第17話:地下4階1

目の前に地下4階に向かうだろう階段がある。薄暗いその先を見通すことはできなかったが、結局のところ行ってみないことには先のことなど分からないのだ。意を決した一行は階段を慎重に下りていった。

その先は真っすぐ伸びる通路になっていて、そして少し先には右へ進む通路もあった。ひとまず直進を選択するとそのまま数歩先をフリアが先行するいつもの隊列で前進していった。

しばらく進むと通路は左右に分かれる丁字路に差しかかった。

「右は少し先で左に曲がる、左はまだ先がありそうだね。ん、待って、右に何かいる。遠ざかっているね」

「4階では初遭遇か。見てみよう」

地下4階に入って最初の魔物だ。脅威度を確認しておく必要があった。

丁字路を右へ曲がってまたすぐに左へ曲がる。その曲がり角に差し掛かったところでフリアが後続を止める。

「こっちに来るよ」

「よし、少し下がろう。エディ、頼む」

隊列を変更、フリアがそのまま後列へ移り、エディとクリストが前列として迫る魔物に対処する形を取る。

「何だか嗅いだことがあるような臭いがする」

「ああ、これはもう決まりなんじゃないか」

すぐに足音のようなものが聞こえてくる。この臭い、そして足音をさせる魔物。特に気にした様子もなく歩きながら、その姿を曲がり角の向こう側からのぞかせた。

ゴブリン。どこにでも現れる自分勝手な人型の魔物。単独では弱く、良く群れる。このダンジョンのゴブリンは果たしてどうか。

まったく何も考えていない顔をさらしたゴブリンにエディが迫り、盾で壁との間に挟み込むような形を作るとそこへ剣を突き入れた。ゴブリン単体では子供でも棒で殴りまくって倒せる程度の魔物だ。ベテラン冒険者の剣の前にはなすすべもない。

「よし、他にはいないか? 大丈夫だな。さーて、ついにゴブリンの登場か。1階から来るかと思っていたが4階でようやくだ、このダンジョンのゴブリンはどうなんだろうな」

「序盤の定番て思われている魔物だし、何かありそうで嫌だよね」

今回は運良く1体だけがさまよっているかのような状態でいたが、これだけということは絶対にあり得ないということは想像できた。

知名度が高く評判の悪さで言えば他に類を見ないほどの魔物だ。これで終わりということはないだろう。

「通路はこの先で左に曲がって、そこに部屋。それで、宝箱があるよ」

ゴブリンに対する悪口雑言を並べようかというタイミングでフリアから報告がもたらされた。まだ4階に入ってわずかな時間しか経過していない。それでこれは非常に幸先が良く思えた。

部屋に入ると早速フリアが箱開けに取りかかる。

「鍵あり、罠なし。うーん、この鍵も回すタイプ、開けるね」

手早く解錠すると、宝箱の蓋に手をかけて開けた。4階最初の宝箱の中身は何か。

「おー、金貨だ。しかも山積み。これはすごいものを見てしまった」

「山積み? マジか、マジだよ。すごいなこれは。まあ宝石があれだけ出ていて金貨が出るならそれなりの枚数になるだろうと思っていたが、これか」

「何十枚かはあるよね。これは上で出た銀貨と似たデザインに見えるけれど、同じような鑑定結果になるのかな」

確かに地下1階で宝箱から銀貨が出ていた。地下4階ともなればそれが金貨で、しかもこの枚数で出るということなのだろう。もっと深い階で出たらいったいどれほどの枚数になるのだろうか。

そしてあの銀貨はまったく見聞きしたことのない地名が鑑定結果に示され、そこで流通していたのだとなっていた。この金貨も同じ結果が示されれば、このダンジョンはその地名に対して何かしらの由来のようなものを持っていそうだった。

「よし、こんなもんか。次は、ここまで戻って直進だな」

宝箱の回収を終えると通路を丁字路まで引き返し、その先へ進んだ。通路はそこで行き止まりになっていて、そして左側には扉があった。

「鍵なし、罠なし、気配なし。開けるよ」

安全を確認したフリアがそっと扉を開ける。その先は部屋になっていて、そして奥の壁には何かがあった。

「罠はなさそう‥‥何だろうね、あれ、調べてみる」

壁には板のようなものが取り付けられ、そこには手のひらに乗る程度の大きさの四角い金属の札のようなものが1つ置かれていた。

その札には細い溝で複雑な模様のようなものが彫り込まれている。

「これ、あそこの、3階の開けられなかったところ。あそこの鍵じゃないかな」

それを手に取って確かめていたフリアが言う。確かに大きさや形はあの扉のスロットに合いそうに見えた。

「よし、持っていってみよう。今度見に来たときに鍵が復活しているようならこいつは俺たちが持っていていいってことになる。復活しないのなら大問題だが、鍵置き場ごとなければ別の部屋に移動したって可能性があるしな」

もしこれが鍵ならば、あの先に進むためには必要だということになる。復活する鍵ならば良いが、そうでないならば立ち入りを希望するたびに鍵をギルドから借りるなりの方法を考えなければならない。

これはもう一度ここまで来て確認してみる必要があった。

「さて、これでこの部屋は終わりか? よし、あとは、まだ通路が残っていたな。3階に戻る前にそこは埋めるか」

3階の開かなかった扉も気になるが、その前にもう少し4階の調査を続けることに決め、階段の方向へと戻る。すぐに左側に分かれ道が現れ、そこへと進んでいった。

通路はひたすら真っすぐに続いていたが、途中でフリアが何か気になったのか右側の壁に張り付いて調べ始めた。

「どうした? 何かあったのか?」

「うーん、たぶん隠し扉じゃないかなって‥‥、ちょっとこの辺照らしてみて‥‥、当たり、たぶん当たり。この隙間がそうっぽい‥‥うーん、うん、開いたよ」

ああでもないこうでもないと動いていたフリアが手を止めると、ズズッという音とともに石組みそのものが扉程度の範囲で扉のように開いていった。

「ごめん、開けちゃったけど、どうしよう」

「いいさ、どうせ調べたんだ。だがまずは通路が先だな」

フェリクスも地図に隠し扉を書き込む。そしてまだ埋めていない通路の先へと移動を再開した。

しばらく進んだ先で通路は扉へと行き着く。フリアが調べるために扉に張り付くが、すぐに嫌そうに顔を上げた。

「ゴブリンな予感。数がいるよ。それで鍵なし、罠なし、どうしよう」

「ああー、この何か言っているような音はゴブリンどもか。どの程度の数で出るのかは見てみる必要があるだろうな。行くか。カリーナ、いいか」

「扉を開けたら即スリープね。数次第では漏れるだろうし、あんまり時間も稼げないからあとは手早くお願い」

「よし、扉を開けて即スリープ。そこへ俺とエディ、フリアで突っ込んで手当たり次第だ。フェリクス、起きているやつがいたら優先してくれ」

ゴブリンは弱い魔物だが群れやすく、群れた場合の脅威度は当然上がる。環境次第では仲間を呼ぶ場合もあるだろう。手早く処理していく必要があった。

フリアが扉に手を掛けたところでカリーナがうなずく。そしてバッと扉が開けられた瞬間、部屋の中央、何体かのゴブリンが群れてわめいている場所めがけてスリープが放たれた。

「6!2体漏れた!」

部屋の中へ飛び込んだクリストが即座に確認したゴブリンの状態を告げ、自分は頭を振っているように見えた比較的大柄なゴブリンへと剣を構えて突っ込む。

「ファイアー・ボルト!」

さらに何が起きたのかわからずにいるらしく周囲を見回していたゴブリンめがけてフェリクスの魔法が飛び、その体を炎に包む。

エディ、フリアも部屋の中へ入ると、眠ってしまったのか動きを止めて下を向いているゴブリンの心臓や頭を狙って攻撃を加える。この攻撃で目を覚ましてしまっても構わない。すぐにもう一撃を加えて倒すだけだ。

ガキンッという音を立ててゴブリンの振るった剣がクリストに弾かれた。このゴブリンはどうやらただのゴブリンではなかったらしく、体は少し大きく、そして金属製の剣を持っている。最初の攻撃でクリストが倒しきれなかっただけでも驚きではあったが、大きく傷ついた体で、そして剣を弾かれて隙を作られてしまえば結果は決まっていた。続けて放たれたクリストの攻撃には耐えることはできずにその場に崩れ落ちた。

これで残るのはまだ眠っている1体のみ。このゴブリンは普通程度の大きさで、エディが頭部にたたきつけるように剣を振り下ろし、起こすことなく倒しきった。

「よし、これで全部だな。問題は、大丈夫か」

数は多かったがしょせんゴブリンではある。すべて倒しきったところで休憩となった。

「クリストが倒したゴブリン、ちょっと違うね」

「違うなあ。体格がいいし、武器を持っている。ファイターとかウォリアーとか言われるやつじゃないか。これで防具でも持っていたらやっかいだったかもな」

「僕が最初に魔法で狙ったのもちょっと格好が違うね。腰にロープを巻いているのかな」

「ああ、それならこいつもだな。俺が最初に倒したやつ。こいつもロープを持っているぞ」

何種類かのゴブリンが群れていたということか。しかも役割を持っているように見える上位種のゴブリンが含まれている。これはダンジョン内で繁殖しているという形になるのだろうか。ダンジョンの魔物がダンジョンの中で繁殖しているという構図は考えにくいものではあったが、少なくともこれ以上の数のゴブリンがこの先にもいるのだとしたら、繁殖していると言っていい状況だと思われた。


「剣持ち1、ロープ持ち2、あとは普通のやつか? そんな感じだな、それが3と。弱いとはいえ常に群れられるとやっかいだな」

ゴブリンの弱さは誰もが知るところだが、同時にゴブリンの面倒くささも誰もが知るところだ。とにかく数の問題になる。このエリアがゴブリンのエリアだとすると、まだまだ数はいるだろうと考えられた。

「右、正面、扉。左、通路の先に扉。どれも鍵なし、罠なし、気配なしだよ」

ゴブリンを倒した後の処理をしているなか、部屋の中を調べて回っていたフリアが報告する。今のところどこを見てもゴブリンの群れという状況ではなさそうだった。

「とにかくもう少し調べてみないとな。右から埋めていこう」

右の扉の先は通路になっていて、少し進んだところで左に曲がっていた。

その角のところでフリアが停止、手で後続を押さえると曲がった先をのぞき見た。

「部屋になっているね。それでゴブリン、たぶん3、かな」

「3なら俺たちだけでいいな。魔法は残しておいてくれ」

数がいないのならば魔法は取っておくべき状況だった。そっと曲がり角から部屋をうかがうことができる位置まで移動すると、通路が少し先で部屋へとつながり、そして部屋の中に数体のゴブリンがうごめいているのがわかった。

まだこちらには気がついていない様子。クリスト、エディ、フリアが武器を構え、通路から部屋へと飛び込む。喉元まで剣が迫ってようやく気がついたのか驚いたような顔をして動きを止めたゴブリンたちに、次々に剣は、ナイフが突き刺さっていく。奇襲が成功してしまえばゴブリンなど弱い魔物だ。あっという間に戦闘は終わった。

「よし、片付いたな。ゴブリンが3、1体がロープ持ちか? なんなんだ同じようにロープを腰に回して」

何かはわからないが、このロープを巻いているのが同じ種類ということになるのだろう。数としては通常のゴブリンの次に多いのがこれになるのだろうか。

この部屋にはこれ以上何もないようで、処理を済ませると引き返し、次は正面の扉に取りかかった。

こちらも扉の先は通路になっていたが、少し先で左に通路が分かれていた。正面と左、ひとまずフリアが正面の通路を調べるために先に進む、とすぐに少し焦ったような表情で引き返してきた。

「このさき左右に通路、それでどっちも部屋で、ゴブリンいっぱい」

「いっぱいかよ。距離は? どちらも同じか、どちらかに踏み込めばもう一方から応援が来そうだな」

いくらゴブリンとはいえ、いっぱいと言われるだけの数を相手に挟まれる形になることは避けたかった。

「待って、こっちの通路、ゴブリンがいるかも。声が聞こえる」

分かれ道のところでどちらを先にするかを考えているところで、左への通路へ少しだけ入っていたカリーナが先に気がつく。ということはこの通路からもゴブリンはやってきて、先ほどのいっぱいというゴブリンと合流する可能性はあるということだった。

「あー、先に多い方から片付けるか。カリーナ頼む、エディも前へ。フェリクス、フリア、数を減らすことを優先で」

弱い者からつぶしていくという方針だった。数を減らしてしまえば多少強い個体がいたとしても問題ではなくなる。強い個体が乱戦の中にいるという状況ではなく、強い個体が単体でいるという状況を作るのだ。

通路の先は丁字路になっていて、その左右に部屋がありゴブリンがいる。エディはその丁字になっている場所から少し引いた位置で盾を構え、フリアが一度丁字路まで入って、そして左右に向かってナイフを投げつけ、引き返してエディの背後へと回った。

これで左右の部屋からゴブリンが釣り出されてくれば良いのだ。

ワーギャーという声が左右からほぼ同時に聞こえ、そしてバタバタとした動く音が近づいてくる。すぐに丁字路にゴブリンの姿が見えてきた、というタイミングだった。

「ウェブ!」

カリーナの魔法がそこへ放たれる。魔法は奥の壁面に当たると、大きく開き空間を埋めるようにしてクモの巣の形を描き出した。クモの巣のような形で網を展開して、そこへ立ち入ったものの動きを拘束する魔法だ。

先頭を切って来たゴブリンが突然現れた網に足を取られて豪快に転ぶ。そこへのしかかるようにして飛び込んできたゴブリンもまた、結局は網によって動きを止められてしまう。足が動かなくなり何事かと手を伸ばせばその手もまた動きを止められる。

何体ものゴブリンが折り重なるようにして網の上で動きを止めると、その体の上を乗り越えてきたゴブリンがようやく丁字路からこちらへ向かって襲いかかってきた。

だが迎え撃つ側の準備は調っている。

襲ってきたゴブリンのこん棒は、殴る拳は、ことごとくエディの盾に阻まれ、そしてそこにクリストとフリアが武器を振るい、そしてフェリクスの魔法が飛んだ。

「よし、俺は通路を見る、そっちは任せた」

クリストが戦況を判断すると、通路をこちらに向かってくると思われるゴブリンに対処するためにその場を離れる。

まだゴブリンは多く残っているがウェブの魔法に捕らわれているものがほとんどという状況だった。動いて襲ってきているゴブリンも残りは1、あとは網の上ということで、そうなればエディの盾があって困ることはほぼないだろうという判断だ。

「皆離れて、ファイアーボールを投げ込むよ」

フェリクスの指示に全員がエディの盾を壁として後退する。離れていくこちらを見て最後に残っていたゴブリンがこん棒を振り上げて何事かを叫ぶ。

「ファイアーボール!」

その叫び声を上げるゴブリンの頭上を越えるようにして光が丁字路へ向かって走った。ゴオゥッという激しい音と赤黒い炎が広がる。炎に背後から焼かれた叫んでいたゴブリンがその場に崩れ落ちる。その向こう側では丁字路が完全に炎に包まれていた。こうなってはウェブももう意味はない。カリーナも集中を解いた。

あっという間にゴブリンたちを包み込んだ炎は、あっという間に勢いを収め消えていった。ファイアボールの効果時間は短い。この間に倒して切れていれば問題はないのだが、まだ動いているものはいた。だがダメージは深刻で、ただうごめいているだけという状態になっていたために駆け寄ったエディの剣に抵抗などできるはずもなく、今度こそは動きを止めることになった。

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