13
先日新たに開通なった七十五層の主街区は古代ローマ風の造りだった。マップに表示された名は《コリニア》。すでに多くの剣士や商人プレイヤーが乗り込み、また攻略には参加しないまでも街は見たいという見物人も詰め掛けて大変な活気を呈している。それに付け加えて今日は
街は、四角く切り出した
「火噴きコーン十コル! 十コル!」
「黒エール冷えてるよ~!」
コロシアム入り口には口々にわめき立てる商人プレイヤーの
「……ど、どういうことだこれは……」
俺はあっけにとられて
「さ、さあ……」
「おい、あそこで入場チケット売ってるのKoBの人間じゃないか!? 何でこんなイベントになってるんだ!?」
「さ、さあ……」
「ま、まさかヒースクリフの
「いやー、多分経理のダイゼンさんの
あはは、と笑うアスナの前で
「……逃げようアスナ。二十層あたりの広い
「わたしはそれでもいいけど」
「ここで逃げたらす──っごい悪名がついてまわるだろうねえ」
「くっそ……」
「まあ、自分で
顔を上げると、KoBの白赤の制服がこれほど似合わない奴もいるまいというほど横幅のある男が、たゆんたゆんと腹を揺らしながら近づいてきた。
「いやー、おおきにおおきに!!」
丸い顔に満面の笑みを浮かべながら声をかけてくる。
「キリトはんのお陰でえろう
「
「ささ、控え室はこっちですわ。どうぞどうぞ」
のしのし歩き始めた男の後ろを、俺は脱力しながらついていった。どうとでもなれという心境だ。
控え室は
二人きりになると、アスナは真剣な表情になり、両手でぎゅっと俺の手首を
「……たとえワンヒット勝負でも
「俺よりヒースクリフの心配をしろよ」
俺はにやりと笑ってみせると、アスナの両肩をぽんと
遠雷のような歓声に混じって、闘技場のほうから試合開始を告げるアナウンスが
円形の
ヒースクリフは、通常の血盟
俺の目の前まで無造作な歩調で進み出てきたヒースクリフは、周囲の大観衆に目をやると、さすがに苦笑した。
「すまなかったなキリト君。こんなことになっているとは知らなかった」
「ギャラは
「……いや、君は試合後からは我がギルドの団員だ。任務扱いにさせて頂こう」
言うと、ヒースクリフは笑いを収め、
俺は意識を
ヒースクリフは視線を外すと、俺から十メートルほどの
カウントダウンが始まった。周囲の歓声はもはや小さな波音にまでミュートされている。
全身の血流が早まっていく。戦闘を求める
ヒースクリフも盾の裏から細身の長剣を抜き、ピタリと構えた。
盾をこちらに向けて半身になったその姿勢は自然体で、無理な力はどこにもかかっていない。敵の初動を読もうとしても迷いを生むだけだと考え、全力で打ち込む覚悟を決める。
二人ともウインドウには一瞬たりとも視線を向けなかった。にもかかわらず、地を
ヒースクリフの直前でくるりと体を
左の一撃は、敵の
すると今度は、お返しのつもりかヒースクリフが盾を構えて突撃してきた。巨大な十字盾の陰に隠れて、
「チッ!」
俺は舌打ちしながら右へのダッシュ
ところが、ヒースクリフは盾自体を水平に構えると──。
「ぬん!」
重い気合とともに、
「くおっ!!」
なんと、あの盾にも攻撃判定があるらしい。まるで二刀流だ。手数で上回れば一撃勝負では有利、と
ヒースクリフは俺に立ち直る余裕を与えまいと、再度のダッシュで
敵の連続技が開始され、俺は両手の剣をフルに使ってガードに
八連撃最後の上段
「う……らぁ!!」
ジェットエンジンめいた金属質のサウンドとともに、赤い
ガガァン! と
ヒースクリフは軽やかな動作で着地すると、距離を取った。
「……素晴らしい反応速度だな」
「そっちこそ堅すぎるぜ……!!」
言いながら俺は地面を
超高速で連続技の
だが、俺の脳裏にはそんな勝ち方は
まだだ。まだ上がる。ついてこいヒースクリフ!!
全能力を解放して剣を振るう
と、瞬間、それまで無表情だったヒースクリフの顔にちらりと感情らしきものが走った。
何だ。
「らあああああ!!」
その
「ぬおっ……!!」
ヒースクリフが十字盾を掲げてガードする。構わず上下左右から攻撃を浴びせ続ける。
──抜ける!!
俺は最後の一撃が奴のガードを超えることを確信した。盾が右に振られすぎたそのタイミングを逃さず、左からの攻撃が
──そのとき、世界がブレた。
「……っ!?」
どう表現すればよいだろう。時間をほんのわずか盗まれた、と言うべきか。
何十分の一秒、俺の体を含む全てがピタリと停止したような気がした。ヒースクリフ一人を除いて。右にあったはずの奴の盾が、コマ送りの映像のように
「な──」
大技をガードされきった俺は、致命的な硬直時間を課せられた。ヒースクリフがその
戦闘モードが切れ、耳に渦巻く歓声が届いてきても、俺はまだ
「キリト君!!」
駆け寄ってきたアスナの手で助け起こされる。
「あ……ああ……。──
アスナが、
負けたのか──。
俺はまだ信じられなかった。攻防の最後にヒースクリフが見せた恐るべき反応は、プレイヤーの──人間の限界を超えていた。有り得ないスピードゆえか、奴のアバターを構成するポリゴンすら一瞬ブレたのだ。
地面に座り込んだまま、やや
勝利者の表情は、しかしなぜか険しかった。金属質の両眼を細めて俺たちを
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