第2話 学校一の美少女に同棲を申し込まれた件

 とある日の放課後。

 俺が帰る前に飲み物を買おうと自販機に寄っていると、


「——あのっ、理玖くん!」


 後ろから竜胆に声をかけられた。

 息を切らしているところを見ると、相当焦って追いかけてきたらしい。


「竜胆? どうしたんだよ?」

「はぁっ……はぁっ……じ、実は理玖くんにお話が会って……」

「話? まあ、とりあえず先に息整えてくれ。俺は逃げないからさ」

「は、はい……」


 ここまで息を切らして追ってくるなんて、そんなに急な用事なのか?


「ふぅ。すみません。もう大丈夫です」

「おう。とりあえずなんか飲む? 奢るぞ」

「え、そういうわけには……」

「いいからいいから」

「で、ではミルクティーをお願いしてもいいですか?」

「オッケー」


 ミルクティーっと。

 取り出し口から缶を取り出して、竜胆に手渡すと、竜胆は両手でぎゅっと胸元に抱きながら「ありがとうございます」と笑みを浮かべた。

 なにそれ、超可愛いかよ。


「それで、話って?」


 俺も強炭酸を購入しつつ、近くにあったベンチに腰をかけた。

 竜胆も続くようにして、おずおずと俺から少し距離を空けて座る。


「え、えっと……ですね……じ、実は……」


 もじもじと両手に持った缶を弄びながら、顔を赤らめてチラチラとこっちの様子をうかがってくる。

 2人きり、顔を赤くしてもじもじしだす……? これって、もしかして告白シチュってやつ!?

 マジで!? 竜胆が俺に!? 


「……? 理玖くん? どうしたのですか? 顔が、そのぉ……ちょっと気持ち悪いことになってますよ?」

「……ごめん。なんでもない」


 もしかしたら告白されるのかもとニヤけるの堪えていたら、変な顔になってしまっていたらしい。


「え!? 今度は泣きそうな顔に!? 本当にどうしたんですか!?」

「なんでもないんだ。……生きててごめん」

「生きてて!?」


 女子から気持ち悪いって言われるのがこんなに堪えるとは思ってなかった。


「そ、そんなことよりほら! 話の続きは?」

「あ、は、はい。そうでしたね」


 竜胆がすぅ、はぁと大きく深呼吸して、

 

「り、理玖くん! わ、私……!」


 俺を真っ直ぐ見据えてきて、って、やっぱりこれって告白なんじゃ!?


「——私を理玖くんのお家に住まわせてもらえないでしょうか!?」

「……ごめん。ちょっと理解が追いつかなかったからもう1回言ってもらってもいいか?」


 今なんかとんでもないこと言われたような。


「も、もうっ! せっかく勇気を出して言ったのに! この1回を口にするのでもすごく勇気を振り絞ったんですよ!?」

「い、いや! 悪いとは思ってるぞ!? でもいきなりクラスメイトから家に住まわせてくれって言われたら、竜胆ならどう思う?」

「……聞き返します」


 だよな。

 クラスメイトの美少女にいきなり同棲を申し込まれるとかそれなんてラノベ?


 橘理玖16歳。女子に交際を申し込まれた経験はないものの、同棲を申し込まれた経験ならあります。

 あまりにも特殊経歴過ぎるだろ。

 仮に和仁あたりに言ったら鼻で笑われることは間違いない。


 想像でも腹立つからイメージの中で1発殴っておこう。


「すみません。唐突過ぎました。1からきちんと説明させてください」

「そうしてくれると助かる」

「実は……このままだと私、海外に転校することになりそうなんです」

「え!? 転校!?」


 しかも海外!?

 驚いていると、竜胆がこくんと頷いてから話を続ける。


「両親、というよりはお父さんが海外で仕事することになりまして……お母さんもお父さんに着いて行くことになったんです」

「……なるほど。それで子供1人残していくのは心配だからってことで竜胆も着いて行かないといけないかもしれないと」

「はい」

「そこまでの話は分かったけど。それでどうして俺の家に住ませてほしいなんて話になるんだ?」


 クラスメイトの異性に同棲を申し込むなんてよっぽどの事情だぞ。

 問いかけると、竜胆が俯く。


「私は日本に残りたいので、1人暮らしをしたいのですが……お父さんが1人暮らしに反対していて。お母さんは賛成をしてくれてはいるのですが、やっぱり心配みたいで」

「そりゃそうだろうな。大事な娘になにかあったら怖いだろうし」


 海外に行くのだから、咄嗟に駆けつけることも出来なくなるわけだ。

 竜胆のご両親は賛成と反対に分かれてはいるが、どっちも心配しているということは共通している。

 

 相槌を打ちながら、俺は手に持っている強炭酸を流し込む。


「……なので、お父さんには友達とルームシェアをするからと伝えて、お母さんには頼れる男の人と一緒に住むから、と勢いで言ってしまいまして……」

「ぶっ!?」


 鼻に強炭酸が!? 痛え!?

 えっほえっほと咽せていると、竜胆が慌てて背中を摩ってくれる。


「だ、大丈夫ですか!?」

「なんでそんなこと言っちゃったんだよ!? 母親にも普通にルームシェアって言えばよかっただろ!?」

「だって一緒に住むなら挨拶しないとってなるでしょうし、そうなったら絶対にバレるじゃないですか!」

「それはそうかもしれないけどさ! というか普通に同性の友達に頼めよ!」

「……だって、私友達いないですし」


 そうだった。竜胆って結構人見知りするタイプで、交友関係に乏しいタイプだった。

 地雷を踏み抜いてしまった俺は気まずくなりながら「……ごめん」と頭を下げる。


「それに、男の子と一緒に住むって知ったらお母さんの方が盛り上がってしまって……」

「なんでだよ!?」


 なぜ娘が男と一緒に住もうとしていることを祝福ムード!?


「そ、それは……と、とにかく私は海外に行きたくないんです!」

「勢いで誤魔化そうとするな! なんでそこまでして海外に行きたくないんだよ?」


 尋ねると、竜胆はほんのりと顔を赤く染めて、眠たげな半眼を潤ませて、上目遣いで俺を見上げてきた。


「——好きな人がいるんです。その人と離れたくないんですよ」


 あまりの可愛らしさ、いじらしさに無意識に喉がゴクリと鳴った。

 瞳から伝わってくる熱意は竜胆が適当を言っているようには見えない。

 

 竜胆からこんな風に思われてそいつは幸せ者だな……羨まし過ぎるからそいつとついでに和仁に一生を童貞で終える呪いをかけておこう。


「ってあれ? 好きな人がいるなら、尚更他の男の家に住むのはダメなんじゃ?」

「……理玖くんのバカ」

「え!? なんで!?」

「なんでもないですっ」


 竜胆がふいっとそっぽを向いてしまう。

 えー……? 女の子って本当に分からん。


 とはいえ、ちゃんと理由も確認出来たわけだし、俺も竜胆がいなくなってしまうのは寂しい。

 確かに俺は諸事情あって、マンションに1人暮らしだし、部屋も3LDKだから部屋にも余裕がある。

 でも、ことがことだけにさすがに簡単に頷くわけにもいかない。


 頭を悩ませていると、


「私に出来ることならなんでもします! ですから、お願いします!」

「なんでも!?」


 反射的に反応してしまって、視線が自然と竜胆の顔から下へ徐々に降りていく。

 慎ましやかだけど、膨らみがきちんと確認出来る胸に、ブレザー越しでも細いことが分かる腰。そこから女の子らしい曲線を描いて広がっていくヒップラインに、同性なら羨むことが間違いないしなやかな足。


 そこまで確認して、また俺の喉がゴクリと鳴った。

 

「り、理玖くん……その……あまりジロジロ見られると……恥ずかしいです……」

「わ、悪い! なんでもって言われて反射的に男の性が出て!」


 俺は首をへし折らんばかりのスピードで竜胆から顔を背ける。


「で、でも……理玖くんがそういうことを望むなら……え、えっちなことでも頑張りますっ」

「マジで!?」


 俺は再び首をへし折らんばかりのスピードで竜胆の方に顔向けた。

 首の筋がイカれたような音がしたが、この際些細なことだろう。


 そんなことより今の発言について審議を……ってダメだろ! 鎮まれ俺! 竜胆には好きな相手がいる! 俺を信頼してくれてる彼女を裏切るつもりか!

 俺が目をきつく瞑って、歯を食いしばって己を律していると、


「……やっぱりダメですよね。忘れてください。変なことにお時間を使わせてしまってすみませんでした」


 消え入りそうな竜胆の声が聞こえてきて、俺は目を開ける。

 そこに飛び込んできた竜胆は寂しそうに笑っていた。

 目が合った竜胆は、静かにぺこりとお辞儀をして、俺の横を通り抜けていく。


 足取りは力なく、今すぐに消えてしまいそうなほど悲しげに肩を落とした竜胆がゆっくりと遠ざかっていく。

 ……ああ、クソッ! 

 俺はガリガリと後頭部を乱雑にかき、


「分かったよ! その頼み、聞いてやる!」

「……え?」


 竜胆が弾かれたように振り返ってくる。


「ほ、本当にいいんですか……?」

「ああ! 男に二言はない!」

「で、でも……どうして急に……?」

「しょうがないだろ! 竜胆の泣いてる顔なんて見たくなかったし! お前がいなくなるって思ったらめちゃくちゃ寂しくなったんだよ!」


 俺はやけくそ気味に叫ぶ。

 そして、ぽうっと惚けたような顔になった竜胆に近づきながら、俺は微笑む。


「とりあえず、これからうちに来るか? 自分が住む場所だし、見ておきたいだろ?」

「……はい!」


 竜胆の顔に咲いた笑みを合図に、俺たちは俺の住んでいるマンションに向かって歩き出した。

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