第8話 実戦形式の稽古
「遅かったね、フラン。待っている間、たっぷり可愛がらせてもらったよ。フランのような乱暴者じゃなくて、優しいアスト様の弟子になりたいって、この子も言ってるよ?」
アストさんの言い方はあれだが、内容は大体合っているので否定できない。
「……性悪女め。そいつの気持ちを勝手に語るな」
「電話で話した通り、この子はわたしがもらう。返してほしかったら、力づくで奪うといいよ」
ようやくアストさんは俺の首から刃を離し、俺を乱暴に立たせた後、そっと耳打ちした。
「フランの動きを三秒だけ止めて。そうしたら、わたしが止めを刺すから」
「……殺しませんよね?」
「もちろん」
実戦で試してみる、と言っていたのはこういうことだったのか。広範囲攻撃が可能なフラン先輩の
実戦さながらにフラン先輩を本気にさせようと、アストさんはあれこれ煽っていたのだろうか。
ただでさえ感情的なフラン先輩は
俺は早速
「バカな真似はよせ。あの女に何を言い含められたのか知らないが、どちらを選ぶのがお前にとって最善か、よく考えろ」
フラン先輩は
彼女の左側へ堂々と接近すると、さすがに纏った
その隙に、俺はフラン先輩の左手首を掴むことに成功した。身体に触れさえすれば、エネルギーの伝播が始まる。彼女の纏った
「お前、フローターなんて使ってなかったのに……っ。あの女の入れ知恵か!」
高速移動だと、すぐに
「クロ、そいつ、ちゃんと押さえてて。斬り落とされたくなかったら、ね」
そんな物騒なことを言いながら、アストさんは
俺は一瞬彼女の左手を放して、
長いふわっとした薄胡桃色の髪から漂う甘ったるい匂いが、肺へなだれ込んでくる。大事に手入れされているだろう、綺麗な髪だ。
手首を掴んだ時も思ったが、実際にその身体に触れてみると、思ったより細く、簡単に折れてしまいそうなほどのか弱さを感じた。苛烈なフラン先輩と言えども、やはり一人の女の子に変わりはないんだと、しみじみ思わされる。
アストさんの企みにいいように使われる彼女が、なんだかかわいそうな気がしてしまったのだった。
「フラン、あなたもこれで終わりね」
有無を言わさず、剣を構えたアストさんが
何せこのお方は、冗談の域が人とは異なるようなので、冗談で済まないところまでいってしまうのではないか、と不安に思うことが多々あるのだ。
しかし、場にそぐわない間の抜けた機械音で、すぐにそれは杞憂だったと思い知ることになる。
「フラン、かわいい」
手に持った端末を眺めながら、アストさんはふっと柔らかく微笑んだ。斬り込んだように見せて、実際には写真を撮っていたらしい。
「お前……何を……っ?! み、見せろ!」
俺に取り押さえられたまま取り乱すフラン先輩は、威勢よくアストさんに食ってかかる。それでも取り押さえられたままなので、なすすべなくアストさんに撮られた写真を見せつけられて、彼女は言葉を失った。
アストさんが見せてくれた写真は、フラン先輩が斬られることを覚悟して目を瞑っている写真だった。たしかに、いつもの勝気な様子とはうって変わって、泣きそうに怯えるような姿は可愛らしいと言うほかなかった。
「これをバラ撒かれたくなかったら、わたしの言うこと聞いてくれる?」
こんな可愛らしく弱々しく情けない画像をバラ撒かれたら、これまで築き上げてきた、苛烈でいつも不敵に堂々とした序列七位の威厳が台無しである。
……アストさんがフラン先輩に嫌われているのって、アストさんの方に原因があるんじゃないかと思えてきた。
「……何が望みだ?」
「譲歩して、クロはわたしとフランの共通の弟子ってことにしてあげるよ。わたしはクロをフランに勝てるように鍛えるから、フランはわたしに勝てるように鍛えてあげて」
「お前優位に話が進んでいるのは気に入らないが、いいだろう。私としても具体的に目標があった方が鍛え甲斐がある」
フラン先輩のことだ、今までより過酷なトレーニングになりそうなのは目に見えている。
何故俺のことなのに俺を介さずに話が進んでいくんだろう。それに、こんな時ばっかり二人とも意気投合しているようだし。
「あと、この場所を言いふらさないこと。わたし達がクロの師だと言いふらさないこと」
「要は、目立ちたくないということか?」
「そう。さすがフランちゃん。それから……」
「まだ何かあるのか……?」
ここぞとばかりに立て続けに要求を突きつけるアストさんに、フラン先輩もこれ以上何を要求されるのかと身構えている。しかし、脅しと言わんばかりに再度画像を見せつけてくるアストさんに、もはや逆らうことなどできそうにないのだった。
「わたしとも仲良くしてほしい、かな。どうしてそんなにわたしが嫌いなのかわからないけど」
「仲良くしたいと思うなら、お前のその性格をどうにかした方が良いと思うぞ……」
アストさんには申し訳ないが、こればっかりはフラン先輩に完全同意だ。
「そんなに性格悪いかな。ああ、そうだ。この画像、クロにも送っておくね。フランに意地悪されそうになったら、盾に使うといいよ」
そういうところですって、アストさん。どうしてフラン先輩にだけそう意地悪になるんですかね……。
「わたしからはそんなところかな。クロ、そろそろ放してあげて」
アストさんの話が突拍子もなさ過ぎて、ずっと押さえ込んだままだったのを忘れていた。腕を放して拘束を解くと、フラン先輩は俺の方に向き直った。
思いもしない彼女の行動に、一瞬身体が強張ってしまう。だが、彼女から悪意は感じられない。純粋に、心から俺を抱きしめてくれている。元々フラン先輩はそういう人だ。良くも悪くも裏表がない。
「お前も災難だな。あいつに何かされたら私に言え。お前の師として、私が直々にあいつに盾突いてやる」
「ありがとうございます、フラン先輩」
本当にこの人は、真摯で情熱的な人だ。彼女のような生き方に、少し憧れる。
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