徒が付き合っている』という強烈な話題により完全に食われて消え、一緒にいても「仲の良い幼馴染」として冷やかされることも無くなった。
それから月日は流れ中二の夏、私は父の都合で転校、引っ越すことになった。
獅子井くんは荒れた。非行の方向ではなく私を見ると泣き、私の名前を出すと泣き、私に関連する物を見ると泣く。
引っ越し前夜、というか深夜、獅子井くんは包丁片手に、神妙な面持ちで一緒に死のうと持ち掛けて来たので、「馬鹿な事言うんじゃない」と殴り飛ばした。
普通に手が痛かったし獅子井くんはびくともしなかったけど、それから考えを改めたのか「じゃあ永遠を誓って!」とよく分からないことを言い始めた。
しかし明日は引っ越し。むしろ日付が変わりそうで眠かった私は力強く頷き、獅子井くんを家に帰した。
獅子井くんは今際の別れのような言い方をしているが、私の引っ越す県は隣の県、それも電車で一時間の距離である。
それから一年と少し、私は高校進学を機に自分の住んでいた街に帰ってきた。そして引っ越し早々、私は獅子井くんと、一年ぶりに会うことになったのだ。
獅子井くんからは引っ越してから毎日二十件近くメールが来て、電話は朝昼晩の三本、電話に出ないと二百件ほどかけてくるなど連絡は途切れたことは無かったものの、実際に会うとなると予定が合わなかった。
久しぶりの幼馴染との対面ということで緊張していると、そこに現れたのはえげつないヤンキー。
さらに眼光鋭く睨みをきかせて近づいてきたものだから、「あ、死ぬな」と思った。そのヤンキーこそ、獅子井くんだったのである。
獅子井くんは中学二年生の夏から、高校入学直前の春の一年ちょっとの間で、えげつないヤンキースタイルに変貌してしまったのであった。
そんなヤンキー獅子井くんから高校が同じなこととか、永遠を誓ったんだから付き合うのは当然とか、結婚もするとか色々説明を受けて付き合うことになり今に至っている。
後から知ったことだけど、獅子井くんは学生の中ではかなり有名でありながら、悪いことは喧嘩と服装の崩れのみ、他の非行は一切しない稀有なヤンキーとして有名になっていた。
その喧嘩というのも見ている限りは、さっきのようなカツアゲしている人間に対してだったり、痴漢やひったくり相手で、正直服装と態度が乱れているだけの比較的暴力的な徳の高い人である。
はじめて変貌後を見た時は「死ぬな」と思ったし、「えげつな」とも思ったけど。
再会から獅子井くんは、割とナチュラルに家に入ってきたり、それどころか部屋に居たりする。
見た目や話し方は大幅に変わったものの内面はわりとそのままで、私の家族とも引っ越す前と同じように仲が良く、父さんとは私の知らぬところで釣りに行ったりしているし、その釣った魚をメインディッシュとして一緒に夕食を囲むことも多々ある。
わりと距離が近いなと思うことはあるけど、別に嫌じゃない。距離が近いことに嫌悪を感じないのも、交際を始めたのもそれはひとえに私が獅子井くんを好きであるからだ。
幼稚園の頃魔法少女に興味を示さず、時代劇に惹かれていた私は園の他の子たちから女の子らしくないと口々に言われていた。
しかし、獅子井くんだけはそれでもいいよ、かっこいいよ、そのままでいいよと言ってくれ、肯定してくれたのである。
女の子に言い返して突き飛ばされ汚れた私の服を一緒に洗ってくれたり、一緒に時代劇を見てくれたりした。獅子井くん途中で寝てたけど。
「あのさ、幼稚園の頃の、私の初恋の獅子井くんの話なんだけどね」
何の気なしにそう言うと、獅子井くんは目をかっと見開く。「どこの獅子井!?」とカッターに手を伸ばした。
「落ち着きなよ獅子井くん、私たちの幼稚園に獅子井って子は獅子井くんだけだよ」
獅子井くんは顔を真っ赤にした。
この話は初めてする話だからだ。今まで照れくさくてしなかったけど、今日は何となく話をしたくなった。
獅子井くんはヤンキーで、心底面倒臭いし普通に重いけど、私の初恋、そして今もなお想う彼氏なのである。
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