2-7 剣技実習
魔法学園での2つ目の授業は、剣技に関する授業らしい。
「シヅクちゃん。それはさすがに重いぞ。こっちにしようか、これならそっちみたいに持つのがやっとってこたぁねぇはずだ」
「ありがとう、レオス。レオスは剣の扱いに慣れているんですか?一瞬で重さとかがわかってたみたいですけど」
俺が
さきほどのディオゲレイド先生の実践的呪文学の授業で俺たちのことを見て、興味を持ってくれたらしい。
同じ寮のアリスカンダール寮生たちは、どこか控えめであまり話しかけてこなくて、遠巻きに見つられていることが多い。この国の王女であるコルネと一緒に行動しているということも影響しているのかもしれないが、やはり貴族的なノリは回りくどいというか、腹の中で何を考えているのかの探り合いを常にさせられているようで居心地はよくない。
その点、別の寮で平民出身のレオスは、普通に声をかけてきてくれたのだった。表情でなんとなく本心なんだろうな感がわかりやすそうなタイプで、俺としても随分接しやすい。
男友達にするならこういうさっぱりした性格の友達をおすすめするよ、アキラ。そう思いつつ、アキラに視線を向けると、意外にもアキラもレオスに視線を向けていた。
「おう。そりゃちっちゃい頃から親父に剣をどう扱うのか見せられてきたからな。だてに鍛冶屋の息子じゃねんだわ」
アキラはレオスの腕や分厚い胸板に視線をやりながら話に参加してくる。
「なるほど。レオンは鍛冶屋の息子なだね?どうりでそのたくましい体つきなわけだ」
「おい、アキラ。今もだけどよ、着替えの時に妙な視線を送ってきていたのはなんなんだ?」
「男同士なんだ。見られることに何か問題でもあったのかい?」
「いや、それはねぇ、と思うが。かなりガッツリ見られてるもんだからちょっと居心地悪くてよ」
俺はアキラに耳打ちした。
「アキラ……男子は他の男のことなんてあんまりじろじろみないんだよ?気をつけないと変な人だと思われちゃうからね?」
「そうなのか。男同士だから気兼ねもなく見るものだとばかり思っていたのに。それにレオスがあまりにもよく鍛えられたいい身体つきだったからつい目が離せなくて」
「それ、もう変態だから」
「ち、違う!誤解だよ。決してやましい考えでなく、ただ純粋に良い筋肉だと思っているだけ」
「あはは、アキラの変態。筋肉フェチ。そんなに好きなんだったら自分でつけちゃえばいつでも好きなだけ見られるのに」
「いいなシヅク。それ、採用」
「え?冗談だってば」
「鍛えよう。せっかく男子になったんだし、たくさん鍛えて理想の筋肉を付けたらいいよね。イケメン細マッチョを目指そう」
「え、えぇ!?」
さっそくアキラはレオスに普段食べ物は何を食べているのかとか、筋肉を維持するのには何をするのがいいのかだとか、いろいろと質問し始めた。
いや、そこまで筋肉が好きだったなんて思ってなくて、本当に冗談で言っただけなんだけれど……
ちなみに俺たちは今、校庭に運動服で来ていた。各々に練習用の剣を選び、各自で腰のベルトに剣の鞘を差し込んだところだ。コルネも隣にやってきていた。
「シヅク、アキラさんはレオスと何をしているのでしょう?」
「筋肉をつけたいって、その秘訣をレオスから聞き出そうとしているみたいです」
「そうですのね。たしかにアキラさんは少し細身ですから、筋肉をつけることは良いのかもしれませんわね」
「目的が不純じゃないといいのですけれど」
「不純?」
「いえ、なんでもないです」
「ところで、この授業の先生であるゼルヴァツィウス先生なんですけれど」
「もしかしてその先生もまた、貴族急進派?」
「いえ、むしろヴァツィ先生は王権擁護派ですわ。もともと平民の出身なのですけれど、若い頃に当時王子だったお父様から騎士(ナイト)の称号を授けられ、一代貴族としてよくお父様に仕えてくださいましたわ。若い頃はずいぶんと戦線でご活躍されて、お父様の近衛隊長も長く勤めておりましたのよ」
「へぇ~。すごい人なんですね」
王権擁護派……また派閥かぁ。面倒くさいなぁ。
「ええ。わたくしも小さなころからヴァツィ先生とは面識があって、お父様とよく談笑しているところを見ていたものですから、久しぶりにお会いできるのが楽しみでもありましたの」
「そうなんですね。コルネと旧知の方なら、この講義は安心して受けられますね」
「そうでもないですわよ。ほら、わたくしたちとは違う学年カラーの運動着を着ている人たちも多くいらっしゃいますでしょう?」
「本当ですね。これはまた、ずいぶん人数が多いと思いましたが、別の学年とも合同なんですか?」
「いえ、それが……ヴァツィ先生はストイックとしてよく知られておりまして、生徒にもご自身にも非常に厳しくされる方。ですから、毎年の授業でも脱落者がたくさん出るとも聞いておりますわ」
「ということは、あの先輩方は前の授業の脱落者ってことなんですか?それは、たしかに油断できませんね……」
「ええ。ですが、ヴァツィ先生に合格をもらえたのなら、戦場ですらそれなりに通用する、という証にもなります。ですから、一緒にがんまりましょう、シヅク」
「はい、精いっぱい頑張ります」
――
コルネの言っていた通り、ゼルヴァツィウス先生の授業は過酷なものだった。今日教えてもらったフォームを全員で 100 回。それでフォームが崩れている人がいれば連帯責任で 20 回も追加されてしまい、結局8回の追加で合計 260 回も剣を振ることになった。大半の生徒はその場に崩れ落ちて荒い呼吸をしている。
もう、腕が、上がらない……今日はこの後の授業がなくて本当によかった……
「レオンマティウスさん。先ほどのフォームをあちらでやってみてください。わしが
「は、はい!」
ゼルヴァツィウス先生に指名されたレオスは、少し離れたところでフォームを何度も何度も繰り返してくれている。いや、鬼すぎるでしょ。レオスも一緒に 260 回振ったのに、まだ振っていられる余力があるのはすごすぎる。
「さて、あのようにレオンマティウスさんは剣の重心をよく理解した基本的なフォームがしっかりとできていますね。みなさんも彼のフォームと剣の動きや全体の重心をよく見て、ご自身のフォームについても考えてみてください。人の筋肉の付き方は概ね似たようなものです。なぜなら、筋肉は骨格に沿って発達するものだからです。その骨格と筋肉で剣を支えるわけですが、剣の重心はその手や腕の可動域の延長線上にきます。基本的なことなのですが、指先の可動域の延長では指先の力と重さが剣に伝わるものですし、手の甲の可動域の延長ならば手の力と重さ、下腕ならば下腕、肩なら肩の先の力と重さが剣に行き渡ります。レオンマティウスさんの場合はどうでしょうか?アキラさん、お答えなさい」
「はい、先生。今のお話にあった重心へと着目してレオンの動きを見てみると、腕についてはあまりブレずに固定しているか最小限の動きにとどめているように見えます。よく動いているのは下半身。足さばきで移動して上半身へのブレを抑制しているように見えます。剣を振る時には太ももから腰にかけてしなる様に動いている。ああいう動きをしたら、剣には太ももから上の全体重が乗るのではないでしょうか。重心も前に移動させているので、ほとんど全身の重さが乗っているようにも見えます」
「さすがにアキラさん。よく見えていますね。おかげで答え合わせをする手間が省けました。そうです。レオンマティウスさんは長身で筋肉量も体重も、非常に恵まれた体格をしていますから、普通の相手ならばその体格を十分に発揮して、相手の体力をすり潰すような戦い方が一番有効でしょう。そのような戦い方は体力の消耗は激しいですが、それに見合った十分な成果を得られることでしょう。ですが、皆さんは必ずしもレオンマティウスさんのような恵まれた体格を
「わ、私!?」
突然の指名に驚いて声が裏返ってしまった。どうやらゼルヴァツィウス先生は、コルネと一緒にいる俺とアキラとレオスのことを少しだけ警戒しているのかもしれない。王様と仲が良いということなら、その娘さんを気にかけるのも当然だ。
「そうです。あなたですよ、シヅクさん。先ほどは剣を持ってよろけていましたね。追加した1回はあなたのよろけによるものですから、みなさんにその追加の 20 回剣を振るわせた価値をここで証明してみせてください。それに、そのように小さな剣でよろけてしまう人であっても、いざ戦地に行けば己の身を守る術は必要になるでしょうからね。早いうちに自覚してもらう方が良いとわしは思っておりますぞ」
なかなかハードルを上げてくる。でも、そういう話なら、俺はある程度得意としている分野かもしれない。実戦はともかく、対人の戦略に関していえば、
「私なら……まずは剣を抜くよりも先に、砂とか石とかで相手の顔を狙ってけん制しつつ、相手を足場の悪いところに誘い込んでロープやツタを巻き付けた岩を振り回して、距離を取りながら相手にダメージを与えるようにします。もし落とし穴が有効な場合は、事前に穴を掘ってカモフラージュしておくのも有効でしょう」
「そんな卑劣な方法……!」
俺が発言の指名を受けてこちらを気にしていたのだろう、レナさん メルロー侯爵令嬢が横合いから叫び声をあげた。周囲の生徒たちも少しざわついたけれど、ゼルヴァツィウス先生は気にした様子もなく口を開いた。
「ほう。なかなかに手ごわそうですな。わしでもそんなことをされれば、少し時間がかかる相手とみなすでしょうな。自身の弱さを知りながらも勝機を信じる者というのは、戦場では非常に相手にしたくない類の厄介さがありますから」
「そうなれば慎重になった相手の隙をついて逃げに転じるか、あるいは近くに仲間がいれば挟み撃ちなんてこともできるようになるかもしれない。少なくとも、剣を抜いて真っ向勝負を仕掛けてすぐに討ち死にしてしまうよりは勝算が上がるし、戦場では一騎打ちにこだわる必要はないと思います。相手の時間をとらせたり、手傷を負わせるなどして、自分はなるべく生き残って相手の戦闘能力を削ったり仲間の支援に回る方が、最終的に勝利に貢献したり、戦力として役立つ可能性が高まると考えます」
「素晴らしい。わしの言いたいことはほとんどシヅクさんに言われてしまいましたな。はっはっはっは!」
「ぜぇ、ぜぇ……すみません、ゼルヴァ、ツィウス先生。俺、ぜぇ、いつまでフォームを、ぜぇ、続け、クッ!腕が、もう!!」
レオスがだらだらと汗を滴らせて荒い息をしながら、ゼルヴァツィウス先生に抗議の声をかけた。誰かが小声で 360 回とか言っていた。それが本当なら、レオスはみんなより追加で 100 回も剣を振るったことになる。血管が激しく浮き出た腕と汗で光る肌。アキラじゃなくても、あれならかっこいいと思ってしまうかもしれない。筋肉ってスゲー。俺も男の時にもっと鍛えておくんだった。
「これはレオンマティウスさん。
「面白い?ぜぇ、ぜぇ……なにか大事なこと、話し、ぜぇ、てたのか?」
「あとで今のお話をメモした手帳を見せて差し上げますわ。今は呼吸を整えるために少し座っていらして。よろしいですよね、ヴァツィ先生」
「ええ、かまいませんぞ、コルネイディア姫殿下。アキラさん、シヅクさん。帰り道にでもぜひ先ほどのお話をレオンマティウスさんにしてあげてください」
「はい」「承知しました」
「今日の授業の内容を各々まとめて、次回の授業時に提出するように。わからなければ、アキラさんとシヅクさんに聞くと良いでしょう。残り時間は着替えとそのレポートのまとめに充ててください。ああ、貸し出しの剣は所定の場所に置き戻してくださいね。もし戻さなければ追跡呪文が施してありますので、あとで困ることになるかもしれませんがね。以上、本日の講義はこれにて終了とします」
そうか、着替え。どうしよう。こんなに汗でびちゃびちゃだし、シャワーには入りたいけど……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます