第31話:地下6階3
「ふう、これでいいか、これでいいな。皆大丈夫か?」
クリストが背をガラス壁に付け、大きく息を吐き出してから全員を見渡して言う。
見つけるべきものは見つけた。次だ。
エディはすでに身を起こし盾を持ち直している。フェリクスも地図に何やら書き込んでいる。こちらは大丈夫そうだ。カリーナはスタッフを杖のようにして立ち、フリアは立ち上がったものの膝に手を当てている。
「フリア、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。足が震えるね。何だか私たち物語の中にいるみたいだ」
「ああ、勇者以来の冒険の書が書けるかもしれないぞ。だが、まだ序盤だ、始まったばかりだ。先は長いぞ」
フリアが膝から手を離し、そのままぐっと両手を握って上へと突き上げ、かかとを上げてつま先立ちになって伸びをする。
「うん、大丈夫、次に行こう」
準備は調った。探索を再開しよう。
「さーて、ドラゴンに蹴られてもダンジョンはびくともしないってのは分かったが、向こうの端は、あれはがれきか何かか? 通れるのか?」
「どうだろう、行ってみないとわからないけれど、何となく駄目っぽく見えるね」
「よし、まずは一つずつだ。扉が2つ、まずはこっちか」
フリアが手前側の扉を調べるが鍵も罠もないようだった。
開けた先は部屋になっていて、奥の壁際には雑多に物が置かれている。
蓋が開いたような木の箱、閉まっているような木の箱、その上に置かれたロープの束。壁際にまとめて置かれた木のくい、シャベル、ハンマー、小さめのはしご。右の壁には棚もあり、そこには瓶詰めや小さな木の箱、布袋などが積まれている。手前側、入り口の右側には水場、とはいっても今までの物とは違い、キッチンのような形のものがあった。
「これは水場か? 休憩場所としても使ってくれってことか? とりあえず、ここは物置は物置なんだろうが、少し調べてみるか」
ダンジョンの中の物置だ、何が置かれているのか興味を引かれる。手分けして調べ始め、しばらくの間はガタガタという物を動かす音だけが聞こえていた。
「よっし、こんなもんか。こっちの木の箱は中身がおがくずだな。別の物も入っていたのかもしれんが、今はおがくずだけのようだ。あとは普通の道具だな、特別なものかどうかは分からないが、見たところ普通のものだ」
「棚にあるのは保存食のようだが、駄目だな、ほとんどが使い物にならなそうだ。瓶の中身は乾燥しちまってカチカチ、元が何だったのかもよく分からん。箱の中身も今はもう粉になっちまっているが、パンか何かだったのかもな。袋の中身は空だ。使ってしまったのか消えちまったのか分からないがな」
「水は出たから休憩場所にもなるってことでも良さそうよ。調理ができそうなスペースがあるあたり、イメージは変えてきているけれど」」
「それで、ここで唯一どう見てもおかしいのがこれだよね。箱の上にポンて置いてあっただけの鍵。見たところ特別なものではなさそうだけど、どこの鍵だろうね」
ここまでダンジョンで見つかった特別な鍵は板鍵だった。
板鍵であれば開けるのにも普通の鍵のような使い方ではなく、スロットにはめ込むような使い方になるので分かりやすい。
だが今回見つかったのは、形自体は普通の鍵だ。ただ少し形は複雑そうではあったが、用途としては普通の鍵だろう。
ただこのダンジョンが用意した鍵が普通の物であるはずがなかった。恐らくは何か特別な場所か、特別な物か、そうと分かるようなものがどこかにあって、それを開けるための鍵なのだろう。それが何なのかのヒントは今のところは見つかっていなかった。
水場もあるということでここで休憩も取ったところで次の探索に移る。部屋を出て通路を左へ。ガラス壁の向こう側に広がっている世界は、今は時折鳥のようなものが飛び交うくらいで静かなものだった。その景色を見ながらしばらく進んでいくと、左側にあるもう1つの扉の前までたどり着いた。
通路の正面、突き当たりと思える場所もはっきり見て取れるようになってきたが、やはりがれきなのか大きな岩なのかが大量に積み上がっているようだった。
扉には鍵も罠もなく、安全に開けることができた。そうして立ち入った今度の部屋は、先ほどの部屋に輪を掛けて不自然な状態だった。
部屋の中央には全部で15脚のイスが輪を描くように並べられ、その一番奥側の1脚を除いた全てに一輪の薄桃色の花が置かれていた。イスの背板と座面は白い板のようなもので作られ脚は銀色の細い金属のようだった。
手前側、入り口の右手の角にはそのイスが5つ、積み上げられている。
その反対側、左手の角にはイスよりも大きな、白い板に銀色の細い金属の脚が付いた、恐らくはテーブルなのではないかと思われる物が折りたたまれた状態で壁に寄せて立てかけられている。本来はこれがテーブルとして部屋の中央に置かれ、そしてイスがその周りに並べられていたのではないだろうか。
奥の壁には銀の枠に茶色い板のはまっている大きなものが掛けられている。ギルドにもある掲示板のようなものなのだろう、メモ用紙と思われる紙が7枚だろうか、貼り付けられていた。
「3階以来のメッセージ、そういうことだな。この部屋の状況は気にはなるが、メモの枚数も多い。読めばある程度のことは分かるんじゃないか」
3階で発見したメッセージを追ってここまで来たのだ。次はここのメッセージを読めと言っているのだろうと想像できた。
「イスの上の花はさっき見つけたのと同じもののように見えるね」
「わざわざ取ってきて置いたのか? 何というか、もういろいろと想像できて怖くなってくるんだが?」
「それはもうね、仕方がないよ。僕だってちょっと怖くなってきた。この見た目でおおよそ察せられてしまうのがつらいよね。メモを読みたくないけれど、読まないといけないっていう」
クリストとフェリクスが入り口でごちゃごちゃと言っている間にカリーナが部屋の奥へ進みメモを確認する。
「書かれている文字は3階と同じだと思う。ただ書き手は何人かいるわね。イスが並んでいる以上は最初は15人いたとか、そういうことでしょうよ。さあ、このために古語の単語帳まで持ち歩いているんだから、解読するわよ」
花の置かれていない1脚の主がイスを並べ、そして他の14脚に花を置いて去ったのか。その花は何のためのものか、やはり手向けの花なのだろうか。
カリーナが手帳を開き、メモの解読に取りかかった。
「それじゃあ左から行きましょうか。ほら、フェリクスは終わったところから写しを取っていって。ぼうっとしていないでよ、多いわよ。‥‥えーと、向こう、横、隣、部屋、物、置く。鍵ね、鍵を、置いてある。隣の部屋に鍵を置いてある。これ、あれ、開く、開ける、もの。あれで開けるもの。1、壁、左、沿う、行く、見つける。1階の左の壁に沿っていけば見つかる。この人たちってあれよね、登っているのよね? だったら1階というのは10階のことかしらね。そこ、入れる、必要、に、なる、うーん? そこで必要になるだろうものを入れてある。注意、鍵、1本? あー、ここは否定か、失わないように、ね。カギは1本しかないから失わないように注意してほしい。門、前、広い、場所、近づく、ない。門の前の広い場所には近づかないようにしろ。これが隣にあった鍵のことのようね」
真っ先に鍵の説明が貼ってあったようだ。これであの鍵の用途がおおよそ分かる。10階で必要になるから失うなと言っているのだ。
「1本しかない、というのが気になるな。なぜだ? 今までの鍵はどれも入り直しで復活していた」
「試してみるしかないよね。鍵を持ち帰ってみて、もう一度来てみれば分かるよ。あの鍵だけのことなのか、それともあの部屋が復活しない部屋なのか。気になるね」
「次は、この下に貼ってあるものにしましょう。当然、しかり、やはり、迷宮、行く、ひどいこと、女、連れる、幼い、子供。ふぅ、やはり幼い子供を連れた女性が迷宮を行くことは酷だった。今、すでに、もう、子供、失う、それ、これ、理解、ない。今はもう、子供を失ったことも理解できていない。こう、する、どう、良い、ない。どうすれば良かったのか。これ、そう、どう、する、すれば、良い、理解、ない。これからどうすれば良いのか分からない。女、彼の、今、そこ、イス、座る、置く、うーん? これは何かしら意味が分からない言葉があるわね、その、方を、見る、見つめる、かしら。彼女はそこにイスを置いて座り、何とかの方を見つめている」
ゴンッという音がした方を見れば、床に座っていたエディが頭を後ろの壁にぶつけたところだった。
気持ちは分かる。ここに子供を連れた女性が来て、そうしてその子供を失ったというのだ。彼らは何のためにこんな所まで来たのだろう。
「何となくだけど、1階の隠し部屋のゴーストの像を思い出すね。空だったけれど、何かを抱いているような形だった」
「でもあの像に書かれていたのって、祝福をとか何とかじゃなかった? 何その嫌がらせ」
子を失った女性がいて、そしてその女性の消息は知れない。地下1階の女性の像は子を抱くかのような形をしながらも実際には子の姿はなく、そして台座には祝福を告げる言葉が彫られていた。同じ女性を扱っている像なのだしたらその意図は一体何なのだろうか。
「次はこれね。あら、もう1枚重ねるように貼ってあるのね。この場合はまずは下からよね。えーっと、3、回数、から、獣、姿、見る、ように? 3階っていうことは、8階ね。8階から、獣っていうのは何かしら、魔物のことかしらね。魔物の姿を見るようになった。それ、その、後、ここ、幸福、幸運? 無事、たどり着く、しかし、だが、広間、あちら側、向こう側、吹き抜け、恐ろしい、不審、不穏、音、する。その後からここまでは幸運にも無事にたどり着いたが、広間の向こう側の吹き抜けから恐ろしい音がする」
吹き抜けならば見た。ということは広間というのもその近くにあったのだろうか。
「それに重ねてもう1枚。広間、いる、休む? ところ? 獣、襲われる。見る、ない。青い、細い、長い、魚、ような、ヘビ、ような。丸い、牙、口、並ぶ、見る、飛ぶ、上、乗る? んん? うーん? 広間で休んでいるところを見たことのない獣に襲われた。青く細長い魚のようなヘビのような。えー、牙の並んだ丸い口。上からのしかかるように飛んでくるところを見た? かしら。今、扉、たたく、大きい、音。今も扉をたたく大きな音がする。道具、あー、アーティファクト、使う、石、岩、積む、うーんと、アーティファクトを使って岩を積むべき。扉、開く、ない、する。扉を開けられないようにする。今、気、ない、1、人、ない、いる。ふっ、今気がついたが1人いない。こう、どう、なる、なった、考える、ない。どうなったのか考えたくもない」
皆が通路の向こうに積み上がっていたがれきの山を思い起こしていた。
ではあのがれきの向こうに扉があるのか。そしてその扉の向こうに広間があり、そして吹き抜けがある。そこで1人仲間を失ったと言うことだろう、そしてやはり吹き抜けから上がってくる魔物はいたのだ。
メモの内容から地下10階、9階では魔物には出会わなかったと考えられた。8階から現れ始め、そして6階、この場所で吹き抜けを上がってきた魔物は見たことのないものだったという。
今自分たちは地下1階から順に下りてきていて、そして魔物は深くなるほど強力になってきていた。彼らが上ってくる時にこのダンジョンの内部が決まったのだろうか、それともその時と現在の自分たちが下りていくダンジョンとは、また状況が変わってきているのだろうか。
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