第8話 実戦形式の稽古

「遅かったね、フラン。待っている間、たっぷり可愛がらせてもらったよ。フランのような乱暴者じゃなくて、優しいアスト様の弟子になりたいって、この子も言ってるよ?」


 アストさんの言い方はあれだが、内容は大体合っているので否定できない。


「……性悪女め。そいつの気持ちを勝手に語るな」


「電話で話した通り、この子はわたしがもらう。返してほしかったら、力づくで奪うといいよ」


 ようやくアストさんは俺の首から刃を離し、俺を乱暴に立たせた後、そっと耳打ちした。


「フランの動きを三秒だけ止めて。そうしたら、わたしが止めを刺すから」


「……殺しませんよね?」


「もちろん」


 実戦で試してみる、と言っていたのはこういうことだったのか。広範囲攻撃が可能なフラン先輩の情操ホロウを、吊針スティンガーの機動力をもって掻い潜る。


 情操ホロウの最大の弱点は、間合いを零距離にされること。触れていると、エネルギーが触れている箇所を伝って逃げてしまうのでダメージにはならないのだ。先輩の言う動きを止めるというのは、フラン先輩をこの手で拘束し、纏っている情操ホロウのエネルギーを逃がすということだろう。


 実戦さながらにフラン先輩を本気にさせようと、アストさんはあれこれ煽っていたのだろうか。

 ただでさえ感情的なフラン先輩は心素エモ量が莫大で、怒りに満ち満ちている今はなおのこと。迂闊に近づけば、その膨大なエネルギーに圧されてしまう。とにかく間合いを詰めながら、背後を取ろう。


 俺は早速吊針スティンガーを撒いて、まずは自分の足だけで距離を詰めようとする。ギリギリまで、新技は隠しておきたい。


「バカな真似はよせ。あの女に何を言い含められたのか知らないが、どちらを選ぶのがお前にとって最善か、よく考えろ」


 フラン先輩は情操ホロウを纏っているものの、俺に攻撃はしてこない。隙を突いたアストさんの一撃を警戒しているのだろう。この距離だと、予備動作なしでアストさんのフローターに反応するのは俺でもほぼ不可能だ。フラン先輩としても、俺に構っている余裕はないということか。なら、遠慮なく攻めさせてもらう。


 彼女の左側へ堂々と接近すると、さすがに纏った情操ホロウの一端を伸ばして牽制してくる。それをかわすように、ここで吊針スティンガーの軌道を使って、真反対に素早く移動する。呆気にとられたフラン先輩は、一瞬、俺の姿を見失ったように硬直した。

 その隙に、俺はフラン先輩の左手首を掴むことに成功した。身体に触れさえすれば、エネルギーの伝播が始まる。彼女の纏った情操ホロウは俺の手を伝って俺の周りにも漂い始めた。


「お前、フローターなんて使ってなかったのに……っ。あの女の入れ知恵か!」


 高速移動だと、すぐに浮走靴エアフローターの線を疑うらしい。アストさんの得意技術でもあるし、尚更か。


「クロ、そいつ、ちゃんと押さえてて。斬り落とされたくなかったら、ね」


 そんな物騒なことを言いながら、アストさんは自在剣ネオブレード心素エモを流し込み、刃を形作った。下手に動けば狙いが逸れて、逆に大ケガをさせる恐れもあるということか。できるだけフラン先輩にはじっとしていてもらえるよう、しっかり拘束しなければ。


 俺は一瞬彼女の左手を放して、吊針スティンガーの軌道ですぐに彼女の背後に移動し、羽交い絞めにするように両の脇に腕を通し、彼女を押さえ込んだ。


 長いふわっとした薄胡桃色の髪から漂う甘ったるい匂いが、肺へなだれ込んでくる。大事に手入れされているだろう、綺麗な髪だ。

 手首を掴んだ時も思ったが、実際にその身体に触れてみると、思ったより細く、簡単に折れてしまいそうなほどのか弱さを感じた。苛烈なフラン先輩と言えども、やはり一人の女の子に変わりはないんだと、しみじみ思わされる。


 アストさんの企みにいいように使われる彼女が、なんだかかわいそうな気がしてしまったのだった。


「フラン、あなたもこれで終わりね」


 有無を言わさず、剣を構えたアストさんが浮走靴エアフローターで突っ込んでくる。アストさんのことだから、本当に殺したり、大ケガをさせたりはしないだろうとは思うが、少し心配でならなかった。

 何せこのお方は、冗談の域が人とは異なるようなので、冗談で済まないところまでいってしまうのではないか、と不安に思うことが多々あるのだ。


 しかし、場にそぐわない間の抜けた機械音で、すぐにそれは杞憂だったと思い知ることになる。


「フラン、かわいい」


 手に持った端末を眺めながら、アストさんはふっと柔らかく微笑んだ。斬り込んだように見せて、実際には写真を撮っていたらしい。


「お前……何を……っ?! み、見せろ!」


 俺に取り押さえられたまま取り乱すフラン先輩は、威勢よくアストさんに食ってかかる。それでも取り押さえられたままなので、なすすべなくアストさんに撮られた写真を見せつけられて、彼女は言葉を失った。


 アストさんが見せてくれた写真は、フラン先輩が斬られることを覚悟して目を瞑っている写真だった。たしかに、いつもの勝気な様子とはうって変わって、泣きそうに怯えるような姿は可愛らしいと言うほかなかった。


「これをバラ撒かれたくなかったら、わたしの言うこと聞いてくれる?」


 こんな可愛らしく弱々しく情けない画像をバラ撒かれたら、これまで築き上げてきた、苛烈でいつも不敵に堂々とした序列七位の威厳が台無しである。

 ……アストさんがフラン先輩に嫌われているのって、アストさんの方に原因があるんじゃないかと思えてきた。


「……何が望みだ?」


「譲歩して、クロはわたしとフランの共通の弟子ってことにしてあげるよ。わたしはクロをフランに勝てるように鍛えるから、フランはわたしに勝てるように鍛えてあげて」


「お前優位に話が進んでいるのは気に入らないが、いいだろう。私としても具体的に目標があった方が鍛え甲斐がある」


 フラン先輩のことだ、今までより過酷なトレーニングになりそうなのは目に見えている。

 何故俺のことなのに俺を介さずに話が進んでいくんだろう。それに、こんな時ばっかり二人とも意気投合しているようだし。


「あと、この場所を言いふらさないこと。わたし達がクロの師だと言いふらさないこと」


「要は、目立ちたくないということか?」


「そう。さすがフランちゃん。それから……」


「まだ何かあるのか……?」


 ここぞとばかりに立て続けに要求を突きつけるアストさんに、フラン先輩もこれ以上何を要求されるのかと身構えている。しかし、脅しと言わんばかりに再度画像を見せつけてくるアストさんに、もはや逆らうことなどできそうにないのだった。


「わたしとも仲良くしてほしい、かな。どうしてそんなにわたしが嫌いなのかわからないけど」


「仲良くしたいと思うなら、お前のその性格をどうにかした方が良いと思うぞ……」


 アストさんには申し訳ないが、こればっかりはフラン先輩に完全同意だ。


「そんなに性格悪いかな。ああ、そうだ。この画像、クロにも送っておくね。フランに意地悪されそうになったら、盾に使うといいよ」


 そういうところですって、アストさん。どうしてフラン先輩にだけそう意地悪になるんですかね……。


「わたしからはそんなところかな。クロ、そろそろ放してあげて」


 アストさんの話が突拍子もなさ過ぎて、ずっと押さえ込んだままだったのを忘れていた。腕を放して拘束を解くと、フラン先輩は俺の方に向き直った。


 情操ホロウは出していない。怒っているようにも見えない。何を言われるんだろう。そんな不安が渦巻く中、フラン先輩はそっと俺を抱きしめてくれた。

 思いもしない彼女の行動に、一瞬身体が強張ってしまう。だが、彼女から悪意は感じられない。純粋に、心から俺を抱きしめてくれている。元々フラン先輩はそういう人だ。良くも悪くも裏表がない。


「お前も災難だな。あいつに何かされたら私に言え。お前の師として、私が直々にあいつに盾突いてやる」


「ありがとうございます、フラン先輩」


 本当にこの人は、真摯で情熱的な人だ。彼女のような生き方に、少し憧れる。

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