第10話 仕事

「娼館? またとんでもないことを言い出したな」


 帰って来たラウルに娼館をやりたいことを告げた。


「まーね。旅の途中、ずっと考えてた。商売で生きていこうとは思ってたけど、あまり目立つことは避けたいし、仕事に追われる毎日もしたくない。切った張ったの生活もしたくない。穏やか、なんてことは無理でもそこそこな日々を送りたいんだよ」


 こんな世界で平和に生きるなんて無理だ。なんらかしらのトラブルは起こるだろう。切った張ったも起こるだろう。それでもゴブリン駆除に明け暮れるよりはマシだ。


「娼館なんてそう儲からないぞ。マニーグ拾いみたいなものだ」


 マニーグ? 小銭拾い的なことか?


「でも、儲けはしないけど潰れたりはしないんでしょう?」


「まあ、そうだな。モテない男は掃いて捨てるほどいるからな」


 世界が違えど非モテは存在するのか。この世界も無情だよ……。


「儲けは程々で構わないんだよ。ぼくの暮らしをよくするための娼館だからね。潰れない程度に稼ぎ、回復薬で儲けさせてもらうよ」


「確かに回復薬は魅力的だ。買いたいってヤツも掃いて捨てるくらいいるだろうよ」


「売るなら出所を用意してからにしてね。こちらに来たらばーちゃん連れて逃げるから」


 守るべきはばーちゃん一人。害が及ぶならオレはさっさと逃げ出させてもらいます。


「それが可能ということか」


「この世界のこともそこそこわかったしね。でも、だからと言ってそんな苦労はしたくない。お互い、持ちつ持たれつといこうよ。ラウルさんがぼくの後ろ盾となってくれたようにぼくもラウルさんの後ろ盾となるよ。望みがあるなら聞くよ。世界が欲しいとか言われちゃったら困るけどさ」


 そう言われたらマッハで逃げさせていただきます。


「ぼくの代わりに立ってくれる人も用意してくれると助かります。この見た目では自由に動けないからね」


 権力者に捕まる前に記憶が蘇ってくれたのはいいが、さすがにこの歳で蘇っても動き難くてたまらない。誰か大人に立ってもらわないとやりたいこともできないよ。


「……おれの弟に少し頭の弱いのがいる。歳は十八。使うか?」


「うん。使う使う。その弟さん、賢くしても構わないよね?」


 灰竜族の直系なら願ったり叶ったり。どんな人でもありがたく使わせてもらいますよ。


「賢くできるのか?」


「脳の発達に障害があるだけでしょう。なら、問題なく治せるよ」


「神の御子の世界はそんなこともできるのか?」


「さすがに無理だけど、死んだ世界でそれを可能にできる力をもらったからね。余程の大病でもなければ治せると思う。少なくとも時間をかけたらなくした手足を生やすくらいは可能だよ」


 やったことはないが、まあ、可能なはずだ。


「あ、たぶんだけど、神の御子に与えられた力は皆違うと思うし、生きた長さで能力も変わってくると思う。ぼくは一年しか生きれなかったからそこそこだね」


 クソ女の話では最大で三年とか言っていた。完全に使い捨てで腸煮えくり返るぜ。


「……わかった。弟がまともになるなら金と人を出そう。弟を連れて来る」


 そう言って連れて来た弟さんは、まあアレだ。差別用語になっちゃうので明言は控えさせていただきます。


「今日の魔力で足りるかな?」


 まともに会話もできないので残りの魔力をすべて使って頭を回復させる創造魔法を使った。


「ごめん。あとは明日ね──」


 そう言って意識が途切れ、次に目覚めたらルー王国の出身のルージュリンに膝枕されていた。


「……ありがとう……」


 前世ではよく魔力切れは起こしてたけど、この体で魔力切れはダルくてたまらないな……。


「大丈夫なの?」


「大丈夫。死ぬことはないから。もう少し休めば起きれると思う」


 もう一度瞼を閉じて眠りにつき、次に目覚めたときは魔力が全回復していた。ぐぅ~。


「……腹減った……」


 回復にエネルギーを持っていかれて腹が食い物寄越せと騒いでいる。


「食べ物あるよ」


 膝枕から起き上がり、マクベリ(ナン)にひき肉が乗ったものを出された。


「いただきます」


 お、美味いじゃん。やはり金持ちはいいもん食ってんだな。


 初めて食うものだが、香辛料が効いててなかなかグッド。この世界なら食事に困ることがないのかも。前の世界じゃ料理が最悪で創造魔法で調味料創りまくりだったっけ。


 エネルギーを消費したからか、普通なら食えない量をペロリと食ってしまった。てか、これなんの乳だ? ちょっと草っぽいんだけど。


「ごちそうさまでした」


 ふー。これでコーヒーが飲めたら最高なんだけどな。この体じゃただ苦いだけだろうよ。なぜか香辛料はイケたけど。


「もう夜なんだ」


 ガラスの窓はなく、簾が下がっている。灯りはなく、オイルランプが棚に置いてあった。地震が来たらどうすんだ? 地震がない地域なのか?


「ええ。涼しくなったわ」


 そうなん? まあ、昼間に比べたら涼しいけどさ。まだ感覚が残っているからか夜でも暑く感じるんだよな。


「ルージュリンは、なにかしたいってあるの?」


「なにもないわ。わたしにはもうなにもないから」


 絶望してもなかなか死ねないもの。死にたくないって思うほどあっさり死んでしまうものだ。


「ぼく、娼館をやろうと思う。娼婦がいい暮らしができる娼館を。風呂を作り、美味しい食事ができて、休みには町に出れたりする。娼館ってより娯楽館だね。体を売りたくないのなら別の方法でお金を稼げばいい。お金が貯まれば別の幸せを探したらいい。なんなら経営に回ってもいい。稼ぎは娼婦より少なくなるけどね」


 腹が膨れたらまた眠くなってきた。まったく、子供の体は不便だよ……。

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