不器用な神野くんの一途な溺愛
またり鈴春
第1話 嫌いな人と、気になる人
人生最悪の日って、本当にあるんだ。
「よーし、あみだくじの結果がでたぞー。怪我によって続けられなくなった亀井の代打の交通委員は、小野宮 莉子! がんばれよー」
「え……」
えぇ……⁉
「はい、今日のホームルーム終わりー。みんな気をつけて帰れよ〜」
「まっ……!」
皆の「はーい」という声にかき消されて、先生は行ってしまった。教室を後にする皆の顔には「自分じゃなくて良かった」という笑顔が浮かんでいる。対して、絶望的な表情を浮かべているのが、私。
「(この私が、交通委員……)」
私、小野宮 莉子(オノミヤ リコ)。
たった今、超激務で有名な「交通委員」に選ばれた高校1年生。とある理由で、普通ではない高校生活を送っている。その理由は――
「小野宮さん! 交通委員ありがとう〜! 本当に助かったよ!」
「え、や……」
「早速なんだけど、今日、委員会があるらしいの! 任せても大丈夫かなぁ?」
「う……」
本当は、クラスの子とも話せない、「超」がつくほどのコミュ障なの……。
「小野宮さん? 大丈夫?」
さっきから話しかけてくれているのは、亀井さん。一年交通委員をやる予定だったんだけど、部活で足を怪我して、委員の行事に参加出来ないからって、代わりに私が……。
「(はぁ、憂鬱すぎる……)」
「ねぇ小野宮さん、任せていいんだよね?」
何も喋らなくなった私に、亀井さんの笑顔が引きつり始めた。亀井さんの髪はふわふわで、スカート短くてピアスをしてて……私とは正反対の、キラキラして可愛い人。足を怪我したって聞いたけど……足、大丈夫かな?よし、聞いてみよう……!
「あ……し…………」
「ま、いーか! 小野宮さん、帰宅部だもんね! 交通委員って行事多いけど、小野宮さんなら大丈夫だね!」
じゃ、よろしくね!――と、亀井さんは鞄を持って、廊下に出て行く。
「 (行っちゃった……) 」
大丈夫?って聞きたかったんだけど、聞けなかったな……。すると、廊下に出ていた亀井さんと、その友達の声が聞こえた。
「交通委員は代わってもらえたー?」
「バッチリー! あの小野宮さんにあみだが当たってさー。なんか大丈夫そう」
「小野宮さんって確か……めっちゃ可愛いんだけど”中身が残念”で有名な、あの小野宮さん?」
「そ。その小野宮さん」
「(悪い噂で有名だなぁ、私……)」
落ち込んでいると、亀井さんの友達が「悪い女〜」と、彼女を笑う。
「だってあんた帰宅部でしょー? なーにが“ 部活で足ケガした”だよ。ピンピンしてんじゃん」
「(え)」
「ちょ! シー!! 静かにしてよ!」
さっき自分が聞いた言葉が信じられない。私、嘘つかれたんだ。亀井さんに――ショックで打ちひしがれている私に気づかないまま、亀井さんの友達が「そもそも」と続ける。
「何で交通委員なんかに入ったのー?」
途端に亀井さんがニヤッと笑い、「だって〜」と嬉しそうに話す。
「そりゃ“ 王子”がいるからに決まってんじゃん」
「 (わぁ、王子かぁ……) 」
その言葉を聞いた瞬間、思わず顔が歪む。
うちの高校の「王子」。その人は私と同じクラスで、亀井さんと――今では私と同じ、交通委員をしている。
名前を、神野 斗真(カンノ トウマ)という。神野くんと言ったら、それはもう王子みたいなナリをしていて……。黒い髪に整った顔のパーツ。手足は、モデルみたいに長くて。目付きは鋭いくせにサマになるから、視線を合わせた女子は、みんな神野くんの虜になっていく。だから、王子。
でも……、私は違う。
「(私は、その王子が苦手なの……)」
私から見た神野くんは王子様なんかじゃなくて、ビシバシ物を言う「キツい人」。そんなキツい神野くんの前に出る勇気はなくて、今まで鉢合わないように、必死に避けて生活してきた。それなのに……クラスが一緒なだけでもキツかったのに、これからは委員会も一緒になるなんて、最悪すぎる……。
「(絶対、何か言われるよね。私……)」
なんで喋らないのかとか、なんではっきり物言わないのかとか、私の抱えてる問題を、全部抉り出されそうで……それが怖い。
はぁ……。
憂鬱すぎるよ……。
その後も――亀井さんは、交通委員の不満を口にしていた。内容は、
①月に数回、朝7時に学校に集合し、小学生の見守りをすること。
②各々に見守る場所が割り当てられ、男女一人ずつがペアになる。だけど、くじ引きだからか、王子と全く一緒になれないこと。
③王子と一緒に活動出来ないし、早起きもキツくて嫌。だから辞めたい――
という事だった。
「 (大変そうな仕事だけど……。でも、身勝手に投げ出さないでほしい) 」
亀井さん、勝手過ぎるよ……。項垂れていると、亀井さんは「まぁ小野宮さんには悪いと思ってるけどー」と言いながら、指で髪の毛をクルクル巻いた。
その言葉に、少しだけ救われた私。
なんだ、そっか……。
「 (少しは、悪いと思ってくれてるんだ……) 」
良かった――だって嘘つかれて委員会を代わられ、それで何も思われなかったら……私の存在意味って、ただの雑用係だもん。
「 (最悪の事を言われなくて、良かった) 」
だけど、安心するのは早い。放課後に委員会の集まりがあることをすっかり忘れていた私は、慌てて荷物の整理を始めた。
「 (急がなくっちゃ……!) 」
机上に散らかっている文房具を、慌てて片付ける。筆箱があればいいよね?そして筆箱を握りしめてドアを出た。のは、いいけど……
「 (どこにいけばいいの……?) 」
亀井さんに、委員会の場所を聞いてなかった……。急いで廊下に出るも、亀井さんは帰ったようで、もう姿はない。
「 (どうしよう……。先生に聞く?) 」
って言っても先生は、もう職員室に帰ってる。その職員室も、この教室からだとかなり遠い……。
「 (ただでさえ、委員会に遅れてるかもしれないのに……っ) 」
とりあえず廊下に出て、オロオロする私。悩む声は「あ」や「う」という単語にしかならなくて、オロオロする姿は、まるでタコみたいで……。すると同じクラスの人や、違うクラスの人が、遠目から私のことを静かに見ていた。
そして――
「何、あの人」
「あ、小野宮さん」
「小野宮さん? あぁ、あの人形みたいに美少女なのに、中身が残念な。へー、あの人が」
「確かに可愛いけど、ねぇ?」
「ちょっと引くわー」
「 (あ……っ) 」
また、やってしまった……。人と話せないなら、せめて……人に迷惑をかけず、過ごそうと思っているのに。
いたたまれなくて、廊下にいる全員に向かって謝る。
「す、み……ん……」
だけど――
「聞いた?”すみん”だって」
「笑ったら可哀想よ、本人は必死なんだから」
「 (〜っ!) 」
すみません、すら、マトモに言えない私。
「 (情けない……っ) 」
こんな私で、交通委員なんて務まるのかな……。俯いて、恥ずかしさと情けなさに堪える。その時だった。
ドンッ
「 (痛……。しまった、誰かにぶつかっちゃった) 」
ごめんなさい、の意味を込めて、ペコリとお辞儀をする。そして教室に入ろうとした。だけど――
「おー斗真。これから帰んのかー?」
教室の中から声をかけたのは、中島くん。私の隣の席の人。その中島くんは、まるで私に向かって話しているようだった。もちろん「私に」じゃなくて、さっき私とぶつかった「隣の人」に。私の隣にいる「斗真」っていう人に――
「 (ん!?) 」
斗真?
斗真って、神野斗真くん!?
「 (さっき神野くんにぶつかっちゃったんだ! 最悪だ……っ) 」
すると、私のすぐ横で声が聞こえた。
「帰れねーんだよ。交通委員のせーで」
その声は、やっぱり神野くんのものだった。近くにいる女子が「斗真くん!」、「神野くん〜」と黄色い声をあげている。でも神野くんは聞こえないのか、聞こえてないフリなのか……。ニコリとも笑わない。
「 (さっきぶつかったの、怒ってるかな……?) 」
神野くんは、今日も切れ長の目をしている。すると突然。その鋭い目を、ギロッと私に向けた。
「 (ひっ!) 」
まさに、蛇に睨まれた蛙。
「 (迫力ありすぎて……、怖い) 」
だけど神野くんは、怯える私に「なぁ」と話しかけた。
「!?」
ビクッとなって、思わず、一歩引いてしまう。小さくなった私を見て、神野くんは眉間に皺を寄せるも――「お前さ」と。さらに話しかけてきた。
「委員会の場し、」
「〜っ!」
怖くて、話しかけられたくなくて……。思わず下を向いて、目をそらす。すると神野くんは「チッ」と舌打ちして、教室の中にいた中島くんに声をかけた。
「中島、お前これから部活?」
「そうだよ〜、バド」
「体育館?」
中島くんは荷物を持って「そーそー」と返事をした。対して神野くんは「ふぅん」と、どこか興味なさげで……。
「俺はB棟の2階の会議室。そこで委員会あんだよ。だりー」
「月イチであるんだろ? 大変だな〜」
「ホント、勘弁しろよな」
「 (委員会……、B棟の2階の会議室……!) 」
「――」
頭の中で復唱している間。神野くんが、私の方を見ていた気がする。
「 (また何か言われるのかな……? さっきも舌打ちされたし。ラッキーなことに委員会の場所も分かったし、早くここから逃げよう……!) 」
筆箱を持った手に力を入れ、渾身のダッシュをする。これ以上、神野くんの目に私が止まらないよう。急いで、この場から姿を消さないと――
◇
そして、走ること一分。
「ゼェ、ゼェ……っ」
私は、見事にバテていた。
「 (ば、バカなこと、しちゃった……) 」
どこだか分からない廊下の途中で、壁に背を預けてズルズルと座り込む。必死になり過ぎちゃった……。ちょっと休憩……。
「 (はぁ、はぁ……。あー、疲れた) 」
こんなに頑張ったのは、久しぶりかも……。
「 (さっきも亀井さんに“ 足大丈夫?”って聞けなかったし……。いつも頑張れないんだよね、私) 」
そうやって理由を付けて逃げているだけ……って言うのは、分かってる。でも、自分の弱さと向き合ったら、今よりもっと傷つきそうで。自分がこれ以上壊れるのが怖くて……だから逃げてる。問題もその解決策も分かっているのに見て見ぬふりしてる私は……ずっと、一生このままなんだろうな……。
「はぁ……」
とため息をついた、その時だった。
「何してるの?」
「!?」
隣から、いきなり声が聞こえた。急いで振り向くと、そこには――
「わ〜ごめん、ビックリさせちゃったね。君があまりにも切羽詰まった顔して座ってるから、どうしたのかなって」
そう話してくれたのは、私よりもかなり背が高くて、綺麗な顔をした男の人。スリッパの色が私と違う……この人、三年生?
「あ、の……」
「ん? あ、ごめんね。怪しいものではありません。俺は三年の、えーっと、」
先輩は私のスリッパにチラリと目をやり、学年を確認する。けれど何事もなかったように――そのまま話を続けた。
「希春(キハル)だよ。春を希望するって書いて、希春。って言っても、俺は冬生まれで、別に春に生まれたとかではないんだけどね! あははー」
「……」
「あれ?」
あまりによく喋る先輩に、少しビックリした。だけど、何だか可笑しくなって、
「……ふふっ」
自然と、笑いが零れる。すると、いつの間にか私の隣に座っていた希春先輩の指が、私に向く。
「あ、笑った!」
「!」
「ずっと無表情だから、笑わないのかと思ったよ。もっと笑ったら? 俺も嬉しいし」
「え……あ、の……」
戸惑う私に、希春先輩は自分の頬に人差し指をあてる。そしてほっぺをぐにゅりと持ち上げ、
「ほら、ニコー」
こんな無茶ブリ。
「……」
「あれ?」
なぜか私の方が、だんだん恥ずかしくなってきた。笑顔を封じるため、両手でパチッと、口を押さえる。それに。「笑った」って言われるのは久しぶりで……。どう反応していいか、分からないよ……。
「えー、なんで隠すの? 可愛いのに」
「 (かわ……っ⁉) 」
もっと恥ずかしくなって、顔を両手で抑えたまま俯く。そんな私の反応に、希春先輩は興味が出たらしく……「ねぇ、名前おしえてよ!」と、催促される。
「 (な、名前……かぁ……) 」
不思議と「今なら頑張れるかも」と思った。さっき自然に笑えた事が、私を後押ししているのかな……。それに希春先輩の前だと、なんだか言えそうな気がする。
「 (よし、頑張ってみよう……!) 」
大きく息を吸って、呼吸を整える。
そして――
「お……の、や……」
「ん? おのやさん?」
「や、あ……あの……」
「いいよ、ゆっくりで」
「……っ」
ダメ――口が上手く回らない。緊張で頭がフワフワしてきて、自分が何を喋っているのか……。分からなくなってきた。
「 (やっぱり言えないのかな……っ) 」
怖くなって、ギュッと目を閉じる。カタカタと震える両手は、せめて見られないようにと、自分の背中へ回した。すると――
「なんか俺、君を襲ってるみたいだね……」
「 (……へ?) 」
私よりも顔を赤くした希春先輩。両手で自分の顔を隠して「ダメだよ」と、何やら照れくさそうに言った。
「君は可愛いんだから、そんな格好しちゃダメ! 男子に食べられるよ!」
「へ……?」
私は可愛くもないし、ただ床に座っているだけなんだけど……。な、何を想像したんだろう?
「 (希春先輩って、変な人……) 」
自分のことを棚にあげといて何を――と言われそうだけど、不思議と希春先輩は怖くない。亀井さんの前でも、神野くんの前でも、すごく怖かった。喋れない自分が嫌で、これ以上嫌われるのが怖くて……。
でも――希春先輩といると、全然怖くない。
嫌われないようにしなきゃ、ちゃんと話さなきゃって、あんまり思わなくて……体から自然に力が抜けていってるみたい。それに、私にこんなに話しかけてくれた人はいなかった。希春先輩は特別かも……?だって、誰かと話す時に感じる「いつもの壁」が存在しないもん。会話が楽しいなんて、本当に久しぶりだよ――
「ふっ」
「あ! また笑った!」
「ふふっ」
ほら。私、こんなに自然に笑えてる。
「 (ありがとうございます、希春先輩っ) 」
嬉しいが重なっていく。
こんなにも、早い速度で――
その後、交通委員という事をなんとか伝え、迷子になっている事をなんとか伝え、そして――
「へぇ、交通委員……」
「?」
「じゃあ、俺がその会議室まで送って行ってあげるね」
しばらく何か考えた後。ニヤニヤと不思議な笑みを浮かべる希春先輩にそう言われ、一緒に移動する。
そして、目的地――B棟の2階の会議室に到着する。
到着した時、さっき希春先輩がニヤニヤしていた理由が分かった。それは――
ガラッ
「あー!委員長やっと来た! 遅い! 何分遅刻したと思ってるの!?」
「あははー、ごめんごめん」
「……へ?」
い、委員長?
会議室に入った瞬間。中にいた女の人が、開口一番「委員長!」と言った。希春先輩に向かって……。
「 (ということは……まさか、希春先輩って!) 」
驚いて希春先輩を見る。すると、先輩は女の人に「ごめんて〜」と謝りながらも、目だけを私の方に向けて、
「(シーッ)」
長い人差し指を、自身の薄い唇に持っていった。
「っ!」
その姿にドキッとするものの……。一体、何が「シー」なのかな?その疑問は、希春先輩と女の人の会話を聞くことで解消される。
「どうせまた遊んでたんでしょ!?」
「ちがうって〜。ちゃんと委員長らしいことしてたんだよ」
「嘘ばっかり!」
「ホントだよ。迷ってるから道案内してあげただけ。立ち話してサボってたなんて、あるわけないよ」
「サボってたのね……はぁ、もうしっかりしてよね」
女の人は、会議室の中をグルリと見回す。そして、椅子という椅子にビッシリ座っている他の生徒を順番に見た。
「ほら、みんな揃ってるのよ?」
呆れた顔をした、女の人。だけど希春先輩は「違うよ」と、すぐに訂正した。
「まだ揃ってないよ、全員じゃない」
「は? 何言って、」
「ここに、最後の一人がいる――ね、莉子ちゃん?」
「 (⁉) 」
ビックリした……。だって自己紹介出来なかったから、先輩は私の名前を知らないはず。なのに、何で?だけど先輩は、私を見て笑った後は教壇へ行ってしまった。先輩の後ろ姿を見ながら、「シー」ってされた時の事を思い出す。
先輩との内緒事――
たまたま廊下で会って、他愛もない話をして笑い合ったのは……2人だけの秘密。
「 (ちょっと嬉しい、かも……) 」
希春先輩が交通委員長っていうのは、ビックリしたけど……。同じ委員会ってことは……、これからも会えるってことだよね?
「 (あれ?) 」
私、希春先輩と……また会いたいの?なぜだか自然に「また会えるよね」と思っちゃった……。あれ、あれ……?
オロオロする私に、教壇に立ち、すっかり委員長の顔になった希春先輩が案内してくれる。
「じゃあ莉子ちゃんは、自分のクラスのペアの人の隣へ行ってね。みんな”同じクラスの男女”で座ってるから」
「は、ぃ……」
聞こえたか聞こえなかったかの、そんな私の小さな声は、
「おい」
その一言で、かき消される。聞こえた声。その声は、聞き覚えのある声。私の苦手な声――
「こっちだ。早く来いよ」
「 (神野くん……っ) 」
一気に、現実に引き戻された……。一番後ろの席に座っている神野くん。その隣の空いた席は、私……。
「 (うぅ、がんばれ私……っ) 」
希春先輩がいる交通委員は、神野くんもいる交通委員だった……。そして、改めて会議室の中を見ると、すごい人の数だった。一年から三年まで、六クラスずつ。各々から男女二名が、今、この場に集合してる。
「 (視線が刺さる、怖い……っ) 」
みんなの目が、移動する私に集中しているのが分かる。気にしないように努めても、歩く足に思わず力が入った。そして、
ガタッ
足がもつれて、その場でコケてしまう。はずかしい……っ!周りの人は「大丈夫かなぁ」と言う人はいるけど、それっきりで……。たまにクスクスって、笑い声さえ聞こえる……。
そして、
それに交じって――
「さすが小野宮さん」
「小野宮? 誰?」
「知らないの? 有名なんだよ」
「あー、まぁ人形みたいに可愛いもんな」
「あのコミュ障を除けばねぇ」
「コミュ障……まぁなぁ。いくら可愛くてもなぁ……」
「ね、可哀想よねぇ」
冷たい口調で私のことを話し、冷たい目で私を見る人達もいる……。
「……」
そう、これが私……。
普通じゃない。
それが、私……。
唯一嬉しかったのは、希春先輩が「大丈夫!?」と教壇から声をかけてくれたこと。でも、何か打ち合わせがあるのか。女の人が先輩の肩を引き寄せ、机上の資料に集中させていた。
そうだ、委員会が始まるんだ……。
「 (立たなきゃ……っ) 」
これ以上、みんなに迷惑はかけられない……っ。そう思った時だった――
グイッ
「おせぇ。立て、行くぞ」
私の腕を、力強い手で持ち上げたのは、あの神野くんだった。
「 (一番後ろの席に座っていたのに、わざわざ来てくれたの……?) 」
会議室は普通の教室とは違って、少しだけ奥行きがある。神野くんは最後尾にいたけど、私の元に来てくれた速さを考えると……
「 (私が転んで、すぐ動いてくれたのかな……?) 」
他の人が私の噂をしている時に、神野くんは、私を助けようとしてくれていたの?
「 (あの神野くんが……?) 」
あ、じゃなくて……!お礼を言わなきゃっ。さっき廊下でぶつかった時は謝れなかったから、今度こそ……っ!
「あ……り…………と」
「……」
私としては、とても頑張った……。でも周りの人からすると、私の言葉は、やっぱり「変」なものだった。
「ぷぷー、“ ありと”だって」
「そんな事も言えないんだなぁ、小野宮さんて……」
嘲笑と、哀れみの声……。それらは容赦なく、私の耳に入ってくる。
「 (また、だめだった……) 」
さっき希春先輩といて、私は少しずつ変われるかもって、そう思ったのに……。やっぱり、伝わらなかった。私の言葉も、精一杯の頑張りも……。そう思って悲しくなった、その時だった――
「……ん。いーから、行くぞ」
「 (え) 」
神野くんが、私の言葉を「お礼」として受け取ってくれた……。私の「ありがとう」が、神野くんに伝わっていた……。
「 (よ、よかった……っ) 」
頑張って良かった……!
まだ皆がヒソヒソする中。神野くんは私の腕を握ったまま、一番後ろの席へ移動する。
「やっぱ王子だよねー」
「さすが神野くんだよ」
私と正反対の存在の、神野くん。私は苦手……。だけど、
「 (今だけは、その強引さが有難い) 」
これ以上、私が辛くなる噂話を聞きたくないから。みんなの横を早く通りすぎて、目立たない一番後ろの席に……一秒でも早く――
「ほら、配られた資料」
「あ、り……と……」
神野くんの早足によって、私はすぐに着席する事ができた。よかった……。いや、さっきの事を思い出すと何も良くはないけど……でも、とりあえず、
「 (希春先輩に、もう迷惑はかかってないよね?) 」
私たちが着席したのを見た後。希春先輩が挨拶をして、すぐに委員会が始まった。
「 (はぁ……) 」
希春先輩に私がコケた所を見られて、噂話も聞かれてたんだろうなぁ……なんだか、それだけで、
「 (落ちこむなぁ……) 」
ハァと、今にもため息をつきそうな私。
その時――私が使っている机を、隣の神野くんが「コンコン」と控えめな音で叩いた。
「浸ってるとこ悪ぃんだけど」
「 (ビクッ!) 」
条件反射のように、体が反応してしまう。肩が勢いよく跳ねたのを、きっと神野くんも気づいてる。でも、
「これ、お前のだろ?」
何事も無かったかのように、私にスッと「ある物」を差し出した。それは――
「 (あれ⁉ 私の筆箱だ! なんで……⁉) 」
私、教室を出る時に、確かに筆箱を持って出たはず……。なのに、なんで神野くんが……?不思議そうな顔をした私をスルーして「廊下に落ちてたぞ」と。神野くんが、机上に筆箱を置いてくれる。
「ろ、か……?」
「お前、走って出てったろ。そん時に落ちたんじゃねーの?」
「 (あぁ……、あの時の!) 」
無駄に全力疾走した、あの時だ……。頑張って手も振ってたから、その時に筆箱がすっぽ抜けちゃったんだ……!
「 (それに気づかない私って……) 」
どれだけ走るのに夢中だったんだろう。今更だけど、恥ずかしくなって来た……。けれど勝手に赤面する私を、またもやスルーした神野くん。
「で、本題だけど」
希春先輩の話はそっちのけで、神野くんは、私へと体を向けた。
え……な、なに?
何が始まるの……?
身構える私に、神野くんがため息をつく。
「お前さ」
そして、始まる。
私が地獄に落とされる時間が――
「何もしゃべらねーんなら帰れば?
あんた、ここにいる意味ねーし」
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