魔女と名無しの千年譚

沖田円

【はじまり】

語り部による序章

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 遥か昔の物語。まだ世界が混沌とし、この地に人と魔物が共に在った頃の話。

 人々は凶悪な魔物に脅かされ、絶望の中で生きていた。魔物の王の統べるもと、魔物たちは人を喰らい、家々を焼き、世界を闇に沈め続ける。

 人々は屈せず戦い続けた。剣を握り、魔法を駆使し、恐れることなく魔物へ挑んだ。しかし魔王の強大な力に敵う人間は、誰ひとりとしていなかった。


 魔物と戦い続け長い歳月が流れた頃――<大厄災だいやくさい>と呼ばれる最悪の災害から、ちょうど千年が経った頃。

 太陽帝たいようていの守護する人の世に、突如、大いなる魔力を帯びた<救世きゅうせいの女神>が現れた。


<救世の女神>の力によって、すべての魔物、そして魔王は瞬く間に滅びていった。


 人々はようやく、永遠の安寧と幸福を手に入れた。

 脅かす者の無い遥かな空へ、喜びを謳い、希望に満ちた未来を祝福し、そしてそれらを与えた<救世の女神>を末の世まで崇め讃えることを誓ったのだった。

 それは、長きに渡る人と魔物との、悲劇の戦いの終わりであった。




 ――これから語るのは、この古の歴史の裏に隠された、真実の物語である。

 今も尚、多くの者に伝わり知られる語りではなく、ほんのわずかな者たちの心にのみ残った物語。


 異界より迷い込んだひとりの娘と、名も無き存在の物語。

 誰も知らない物語。

 とても長い時間をかけた、小さな愛の物語――。

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