第21話:地下3階4
見たことのない魔物の体全体が見えた、というところでエディが盾全体でそれを壁に押しつけるような形で突っ込む。これで押し切れるのならばこれまでと同じだ。
盾が当たる、そして壁に押し込もうかというところでそれが口を開き何かを叫んだ。
一瞬頭の中がぼやけるような感覚がしてクリストは強く頭を振ってそれを払った。だが目の前でエディが動きを止め、足から崩れる。
「スリープよ!殴るわ!」
クリストたちもよく使うスリープは眠りを誘う魔法だ。眠った状態であればダメージを与えれば回復する。それはカリーナに任せ、クリストがずれ落ちる盾の向こう側から姿を見せた相手に向かって剣を振るった。
1度は切りつけることに成功するが返す切っ先は動く相手にかわされてしまう。
「マジック・ミサイル!」
そこへフェリクスの魔法が飛び、ダメージを重ねる。さらにフリアの投げたナイフも翼に当たって切り裂いたが、ダメージはそれほどではなかったのか相手の動きは変わらない。
ガツンッと大きな音がすぐそこからしたのはカリーナが手に持ったスタッフでエディを背後から殴った音だろう。これで目を覚ましてくれたら良いのだが。
再びクリストが斬りかかり相手の胴体に足にと命中させるが、まだ倒しきれない。だがここで目を覚ましたエディが盾を構え直し突っ込んだ。弾き飛ばすようにして盾を振るうと相手が壁にたたきつけられ地面に落下する。
そして地面に落ちた瞬間に、魔物の体が爆発した。
爆発といっても音や光や衝撃波はなく、その爆発で発生したものは激しい粉じんだった。まき散らかされた大量のちりが辺り一面を覆い視界をふさぐ。
「何だ!? おい、大丈夫か!」
今は魔物の気配もない。やはり倒した際に爆発が発生したと考えられた。そしてその爆発によって広がった粉じんはすぐに晴れたが、エディとフリアが目を押さえていた。
「すまん、もろに食らった、見えない」
「私も見えないよ、ゴミが目に入ったみたいな」
「ゴミ? え、ダメージではなく? まあいいわ、盲目状態なら直せるけれど」
カリーナが回復させようと魔法の準備をしようとしたところでエディの制止が入る。
「ああ、いや、大丈夫そうだ、見えてきた。少し待ってくれ」
「目を洗えばもう少し回復が早そうだけど、うん、これなら時間が解決してくれそう」
どうやら本当に一時的なことだったようで、それは確かにゴミが目に入ったと同じようなとも言えるものだった。
「フリアがダメだとここで待機はきついな。扉まで下がろう」
索敵も仕事のフリアが盲目状態では探索もできない。安全確保のために一度扉まで下がり、回復を待つことにした。
幸いなことに盲目状態はすぐに終わり、目の状態を確認したところ後遺症的なものもなさそうだった。
「まじでゴミをまき散らかされてようなものなのか。倒したところであれだと面倒だな」
「風を作って押しやることはできるけれど、毎回それだとちょっとね、魔法も使える回数には限りがあるから保たないよ」
「最初のスリープもそうだけど、ちょっとやっかいよね」
開幕にスリープでこちらの戦力を削り、例え負けても最後の爆発でダメージを残してくる。今回は相手が1体だったから問題にはならなかったが、あれが他にも魔物がいる状態だったらどうだったか。2人が目が見えない状態にされてしまっては対応が厳しくなる。
「できれば遠距離だけで倒したいがそうもいかないしな。基本的にはエディが盾で完全に体を隠せるような体勢で倒しきるのが理想か」
「そうだな、今回はさすがに想定していなかったが、次からはそれでいこう。爆発といっても勢いがあるわけではないからな、何とかなるだろう」
「よし、その方針で行こう。どうだ、もう大丈夫か? よし、行くか」
強さ自体はそこまでとは感じない相手だ。最初の魔法と最後の爆発に対処できれば大した問題にはならないと考えられた。
探索を再開するとフリアが再び先行する。今度は丁字路に差し掛かっても問題はなかったようで左右を確認、そして足元から何かを拾い上げた。
「向こうにも照明があるね、これは楽でいいんだけど、相手からもこっちを見やすいのは問題なのかな。あと、これ。魔石だよね」
ランタンであれば先行するフリアの姿はそこまではっきりとはしないが、通路に一定間隔で照明があるような状態では姿を隠しようもない。
「ああ、あいつの魔石か。わざわざ残してくれるんだな」
「こっちとしてはありがたいがな。倒して何もなしだとやりたくはない相手だって話になる」
苦労した割には実入りがなしでは意味がない。その辺りのことはダンジョンも分かっているようで、倒した場所にちゃんと魔石を残してくれるようだった。
「右は少し先で左に分かれ道。左側はもう少し先の方で右に分かれ道があるね」
「よし、まずは右から行こう」
フリアが先行して通路を右へ進む。少し先で確かに通路は正面と左への分かれ道になっていた。先にそこまで到達していたフリアがすぐに引き返してくる。
「どっちも部屋になっているね。それで正面にはさっきのと同じのだと思う、何かいる。でももしかしたら色が違うかも。それで左の部屋は宝箱があったよ。そっちは魔物はなしだね」
「お、それならまずは宝箱だな。行ってみよう」
このエリアに入って最初の宝箱だ。やはりそれが気になった。
慎重に前進して左への分かれ道へと入る。正面は少し先で部屋のようになっているのが見え、その中で何かが動いているところを見て取ることができた。だがさすがに遠すぎて色や形、数までは正確に確認することができない。
左側は少し先が部屋になっていて、壁際には宝箱があった。
「鍵あり、うーん、罠もありかな。開けてみる」
宝箱に取り付いたフリアが鍵穴に向かっ道具を差し込んで動かす。
「鍵穴と関係ない突起があって罠だと思うんだけど、動かないな‥‥、鍵穴は動く、どうしよう、これは解除の仕方がよく分からない‥‥」
「ものによっては開けても構わないぞ。ダメージを与えるようなやつなら盾で防げばいいし、吹き出すようなやつなら離れたところから開けて何とかならないか?」
「そうだね‥‥種類もよく分からないっていうのがきついね。こういうのはいっぱい開けていっぱい見ないとダメなんだろうね」
「罠のある宝箱なんざ今まで経験がないからな、さすがに仕方がないとしか、な」
エディが盾を構えて宝箱の前に立つ。そしてその影から腕だけを延ばして鍵穴に差し込んだ道具をカチャカチャと動かしていたフリアが動きを止める。
「鍵は開いたけど何もないね、何だろ。開けてみるよ」
ナイフの刃先を薄く蓋との合間に差し込むと再び盾の裏側に身を隠し、借りたスタッフの先でそれを動かして蓋を開ける。
ビーーーーーーーーーッ!
開けた瞬間に激しい音が鳴り響いた。
「っ! やばい、警報か!」
「そんな罠もあるのかよ!」
エディが慌てて盾を構えたまま通路の側へ移動する。この部屋に魔物はいない。だが隣の部屋にはいたのだ。
ブブブという音が近づいてくる。
「複数! たぶん2!」
音を聞き分けたフリアが警告する。先ほどのものと同じ種類の魔物が2体だ。通路を左から姿を見せたのは確かに先ほどと同じ種類の魔物だったが、色が違った。灰色がかった白いかすみのようなものをまとったもの、そして焦げ茶というか黒みがかった茶色をしたもの。そんな2体が重なるようにしてほぼ同時に現れ、通路へ、部屋へと移動してくる。
「ブレス!」
準備ができていたカリーナの味方を強化するための魔法が飛ぶ。少なくともこれで前線の能力は底上げされる。それを待っていたエディが盾を構え中央に立ち相手をまとめて受け止める態勢を作る。白が左、茶が右から来ている。それに対し中央にエディが引きつけ、クリストが左からフリアが右からだ。魔物はまだ通路から出きっておらず、視線は正面を向いている。一気に倒すのなら今だ。
「スコーチング・レイ!」
フェリクスの攻撃魔法が3本の光の矢となって走る。攻撃力の低いフリアの狙う右側の茶の魔物に2本、クリストの狙う左の白に1本が狙い違わず命中する。茶の魔物はそのダメージに苦しそうなしぐさを見せるが、左の白はダメージがあったのかなかったのか動きが変わらずに迫ってくる。
そして少し前に出た白い魔物が白い蒸気のようなものを吐き出した。
「熱いっ!」
盾越しにエディを包むように広がったそれがダメージをもたらす。離れていても熱気を感じるのだ。直接ではなかったとはいえエディの受ける熱さは相当なものだっただろう。
そこへ移動を終えたクリストの、フリアの、攻撃が入る。
クリストの剣は白い魔物の肩口からをバッサリと切り、さらに羽と足にかけて切り裂いた。このダメージは効いたのかふらふらとした動きに変わる。
フリアの攻撃は茶の魔物の胴を深く傷つけたが、動きが止まる気配はまだない。
「エディ、こいつら通路に押し込められるか」
「大丈夫だ、行ける」
「よし、フェリクス、右のやつを狙ってくれ。こっちは俺だけでいい。たぶん次で倒しきれるだろう」
うなずくとエディは両手で盾を構える。タイミングを見て突っ込むだけだ。
「プロテクション」
作戦を聞いたカリーナがエディに近寄り防御の魔法をかける。
「マジック・ミサイル!」
そしてフェリクスの放った魔法の矢が3本、まとめて右側の茶の魔物へと飛ぶ。それを見てから動いたクリストの剣が左側、白い魔物の胴を切り裂いた。
「よし!」
クリストの声に反応したエディが盾を体前面を覆うように構えて前へと突撃する。すでに攻撃を受けて倒れようとしていた魔物がその盾に押され、出てこようとしていた通路へと押し戻される。
通路へ入った、と見えた瞬間、ボンッ、バンッという音とともに爆発が起こった。圧自体はそれほどでもなかったのかエディが押し返されるようなことはなかったが、盾の向こう側からはシュージュー、バチャバチャという音が聞こえてきた。
「さすがに今回はダメージはなさそうだが、熱いことは熱いな」
音が消えるまで盾を押さえていたエディが言う。やはり先ほどの蒸気は熱かったようだ。
「もう大丈夫か? ちょっと見てみるか」
エディが盾を動かし場所を変わる。その先には通路の中で飛び散っている泥のようなものと、白くもうもうと立ちこめる湯気が見えた。
「ああ、これは分かりやすいな。白いやつは蒸気で、茶色いやつは泥か。そういう攻撃手段を持っていたってことだな」
「それでさっきの薄い茶色でちりみたいなものをまとっていた、あいつはやっぱりちりというか砂ぼこりというか、そういうものなんだろう」
どうやら見た目通りの攻撃手段を、特色を持っている魔物ということで良さそうだった。
だがここまでに3体に出会い、全て別の種類だ。あと何種類いるのか、その中に対処の難しいような特徴を持っているものはいないのか、考えさせられる相手だった。
「ああ、泥も消えていく。倒すと爆発して、爆発は長く続かず、魔石を残す。なるほどね」
湯気が消え、散らばっていた泥も消えた後には魔石が2つ転がっていた。先ほどの魔物が残したものだ。
「あとは宝箱もあったな、そっちはどうだ?」
言われたフリアが宝箱に駆け寄り中身を確かめる。
「スクロールっぽいよ。ほら」
取り出したのは巻物だった。先ほども一つ出ているが、今回は何か。
「どれどれ? あー、これは良くないのが出たわね」
「どうしたの? ‥‥なるほどね、インヴィジビリティか、これは確かに良くないね」
「インヴィジビリティってのはあれだろ、透明化」
「そうだね、透明化だよ。精神集中は必要だけど、効果時間が長いんだよ。悪用しないようにって厳しく言われる魔法なんだ」
誰もが考える透明化の魔法の使い道など決まっているようなものだ。悪用方法などいくらでも出てくるだろう。気配や音を消せるものではないのだが、姿が見えないとなればどんな場面でも効果はある。取り扱いはギルドに任せることになるのだが、売却先を選ぶときは気をつけてもらいたいものだった。
軽く休憩して回復したところで探索を再開する。
部屋を出た左の通路の先は、魔物が最初にいた部屋になっていて中はすでに空だ。スタート地点になる鍵のかかっていた扉の前の丁字路へ戻り、逆方向へ進む。
その先はしばらく進んだ先で右への分かれ道があり、まずは直進方向を確認するためにそのまま前進する。またしばらく進んだ先は左右への丁字路になっていた。そこまで進んだフリアが左右を見てから引き返してくる。
「右はすぐ先で部屋になっていて魔物。さっきの白いのと同じやつかも。たぶん1体。左は少し先で右に曲がっていた」
「先に右だな。倒しておこう。部屋の中だな? よし、エディ、部屋の中へはじき返すことだけ意識していてくれ」
「分かった。倒せたタイミングで部屋に向かって弾こう」
方針を決め、部屋のある右へ進む。その先は確かに部屋になっていて、そして部屋の中かをうろうろと先ほど倒したのと同じ白い体色にかすみのようなものをまとった魔物が飛んでいた。
「マジック・ミサイル!」
届くと判断したところでフェリクスの魔法が飛ぶ。前回は火系の魔法のダメージが余り入っていないように見えたため、使う魔法は変更だ。
3本の矢が立て続けに命中し、ふらふらとしている所へエディとクリストが迫る。
クリストが上からたたきつけるように剣を振り下ろし、さらに左へと切り払う。左へとクリストの体が流れたところへエディが入れ替わるようにして入ると、盾を魔物へとたたきつけ部屋の中央方向へと弾き飛ばした。
飛ばされた魔物は地面に落ちるか落ちないかというタイミングで爆発を起こし、辺りに蒸気をまき散らした。その熱気は通路側まで押し寄せ温度を引き上げた。
「これは熱いな。止むまで下がろう」
爆発は長く続かないことは分かっていたので通路を下がって待つことにする。
すぐに白っぽく漂っていた湯気は晴れ、その後には今回も魔石が落ちていた。
「よし、片付いたな。部屋の中は何もなし。魔石だけいただいて次だな」
引き返すともう一方の通路へと進む。その先は右に曲がっていて、そして部屋へとたどり着いた。
「この部屋で行き止まりだね。そして宝箱、やったー」
フリアが飛びつくようにして調べ始める。
「鍵あり、罠あり。今度はどんなのかな? あー、さっきのと同じかも?」
前回とはやり方を変えたのか、複数の細い棒のようなものを差し込んでカチャカチャといじる。
「ここを押さえて、それから回して、どうだ。押さえているから開けてみて」
解除できたのか、エディが盾で宝箱の正面をできる限りふさぐような形を取りながら蓋に手をかけてそれを開ける。
今回は警報音のような音をさせることもなく開けることができた。
「良さそうだな、それで中身は何だった?」
どれどれとのぞき込んだエディが中から薬瓶を取り出した。
「薬瓶だが、何だろうな、よく分からん色だぞ」
手渡されたクリストが瓶を見ると、茶色と銀色と灰色と、3色の層を作った液体が入っている。瓶を振ってもその層が混ざることはなく、常にきれいに別れていた。
「どうなっているんだこれは‥‥見たことのない色だ、鑑定を待てってやつだな」
見たことのない色をした薬瓶となると、このダンジョンのことだ、珍しい効果を持っている可能性もあった。
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