第33話:地下5階報告
この日の地上の天気は小雨だった。
空には黒く厚い雲がかかっていて小雨から本降りに変わりそうに思える。もっと森深くで雨風をしのごうと思っているのか鳥や動物たちの気配も薄い。
ギルドの出張所の建物の隣には大規模な開発のための基礎作りが進んでいて、たった1泊の探索の間に時間がもっと早く流れていたかのような錯覚を覚える。
裏口の脇に暇そうに立っていた職員がこちらに気がついたのか慌てた様子で扉を開け、施設内に入っていく。
クリスト達も後を追うようにして施設内に入ると、すでにモニカが出迎えに来てくれていた。
「お疲れさまでした」
表情からも戻ってきたことに対する安心感がうかがえる。実力から言えばまだまだ問題になるような階層ではないのだが、それでも1日連絡が途絶える状況だったのだ。心配もするだろう。
「悪いな、出迎えまでさせてしまって。とりあえず無事、か? まあ無事でいいな、行って帰ってこれた。でだ、荷物を預けて一休みしたいんだが、いいか。体力よりも気力がな、疲れた」
「そんな言い方をするなんて珍しいですね。大丈夫です、では荷物をお預かりして、鑑定までしておきますので、それからで」
「ああ、そうだ。6階の一部に関してはな、ちょっと問題がある。で、今日ではなく5階の報告が終わってから見せたい。悪いな」
6階といっても通常のエリアに関しては問題ない。問題ありなのはやはりあのエリアのことだ。説明も難しいが、メモだけ渡すよりは説明しながらの方が良いだろう。
「終わってからですか? はい、大丈夫ですが、言い方が気になりますね」
「すまんな。問題ってーか、説明が難しいってことなんだが、ちょっと整理させてくれ」
「分かりました。では荷物をお預かりして、こちらの鑑定はしておきますね。それで一休みしたら5階の報告からお聞きしましょう」
モニカは理解も対応も話が早くて良い。正直なところ、まだ気持ちの整理がついていないということの方が理由としては大きかった。とにかく一度、安全な部屋で何も考えずに気持ちを休めたかった。
結局帰ってきたその日は報告も何もせずに休ませてもらった。食事もわざわざミルトの町まで行って取る程の気合いの入った休みを取ることができ、安全な部屋のしっかりとしたベッドで寝ることで回復することができたのだ。
「それでは5階からですね、一つずついきましょうか」
休んだら次は報告と確認だ。
5階は昇降機の確認が最も大きいが、収穫はそれ以外にも多い。
ジャイアント・ポイズナス・スネークが2体、アイスメフィットが1体。ここまでが5階へ至るまでに倒した魔物。
次いで5階。ゴブリンが10体、ゴブリン・アーチャーが2体、ゴブリン・メイジが1体、ゴブリン・ウォリアーが2体、ホブゴブリンが1体、ジャイアント・スパイダーが4体、オークが3体。全部で23体になる。
出現数が劇的に増えたということはなく、ゴブリンが主体でそれ以外の種類が少ないという状況は今までよりも戦いやすく、難易度が低くなっているようにも感じさせる。
ただオークやジャイアント・スパイダーの脅威度がゴブリン種よりも高いこと、ゴブリンにもメイジが登場し、さらにホブゴブリンが指揮する部隊もあったということで、実際には多少は全体の難易度が上がっていると言えるだろう。
「スタッフ以外のゴブリンの持っていた武器がありませんが‥‥」
「ああ、すまん。それについては6階の話になるんだが、置いてきた」
6階の物置に置いてきた分については話していなかった。まあ持って帰ったところで大した話にはならないし、ギルドの備品になるのがせいぜいだっただろう。
「5階はスパイダーのエリアさえ気をつければ大したことはないだろう。オークも数が多いって程でもないし、ホブゴブリンの部隊とやるかどうかも選択の内だしな。ただこの扉よりも下、この辺りはまったく見ていないからな。そこは気をつけてくれ」
道中の開けていない扉もそれなりにあり、地図を見る限りここにはもう少し何かあるだろうと想像させる空間もある。そういったことは後続の冒険者のお楽しみだ。
次は宝箱の中身やそれ以外の拾得物についてだ。
5階で入手した分だけでもスクロールが2つ、矢が20本、カード、扇、ペンダント、宝石付きの台座、大量の宝石、変わった瓶に入ったポーション、ゴブリンが使っていたスタッフ、ホブゴブリンのグレートソード、オークのアックスが2本とスピア。
「実はこのポーションが大問題でして。いえ、他にもかなりのものがあるのですが、ちょっと取り扱いが本部になりそうです。これだけは怖くてすぐに支部長に伝えたのですが、その支部長が投げました。先に武器ですとか、問題のないものから行きますが、グレートソード、グレートアックス、スピアに関しては普通の鉄製のものですね。スタッフも樫の木の杖と出ましたから普通の物という認識で良いでしょう。こちらの矢に関しては攻撃時に+1のボーナスが加算されるそうです。以前のロングソード+1と同じですね」
ほぼ予想通りの結果と言って良かった。
矢に関してもメンバーに弓を使う者がいないので必要はない。グレートアックスは少し惜しい気もするが今後またダンジョン内で似たような物は手に入るだろう。ギルドの備品行きということで問題ない。
宝石は19個と数が多い。すぐに金に換えられるという点では優秀な物なのでギルドとしても歓迎だ。
「カーネリアン3個、カルセドニー2個、シトリン4個、ムーンストーン2個、クオーツ2個、スター・ローズ・クオーツ2個、ジルコン4個。いいですね、どれも価値がおおよそそろっています。高級という程ではありませんが一定の需要が各方面にありますからね、これらはすぐに売れるでしょう」
これまでに見つかっている宝石よりも確実に価値が上がってきている。やはり深く潜れば潜るほど価値は上昇しやすいようだった。これらは単純に宝石としての価値だけでなく、宝飾品や芸術品に使われる、魔道具に使われると用途はさまざまにある。高級ではないということは悪いことではなく、手が出しやすいということなのだ。商工業ギルドに回せばすぐに売却先を決めてくるだろう。
「もう一つ、こちらのペンダントですが、ヘッドにスピネルを用いたシルバー・ペンダント。お察しのとおりインタカエス製と出ました。結局この地名も不明なままなんですよね」
「それに関してなんだが、恐らく説明できる。6階の話になるんだがな」
「え、何か出たんですね? 地名に関することで?」
「あー、説明しにくいな。待ってくれ」
あの、向こう側に見えたどこかになるだろうと考えているのだが、今その説明は難しい。見たもの知ったものとセットにした方が良いだろうと思えた。
「問題なのはここからですね。スクロールはダークネス、これは信頼できる先への売却ということになるでしょう」
「今までどおりだな。なかなか普通のスクロールを出してこない」
このダンジョンでは魔法と言われて出てくるような魔法のスクロールは出てこないような印象があった。
「そしてこちらのカードですが、どうしましょうか、これ。デック・オブ・イリュージョンズ。完全なものは34枚で構成される羊皮紙のカードだそうです。これは16枚ですね。このカードはこのデッキからランダムに引くことによってのみ機能する。地面に投げることによってカードに描かれたクリーチャーの幻が現れる。この幻は本物そっくりに見え、本物そのままに振る舞う。使用者は9メール以内であれば幻を移動させることができるが、あらゆる物体をすり抜けてしまうためそれが幻であると明らかになる。カードを動かすか幻に対して解呪を命じると幻は終了し、そのカードの絵は消え去り二度と使用できなくなる」
「すごいんじゃないか?」
「面白いですよね、これ。絵柄はハートが騎士、サキュバス、バグベア、ゴブリン。ダイヤが魔道士、暗殺者、オーガ、コボルド。スペードが司祭、戦士、トロル、ホブゴブリン。クラブがゴーレム、山賊の集団、ジャイアント、オーガですかね。なかなかバリエーションがあります。見せ物に使えそうですよね」
「いたずらとかにも使えそうだけどね。町中で使ったら確実にパニックでしょ。幻だって言い張っても最初は絶対だまされるよ」
「ああー、そういう使い方もありますか。どうしましょうか、これ。支部長に任せましょう」
支部長任せのものが増えていく。仕方がないのだが、支部長の胃は大丈夫だろうか。
すでに十分な収益を得られそうな結果が出ている。魔石、宝石、魔道具類。素晴らしい成果だった。だが、まだこれで終わらないのがこのダンジョンの恐ろしいところだ。
「続きましてこちらの扇ですが、クアアルズ・フェザーファン・トークン。クアアルの羽を使用した扇。クアアルって何でしょうね、調べても何も見つかりませんでした。効果としては船やボートなどに乗っている時にこの羽飾りを投げ上げると、この羽飾りが消えうせ、代わりに巨大な扇が現れて船またはボートなどを仰ぎ始める。この風は強風相当のものであり、船またはボートなどの速度を8時間のあいだ時速7.5キロメートルまで増加させる、だそうです。使用は1回限りのようですね」
「回数が1回限りってのは惜しいが、効果としては最高だな。8時間てのはかなり長いんじゃないか?」
「そうだね、普通のボートでも外海まで行ってこれるレベルでしょ。これはすごいね」
特に海に出るのならば使いどころの多そうな道具だった。
これは船を使って活動するあらゆる業種、それは商船でも戦船でも構わないし、もっと言ってしまえば海賊でも欲しいものだろう。
帆が折れようとも漕ぎ手を失おうともこれがあれば速く長く移動できる、いざという時のために持っていたいものだ。非常に競売向けの道具だと言えた。
「次は、これもすごそうですよ。エレメンタル・ジェム。この宝石には一塊の元素エネルギーが込められている。元素って何です? 地、水、火、風? なるほど? えー、と? この宝石に召喚を命じると1体のエレメンタルが現れ、宝石の魔法は失われる。このエレメンタルは召喚者とその仲間に対して友好的であり、召喚者の命令に従う。このエレメンタルはヒットポイントが0になるか1時間が経過すると消滅する。ヒットポイントって何です? 分からない? そうですか‥‥、雰囲気的には体力っぽいですよね」
「えー‥‥すごいわね。色が黄色っていうことはアース・エレメンタルかしら。カンジャー・エレメンタルっていう魔法があるんだけど、たぶんそれよね。ただ使える魔法使いってどれだけいるのかしらね」
「ほとんどいないだろうね。僕は無理だよ。これ、たぶん5レベルだ。それも召喚術に長けた人に教わらない限り使えないような、ね。僕は無理かな」
「お二人が使えないレベル? え、大丈夫ですかそれ? 大丈夫ではない? そうですか、そうですよね、ああー、これも支部長に判断してもらいましょう。何でしたら国に寄贈でも良いレベルなのでは」
普通の魔法使いが使えるレベルの普通の魔法ではない。
エレメンタルがそもそも脅威度の高い魔物で、それをデメリットなしで召喚できるとなれば、有効な活用方法はもちろん、悪用方法もいくらでも考えられる。戦場で召喚しても良いし、攻略したい場所で召喚しても良い。こんなものはおいそれと市場には出せないだろうと簡単に想像ができた。
「さあ、ここまででも十分な気はするのですが、大問題の最後のポーションです。瓶が違う時点で嫌な予感はしていたのですが、想像以上でした」
「そんなにか、聞くのが怖くなるな」
「聞いてくださいよ。これはもう支部長というより本部案件ですよ。どうすることもできません。えーっとですね、これはヘルス・エリクサーと言いまして」
「待て、待て待て待て。エリクサー? え、マジか。伝説のポーションじゃないか」
「です。まさに伝説ですよ。あらゆる病気が治り、あらゆる容体を回復し、あらゆる状態異常が終了する。だそうです」
「ふぅ。不老不死と書いていないだけましか。書いてあったら最悪だったが、その一歩手前で踏みとどまったな。良かったといっていいかは知らないが」
「良くないですよ。病気、容体、状態異常、これってどこまで含まれるんでしょうね」
「知らん。知りたくもない。これは国に預けるものだろうな。俺ならそうする。持っていてもろくなことにならないぞ」
「持っていたいけれど持っているわけにはいかないよね。これ、思い当たる異常が全部含まれるのなら絶対欲しいけれど、1本しかないなら絶対持っているわけにはいかないよ。怖すぎる」
冒険にケガはつきものだ。四肢の欠損などの話はいくらでもある。そして四肢の欠損は身体の状態異常と言えるかもしれない。そう、もしかしたらそれも回復するかもしれないのだから、欲しいという者はいくらでもいるだろう。
もっと言ってしまえば不老不死と書いていないからと言って、老化が容体や状態異常に含まれないかどうかは分からないのだ。
市場に出したらどうなることか考えるまでもない。現状では1本しかないのだから、権力の一番上に持っていてもらうのがもっとも安全な置き場所だろうと考えられた。
「これでまだ5階、5階なんですよね。まだ半分なんですよ。ちょっと怖くなってきました。さあ、その5階で本当なら一番重要なことなはずな昇降機ですね」
「そうだな。本当ならそれが一番重要な話になるはずだったな。まあ、問題なく使えるようになったよ」
「良かった。やはり鍵が5階に?」
「そうなんだが、3階と同じように専用の鍵を使わないと入れないエリアだからな。そこは注意が必要だ。で、昇降機の裏に鍵が置いてあってな、それを使えばいい。また見に行ってみるが、恐らく何本でも手に入るだろう」
「なるほど、ではまた1本追加で入手してギルドに預けていただけると助かります。昇降機が使えれば何かと便利ですからね」
途中で倒れた冒険者の回収を考えても1階と5階から見て回れるとやはり便利だ。6階から先のことを考えてもギルドが1本持っていることには意味があるだろう。
鍵が復活するのであればクリスト達が常に1本持っていたとしても問題にはならない。そのためにももう一度見に行ってもらう必要があった。
「問題があるとしたらホブゴブリンの部隊と戦う必要があるってことだな。これはまあダンジョンからしたらそれくらいの腕がなければこの鍵は預けられないってことでいいんだろう」
「そうですね、そこが判断基準になるのでしょう。これに関してはもう一度見に行っていただければそれで確定で良いでしょうね。5階前後の探索を考えていて昇降機を使いたいという冒険者にはそう周知することにします」
あのホブゴブリン部隊に勝てないような冒険者では力不足ということで良いだろう。勝てるのならば5階までと6階からを自由に探索してもらって良いという、ダンジョンからのある意味では挑戦状なのだ。
「それで、5階は以上なのですが」
「そうだな、十分だろう? 十分な成果だったと思う。それで6階の話なんだがな」
クリストは一度上を向いて深く息を吸い込み、もう一度モニカの方を見て口を開いた。
「預けたものの鑑定は? 終わっている? そうか、それでな、十分な成果と言ったのは、純粋な事前調査としてはここまででもういいんじゃないかってことだ。6階以降は自己責任でいいだろう」
5階までのルートは開かれ、おおよその難易度、脅威度の推移も見ることができた。昇降機を発見し、それを使えるようにできた。ダンジョンの事前調査としてはこれで十分だと言えるだろう。
初心者から中級者まで対応可能で、かなりの収益を上げることのできるダンジョンという評価ができるだろうと考えられる。国に、セルバ家に報告する内容としてはここまででも十分だと言えるだろう。
問題はこの先にあった。6階と、その先だ。
「ここで終わりにしたいと?」
「いや、終わりでもいいんだが、その場合には俺たちに優先して入らせてほしいってのはあるんだが、恐らく終わりにはできないだろうな。ここからは純粋な調査、探索だ。なんだったら消耗品代だとか滞在費だとかを負担してもいい。この先に何があるのかを俺たちが調べて報告する。ただ恐らくだがこの先は難易度がかなり上がりそうでな、ダンジョン内で発見したものを使いたいっていう話だ」
「ん? 契約内容を変更したいという?」
「そうだな、できればそうしたい。可能ならそうする、不可能なら単純に俺たちにこのまま継続して探索をさせてほしい、そういう話だ」
「継続してですか? そこまでしたい理由があるということですか?」
「そうだ、いい物が出るってのはもちろんそうなんだが、それに関しては俺たちが使わない物は今までどおりギルドに引き渡す。宝石とか金貨は使わないしな。5階で出たものに関しては俺たちには不要だと言える。で、その売却益だとかは俺たちに回す必要はないから当然ギルドの利益になるだろう。俺たちは単純に探索を続けたい、その先にあるものを見たいのさ。その理由の一つはこのメモにある。こっちは元の古語で書かれたものの写しだ。読んでおいてくれ。明日また続きの話をしよう」
6階で発見したメモ、その内容の原文と訳文とをモニカに手渡す。これを読めば興味を引かれるだろうし、6階の視察提案の説明もしやすいだろう。そうすればそこまでして探索を継続したい理由も察してもらえるのではないだろうか。
あとはギルドがどこまで利益を得たいのか、知識を経験をどこまでギルドだけで持っていたいのか、クリスト達が邪魔にならないかという話になる。できればギルドだけでなくセルバ家も巻き込みたかったが、その話もまた明日だ。
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