うれないハッピーエンド

真田ヒョウ

前編 日の出

「本日は、よろしくお願いいたします。」

「こちらこそよろしく。」

十一月九日。山々に面したボロアパートの一室。机とパソコン、本がいっぱい詰まった本棚とソファしかない殺風景な部屋。

向かい合っているのは、超売れっ子新人作家・「命刈りの天才」Aと、ベテラン作家・「優しさの紡ぎ手」B。



「今回は、A先生が私に憧れている、ってことから対談に至ったんだよね。」

「そうですね。」

「ああ、敬語じゃなくていい?貴方、私より随分若いし、堅苦しいのは苦手でね。」

「もちろん大丈夫です。本日はお忙しいところ、わざわざありがとうございます。」

「売れてないから締め切りもゆるゆるなんだ。久しぶりに人と話せて光栄さ。」




しばらくしてインタビュアーの記者が到着し、インタビュー形式の対談が幕をあけた。




ーーーーーー本日は売れっ子作家のA先生が、自身の経験を語る記事の、第2回目になります。2回目は、A先生の憧れである、B先生の御宅での対談が実現しました。お二人とも、本日はお忙しい中ありがとうございます。

「はい。いつかお話してみたいと思っていたので、このような機会をいただけて嬉しいです。ありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします。」

「わざわざこんな所までありがとう。私の方こそ、よろしくお願いします。」


ーーーーーーA先生がB先生に憧れている、ということでこの対談が実現しました。

「はい。そうなんです。私が最初に書き手になろうと思ったのが、A先生のデビュー作で。しにがみせんそう、という話なんですけれど。」

「……光栄なことを言ってくれるね。」

ーーーーーーどのような話なんですか?

「そうですね…まとめると、」

「ちょっとすまないね。」


ーーーーーーB先生。どうなさいましたか?

「……次の話題にいこうか?」

「すみません。あんまり触れない方がよかったですか?」

「いいや。構わないよ。……次にいこう。」


ーーーーーー……はい。ではB先生は、A先生についてどう思っていますか?

「もちろん知っているよ。今作家の中じゃ一番波に乗っている人だと思ってる。」

「…有難いお言葉ですよ。ありがとうございます。」

「何作か、読ませてもらった。」

「本当ですか?嬉しいです。感想などお聞きしても?」

「どうだろう…私とは系統が違うからね。コメントしにくいんだけど…。そうだね。続きが気になるから、いつもよりページをめくる手が早かった、と思う。」

「憧れの先生にそう言ってもらえて…、その、嬉しいです。どうしよう、ありきたりな言葉しか出てこなくてすみません。」


ーーーーーー大丈夫ですよ。

「まだ若いからね。年をとってくると、慣れてくるもんだよ。」


ーーーーーーB先生もお若いですけどね。

「そうかい?ありがとう。」


ーーーーーーA先生もしっかりうなづいてますね。…さて、インタビューに戻りますね。




一時間後。和やかな空気をほんのり残しつつ、対談が終わった。


「本当にありがとうございました。」

「いやいや。私も楽しかった。ありがとう。」

握手を交わす二人に記者も、ありがとうございました、と頭を深々と下げる。

「ありがとう。いつ雑誌に載るんだっけ?」

「たしか、十二月ですよ……ね?そうですよね、十二月です。」

「楽しみができた。」

「私も、楽しみが増えました。…じゃあ、そろそろお暇しますね。」

「締め切り?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど。」

「今日帰る?」

「ホテルとってます。これ以上先生の御宅にいろのは…と思いまして。」

「泊まっていかない?いや、無理にとは言わないんだけどね。まだまだ話したいことがあるから…。」

「いや、でも…、その、」

「嫌……かな?」

「いや、そういう訳ではないです!ただ……本当に、いいんですか?」

「勿論。美味しい焼き鳥屋さんが近くに…といっても歩いて20分くらいなんだけどね、あるんだ。そこで一杯、どうかな?」

「焼き鳥…。」

「嫌い?」

「好きです!そそられますね…!」

「じゃあ行こうか。……私持ちでいいからね?」

「そんな!駄目ですよ!」

「私の方が作家歴も長い。年も上だよ?稼いでるのは、貴方かもしれないけどね。」

「すみません…、じゃあ、お言葉に甘えて…。」

「ふふっ、いいよ。じゃあ行こうか。記者さんも来る?……そう、仕事か。じゃあ私たち二人で行こうか。」

「はい。」 




「殺し方。教えてくれない?」

「……殺し方。」

「そう。登場人物の殺し方。最近流行ってるじゃない。バッドエンド商法。悲劇を美徳とする考え方。」

「まあ確かに、最近はそういう話が増えましたよね。」

「貴方、巷では命刈りの天才って呼ばれてるでしょ。私も売れたいんだよね。殺したことないけど。」

「いや、殺したことない、って……。」

「貴方は、できるでしょ。殺せるでしょ。だから、教えて欲しい。」

「そんなの…人によると思いますけど…。」

「いいから、助けてよ。売れたいんだよ、私。登場人物を幸せにする書き方じゃ、売れないんだよ。今の時代はね。」

「……教える前に、一つ質問があります。それに答えてくれますか?」

「…………なに?」

「しにがみせんそう、についてです。」

「…大好きなんだね、他人のデビュー作のことが。インタビューでも語りたかったでしょ?ごめんね?遮って。」

「…あれで先生、登場人物一人残らず……殺してますよね?それに、今の作風とは違いすぎませんか?今は、」

「当たり前でしょ。選考からのデビューだからね。残るつもりで書いた。」

「…。選考、からなんですね…。」

「そうだよ。あの頃と比べて、今はほのぼのした、貴方からしたら締まりのない話ばっかり量産してるもんね。」

「私は好きですよ。読んでたら心が温かくなる。」

「でも刺激も何もないからね。飽きるでしょ?」

「そんなことありません。」

「あっそう?じゃあ何で売れてないんだと思う?やっぱり世間が貴方みたいなのを求めているからじゃない?戦い。病気。死。失われていくモノがある方が読んでて楽しいんだよ。」

「はっきり言っていいですか。」

「売れない理由?いいよ、教えてよ。」



「……偽物だからじゃないですか。作品が。」



「…。」

「……すみません。」

「いいよ、続けなよ。聞かせて?貴方が思っていること。」

「……なんて言うんだろう。歪、なんだと、思います。」

「歪。」

「幸せな話、を、書いているんだろうけど…、何か、しっくりこなくて。幸せをあまり経験したことが、ない人が、書いてるみたいで…、共感、できないというか。」

「ふっ、」

「…………先生?」



「……あっはっはっはっは!!!!!!」



「え、っと…。」

「そうだね!その通りだよ!流石だね!よく、気が付いたねぇ!」

「あの。」

「幸せを経験したことがない人。」

「いや、っ…。」

「あってるあってる。そうだよ。人より経験してないよ、多分。具体的には言わないけど。絶対、何があっても言わないけど!」

「…。」

「あははっ、聞きたそうな顔してる。」

「…聞きませんよ。言いたくないこと言わせる趣味は持ってないので。」

「いいこだね。」






しばらくは二人が焼き鳥を食べる音と、他愛もない話が続いた。



再び話が戻ったのは、会計を済ませようと、Bが席から腰を浮かした時。


「………今日わかったよ。殺し方。貴方と話してたら、デビュー作書いてたこと思い出してきた。あの頃を思い出せばいいのかな?兎に角、やってみようかな。」

「…今から?ですか?」

「うん。読み切りのかたがついているからね。担当編集と話してみる。」

「それは…楽しみ、にしてます。」

「うん。ありがとう。また相談するかもしれないから、そのときはよろしくね。」


Bが支払い、二人で外に出る。



Bが顔を顰めた。おそらく、夜風の冷たさに。




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