第24話:地下3階報告3
装備を新調したクリストたちがノッテの森にある出張所まで戻ってくるのに2カ月近くの時が過ぎていた。
満足できるだけのものが見つからずに結局は王都まで行き、そこで専門の業者に発注して作ってもらっていたのだという。Bランクの、他国にまで名の通る冒険者パーティーだ。やはり装備へのこだわりは強く、そしてそれを作るとなればやはりそれ相応の腕を持つ業者でなければならなかった。リッカテッラ州では無理だったということだ。
「お帰りなさい。どうでした?」
出迎えたモニカが彼らの身につけている真新しい装備を見ながら問うた。
「ああ、待たせてしまって申し訳ない、これですぐにでも行ける」
満足のいく装備を調えられたようで、クリストが身につけていた鎧(よろい)の胸をポンとたたいた。
「良かった。実はセルバ家ともこれまでの情報の共有をしていまして、それで、セルバ家のお嬢さん、ステラ様が、ここでの中断をとても残念がっていてですね、再開できるとなれば喜んでいただけるでしょう」
「ああ、あの。会った時に冒険話をすげー喜んでくれたんだよな」
「お好きなようですね」
セルバ家の別宅がこのダンジョンと同じノッテの森の中にあり、そこには一度あいさつに訪れている。そこで冒険での経験談をいくつか語ったのだが、目を輝かせて聞き入ってくれたのだ。あれだけ喜んでもらえればそれは悪い気はしないというものだった。
「それでですね、そのセルバ家で教えていただいたのですが、あのメフィットの爆発、あれの原因が分かりました」
「何だって? 原因? があるのか?」
「はい。結論を言えば、条件が偶然重なったために起きた現象、ということでした。粉じん爆発、というのだそうです。細かい粉が大量に舞っている状態に火が付くと爆発するのだそうですよ」
森の別宅を訪れてアーシアに報告したのだが、次に訪れたときにはすでに回答が用意されていて、そして庭で再現までして見せてくれたのだ。
「説明を頼む。偶然てことはまた起きる可能性もあるんだよな?」
「そうですね。条件というのがとにかく大量の粉じん、粉やちりがある場所に火を付けることなのだそうです。今回はダスト・メフィット2体が倒されて大量のちりをまき散らした後に、マグマ・メフィットが火を付けた形になります。この順番で倒したこと、そしてダスト・メフィットが2体いたことも重要だろうということでした」
「あの順番がまずかったってことか? でなければ起きない?」
「はい。実際に見せていただきました。こう透明な板、ガラスなんでしょうかね、それで囲った中に火を着けたろうそくと、粉、今回は小麦粉でしたが、それを入れた器を置いて、小麦粉に風を送って舞い上がらせる。それだけでしたよ。それでドカン。大きな音、そして高く上がる炎。すごかったですね」
「つまり再現できるってことか。理屈があるんだな。分かった、よく分からんがとにかくそういうものだということは分かった。要するに数と順番がまずかったわけだ」
「順番がそのままでもちりが治まるくらいに間隔を開けるか、通路を下がりながら1体ずつ引きつけてじっくり倒すか、運悪く重なってしまっても通路に引き下がってウォール系の魔法で部屋をふさいでしまえば良いそうですよ」
「そうだな、分かっていれば対処できたわけだ。ありがたい。あのエリアはどうしたってまた通るからな、これで心配しなくてすむ」
要するに部屋の中でまとめて倒して盾で防ごうとしたことが駄目だったのだ。1体ずつゆっくりと倒す、これだったのだ。ウォール系で防ぐというのも案としては悪くはないが、メフィット自体はそこまで強力な魔物ではない。わざわざ魔法を消費するより1体ずつじっくりゆっくりの方が良いだろうと思えた。
「良くそんなことを知っていたな。貴族ってのはそういう知識というかそういうものを知っているものなのか」
「どうでしょう‥‥私に説明してくれた時、アーシア様もメモを見ていたんですよね。そういう知識の載っている本とかでもあるのかなとも思ったのですが、どうにも、その、庭で実験の準備をしていたのはステラ様なんですよね」
「今は学校でそんなことも教わるのか? って、違うか、確か学校には行っていないって話だったな」
「そうなんですよ。それに、そのう、爆発でもなんともなかったあの透明な箱は何だったんだろうとか、空気を送り込むのに使ったあの細い柔らかいひもみたいなものは何だったんだろうとか、近くで見学に参加していて爆発の音にびっくりして逃げていった後にステラ様のお尻をぐいぐい押して不満を表明していたあのオオカミの懐き方はなんなんだろうとか‥‥」
思うところは多いようだった。
「ステラ、あのお嬢さんの話は王都のギルドでも聞いたよ」
「『無能』でしょう。お聞きした限りでは本当らしいのですよね」
「別に隠しているわけではないのか?」
「本人はまったく気にしていないそうですよ」
「それはそれですごいな‥‥」
セルバ家の長女、ステラ・マノ・セルバはクラスもスキルもギフトもない、その話は中央にまで広がっている。ギルドの職員が普通にセルバ家関係の情報として出してくるほどには広がっているのだ。そうなれば当然将来にも影響するだろう。それを本人は気にしていないのだという。
「ええと、この話はここまでです。私たちが気にしなければならないのはダンジョンです。セルバ家はその大事な大事な依頼主です」
「そうだな、そうだ。俺たちにとってもダンジョンの方が重要だ。で、明日から潜れるんだが、泊まりもあり得るってことで頼む」
「泊まりですか? 大丈夫ですが」
「どうもな、ここまでの感じだと次からは時間が必要になりそうだ。特に魔法を温存して進むよりも魔法を回復する時間を確保した方が良さそうでな」
「なるほど、わかりました。では泊まりもあり得るということで。ただし1泊までとしておいてください。まだ現状では細かい報告が必要な状況ですから」
「ああ、それでいい」
実際に次の探索は3階のメフィットのエリアから再開だ。そこから4階、5階と進むことを考えると、魔法を温存して進むよりも途中で魔法の使用数を回復させるために大きな休憩を取った方が効率が良いだろうと考えられた。
その分荷物も増えることになるが仕方がない。水は心配なさそうではあったが、ランタンのための油や保存食、寝具といったものが必要になってくる。その準備も必要だった。
「では、こちらでセルバ家から別に依頼されているキャンプ道具? というものの性能評価試験をお願いします。これは可能な範囲で構いません」
そう言ってモニカが職員に告げてさまざまな道具を持ってこさせる。
「こちら、テントですね。これはダンジョンでは必要ないかもしれませんが。組み立て式、試しましたがものすごく小さくなります。こちら、折り畳み式簡易ベッド。こちら、空気を入れて膨らませるマット。こちら、ランタンと同じ油を使用できる小型コンロ。こちら、炭を使うタイプの組み立て式小型コンロ。こちら、ランタンと同じ油を使用できる小型着火具。こちら、金属製の保温水筒。それからそれから」
道具類、調理器具、保存食。次から次へと出てくる。
これに最も興味を引かれたのはサバイバル系の能力の高いフリアだった。
「なあ、セルバ家ってのはどうなっているんだ。前も思ったが、変だろう。農家じゃなかったのか」
「農家という言い方はどうかと思いますが。そうですね、今までは普通の、特別大きな農家だったと言っても良いかもしれません。それが変わったのはステラ様が出てきてからなんですよ。教会で無能と判定され、ノッテの森に引きこもったと触れ回られたその後からです。急に、何もかもが出てきたように感じるのです」
タイミングがあまりにもあっていた。急にダンジョンが見つかり、急にあれもこれもとセルバ家から案が出てくる。モニカにはステラの出現自体が引き金になっているように感じられた。
魔物がいると分かっている場所に平気で踏み入り、実際に魔物が現れてもおびえた風もなく、何か不思議な音をさせたクラブでゴブリンを殴り倒し、オオカミにお尻を押しまくられる。無能というには無理がないかと思う異質さを感じさせた。
だがステラはセルバ家の長女だ。それもまた間違いない。そうなれば直接問うようなことも人を使って調べるなんてこともできず、今の直接会話をすることもできるという関係を維持するのが最も適切だと思えた。
「なあ、ダンジョンの5階だ10階だから、このセルバ家が急に変わった理由が出てきたりはしないよな」
それはそれであり得そうな恐ろしいことは言わないでほしいとモニカは願った。
ここからはメッセージの後を追って地下5階を目指す。
そういう方針が決まりはしたが、先行きが分かっているわけではない。1泊を想定した荷物を準備し、全員がそれぞれの荷物を背負うことになる。セルバ家からあれこれと道具や保存食の評価依頼が出ているおかげと言っておくべきか、使い勝手の良さそうなもの、持ち運びの負担の小さそうなものも多く、斥候役のフリアも自分の荷物を小さくまとめることができていた。
すでに携帯型簡易トイレや折り畳み式シャベル、保存食をいくつかは試していて今回も持っていく荷物の中に加えている。それ以外にも荷物を小さくするために効果のありそうなものが多かったのは良い点だった。あとは実際に使ってみてということにはなるが、ダンジョンの中を背負ったまま歩き回ることを考えたら多少の使い勝手の悪さなど問題にはならないだろう。そして見た限りでは使い勝手もそう悪くなさそうだと考えていた。あんなことを言いはしたが、探索が楽になるのはクリストたちとしては大歓迎なのだ。
ギルドとしても今後増えるだろう冒険者や訪れる商人に売りつければそれで利益が得られるとあって、すでに評価の得られたものに関してはセルバ家と交渉を始めているという話だ。
5階、10階で何か出てきたらなんていう話をしはしたが、そんな物語になりそうなことは出てきたりはしないだろう。それよりも目の前のダンジョンに早く潜りたかった。装備は新調し荷物は軽い。文句などない。誰よりも早く、誰よりも深く、このダンジョンに潜って謎の答えに迫りたかった。
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