2-22 遺跡の隠し部屋


「シヅク?あなたもンドルンドンゴ先生に質問がおありなのですか?」

「はい、いくつか……二人とも離して……はくれないよね。このまま行くけどいい?」


 肩の上で頷く気配と、腕にしがみつく手がより締め付ける感覚で二人が離さないけど行ってもいいという意思は伝わってきた。

 未だに虫は近くを飛ぶたびに二人が強張ってしまうから体が揺れて、つど足が止まる。

 二人を連れたまま、なんとかンドルンドンゴ先生の前にやってこられた。


「ンドルンドンゴ先生。先生は他の遺跡も見て回っているんですよね?」

「ソウダガソレガドウシタ」

「ここで隠し扉を探しているように、他の遺跡もまだ見たいところが残っているんですか?」

「スベテカクニンスルマデハカクショウガモテナイ。マダミテイナイヘヤガアルノナラ、ミツケダスヒツヨウガアル」

「でもそれって難しいんじゃないですか?」

「ドウシテダ?」

「だって今この国には黒い影がどんどん浸食してきているでしょう?」

「アンナモノ、タダノヒョウメンテキナモヨウニスギナイ。データカライセキヘノエイキョウハカイムダトンドンドノチョウサケッカガデタ」


 表面的な模様?調査結果?


「じゃあ、もしもンドルンドンゴ先生に黒い影が浸食しても、大丈夫ってことでしょうか」

「モンダイナイ。タイヒョウメンオンドヲ 1000 ドニヘンコウスルダケダ」

「 1000 ℃……」


 さすがに人間ではできない芸当だ。

 けど、ンドルンドンゴ先生にはできてしまうのか……

 それならこの先生自身が黒い影に興味を示さない理由がわかる。

 自身には影響はなく、興味の対象である遺跡にも害はない。

 この先生にとっては相手にする必要がないのだ。


「キキタイコトハソレダケカ?」

「ではお言葉に甘えてもう一つ。あの黒い影について、ドルンドンゴ先生が知っていることを教えていただけないでしょうか?先ほど調査結果のデータがあると……」

「ンドンドハベンリヤデハナイ。イセキイガイノシツモンニハコタエナクテイイコトニナッテイル。オマエタチガ、/>\、カクシトビラヲミツケラレタラ。シツモンニコタエテヤロウ」

「え?そんなの素人にはさすがに無理ですよ……」

「ヒントナノカンドンドニハワカラナイガ、”トビラハチカクニミエテトオクニアッテ、マワリコンダラミエナクナル”モノダトシルサレテイタ」

「”扉は近くに見えて遠くにあって、回り込んだら見えなくなる”と?」

「イセキナイヲタンサクスルノニアンゴウノカイドクハツキモノダ。ソレガトケタラドンナシツモンニモシッテイルコトヲハナス」

「わかりました。みなさん、協力をお願いいたします」


 ンドルンドンゴ先生にうなずいてから、私は居合わせた数名の生徒に向き直って協力をお願いした。

 頷いてくれたのは、いつもの4人とほか数名。いずれもレオスと同じフィリップ寮生か、アリスカンダール寮生。

 ダルダネイルス寮生たちは私の呼びかけには特に反応することはなかった。


 協力者数名を得て、改めてンドルンドンゴ先生がまさぐっていた壁をよく調べてみることにした。

 壁にはいくつかの穴が空いている。

 どれも壁の向こうが見えているはずなのだけれど、暗くてあまりよく見えていない。

 これはもしかすると、協力者がいない中の方まで見えないようになっている?


「みなさん、ちょっとお話が……いいでしょうか?」

「おう、言ってみなシヅクちゃん」

「ありがとうレオス。……ええと、みなさんも壁の穴を覗いたと思いますが、暗くて中が良く見えなかったと思います」

「ええ、そうね。中を照らすための光が必要ね」

「そうなんです。なので、ここは協力して照らす人と覗く人をそれぞれ受け持ってもらうのはどうでしょう?一つ一つはけっこう小さな穴ですけれど、いくつかの穴から光を射し込めれば中がどうなっているのかわかるかもしれません」

「そうと決まれば、俺はこっちを照らそうか。上の方だから届くやつが少ねぇだろ?」

「ありがとう、そこはレオスにお任せしたいです」

「じゃあ、こっちは僕かな?それなりに高い位置にあるからね」

「アキラもありがとう」

「こっちは俺たちに照らさせてくれ」

「ありがとうございます、助かります」

「ここはわたくしが、シヅクはまずこちらから覗いてくださいませ」

「え?なんで覗くのが私?」

「ユーが言い出しっぺ。だから覗くのもユー」

「え?ほんとにいいんですか?」


 居合わせた生徒たち全員にうなずかれ、壁の穴を覗きこむ。まだ照らしていないので暗いままだ。


「シヅク、少しだけ目を閉じて。一斉に明るくするから」


 アキラの声が鼓膜に優しく響く。

 目を瞑っていると、壁越しに聞いた声と少し重なって……


「シヅク?」


 一瞬頭の中に浮かんだアキラのビジョンを振り払う。


「わ、わかった。目は閉じておくね」

「みんないいかい?うん、じゃあ灯して」


 アキラの合図でみんなが光魔法のルークを口にする。

 瞼の裏側で覗き込んだ先から明るさ伝わってくる。


「みんな灯してくれたよ。目を開けてごらん」

「はい」



 ――


「オマエタチ、ヨクヤッテクレタ。コノヘヤニカカレテイルコトヲカイドクスルカラ、シバラクンドンドハココニイルコトニスル。ソノアイダナンデモキイテクレテイイ」


 遺跡の謎解きの一つを手伝って、みんなの協力のおかげで無事に隠し扉を開くことができた。


 ンドルンドンゴ先生が遺跡に自由に出入りしているのには条件があり、王国から遺跡についての質問にはすべて答えることを一応の条件とされているらしかった。

 そのことを逆手にとって王国側は生徒たちをここに授業という名目で送り込んで遺跡について質問をさせ、ンドルンドンゴ先生として学園の教師を無償でやらせているということのようだ。しかも、生徒たちが授業で学んだことは、学園側にレポートとして提出するので、王国側は学園の授業という体裁で遺跡についての情報を集約していた。

 この遺跡がどんな遺跡なのか、そこに興味をひかれないわけではないけれど、今は過去の物事に思いをはせている場合ではない。

 黒い影のことについて少しでも情報が欲しい。今のところ対抗手段が炎しかなく、9月9日に最終防衛ラインへ到達したと聞いたので、今日は9月 14 日。最終防衛ラインが持ちこたえられるのは、残り145日ほど。半年もしないうちに突破されてしまう。


「ンドンド先生、黒い影に触れたらどうなるんですか?」

「タンソセイメイタイガフレレバショクバイサヨウニヨッテナンラカノブッシツニヘンカンサレル。ンドンドハタンソセイメイタイデハナイカラエイキョウハウケナイガ、ケイキヤエネルギートリコミグチニスクワレテハメンドウダカラ、ヤイテタイショスル。ホノオガユウコウデアルコトハ、イゼンキタヤツガイッテイタ」


 炭素生命体。つまり生き物全般を指す言葉だけれど、ンドンド先生はそうじゃないと言っている。それが事実かどうかはさておいて、この言葉の意味を理解している人は少ないようだ。

 アキラですらなんのことかわかっていない様子だし、そもそも元素周期表のようなものが存在しているかすら怪しいこの世界では、わからなくても無理はない。

 炎が有効なことをンドンド先生は誰かから聞いた様子。誰から?それよりもどうやってンドンド先生を黒い影に向けさせればいいのやら……とにかく思いつくことを質問してみるしかない。


「ンドンド先生、体の表面を 1000 ℃にしたまま、どれくらい動き回れるんですか?」

「エネルギージョウキョウニヨル。ニッチュウデアレバツキルコトハナイハズダ」

「じゃあ、別の遺跡までに日が沈んでしまう場合はどうするんですか?」

「ンドンドノイドウソクドナラ、ヒガシヅムマエニベツノイセキニトウタツスル」

「黒い影はどうしてこの王国に浸食してきているかご存じですか?」

「イゼンキタヤツモソウダッタガ、ンドンドヲソノクロイカゲトヤラニタイショサセヨウトスルノハムダダ。ンドンドハアレニカンヨシテイナイシ、コンゴモカンヨシナイ。オマエタチデナントカスルンダナ」


 くっ……感づかれ、いや、すでに誰かがンドルンドンゴ先生を黒い影へ差し向けようとしていた?


「扉を開けたらシヅクの質問に答えてくれるんじゃないんでしたか、ンドルンドンゴ先生?」

「アキラ……でももう」

「ンドンドハモクテキナドシラナイシ、キョウミモナイ。コレデコタエニナッタカ?」

「ええ、ありがとうございます、先生。ですが、今後はシヅクの質問にははっきりと答えていただかないと……」

「ンドンドハアクマデイセキニカンスルシツモンダケ……」

「先生が言ったんじゃないですか、”ドンナシツモンニモシッテイルコトヲハナス”……って」

「タシカニカコニソウイッタコトハジジツダガ、ンドンドガドウシテトクテイノコタイノシツモンニコタエルトイウコトニナッテイル?」

「それは先生がシヅクへ持ち出した契約ですから。シヅクはそれを了承して先生の出した条件をクリアし、契約を履行しました。もしこちらの契約を先生ご自身が守らないのであれば、遺跡に自由に出入りする条件の方も正しく履行されない可能性がでてきますから、こちらとしてもこれ以上先生が遺跡に関わることのないように、上に対策を依頼するまでです。何か壊されでもしたら国の損失になりかねませんからね」

「ソレハ……ナルホド……ソウイウコトカ……」


 ンドンド先生は、遺跡の壁の模様や文字のようなものを照らしながら見つめていたが、アキラの詭弁を聞いて考えこむように動きを止めた。

 そう、詭弁である。

 普通の大人なら相手にすらしてくれないように思うけれど、相手が普通じゃないことを見越してなのか、アキラはあえて先生の思考を誘導した。

 今のアキラの表情はかなり圧強めで、とても冗談を言っているような顔つきではない。


「オマエタチノツカウコトバノリカイガタリテイナカッタヨウダ。ンドンドハタシカニケイヤクヲカワシ、ソノコタイハケイヤクヲリコウシタ。デアレバ、ンドンドモソノケイヤクニノットリ、ソノコタイノシツモンニコタエルシカナイヨウダ」

「うそ……通っちゃった。アキラすご」

「なら、契約通り、なんでも話していただきますからね?」

「ケイヤクドオリナラ、コタエルノハソノコタイノシツモンニダケダ。ソノホカノコタイカラハ、キテイドオリイセキニカンスルシツモンノミニコタエルコトトスル」


「シヅク、これはとても重要なことですわ。わたくし今すぐ王宮に使いをだして知らせねばなりませんので、少しだけ席を外させてきゃあ!?(ビクッ)」


 コルネは私の腕を離して後ろを振り向いた瞬間、悲鳴を上げてまた元の場所を掴む位置に戻ってきた。

 すでに自分のしたかった質問というか先生を黒い影に対抗させる誘導は失敗に終わっているので、作戦を変えないといけない。

 コルネがこの国の偉い人達に私にさせたい質問を取りまとめてもらえるなら、それはそれでこっちとしても色々な情報が聞けることになる。ぜひとも、この無茶な条件を通してくれたアキラの功績を活用して欲しいと思う。


「アキラ、コルネについていってあげてもいいですか?」

「おいて行かないでね……?」


 コルネが見た虫を警戒しながらアキラが小声でささやくように言う。


「もちろん、アキラも一緒に行きましょう?ンドンド先生、いろいろと教えてくださってありがとうございます。また聞きたいことをまとめて聞きに来ますね」

「ンドンドハオマエタチガクルノハカンゲイシナイガ、カンシャノコトバダケウケトッテオク」

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