第37話:地下6階5

クリストたちは地上でやるべきことを済ませると再び6階のガラス壁のエリアに戻ってきた。ここを拠点として荷物を置いていくのだ。

通路に出されていたテーブルやイスはそのままにしていったのだが、今回もそれはそのままになっていた。これで通路も現状が維持される場所として確定した。どうせこれからも視察だ何だで人が来る場所になるのだ。これらはそのままでいいだろう。

物置の木箱などの雑多な物を壁際に寄せてスペースを作る。荷物も壁際にまとめて、食料などのすぐに使うようなこまごまとしたものは木箱の上に並べておく。簡易ベッドはイス代わりにもなるのでこの部屋に設置していく。これから何度も、何日も世話になるのだ。快適な環境を作っておくことも必要だろう。

探索に必要なものだけを身につけ、準備が調ったところで探索を再開だ。今回は6階から7階へ下りるための階段を探すことになる。まずは5階へ戻り、そこの階段室から6階へ。階段を下りたところが部屋になっているので、そこを出て右へ。丁字路へ突き当たったらまた右へ。その先に十字路があり、そこを左へ曲がることから始まる。前回はこの辺りにオークが配置されていたが今回はどうだろうか。

「いることはいるね、たぶんまだ先の方。変えていないとみていいんじゃない?」

「さすがにこの段階ではいじってはこないだろうな。行こう」

魔物の配置についての話をダンジョンの中でしている。調整が入るだろうとは考えているが、それは今の段階ではないようだった。

十字路を左へ曲がり、しばらく進むとまた十字路に差し掛かる。

「正面しばらく通路、左すぐそこに部屋。それでねえ、右の通路にちょっと入ってみてよ。面白いよ」

通路が面白いとはどういうことか。

クリストがその通路へ一歩を踏み出すと、下ろした足がぐっと手前に持ってこられる。もう一度改めて足を踏み出しても、戻される。右を出す、戻される。左を出す、戻される。

「何だこれ。床が動いているのか?」

「まったく分かんないよね。でもたぶんこっちに向かって床が動いているんだよ。戻される力が強いから、走って抜けるとかしない方がいいかも」

「こんな仕掛けがあるのか、なるほど確かに面白いな」

「でも例えば逆から乗った時、行き先に魔物がいるかもしれないし罠の中かもしれない」

「あー、それはさすがにきついな。まあ今回はここはなしってことでいいだろう。で、次は直進だな」

十字路をそのまま進む。その先にどうやら魔物がいるようでフリアが手を上げて後続を止めた。

「この先たぶん部屋。オークだと思う。数は1か2、たぶん2」

「オークってことはまだスタート直後のエリアの内ってことか。その部屋の先があるかどうかが問題ってとこだが、近づけば気づかれるよな。仕方がない、やっておくか」

先頭をエディに変わり、その左にクリスト。隊列を変えたら前進、接触前に魔法での攻撃を開始する。

通路を進むとやがてその先に部屋らしきものの入り口が見えてくる。そしてその先には予想どおりオークが2体いた。オークもこちらに気がつき、立ち上がるとそれぞれに斧を構えた。

「ファイアー・ボルト!」

フェリクスとカリーナから炎の矢がオークに向かって放たれる、それは左右それぞれのオークに命中し、顔から胸にかけてを炎に包んだ。

魔法の炎が消えるころにはすでにクリストもエディもオークに向かって駆け寄っていて、そのまま接近戦を開始する。魔法のダメージや炎の影響から抜け出たばかりのオークは中途半端な体勢で迎え撃つことになり、剣を避けることも防ぐこともできずにそのまま攻撃を受けてしまいあえなく倒されることとなった。

「よし、こんなもんだ。あー、通路も扉もなし。宝箱もなしか、ここはハズレだったな」

通路は部屋で行き止まりとなり、地図を埋めるだけに終わった。

「エディ、この斧いるか。じゃあ1本持っていこう。もう1本はいらんな、放置でいいだろう」

オークの使っていた武器は1本はエディがもらっていくことに、もう1本はそのまま置いていくことにした。何しろグレーターアックスだ、持ち歩くには邪魔なものなのだ。ただし大型の武器ということで使い道も多い。その点では武器は片手剣しか持ち込んでいないエディとしては確保しておきたいものだった。

ここはそのまま引き返し、次は十字路の残る1本。すぐ先が部屋になっていた方向へ進むことになる。

十字路から短い通路を経てすぐに部屋。特に何もない部屋のように見えたが、足を踏み入れてすぐにフリアがしゃがみ込んで床を見つめている。

「どうした、罠か?」

「うーん、たぶん、何となく違和感。罠な気がする。その真ん中を通らなければ大丈夫かも?」

「わかった、中央だな、避けよう」

違和感があるというのなら何かあるのだろう。実際には何もない可能性もあるが、何かあるという可能性の方もあるのだ。違和感があるのならば避けるべきだ。こんなところで無意味に罠にかかることはできなかった。

「そうすると、右に扉。正面通路」

「まずは正面から埋めよう」

フリアが部屋の外周をぐるっと回るようにして通路へ向かい、後続も同じようにして中央を避けていく。

通路はしばらく真っすぐに進み、右へ折れ、またしばらくは真っすぐ、最後に左に折れたところで右の壁に扉があった。

「鍵あり、罠、うーん? 変なところにピンがある、罠かな? 罠かも。気配なし」

鍵穴に道具を差し込んでカチャカチャといじっていると、すぐに解錠まではできたようだった。

「押さえているから開けてみて」

クリストが横から手を入れてノブを操作し、扉を開けた。

「良さそうだね、うん、ありがと、部屋のなかーはー、宝箱発見」

魔物はいなかったが宝箱はあった。今回も奥の壁際の中央だ。

扉を開け放し、今度は宝箱を調べにかかる。

「鍵あり、罠なし、開けるよ」

すぐに解錠し、蓋を開ける。

中には丸めた布のようなものが入っていた。

「何だ? 壁飾りってとこか?」

「うーん、そうだね、見たところ意味のある模様ではなさそうだし、これは壁飾りっていうことでいいんじゃないかな」

布は赤く、金糸で細かい模様が描かれていた。魔法陣が描かれている、何かの絵が描かれているというものでなければ特に魔道具というわけでもないのだろう。普通の芸術品という扱いで良さそうだった。フェリクスがそれを丸めてロープで縛り、腰に結ぶ。

「大きくはないし、これで持って行けるね。一応探索の成果は見せていかないと」

「そうだな、ギルドにも配慮してもらった。金になるものを持っていきたいところだ」

貨幣や宝石やこういった芸術品などはとにかく簡単に金に換えられる。使い道に悩むような風変わりなスクロールや魔道具よりもよほど早く、直接的な利益になるのだ。ギルドにとってもありがたいものだろう。

「さて、これでこの部屋は終わりか。よし、次はさっきのところの扉にするか」

ここも行き止まりの部屋だった。後はどの扉の先に進むかという問題で、そうなると手始めに近いところからという選択になった。

その扉には鍵がかかっていてフリアが開ける。

扉を開けるとその先は通路になり、長く真っすぐ続く通路は途中で左への分かれ道が一つあった。

「さてどうするか、まあここは直進だよな」

分かれれ道の方は後回しにして直進する。その先も通路はずっと真っすぐに進み、やがて右へと折れた。

「待って、何かいるね。音がする。あとなんかちょっと臭いような?」

「臭い? ゴブリンみたいなか?」

「うーん、ゴブリンとは違うかな、もっと何だろ、腐ったみたいな?」

「アンデッドってこともあるか、よし、見ておこう」

隊列を組み替えエディとクリストが前へ出る。

通路を右へ曲がり少し進むと、正面に1体、何か人型のものがいた。人型、小太りな人間のような、だが足が太く大きな爪があった。口が大きく裂け、牙が見えていた。そして全身がやや灰色掛かり、腐ったようにところどころ肌が破れて肉が見えていた。

「やっぱりアンデッドか? にしては顔付きはしっかりしているような気もするが」

その魔物もこちらを認識したのか腕を広げこちらに向かってくるが、その動きは鈍い。

クリストが大きく踏み込み剣を下段からすくい上げるようにして振り上げると、胴体が真っ二つに裂けるように開いていく。

「一発かよ、弱いな! って待て待て待て、後退! 後退! くっせえ!」

その魔物は切り開かれた場所から大きく肉を盛り上げるようにして、開かれた状態で地面に仰向けに倒れ込んだ。

その肉の臭いか、辺り一面に強い悪臭が満ちた。

クリストたちは慌てて後退し、通路を折れて際ほどの分かれ道の辺りまで下がってきた。

「何だありゃ、6階に出るにしては異様に弱い上に、何だあの臭い、すげーな」

「まだ臭う気がする、近づきたくない」

「ああ、あのまま放置しておけばいずれ消える。それを待とう」

だいぶ離れたはずが、まだ臭いがするような気がしていた。

死体も放置しておけばいずれはダンジョンに吸収される。もしかしたらそれまでに掃除スライムが片付けてくれるかもしれない。それに期待した方が良さそうだった。

「やっぱりアンデッドかな?」

「どうだろう、アンデッドならもっと分かりやすく肉が腐った臭いがしそうだけど、今のはちょっとそういうのとは違う気がするけれど」

「見た目は完全にアンデッドだったがな」

「分からん。魔石も回収できないし、できればもうやりたくないしな。いつか誰かやる気のあるやつが何とかしてくれるさ」

今はとにかくやる気にはなれなかった。なかったことにして今は探索の続きだ。幸いこの分かれ道の先がある。

通路は少し先で右に曲がり、その先はしばらく直進。そして丁字路に差し掛かった。

右はまた少し先で通路が左に曲がっている。そして左では地面が石組みから土に変わり、そしてなぜか1本の低木が生えていた。

「意味が分からんな」

「分かんないね、あ、実がなっているよ」

その木の葉は長円でトゲトゲとしていて濃い緑だった。たくさんの葉を付けた枝が四方八方に広がり、その隙間隙間から赤い長細い実がなっているのが見えた。

「収穫しろって言ってんだろうな」

「そんな気がするね。革袋に集めておくよ」

フェリクスが木から赤い実を収穫していく。数は7つか8つか。それほど多くは採れなかったようだ。

「あの花も薬効成分があったしね、これも何かしらあるんじゃないかな」

ここで鑑定スクロールを使えば良いのだろうが、恐らくはギルドに任せるべきものになるだろう。薬剤師か錬金術師か、それとも園芸組合か、そこかに行くことになりそうなものだった。

この収穫を成果として、次は通路の先だ。丁字路の先は左に折れ、しばらくは直進。途中で右の壁に扉があり、そして通路はそのさらに先で扉に行き着いた。

「鍵なし、罠なし、ね、水の音がする。たぶんこれ」

フリアが確認して扉を開けると水の音が響き渡った。

部屋の奥には下り階段が見えている。やはり階段室だった。これで7階へのルートは開かれた。

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