第33話 全力疾走

 とりあえず、射手座の戦士たちにも働いてもらうことにする。


 まだこちらとしても食わしてやるほどの余裕はない。と言っても魔物が溢れる世界でもないので討伐なんてこともできない。


「名を上げるってどういうことだと思う?」


 突然の問いに射手座の戦士たちがキョトン顔。まあ、そりゃそうだろう。考えたこともなかったって顔だ。


「手柄を立てる?」


 一人が首を傾げながら不安げに呟いた。


「そうだね。手柄を立てるのがいいよね。でも、なんの功績を得たらいいの? その功績はなんなのって話なわけだ」


 皆が顔を見せ合ってどういうことだと言い合っている。


「ちなみにケンタウロスって肉体に男女差ってあるものなの?」


「まあ、あると言えばありますね。体力なら男のほうが勝って、柔軟性で言えば女のほうが勝ってますかね」


「体力は?」


「うーん。個人差ですかね? 全力疾走でもなければどちらが優れているってこともないと思いますよ。ケンタウロス種は走るのに特化してますから」


 そうなんだ。確かに下半身の体格にそう違いはないな。


「ちょっと町の外に出てみようか。誰かルーを乗せてやって」


 屋敷内では狭いので広い場所に移動してみる。


 町の周りは牧畜場となっているのでその外に向かい、手頃に拓けた場所を探した。


「ここでいっか。皆はちょっと待ってて。アカリさん。槍で線を描くから手伝って」


「あいよ」


 アカリさんに走ってもらい、大きく楕円形を描いた。


 一周何百メートルだ? 四百メートルはあるか? まあ、そんなもんやろ。適当でいいさ。


「アカリさん。一周走ってみて。そこそこの速さで」


 背中から飛び降り、アカリさんに一周走ってもらった。


「走り難かった?」


「いや、そうでもないな。ただ、ちょっと曲がりが急だな。あれ以上速く走ると滑るかもしれん」


「やっぱ、砂か芝生じゃないとダメかな?」


「競争でもさせようってのか?」


「うん。国でもやってた?」


「野山を走ることはあったが、こういうのは初めてだな」


 田中さんは競馬とかやらない人だったのか? ケンタウロスなら盛り上がっただろうに。


「次は三人で走ってみてよ。勝った人にはお酒をプレゼントするよ」


 お酒は葡萄酒で、まあ、そんなに高いものじゃない。一ミーシー(千円くらい)で買えるものだ。それなりに稼いでいれば三日に一回は買えるものではないだろうか?


「それは俄然やる気が出るな」


「おれが出る!」


「おれもだ!」


 と、皆がやる気なので全員を参加させることに。アカリさんは審判だ。


「第一レース、スタート!」


 やる気と本気で全力疾走。そこまでやらなくともいいのに。


 とは思いつつも地面が均されるなら構わないか。


「ルー。水を用意してて」


「わかった」


 あんな速度で走ったら喉も乾くだろうと先に用意しておくとしよう。


「やっぱりカーブで差が出るね」


「そうだな。地面も結構滑りやすいし」


 一等はマガラ。二等はレイカ。三等はジュウザ。そう差はない順位だった。


「やっぱり走り難かった?」


 賞品の葡萄酒を渡して尋ねた。


「そう難しいってことはありませんが、やはり滑りますね」


「踏ん張りさえできたら勝てたのに!」


「そこを見抜いて調整するものだ」


 岩砂漠だもんな。地面は固いよな。


「足は大丈夫? 爪、割れてない?」


 蹄鉄を打っているわけじゃない。自前の蹄で走っているのだ。


「問題ありません。手入れは小まめにやってますから」


「魔力を足に集中させたら地面を食い込むように走れるんだけどね」


 右足に魔力を集中させて地面を叩いた。


 メシッ! と地面ヒビが走った。


「皆の魔力ではまだできないけど、魔力が20くらいになればできると思うよ」


 ビシッ! と音がして見たらアカリがオレの真似をして地面にヒビを走らせていた。


「できた!」


「アカリさんならできて当然だよ。今なら崖でも登れると思うよ」


「おれたちもできるようになるんですか?」


「なると思うよ。毎日そのブレスレットに魔力を籠めて魔力回復を繰り返せば確実に増えて行くよ」


 魔力は回復を繰り返せば増えて行く。逆に増えすぎると使い切るのが大変になるんだよね。


「まあ、それはあとにして第二レースをやろうか」


 地面を均してコースを作るのもやりたいからね。てか、ここは誰の土地となるんだろうか? ハーマラン教国はちゃんと土地を管理してんのか?


 第二、第三、第四とレースをするとかなりトラックの様子が出てきた。


「エクラカ殿。人を変えて走っていいだろうか?」


「いいよ。何日か練習してからまた勝負をしようか。でも、月影館の警備もお願いしたいから順番てやってね」


 お嬢たちも引っ越して来ている。警備は絶対に必要だ。女のほうが多い場所だからね。


「アカリさんは館に戻って警備をお願い」


「わたしも走りたいんだけど」


「アカリさんは皆より進んでいるんだから我慢して。一人だけ進んでたら勝負にもならないしね。館で槍の練習をしながら警備しててよ」


「まあ、仕方がないか。皆に恨まれても嫌だしね」


 素直に館に戻ってくれた。


「ルー。盥を出して水を溜めておいて。皆汗を流すだろうしね」


 アイテムバッグの他にブレスレットも渡してあるので産湯盥でも出し入れできるようにしてある。十二人の汗を流せるだけの量はあるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る