第23話:地下3階報告2
クリストたちが出張所への道を歩いていくと、外で作業中だったらしいギルドの職員がこちらに手を振ろうとしたところで惨状に気がついたのか、慌てて建物の中に駆け込んでいった。
「どうされまし! 皆さん大丈夫ですか!?」
急いで駆けだしてきたモニカがこちらの状況を見て叫んだ。
まだ戻ってくるには早い時間だ。その上このひどい状態での帰還では一体何があったのかと不安にもなるだろう。
「すまん、まったく想定していなかった形でダメージを食らってこのざまさ。回復したいってのと、装備を更新しないことには探索を再開できないんでね、戻ってきた」
「わかりました。そうですね、今は医療スタッフがいませんからポーションを支給します。まずは回復を。報告はその後で構いません」
「ありがたい。瓶もみんな割れちまってね、助かる」
「ポーションの瓶が割れるような状況というのが恐ろしいですね‥‥さ、荷物はそこにまとめておいてください。報告の時までそのままで」
今はギルドの好意を頼らせてもらってポーションを使い、部屋に戻ってとにかく回復に努めることになった。荷物も傷みが激しく、装備はなおさらだ。部屋に戻って着替えたら傷んだ装備も外へ放り出してそれを集めておくことになる。この傷みもまた今回の件の証拠になるので、そのままだ。
部屋に戻って休息を取った彼らの回復は早かった。
魔法の重ね掛けで表面上はほぼ回復していたところへさらにポーションを使ったので、体力は回復し傷などもすでに残っていない。
だが爆風と炎とにさらされたのだ、気力を回復させる必要があった。それもさすが経験豊富な冒険者というべきか、ギルドの職員から見ても驚くほどの回復の早さで、その日のうちにクリストやフェリクスは部屋から出てきていたし、翌日には全員がそろって報告に参加できる状態だった。
「皆さんもう大丈夫ですか? お話をお聞きしても?」
「ああ、大丈夫だ。そんなに引っ張るような話でもないしな。さっさとやってしまおう」
全員がテーブルに着き、地図やメモ、戦利品を置き、さらにテーブルの周りには荷物などを並べる。準備はできた。
「まず3階の、この鍵がかかっていた扉だな。この扉はこの板鍵てーのか、これで開いた。で、4階でこの鍵は復活していてな、今回も1枚確保したからこれはギルドで持っていてくれ」
「専用の鍵が必要なエリア、ということですね。わかりました、緊急時用のギルド預かりということで」
「こいつの扉を開けたままにしておいたんだが、戻るときもそのままだった。ただ階段で移動したあとは分からないからな。閉じ込められる可能性だってないわけじゃない」
専用の鍵が必要ということは鍵を失えば閉じ込められるということだ。戻ってこない冒険者のためにギルドが調査回収に乗り出すにも鍵は必要なのだ。そのたびに4階まで鍵を取りに行くよりも、こうしてギルドが常に1枚持っていた方が都合が良かった。
「で、地図を見てもらえばわかるが、ここに下りの階段、そしてその近くに水場だ。これが本命の階段なんじゃないかと考えている」
何よりもあのメッセージの存在が大きい。間違いなくこの階段の先に4階、そして5階があるだろう。
「このメッセージですよね‥‥、こんなものがあるんですね。このダンジョンの先に何があるのか、ここまで何度も地名らしきものが出てきていて、それで」
「気になるよな。ダンジョンの下から上を目指していた誰かのメッセージだ。下にはこれまで出てきた地名の土地があるんじゃないかって気がしてしまう」
インタカエスで作られた、エイレイテュイアで作られた、キルケーで流通していた。そういう地名がこれまでのダンジョンからの発見物からもたらされている。
あの鑑定結果に出てきた地名は、もしかしたらダンジョンの先にあるのではないだろうか、そういう想像をさせられた。
「古語らしき言葉で書かれているというのが、また、考えさせられますね」
「そそられるって言ってもいいぞ。面白いだろ」
「‥‥面白いですよね。すごい、安全だったら私も見に行きたいですよ」
こういう発見を見ていると、冒険が好きであれば誰もが興奮するような物語がすぐそこにあるように思えてくる。このダンジョンは本当に面白かった。
「安全だったら、案内したいくらいなんだが、そこで問題だ」
「‥‥そういうことですよね、今回の報告内容としてはここまでということですよね。そうですよね。当然、この状況はこのエリアで起きたということですね」
Bランクの経験豊富な冒険者がボロボロの状態で帰還したのだ。そこに安全などあるわけがなかった。
「まず言ってしまうが、なぜこうなったのかは実はよく分からない。爆発が起きた、ということは分かるんだが、理由がな」
「魔物のせいですとか、罠ですとか、何か仕掛けがあってですとか、そういったことは考えられませんか?」
このダンジョンは特殊な魔物が出る、そして罠も仕掛けもある。となるとそういったものの中に今回の状況を引き起こしたものがあってもおかしくはない。
「それはもちろん考えたんだが、どうもな、ちょっと違うような気がするんだよ」
「では、とにかく状況を詳しくお願いします」
「ああ、順番に行くぞ。まず、このエリアに出た魔物は一種類、色違いのような形で4つか、いたが、恐らく同一種のバリエーションてやつだ。見たことのない魔物だったがもし他で見つかっているやつだったら教えてくれ。それでな、魔法を使うブレスを使う倒すとその場で爆発して何かをまき散らすってパターンでな。それぞれはそこまで強力なものではなかったし、まあ3階で出るにはちっと強いかって程度だ。最後の爆発も爆風がとかそういうのじゃなくてな、何かをまき散らすための爆発って感じだ」
「お聞きした、その形の印象からですと、悪魔ですか、そういう種類のようにも感じますね」
「ああ、そうだな、悪魔っぽい‥‥、ああ、そうだ、インプだ、インプに似ていて、一回りか二回り大きいような印象だな。で、そいつを何体か倒して対処の仕方が分かってきていたところだったんだよ。部屋の中に3体いた。茶、茶、赤だな。茶がちりというかほこりというかそういうものをまき散らす、赤は初めてだったが印象としては火系だな。対処の仕方は予定通り、通路から部屋の中に向かって魔法。部屋の入り口で戦闘、倒したところで部屋の中央に向かって弾き飛ばして爆発させて、俺たちは通路に待避」
「なるほど、良さそうですね。爆発というのも範囲は広くない? そうですか、そうするとそれでほぼ問題なさそうに思えます」
「そうだろう、俺たちもそう考えた。で、まず茶のやつが2体爆発する。予想通りちりだかほこりだかがまかれて、最後に赤いやつが爆発した。予定通りだったよ。あとはまき散らされた物が消えたら終わりだった。その時だな、本物の爆発が起きたのが。ひどかったよ。でかい音とエディが吹き飛ばされるレベルの爆風、最後に炎か。どうしようもなかったな」
「そこまで気が緩んだつもりはないんだが、まさか踏ん張れないとはな」
「俺だってそこまで油断していたつもりはなかった。あれは仕方がないだろうよ」
「あんたたちが私たちに突っ込んで吹き飛ばしてくれなかったら、たぶんもっと悲惨だったと思うわ。私たちなんて体力も耐久力も低いんだし、それに後の炎がね」
エディとクリストがまず飛ばされ、後方のフェリクス、カリーナ、フリアを巻き込んで吹き飛ばす。後ろの3人はさらに後方まで飛ばされていたところへ、あとを追うように炎がやってきてなめていった。
全員がまとまって吹き飛ばされているところを炎が飲み込んでいればダメージはもっと大きくなっていたかもしれないし、それ以上にやけど、炎によるダメージがひどくなっていた可能性はあった。
「魔法が使えたことで回復できた、ということですか」
「そうね、フリアなんて2回目でようやく気がついたくらいだし」
「うん。あ、と思った後のことは覚えていない」
「ヒーリングは声が出せないと使えないのよ、運が良かったわ」
炎に飲み込まれていたら喉をやられていた可能性もあった。意識を完全に失っていればそもそも回復どころではなかっただろう。カリーナが魔法を使える状態だったことがパーティーを救ったのだ。
鑑定を受け持っていた職員が書類をモニカに手渡す。全ての結果が出そろったようだ。
「まずは魔物から行きましょうか。ジャイアント・ポイズナス・スネーク3体、コンストリクター・スネーク1体、ゴブリン3体。ここまではこれまでと同じエリアの結果ですね。それから鍵のエリアの先ですが」
「あのメッセージの通りなら‥‥」
「当たりのようですよ。倒すと爆発してしまうため討伐証明が得られませんが、それでも魔石の鑑定結果に出ていますね。ダスト・メフィット3体、スチーム・メフィット2体、マグマ・メフィットとマッド・メフィットがそれぞれ1体」
「あの魔物はメフィットで決まりか。で、茶色いちりだかほこりだかのやつがダスト、白い蒸気のやつがスチーム、赤いやつがマグマ、マグマってのはあれだよな? 火山の、そうだよな、それで焦げ茶だか黒だかのやつがマッド、こいつは泥か‥‥やっぱり聞いたことのない魔物だ」
「聞いたことがないですね。インプに似たもう少し大きめの魔物でこういった特徴ということで問い合わせてみますが、少なくとも私も知りません」
このダンジョン固有の魔物ということになるかもしれなかった。魔石の価値次第でもあるが、固有魔物が出るということだけでもダンジョンの特色として価値がある。
「次に拾得物の結果ですね」
テーブルの上に指輪、スクロールが2つ、ポーションの瓶、丸いオーブのようなガラス玉、さらに鍵のエリアで見つかったメッセージの写しが並べられる。
「指輪はかつてインタカエスで作られたブラッドストーンをあしらった金製の指輪。やはりこれもインタカエス製ですか、どう調べてもこの地名も出てこないのですよね。ダンジョンからもう少し情報を得たいところです」
ここまで装飾品の類いは全てインタカエスという場所で作られた物だった。その地名は少なくともこの辺りにはないもので、そして過去の歴史を振り返っても調べて出てくる範囲にはなさそうだった。ダンジョンの調査が進んだところで、何かしらの情報が得られれば良いのだが。
「続いてスクロール。1つはおっしゃっていたようにインヴィジビリティですね。これは購入証明を付けて売却するかギルドで死蔵するか、支部長の判断に任せることになるでしょう」
「そうだよね、確か1時間くらい保つんだよ。どう考えてもまともじゃない使い方をする人が欲しがりそうな魔法だからね、ちょっと気をつけてほしいな」
インヴィジビリティの魔法は透明化の魔法だ。使えば着ている物や持っている物までまとめてまったく見えなくなる。持続時間も1時間と長く、活用方法はもちろん、悪用方法もいくらでも思いつきそうな魔法なのだ。
「もう1つの方が、えー、何というか、ある意味すごいものでした。アニマル・スピーク。動物の言葉を理解して意思疎通する能力を得る。持続時間は10分間、だそうですよ」
「は? なにそれ? 聞いたことないわね」
「僕もないなあ。少なくともウィザードだとどの系統にもないと思う」
「そうよね、ソーサラー、クレリックにもないと思うわよ。そうすると、もうあれよね、前もあったけれど、ドルイドだったかしら、あー、あれ、あの杖、ああいう失伝した魔法っていう可能性が出てくるわね」
地下1階の探索でドルイドが同調することで真の力を発揮するという杖が見つかっている。だが肝心のドルイドというものが何なのか分かっていない。恐らくとはなるが亜人や獣人のクラスという可能性があった。
それと同じように、人の間ではすでに失われている魔法が見つかった可能性だ。このダンジョンはそういうものが出てくるという可能性だ。メッセージに古語が使われていたことからも、その可能性はある。
「私、これ欲しいですね。何とか複製できないものですかね、難しい? そうなんですか? えー、売りに出たら絶対高くなっちゃいますよ、無理ですよ私の給料だと」
10分という持続時間は惜しいが、動物と会話できるという点には非常に大きな魅力があった。これは欲しくなる人も多いだろうし、そうなると競売の結果は恐ろしいものになるだろう。
「コホン、とにかく次ですね。ポーション、クライミング・ポーション。え、何ですこれ、こんなポーションが? ない? 普通はないんですね、やっぱり。えー、飲んでから1時間、歩くのと同じ速度で登攀(とうはん)できる。登攀(とうはん)とは険しい山や壁など高いところに登ることである。はー、そんな薬が」
「それはまた使いどころが多そうだな。山は分かりやすいが、壁もだろう? 屋敷の壁でも城の壁でもいいんだろう?」
「あー、いけませんね。これも支部長に判断を任せましょう。何でしょうね、この、聞いたところ面白そうなのにどうにでも使い方を作れそうなものが出てくる感じ。このダンジョンの癖なのでしょうか」
どこかへ侵入する場合、大抵は大きな壁を乗り越えることになる。それは屋敷の壁かもしれないし城の壁かもしれない。そういうことだ。
「次です次、このガラス玉。えーと、ドリフトグローブ、は? え? 本当に?」
「何だ? そんなおかしなものが出たのか?」
「いえ、おかしなものというか、これはすごいのでは‥‥合い言葉を唱えることでライト、またはデイライトの光を放たせることができる。さらに別の合い言葉を使うことで地面から1.5メートルの高さまで浮遊させることができ、誰かがこの球体をつかむまで浮かび続ける。また合い言葉を唱えた者が離れるとその後を追うように移動する。この移動が妨げられた場合、ゆっくりと地面に降下して機能を停止する。使用は1日1回で、再使用には次の夜明けを待たなければならない」
「マジか、すごいな。あー、持続時間と再使用の間隔は問題になるか。1日1時間しか使えないってことだ。それにしても、だ。浮かんで後を着いてくるってのがいいな。手が完全に空く。使う場所次第だが、1つ欲しい」
ライトの魔法もデイライトの魔法も光を放つものだが、持続時間が1時間と決まっている。このガラス玉がその魔法を使えるものだとすると持続時間は1時間なのだろう。そして再使用には夜明けを待たなければならないとある。
普通に光源として使うのならばランタンの方が良いが、あれは手をふさぐ。そうなるとこのガラス玉は念のため持っておく光源としては十分に価値のあるものだった。
「いやー、今回はなかなかに興味深いものが見つかりましたね」
「そうだな、かなりいい結果だ。苦労したかいがあったって言えるだろう。難点はこの鍵の先のエリアはどの宝箱も罠があったってことだな。その分良いものが出たってことも言えるが注意した方がいいかもしれん」
「それでは最後に、このメッセージですね」
「ああ、どう考えても問題だらけのやつだ。どうだった?」
「おっしゃっていた通り、古語と見て間違いないでしょう。多少文字だとか構造だとかが怪しい点もあったようですが、方言だとしたらおかしくはないということです。内容ですがおっしゃっていた通り『メフィットどもに追われてここにいる。扉を開けられずにいるのだ。6階に戻って別の道を探すことにする』となるようです」
メフィットはこのエリアに出現した魔物で確定。そしてそれに追われている。扉を開けられないというのも専用の鍵が必要でそれはこのエリアにはなかったのだから当然だろう。問題はやはり6階に戻るという部分だろう。
「戻るという言葉がどうしても引っかかりますね。戻るという以上は6階、私たちから見て5階ですか、そこから上がってきたという意味です。これを書いた人物は上を、地上を目指していたのでしょうか」
「そう感じるよな。で、5階から上がってきたのか、それとももっと下、10階から上がってきたのか」
「何があるんでしょうね、下には」
「知りたいよな、こんなものを見せられたら、どうしたって気になるさ。装備は新調する。こういう時のために金はためてあるからな。それで探索を再開だ。まずは5階だ。わざわざ5階に戻るという以上は5階にも何かあるだろう」
「そうですね、こちらとしても最低限5階の昇降機がどうなっているのかを知りたいのでお願いします。消耗品はこれまで通り支給しますし、今回の損害も契約通り一部ですが補助できます」
「それはありがたい。頼らせてもらおう。よし、今回はこんなところか。装備を見にミルトかキノットか、もしかしたら王都まで行くかもしれない。しばらく留守になるが」
「構いませんよ。その間にこちらも支部ですとか、あとはセルバ家にも報告しないといけません。時間はかかるでしょう」
ベテラン冒険者が危機に陥るほどの危険性はあるが、それでも発見されるものが非常に魅力的なダンジョンだった。
情報自体はすでに中央に届いているが、それでも公開、開放までにもう少し情報収集のための調査がしておきたかった。まだ3階、4階という時点でこれほど難易度に変化もあったのだ、うかつな開放もできない。
もっとも、これほど面白いダンジョンなのだ、誰かが謎の答えにたどり着く前に自分たちが、という思いもあったのだが。
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