第26話:地下5階2
「あとは埋めていない通路は1カ所だな」
ゴブリンの後始末を終えたところで探索を再開する。ここまでは現れた魔物がゴブリンだけだったということもあって順調だ。
十字路に戻り右へ進むと、しばらく真っすぐに進んだところで扉に突き当たった。
「おっと、これで埋まったか。さて、次はどの扉から見ていくかだが、まあ目の前のこれからだよな」
フリアが扉を調べ始める。
「鍵あり、罠、んー? 隙間がある、怪しい。気配はなし。鍵を開けるよ」
カチャカチャと器具を動かし、すぐにカギを解除する。
「鍵は開けたよ。でも何か罠がありそう。ちょっと待ってね」
扉の脇にどき、指先で慎重にノブだけを動かしていく。カチッという音とともに扉が開き始めた瞬間、フリアがパッとノブから手を離した。
「当たり-。隙間からたぶんカミソリかな、刃で出てる。ノブを握って動かしたらざっくりとかなるかも」
カリーナは平気そうな顔をして聞いているが、男性陣はカミソリでざっくりに反応したのか嫌そうだ。
それでも鍵は開けられ、罠は回避することができた。扉を開けた先は部屋になっていて、右への通路があることがわかる。
進む方向は1つしかないのだが、その通路へと踏み込もうとしたところでフリアが足を止める。
「どうした?」
「見て。床、天井、壁」
ランタンの明かりで通路の中を照らすと、すぐに違和感に気が付く。クモの巣だ。
「これは、まさかこの先もずっとか?」
「このエリアはジャイアント・スパイダーの巣になっている可能性が高そうだね」
「どうする、巣を燃やしながら進むってのも手だが」
「いいんじゃない? これまで通りなら1エリア分クモの巣なんでしょ」
「よし、明かりはランタンを止めてたいまつを使う。フリアも持ってくれ。それで焼ける範囲は焼いて前進だ。どうせジャイアント・スパイダーが出るだろうからな、気をつけて行こう」
全てを焼き切れるわけではなかったが、それでも進行を妨げそうな範囲の巣はたいまつで焼くことができるだろう。
まずはフリアが目の前の空間や足元の巣をたいまつで焼き、さらにクリストが気になるところを焼きながらになるので速度は落ちる。それでも安全には変えられなかった。
通路を進むとしばらくして部屋のような広さの空間に出る。部屋、と明言できないのには理由があった。
「ここに来て部屋の形を洞窟風に変えてくるのか。まあこのエリアだけの話だろうが、雰囲気を合わせてくるよな」
通路から部屋に入ったところで、これまでの石組みのダンジョンから洞窟型のダンジョンに姿を変え、壁、床、天井と天然の洞窟のような様相を見せていた。そうしてクモの巣があちこちに張られていてさらに雰囲気を変えている。
フリアはたいまつを振り回して周囲のクモの巣に対処している。薄暗がりの中ではどこにクモの糸があるのかよく見えないのだ。
特に足を取られかねない床のクモの巣が気になるようで、床に触れるか触れないかくらいの高さでたいまつを左右に揺らしながら先に進んでいく。後に続くクリストもたいまつをぐるぐると回したりしながらの前進なのだが、それでも焼きもらした糸があるのか、誰かしらは手を振ったり体を払ったりしていた。
最初の部屋からは左へ伸びる通路があり、これも洞窟風のものに形を変えている。その先は途中に左への分かれ道が見えていた。
「気配あり、たぶん左の通路の中。来るよ」
糸を焼いていたフリアがそう告げると後退してくる。
「エディ、前へ。魔法は火系は避けてくれ。どこがどう燃えるか分からん」
フリアと交代するようにエディとクリストが前へ出るが、左右の壁に残るクモの糸が気になるようで、壁際には位置を取れない。
そのまま慎重に前へ進み、左に通路が分かれる、というところで突然そこから黒い影が飛び出してきた。
ガアンッという激しい音をさせてエディに飛びかかり、壁際に押しつけてくる。
ちょうどその動きが目の前に来たクリストが斬りかかるが太い足に弾かれるような形になってしまい思うようなダメージを出せない。
「マジック・ミサイル!」
フェリクスの魔法が放たれ、これはスパイダーの胴体に命中。
「チル・タッチ!」
続けて放たれたカリーナの魔法によって作られた骸骨の手がスパイダーの足をつかみその場に引き留める。これで動きに制限ができるはずだ。
盾を押し返すように突き出したエディが顔に向かって剣を振り、さらに骸骨の手によって足が引っ張られたことで生まれた胴体の隙を逃さず、クリストが思い切りそこへ剣を振り落ろす。バッサリと切られたスパイダーが崩れ落ちた。
「よし、こんなもんだな。なあ、ここのジャイアント・スパイダー、大きくないか?」
「大きいな。もう少し小さいやつを想定した分、押された」
クモの巣を焼きながらの前進で、しかも相手はそのクモの巣の主、ジャイアントスパイダーだ。相手に地の利があり、そしてスパイダー種は隠密性も高い。防ぎきれるだけの能力がこちらにもあったからどうにでもなったが、冒険者の質が求めらる相手だ。
「ねえ、あれ、宝箱じゃない?」
地図に書き込もうと通路をのぞいたフェリクスの言葉にフリアが駆け出す。
「部屋、問題なし、宝箱、わーい」
すぐさま宝箱に取り付いて調べ始めた。
「鍵あり、罠はないかな。開けるよ」
カチャカチャと鍵をいじる音がして、すぐに解錠をすませる。開けるかどうするかと問うように顔を上げたが、スパイダーの後始末を終えたクリストがうなずくのを見てそのまま蓋を開けた。
「何だろ? カードが入っているよ」
「何だって? カード?」
どれどれと見に行ったクリストに箱から取り出したカードの束を渡す。
「確かにカードだな。トランプのカードか? 魔物の絵が描いてあるが、数字はバラバラでそろっていないな」
カードは16枚あり、スペード、クラブ、ダイヤ、ハートの4種類が4枚ずつで数字もそろってはいなかった。描かれている魔物の絵にも統一性のようなものは見当たらなかった。
「意味ありげだがまったく分からん。鑑定待ちだな」
このダンジョンらしくいわくありげな面白そうなものではあった。
探索を再開すると、再びたいまつでクモの巣を焼きながら先へ進む。通路へ戻り左へと進むとすぐに部屋にたどり着いたが、ここには何もなく、ジャイアント・スパイダーの姿も見当たらなかった。
部屋の向かい側にも通路の入り口があり、そこへ進む。少し進むと正面と左と2つに分かれ、その先はどちらもしばらく続きそうだった。
まずは正面の通路から確認することにしてそのまま進む。通路はしばらく進んだ後、左へと曲がり、またしばらくはそのまま真っすぐに続いた。
「この先、部屋。広そう。何かいそう、気配があるね」
前方に開けた場所があるように見えるところまで来てフリアが告げる。
「まだクモの巣は続いているな。エディ、前頼む。ギリギリまで行って、いると決まったらファイアボールがいいかもな」
「そうだね、用意しておくよ」
まだ手をつけていない部屋でクモの巣も張り巡らされたままだ。良く燃えるだろう。
慎重に前進すると部屋の入り口で一度止まり、中を確認する。しかし目の前には魔物らしき姿はなかった。
「いないか?」
「でも何かいるような気がするんだけど‥‥あ、上、上見て」
肩越しに部屋をのぞいていたフリアの言葉に部屋の上方を見上げると、そこに何か黒い大きな陰があるのが分かった。
「でかいな‥‥、ファイアボール頼む」
先ほどのジャイアント・スパイダーよりもさらに大きいように見えたことから、先手を取って部屋の中へ火系の範囲魔法を投入することを決断する。
「ファイアボール!」
フェリクスが魔法を放つと部屋の中央付近でギラリと光がさく裂し、そして炎が爆発したように広がった。
その火にさらされたクモの巣が燃え上がり部屋全体を炎に包む。まもなくして天井から巨大なクモ、ジャイアント・スパイダーが地面へとたたきつけられるように落下してきた。
魔法によって作られた炎はすぐに消えたが、それによって燃え上がった巣にはまだ火が残り、その中でスパイダーがジタバタと暴れている。
ようやく火も治まってきたかというところでクリストが部屋に駆け入り、剣を真っ正面に突き出すように構えたままスパイダーの正面から飛び込んでいった。炎の中で弱っていたスパイダーにはそれをどうすることもできずに顔に真っすぐに剣を突き立てられ、倒れ伏した。
「よし、いいだろう。まともにやったら強敵なんだろうが、場所が悪かったな」
部屋の中にいて、周囲には良く燃えるクモの巣。そこへファイアボールを投げ込まれてはどうすることもできなかっただろう。先に気づかれた時点で終わりだったのだ。
「あー、まだ上の方燃え切っていないね。何かぶら下がっているよ」
「獲物でもつり下げてんのか?」
見上げると確かにいくつかぐるぐる巻きにされたようなものがぶら下がっていて、そこにもチロチロと残り火が迫っていた。
「落ちてきそうだな。先にこいつを片付けるか」
ジャイアント・スパイダーの討伐証明は足の先で十分だろう。素材として使えるのは糸なのだが大部分はすでに燃えてしまっているし、体内に糸があるというわけでもないため回収が難しい。魔石は頭部の付け根を切り開けば見つけられる。
「そろそろ落ちてきそうだよ」
フェリクスの声に上を見れば、根元の部分が燃えたのか確かにつり下がった塊がゆらゆらと動いている。
場所を空けて見ていると、まもなくそれが1つ2つと落ちてきた。
「これを持ち帰ればいい素材になりそうなんだけど、大変だよね」
スパイダー種の糸の回収方法としてはこういう塊を手に入れるのが簡単なのだが、いかんせん大きいために今回は見送った方が良いだろう。
「ねえ、これ、中身箱じゃない?」
塊の中が気になったのか見て回っていたフリアが2つめに落ちてきた方にナイフを当てて切り開いていくと、その中からは見覚えのある宝箱が姿を現した。
ジャイアント・スパイダーのいた部屋の天井からぶら下がっていた糸の塊の中からは卵ではなく宝箱が見つかった。
「鍵なし、罠なし、開けるよ」
さっすく調べたフリアがそのまま蓋を開けると、中からは銀色の留め金で扇のような形を作っている羽飾りが見つかった。
「これは良さそう」
それを軽く振ったフリアがご機嫌な声で言うが、確かにこれまでの経験上、こうした魅力的な形の宝が見つかった場合の鑑定結果はなかなかに良いものであるように思える。
見た目も良く、飾りとしてだけでも十分な価値がありそうだった。
「よし、こんなものか。次はそこの通路だな」
回収を終え、探索を再開する。部屋に入ったところから左側の壁に通路の入り口が見え、そこへ進む。少し進んだところで左側に分かれ道があった。
「地図を見ると、さっきの分かれ道がここになりそうだよ」
地図を書いているフェリクスの言葉に、フリアが一度地図を見てからその道の先を確かめるために入っていく。しばらく待つことになったが、ぐるっと回ってきたのか背後からフリアが戻ってきた。
「当たり。この道がこっち。それでぐるっと回れた」
これで地図のこの部分は完成となり、進む先は前方のみに。前進を始めてまたしばらくすると通路は右に曲がり、そして部屋へとたどり着いた。
「うーん、ジャイアント・スパイダーがいるね」
通路から部屋の方を見ながらフリアが告げる。
「最初のやつと同じパターンで行くか。今回は先手が取れるしな」
方針を決めると隊列を入れ替え、準備を整える。
「マジック・ミサイル!」
まずは通路からフェリクスの魔法が飛ぶ。横を向いていたスパイダーの胴体に立て続けに魔法の矢が突き刺さる。
「チル・ハンド!」
続けてカリーナの魔法がこちらに向き直ったスパイダーの足をとらえる。
そしてその正面からはエディとクリストが迫る。
スパイダーからは糸がバアッとエディ目掛けて吐き出され、それが構えていた盾に降りかかった。
「チッ、このまま突っ込む!」
スパイダーによって振り回されるよりも先にたたきつけるようにして盾を構えたエディが走り、それに続いてクリストが斜めに動き、横へと回り込む。切りつけた剣は足を1本切り飛ばすことに成功した。
「奥からもう1体!」
部屋の右の方にあった通路から、もう1体のジャイアント・スパイダーが姿を見せようとしていた。糸を吹きかけようとでもしているのか、そのまま頭を持ち上げる。
「ファイアー・ボルト!」「ファイアー・ボルト!」
フェリクスとカリーナからほぼ同時に魔法が放たれた。糸が吐き出されてもそれを燃やすことができるだろうということで、選択されたのは同じ魔法。スパイダーの顔面に命中して激しい炎を上げた。
その間にエディとクリストは最初のスパイダーに剣を突き立て、さらに参加したフリアも横から胴体にナイフを振るって攻撃を加えると、スパイダーはその場に崩れる。
後から現れたスパイダーが炎を振り払うようにバタバタと足を動かしながら部屋の中へ移動し、目の前にいたフリアに迫る。当のフリアは戦闘を避け、そのまま部屋の中を駆け巡って逃げに徹する。
部屋の中程に到達したスパイダーはすでにボロボロの状態で、体勢を整え直したクリストの剣から耐えきることはできず、そのまま崩れ落ちることになった。
「よし、追加はないな?」
2体目のジャイアント・スパイダーが現れた通路の先をフリアが確認する。
「気配なし、良さそうだよ。それでこの先も部屋になっていた」
部屋が2つ連続する地形で、それぞれにスパイダーがいたのだろうか。どちらか一方で戦闘が始まるともう一方の部屋のスパイダーが遅れて参戦する、そういう形になっていたのだろうか。
いずれにせよ今回は2体とも特に問題になることもなく倒すことができた。後始末を終えると探索を再開する。
次の部屋は左に通路が延びていて、そちらに入ると少し先で左に曲がる、さらに少し進んだところで周囲に変化が現れた。
「洞窟終わり、元に戻るっぽいよ」
周囲の様子が洞窟型の雰囲気から、元の石組みのダンジョンに戻っていく。どうやらジャイアント・スパイダーのエリアはこれで終了のようだった。実際にもうしばらく進んだところで扉に行き着いた。
「鍵あり、罠なし、気配なし、開けるよ」
フリアが解錠して扉を開ける。その先も通路になっていて、正面と右へと分かれていた。正面はすぐに扉があり、右の通路は少し先で部屋へと続きそうだった。その部屋まで移動したところで、正面と左右に扉があり、行き止まりとなっていた。
「さて、これで埋まったな。次はどこから見るかだが、まずはさっきの扉からか」
一つ戻り、扉を調べる。鍵がかかっていたがこれをフリアが解錠し、扉を開けた。
その先は通路になっていてすぐに左に、またすぐに右にと曲がっている。しばらく進んだ先で右側に分かれ道、その先すぐに部屋にたどり着き、部屋の中には開いたままの宝箱があった。
「あれ、ここは、ごめん、どうも地図だとこの、ゴブリンのいた所だね。少しずれたみたいだ」
「ああ、なるほどな。こうぐるっと回ってここへ戻ってきたのか。なあ、今更なんだが、4階から下りてきてこっちへ来るとどうしたって魔物と出会うよな。そうなると下りてきてすぐのこの扉、どっちかの可能性の方が高かったんじゃないか」
「うーん、でもあの誰かは下から上だよね。そうすると上へ行くほど難易度が高くなるんじゃないのかな。でも僕らは上から下で、下へ行くほど難しくなる。今の魔物のいる場所とかはあまり気にしなくてもいいんじゃないかな」
「それはそうか、よし、戻ってここだな」
次の行き先を決め、一度戻り、先ほどの三方に扉のある部屋へ。まずは右の扉を調べ安全を確認したところでその先へ進む。
通路が伸び、しばらく進んだ先で左への分かれ道を確認、さらに真っすぐ進んでいくとしばらく先で右へ、そしてさらに左へと曲がり、扉へ行き着いた。
「鍵あり、罠なし、気配あり。うーん、たぶん2体」
その扉の先には魔物がいるようだったため、一時保留して通路を戻る。先ほどの左への分かれ道だ。
その先は少し先で右に曲がり、また少し先で左への分かれ道とその先の扉があった。正面はまだしばらく続き、そうして通路は行き止まり。そしてその行き止まりに宝箱が置かれていた。
「このパターンは久しぶりか?」
「そうだね、うん、鍵なし、罠、たぶんダーツ。解除解除っと。開けるよ」
通路の行き止まりに宝箱を見つけたのは1階以来か。そしてダーツの罠は結構な数を見るようになっていた。フリアがそれを解除し、蓋を開ける。
「おー、きれい。ほら」
中からは銀の鎖に赤く透明な宝石を下げたペンダントが見つかった。特別な効果のない宝飾品ということであれば今までと同じならメンゾベザランインタカエスで作られたと出るだろうか。もしくは何かしらの魔法的な効果のあるものだろうか。いずれにせよ宝石の価値だけでも十分なものが見込めそうなものだった。
「さて、これでここも埋まったな。さっきの扉からいくか。魔物がいそうだったな」
まずは地図の空白部分を埋めていく。一つ戻って魔物の気配がした扉だ。
フリアが静かに解錠してからエディと場所を変わり、カリーナが前衛組にブレスをかける。それから扉を開けて戦闘開始だ。
中には大きな人型の魔物の姿が2つ見えた。1体は手に大ぶりの斧を、そしてもう1体が槍を持っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます