2-6 実践的呪文学


 Convocation歓迎会 から一週間かけて、先生と先輩方に連れられて校内のいたるところをオリエンテーションとして見学に回った。昔はお城として使っていたころ名残なごりや、魔法学園として生徒たちが残した数々の噂や逸話などを聞けた。

 毎日アキラと登校して、杖で光を灯しながら校内を歩くのにもだいぶ慣れてきた気がする。

 来週からはいよいよ授業が始まる。俺に関しては使える属性がまだ2つだけで、すでに遅れをとっているのだし、この土日を使ってしっかりと授業の予習をしておこう。アキラも少し魔法を使うのに慣れた方が良いだろうし、一緒に練習をすることに快く同意してもらえた。



 ――


 そうして土日が過ぎていき、魔法学園で受ける最初の授業は、ディオゲレイドという暗い顔をした先生の『実践的呪文学』らしい。

 隣にいるコルネが口を開く。


「アキラさん、シヅク。この授業では魔法を使う際の呪文とそれらの実践的な使い方が学べますわ。わたくしたちはすでにミドルスクールで基礎的な呪文を学んでおりますので、ハイスクールではさらに高度な呪文を扱いますわ」

「そうなのか。コルン、基礎的な呪文というのは適性試験の時のあれらのことかい?」

「ええ、アキラさんはすでにすべて使えますものね」

「あの、じゃあ私ってこの授業受けるのはまだ早いんじゃ?」

「シヅクは、ええ、そうとも言えるかもしれませんわね。ですが、使えなくとも、目にしておく機会は多い方がいいと思いますわ。その方が習得の助けになりますから」

「コルネ、たぶんこの授業ではお世話をかけっぱなしになってしまうかもしれません」

「いえ、わたくしはお二人のサポートのためにおりますから、少しはご安心なさって。ですが、この授業のディオゲレイド先生には、少し用心してくださいな。先生は貴族急進派ですから、わたくしや御子様方みこさまがたのことはあまり良い歓迎のされかたをしないと思いますわ」

「それってどういう……」


 コルネと話していると、講義室に入ってきたディオゲレイド先生と不意に目が合った。というか睨まれた。


 あ、王族を目の敵にしているとかそういう感じ?


「いつまでも私語をつつしまぬ者はこの講義室から退場してもらっても構わんが?」

「すみません、ディオゲレイド先生。このお二人にとっては呪文について初めての講義となりますから、わたくしから少々基礎的な呪文に関してご説明差し上げておりました」

「なるほど。では、今すぐこの講義室から出て、ミドルスクールの教室に案内すべきだったな」

「いえ、彼らにはミドルスクールに通う時間など」

「この講義は基礎を学ぶ場ではない。より実践的な呪文を学ぶための場だと知っているのかね?この場にふさわしくない者たちにはご退場いただくのが最良であると考えるのは当然だと思うのだがね」

「ディオゲレイド先生」

「何かね、ミス・コルネイディア・w・J・A」


 フルネームでファーストネーム以外は省略か……目上の人に対して使うと失礼に当たる呼び方だとコルネから作法として教えてもらった。だけど、ディオゲレイド先生はそれをコルネに……

 普通なら先生であっても、この国で最も身分の高い家系の人に対してはそれなりの敬意を持って接している。少なくとも、シルベスター先生などはそのスタンスで接しているように見えた。

 先生と王族の生徒という立場上、どちらが目上というのは議論の余地があるかもしれないが、その点をこのディオゲレイド先生は学園という場では先生が目上であるというスタンスでいるらしい。

 たとえ俺たちがディオゲレイド先生に対して何もしていなくとも、王族にとっての賓客扱いを受けている身としては、この先生に気に入られるなんてことは天地がひっくり返ってもないことなのかもしれない。


「こちらのアキラさんは、3日前の適性試験で6属性すべての基礎魔法を使用できることが学園側にも周知されているはず。彼がこの授業にふさわしくなければ、いったいどなたがふさわしいということになりますか?」

「そんなことか。では逆に聞く、ミス・シズク・Fの方はどうかね?その女生徒の方は2属性しか基礎魔法が使えないが、王の権威を借り受けて、辛うじてこの王立魔法学園のハイスクールクラスに転入させたのではないかね?」


 おっと……さっそく雲行きが怪しくなってきやがった。ディオゲレイド先生の嘲笑ちょうしょうじりの言葉から、居合わせた生徒たちの中にもくすくすと声をひそめて笑っている者もいる。やっぱり2属性しか使えないのってめちゃくちゃさげすまれる感じなのか……


「では、シヅクにはこの授業を受ける資格はないとおっしゃりますの?」


 おいおいコルネ、そんなに煽らないでよ。ガチで2属性しか使えないのは事実なんだし、大人しく見学させてもらえた方が俺にとってはどんな呪文があるのかとか知識だけでも吸収できてるって、さっき自分でおっしゃっていたじゃないですか。


「ミス・コルネイディア・w・J・A、俺はそうは言っておるまい。今日は実践的呪文学最初の講義として特別に参加を許可してやろう。だが、この最初の講義でそこの召喚された人間もどき達が実践的呪文学を学ぶに値しないと判断した場合は、その後の講義に参加することは認めるつもりもない。その場合は大人しくミドルスクールで基礎を習得してから出直すがいい」

「承知いたしました。では、ディオゲレイド先生はどのような方法でこの二人の是非をご判断なさるおつもりですか?」

「もちろん、実践で判断するほかあるまい。この講義はそういう授業である。今から呼んだ者は前に出たまえ。ここにいる皆の前でその実力を示して見せよ!最初はそうだな……ミスター・エルノルド・a・D・H。それからミスター・アキラ・M。杖を構えて俺の合図で試合を始めてもらおう」


 あのエルノルドと言われた男子生徒。制服の色を見ると9年生ではないのかも。おそらく一つ上、sophomore 10 年生の学年カラー。つまり上級生だ。ディオゲレイド先生はどこまでも俺たちを受け入れたくないらしい。


「行ってくるよ、二人とも」

「がんばって、アキラ」

「すみません、アキラさん。ご武運を」


 アキラの手は明らかに震えていた。初めての実戦相手が上級生なのだし無理もない。


「エルノルド先輩。お手柔らかにお願いいたします」

「ハッ。あっちの子は可愛げがありそうだがな。お前のそのいけ好かない面なんてもう二度と見たくはないから、さっさと負けてご退場願おうか」

「言ってくれますね。わかりました。あなたがもしこの僕に負けるようなら、少し態度を改めていただくことにいたしましょう」

「ふん、そんな減らず口も今だけだろうな」

「始め!」


 一瞬で険悪な雰囲気になった二人がにらみ合い、杖を構える。そこにディオゲレイド先生の短い低音が開始を告げる。

 お互いに最初の手を放つ。


「ファイアランス!」「 ウォーターボム!」


 エルノルド先輩が放った火の槍に、アキラの水の塊がぶつかって激しく蒸発する。初手から初級呪文ではなく中級呪文の応酬。おそらく水属性の初級呪文ではあの中級呪文は防ぎきれなかった。一瞬でそう判断したアキラの対応力はすごい。

 水蒸気で視界が悪い中、次の手を先に打ったのはアキラだった。


「リフトグランド!」「うおっ!?」


 初級呪文でエルノルド先輩の足元を少しだけせり上がらせてバランスを崩す。すかさずアキラが追撃を放つ。

 

「ライトニング!」「 ロックブラスっがあああ!」


 アキラの電撃がエルノルド先輩に直撃して先輩の呪文は途中で悲鳴に変わった。勝負ありということだろう。講義室内でどよめきが上がる。中級呪文がある程度使える上級生 vs 3日前に初めて魔法を使った生徒だ。誰しも上級生の勝ちを予見していたはずだ。


「お見事ですわ、アキラさん!」


 コルネの声と拍手で、周りにいた生徒たちもアキラに賞賛の拍手を送る。どうやらコルネに賛同してくれる生徒もこの授業には参加しているようだ。それにしても、足場を崩すのがこんなに上手くいくとは。土日にアキラに試してもらった成果が出て良かった。


「ミスター・エルノルド・a・D・H。たった数日前にやってきた人間もどきなんぞに簡単に負けるなど、君には失望した。立ちたまえ、そしてこの講義室から出ていくがいい。次回の授業からは別の生徒に補佐を任せるとしよう」


 ディオゲレイド先生の冷たい声でアキラへの拍手は鳴りやんでしまった。エルノルド先輩は何か言いたげだったが、ディオゲレイド先生の視線がそれをさせなかった。背を向けて静かに講義室を出て行ってしまった。


「ミスター・アキラ・M。早くそこをどきたまえ。いつまでもそんなところに居られては、生徒の邪魔であろう?」


 この先生、なんでいちいち嫌味ったらしいんだ?俺たちにどんなうらみがあるってんだ。


 ……はぁ、いったん落ち着け。

 ああいうやからTCGトレーディング・カード・ゲームの大会でもいただろう?これは策だ。あえて相手を怒らせて、冷静さを失わせた上で有利に進めるための演技かもしれない。相手の掌の上に簡単に乗ってはいけない。


「お疲れ様でした、アキラ。かっこよかったですよ」

「ええ、初めての実戦形式で先輩に勝利をおさめたのですから同じ寮の寮長としても誇らしいですわ」

「いや、あれはほとんどシヅクの作戦勝ちというか。それよりも、あのエルノルドとかいう先輩。大丈夫でしょうか?僕のせいで講義に出られなくなるなんて思っていなかったので……」

「作戦?先輩のことでしたらおそらく大丈夫ですわ。彼は昨年の優秀者として講義の手伝いにきただけかと思いますわ。なので単位を落としたりなんてことにはなりませんので」

「そうなんだ。それを聞くと、本当によく勝てたよね、アキラ」

「本当はシヅクから教えてもらった作戦は余程のことがないかぎりやる気は無かったんだけど、初対面なのに失礼な方だったからついカっとなってしまって。電撃は加減をしたつもりだけど、想像以上に痛そうで申し訳なかった」

「気にしないでくださいまし、卒業すればあんなものじゃすまないくらい強烈な魔法を受けて死ぬことだってあるんですから、手加減した電撃くらいは誰しも基礎的な魔法抵抗がありますから全然問題ありませんわ」

「そ、そうなんだ……死ぬって、うわぁ……アキラが無事でよかった」

「いろいろ教えてくれてありがとうございます、コルン。シヅクも、作戦役に立ったしありがとう」

「アキラが使いこなせてないと成り立たないものなんですから、今のは完全にアキラの実力ですよ」


 俺たちがアキラの健闘を称えていると、ディオゲレイド先生の低い声が講義室に響いた。


「次、ミス・シズク・F。ミス・レナ・h・W・M。両者は前に出たまえ!」

「行ってきます、アキラ、コルネ」

「気をつけて、シヅク」「怪我をしないようにお祈りしております」


 ディオゲレイド先生の次の狙いはやっぱり俺だった。予想はしていたけど、まだ2属性しか使えない俺は、これでディオゲレイド先生に認められないと、この授業は受けられなくなってしまう。どうにかして認めさせないといけないわけだけど、正直、切れるカードは少ない。魔法の実力は確実に格上を当てられているのだろう。なので、勝てるかどうかは運しだいということになりそうだ。幸いお相手のレナさんは同じ学年ではあるらしい。


「始め!」


 杖を構えたところですかさず開始の合図。言葉を交わす暇すら与えないとは。とにかく、最初にやることは決まっている。


「ウォーターウォール!」

「何それ。防御のつもり?そんな水の膜なんかでいったい何を防ぐのかしら?ウィンドスライサー!」


 カミソリのような風が体を掠めていく。風魔法か、なら……


「ミラージュ!」

「分裂!?なにそれ……でも、正面から来るはずないわよね?回り込んでくるこっちが本体だってバレバレよ?ライトニング!」


 かかった。回り込んだ方、そっちが陽動。ライトニングを受け、蜃気楼による幻影は霧散して電撃が壁に衝突する。本体の俺は正面からレナさんのローブを掴み、口に杖をかざす。


「んえっ!?」「ウォーター!」

「ごほっまっゴボゴボっごぼぼぼっだずげっごふっ!し、しんぢゃごぽごぼぼ!ごほっごほっおぼぼぼ……」


 俺が魔法を中断すると、飲み込んでしまった水を激しく咳き込んで吐き戻す。


「ごめんなさい、ちょっとやりすぎました……大丈夫ですか?」

「ごふ、ゲホっケホ……あんた、殺す気?……覚えてなさいよ、ごほごほごほ!」

「シヅク、ちょっとどころじゃないよ。これはさすがにやりすぎ。君、大丈夫?あっちでちょっと休もうか。服も乾かさないと風邪をひいてしまう」


 アキラが駆け寄ってきて、咳き込みながらも俺を睨みつけるレナさんを介抱するために連れて行った。


 他に勝てる手段もあんまりなかったものだから……でもたしかに、俺もあれをやられたら恨むかも。ほんとにごめんなさい、レナさん。


「ほう……ミラージュを使えるとは意外だ。ミス・シズク・F。その呪文をどこで知ったのだ?」

「ディオゲレイド先生の著書である『実践で通用する呪文に関する捉え方の基本』のたしか 382 ページの光属性の呪文について書かれていたものです。使うのは初めてでしたが、著書の内容が素晴らしかったので初めての私でも使いこなすことができました。素晴らしい文献を教材として著作いただき、ありがとうございます」

「なるほど。たしかに教材に載せていたが、中級の中でも高度な類だったはずだな。使うのが初めてにしてよくもあのような使い方を。それに最初のウォーターウォールも、左右で斜めに厚みを変化させていた。あれは目くらましとしては優秀だ。屈折の関係で相手に自分の正確な位置が悟られぬようになる。そのような使い方をしていたなどとは正面にいる相手にわかるはずもあるまい。なかなかに興味深い。よかろう、次回も講義に参加することを許可しようではないか」

「感謝いたします、ディオゲレイド先生」


 なんとか俺は次回以降も講義に出られるように認めてもらえたようだ。


「すごいですわ、シヅク。2属性だけであのメルロー侯爵令嬢を降参させるだなんて。彼女はわたくし同様に5つの属性を扱える数少ない生徒ですのに。わたくしが相手でも少し手を焼く相手でした」


 5属性使える人だったのか。エリートじゃん。土系の魔法で守りを固められてたら勝ち目はなかっただろうなぁ。


「はは、たまたま作戦が上手くハマってくれただけですから」

「作戦自体もお見事でございましたわ。あのディオゲレイド先生が褒めるなんて滅多にないとお姉様からは聞いておりましたのに」

「そうなんですね。とりあえず、来週も講義が受けられるのはよかったです。でも、そのレナさん、メルロー侯爵令嬢?あの子は大丈夫でしょうか?少しやりすぎてしまった自覚はあるので、後で正式に謝りたいかなと」

「謝罪ならアキラさんがしてくれているのではなくって?」

「いや、自分で謝っておかないと。なんだかアキラのことを利用して許してもらおうとするみたいで、ちょっといい気持ちしないでしょ?」

「でしたら今度、アキラさんにメルロー侯爵令嬢の時間をもらえないか相談してみるのがよろしいかと……わたくしは残念ながらあの方にはよく思われておりませんので、あまりお力になれないものですから……すみません」

「いえ、お気になさらず。わかりました。今度アキラに相談してみます」


 エルノルド先輩とメルロー侯爵令嬢は同じ寮カラーのローブを着ている。もしかすると、ダルダネイルス寮の寮生はコルネや王族の関係者たちをそれほど良く思わない人が固まっている寮なのかもしれない。貴族急進派かぁ……派閥争いなんて厄介だなぁ。世界が危機に瀕している時に、そんなことも意識しないといけないなんて、本当にみんな助かる気はあるのだろうか?

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