第6話 すれ違っていく幼い夫婦

 8歳になったネフェルウラーは、ここ数日、兄兼夫のトトメスと遊べなくて機嫌が悪かった。専属女官のティイにどうしてトトメスのところへ行けないのかと駄々をこねていた。


 ティイは元々ネフェルウラーの乳母であったが、彼女とトトメスの結婚後、乳母から正妃専属の女官となった。もっとも幼い正妃の女官としての業務は乳母のすることと代わり映えはなかった。


「ねぇ、ティイ、どうしてお兄様のとこに行っちゃいけないの?」

「お妃様は国王陛下のお渡りをお待ちするものですよ」

「でも私、いつもお兄様のところに行ってたのに」

「トトメス陛下は、今、ご病気なのです。ゆっくりお休みできるように行くのはご遠慮いたしましょう」

「よいではないか、ティイ。行かせてやれ」


 予期しなかった人物の声が聞こえてティイは驚いた。いつの間にかハトシェプストは王妃の居間にやって来ていた。


「陛下、お言葉ですが、正妃陛下がそのような振舞いをされては……」

「構わぬと言っておる。王妃としての作法はこれから学ばせればよい。それよりもネフェルウラーをトトメスに懐かせてトトメスが絆されるほうが大事であろう。トトメスに気を許さないように注意するのはもう少し大きくなって分別がついてからでもよい」


 ハトシェプストに許可されたのでは仕方ない。ティイは、ネフェルウラーをトトメスの私室へ渋々連れて行った。


 ケホケホ……ケホケホケホ……


 14歳になったトトメスの止まらない咳が廊下まで聞こえてくる。彼は、生来頑丈だったのだが、ここの所、具合が悪くなることが多くなり、臥せっていた。


 彼の寝室前ではトトメスの乳母ユウヤとネフェルウラーの乳母ティイが揉めていた。


「国王陛下へのお見舞いはお断りしております」

「無礼な! 王妃陛下は別であろう!」

「「あっ!」」


 乳母達が口論している間にネフェルウラーは2人の間をかいくぐってさっと寝室へ駈け込んでいった。ネフェルウラーはたったこれだけの行動でぜぇぜぇと肩で息をしていたが、寝台で青い顔をして横たわっているトトメス3世を見つけると、たたたっと歩み寄って夫の手を取った。


「はぁ……はぁ……はぁ……お、お兄様……大丈夫?」


 トトメスは何か言おうとしたが、ゲホゲホと咳込んでしまって声が出なかった。その様子を見ただけでネフェルウラーの目にじわりと涙が浮かんできた。寝室に控えていたトトメスの乳きょうだいサアトイアフの兄アメンメスがすかさず駆け付け、ネフェルウラーに冷たく言い放つ。


「陛下はご病気なのです。ご負担をかけないでいただけますか?」

「お兄様は何の病気なの?」

「私は医師ではありませんので、わかりません。さあ、お帰り下さい」


 ネヘシはトトメスの8歳年上で護衛としてトトメスに仕えている。アメンメスの母でトトメスの乳母ユウヤは廊下で娘サアトイアフと共にネフェルウラーと乳母の背中を見送り、息子にひそひそ声で愚痴った。


「陛下のお加減がよくないのものせいだろうに、白々しく娘を送り込んできて……実態もないのに何が『王妃』だか」

「でも母上、は陛下と正妃陛下の間に王子を望んでいる。正妃陛下が子を成せる年齢になる前に陛下を害するでしょうか?」

「陛下がに懐かないから見限ったのかもしれないよ。血統では少し落ちるけど陛下の代わりになれる者はいる。にとって正妃陛下を通して自分の血を末代まで繋いでいくことさえできればいいのさ」


 親子は不憫な年少のファラオを絶対守ろうと決意を改めた。


 寝台で横になっていたトトメスには乳母達が話したことはよく聞こえなかったが、乳母親子がネフェルウラーをよく思っていないことは知っていた。寝台の上で起き上がって彼女を擁護しようとしたが、またゲホゲホと咳込んで何も言えなかった。


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今回は、全部にわたって私の妄想回です。

ずっと『3世』を付けるのがなんだかうざったいので、祖父・父(全部同名、紛らわしい!)の話が出てこない限り、『3世』を省きます。特に何も書いてない場合、『トトメス』と言えば、トトメス3世のことだと思って下さい。

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