12
「……くん! キリト君ってば!!」
悲鳴にも似たアスナの叫びに、
「いててて……」
見渡すと、そこは先ほどのボス部屋だった。まだ空中を青い光の
目の前に、ぺたりとしゃがみこんだアスナの顔があった。泣き出す寸前のように
「バカッ……!
叫ぶと同時にすごい勢いで首にしがみついてきたので、俺は
「……あんまり締め付けると、俺のHPがなくなるぞ」
どうにか冗談めかしてそう言うと、アスナは真剣に怒った顔をした。直後、口に小さな
アスナは
足音に顔を上げると、クラインが
「生き残った軍の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ……」
「……そうか。ボス攻略で
「こんなのが攻略って言えるかよ。コーバッツの
「そりゃあそうと、オメエ何だよさっきのは!?」
「……言わなきゃダメか?」
「ったりめえだ! 見たことねえぞあんなの!」
気付くと、アスナを除いた、部屋にいる全員が
「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」
おお……というどよめきが、軍の生き残りやクラインの仲間のあいだに流れた。
通常、様々な武器スキルは系統だった修行によって段階的に習得することができる。例えば剣なら、基本の片手直剣スキルがある程度まで成長して条件を満たすと、新たな選択可能スキルとして《細剣》や《両手剣》などがリストに出現する。
当然の興味を顔に浮かべ、クラインが
「しゅ、出現条件は」
「
首を横に振った俺に、カタナ使いも、まぁそうだろなあと
出現の条件がはっきり判明していない武器スキル、ランダム条件ではとさえ言われている、それがエクストラスキルと呼ばれるものだ。身近なところでは、クラインの《カタナ》も含まれる。もっともカタナスキルはそれほどレアなものではなく、
そのように、十数種類知られているエクストラスキルの
この二つは、おそらく習得者がそれぞれ一人しかいない《ユニークスキル》とでも言うべきものだ。今まで俺は二刀流の存在をひた隠しにしていたが、今日から俺の名が二人目のユニークスキル使いとして
「ったく、
「スキルの出し方が
ぼやくクラインに、
言葉に
以来、俺は二刀流スキルの修行は常に人の目がない所でのみ行ってきた。ほぼマスターしてからは、たとえソロ攻略中、モンスター相手でもよほどのピンチの時以外使用していない。いざという時のための保身という意味もあったが、それ以上に無用な注目を集めるのが
いっそ俺の
俺は指先で耳のあたりを
「……こんなレアスキル持ってるなんて知られたら、しつこく聞かれたり……いろいろあるだろう、その……」
クラインが深く
「ネットゲーマーは
そこで口をつぐむと、俺にしっかと抱きついたままのアスナを意味ありげに見やり、にやにや笑う。
「……まあ、苦労も修行のうちと思って頑張りたまえ、若者よ」
「勝手なことを……」
クラインは腰をかがめて俺の肩をポンと
「お前たち、本部まで戻れるか?」
クラインの言葉に一人が頷く。まだ十代とおぼしき男だ。
「よし。今日あったことを上にしっかり伝えるんだ。二度とこういう
「はい。……あ、あの……
「礼なら奴に言え」
こちらに向かって親指を振る。軍のプレイヤーたちはよろよろと立ち上がると、座り込んだままの俺とアスナに深々と頭を下げ、部屋から出ていった。回廊に出たところで次々と結晶を使いテレポートしていく。
その青い光が収まると、クラインは、さて、という感じで両手を腰に当てた。
「オレたちはこのまま七十五層の転移門をアクティベートして行くけど、お前はどうする? 今日の立役者だし、お前がやるか?」
「いや、任せるよ。
「そうか。……気をつけて帰れよ」
クラインは
「その……、キリトよ。おめぇがよ、軍の連中を助けに飛び込んでいった時な……」
「……なんだよ?」
「オレぁ……なんつうか、
まったく意味不明だ。首を
だだっ広いボス部屋に、俺とアスナだけが残された。床から噴き上げていた青い炎はいつの間にか静まり、部屋全体に渦巻いていた
まだ俺の肩に頭を乗せたままのアスナに声をかける。
「おい……アスナ……」
「…………怖かった……君が死んじゃったらどうしようかと……思って……」
その声は、今まで聞いたことがないほどかぼそく
「……何言ってんだ、先に突っ込んで行ったのはそっちだろう」
言いながら、俺はそっとアスナの肩に手をかけた。あまりあからさまに触れるとハラスメントフラグが立ってしまうが、今はそんなことを気にしている状況ではないだろう。
ごく軽く引き寄せると、右耳のすぐ近くから、ほとんど音にならない声が
「わたし、しばらくギルド休む」
「や、休んで……どうするんだ?」
「……君としばらくパーティー組むって言ったの……もう忘れた?」
その言葉を聞いた
胸の奥底に、強烈な渇望としか思えない感情が生まれたことに、俺自身が
俺は──ソロプレイヤーのキリトは、この世界で生き残るために、
そんな俺に、仲間を──ましてやそれ以上の存在を求める資格などない。
俺はすでに、そのことを取り返しのつかない形で思い知らされている。同じ
なのに。
巨大な矛盾と迷い、そして名づけられない一つの感情を抱えながら、
「……
こくり、と肩の上でアスナが
翌日。
俺は朝からエギルの雑貨屋の二階にシケ込んでいた。揺り
すでにアルゲード中──いや、多分アインクラッド中が昨日の《事件》で持ちきりだった。
フロア攻略、新しい街へのゲート開通だけでも充分な話題なのに、今回はいろいろオマケがあったからだ。
どうやって調べたのか、俺のねぐらには早朝から剣士やら情報屋が押しかけてきて、脱出するのにわざわざ転移結晶を使うハメになったのだ。
「引っ越してやる……どっかすげえ
ブツブツ
「まあ、そう言うな。一度くらいは有名人になってみるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ。会場とチケットの手はずはオレが」
「するか!」
叫び、俺は右手のカップをエギルの頭の右横五十センチを
幸い、建物本体は
「おわっ、殺す気か!」
大げさに
エギルは今、俺が昨日の
下取りしてもらった売上げはアスナと山分けすることにしていたが、そのアスナは約束の時間を過ぎてもさっぱり現れない。フレンドメッセージを飛ばしておいたのでここに居ることは
昨日は、七十四層主街区の転移門で別れた。アスナはギルドに休暇届けを出してくると言って、KoB本部のある五十五層グランザムに向かった。クラディールとのこともあるし、俺も同行しようかと申し出たのだが、笑顔で
すでに待ち合わせの時刻から二時間が経過している。ここまで遅れるからには何かあったのだろうか。やはり無理矢理にでもついて行くべきだったか。込み上げてくる不安を抑えこむように茶を飲み干す。
「よ、アスナ……」
遅かったじゃないか、という言葉を俺は
「どうしよう……キリト君……」
と泣き出しそうな声で言った。
「大変なことに……なっちゃった……」
新しく
「昨日……あれからグランザムのギルド本部に行って、あったことを全部団長に報告したの。それで、ギルドの活動お休みしたいって言って、その日は家に戻って……。今朝のギルド例会で承認されると思ったんだけど……」
俺と向かい合わせの
「団長が……わたしの一時脱退を認めるには、条件があるって……。キリト君と……立ち会いたい……って……」
「な……」
その疑問を口にすると、
「わたしにも
アスナは
「そんなことしても意味ないって
「でも……
脳裏に、彼の姿を思い浮かべながら
「そうなのよ。団長は、
KoBの団長は、その圧倒的なカリスマで己のギルドどころか攻略組ほぼ全員の心を
そんな男が今回に限って異論を差し挟み、しかもその内容が俺とのデュエルとは、いったいどういうことなのか。
首を
「……ともかく、一度グランザムまで行くよ。俺が直接談判してみる」
「ん……。ごめんね。迷惑ばっかりかけちゃうね……」
「何でもするさ。大事な……」
言葉を探して
「……攻略パートナーの
少しだけ不満そうに
最強の男。生きる伝説。
彼の名はヒースクリフ。俺の《二刀流》が
十字を
ヒースクリフの十字盾を貫く矛なし。
それはアインクラッドで最も堅固な定説のひとつなのだ。
アスナと連れ立って五十五層に降り立った俺は、言いようのない
五十五層の主街区グランザム市は、別名《鉄の都》と言われている。
俺たちはゲート広場を横切り、
立ち並ぶ尖塔群の間を
アスナはすこし手前で立ち止まると、塔を見上げた。
「昔は、三十九層の
「さっさと用を済ませて、なんか暖かいものでも食いに行こうぜ」
「もう。君は食べることばっかり」
笑いながら、アスナは左手を動かし、きゅっと
幅広の階段を昇った所にある大扉は左右に開け放たれていたが、その
「任務ご苦労」
ビシリと片手で返礼する仕草といい、
街並みと同じく黒い鋼鉄で造られた塔の一階は、大きな吹き抜けのロビーになっていた。人は
街以上に冷たい建物だという印象を抱きつつ、様々な種類の金属を組み合わせた
金属音をホールに
「ここか……?」
「うん……」
アスナが気乗りしない様子で
中は塔の一フロアを丸ごと使った円形の部屋で、壁は全面透明のガラス張りだった。そこから差し込む灰色の光が、部屋をモノトーンに染め上げている。
中央には半円形の巨大な机が置かれ、その向こうに並んだ五脚の
外見にはまるで威圧的な所はない。二十代半ばだろうか、学者然とした、
だが、特徴的なのはその目だった。不思議な
アスナはブーツを鳴らして机の前まで行くと、軽く一礼した。
「お別れの
その言葉にヒースクリフはかすかに苦笑し、
「そう結論を急がなくてもいいだろう。彼と話させてくれないか」
そう言ってこちらを見据えた。
「君とボス攻略戦以外の場で会うのは初めてだったかな、キリト君」
「いえ……前に、六十七層の対策会議で、少し話しました」
自然と敬語になってしまいつつ答える。
ヒースクリフは軽く
「あれは
「貴重なら護衛の人選に気を使ったほうがいいですよ」
ぶっきらぼうな俺の
「クラディールは自宅で
ヒースクリフはひたとこちらを見据えた。金属の光沢をもつ両眼から、強烈な意思力が噴き上げてくる。
「欲しければ、剣で──《二刀流》で奪い
「…………」
俺はこの
結局この男も、剣での
ヒースクリフの言葉を聞いて、今まで
「団長、わたしは別にギルドを辞めたいと言ってるわけじゃありません。ただ、少しだけ
なおも言い
「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」
「も──!! ばかばかばか!!」
再びアルゲード、エギルの店の二階。様子を見ようと顔を出した店主を一階に
「わたしががんばって説得しようとしたのに、なんであんなこと言うのよ!!」
俺の座る揺り
「悪かった、悪かったってば! つい売り言葉に買い言葉で……」
拳をつかまえ、軽く握ってやるとようやくおとなしくなったが、かわりにぷくっと
「
「う~~~……」
肘掛の上ですらりと長い脚を組み、アスナが
「……こないだキリト君の《二刀流》を見た時は、別次元の強さだって思った。でもそれは団長の《神聖剣》も
「考えようによっちゃ、目的は達するとも言える」
「え、なんで?」
少しの努力で
「その、俺は、あ……アスナといられれば、それでいいんだ」
以前なら逆さに振っても出てこないような言葉だ。アスナは
背を向けて立つアスナの肩越しに、夕暮れのアルゲードの活気に満ちたざわめきがわずかに流れ込んでくる。
言ったことは正直な気持ちだったが、ギルドに所属するのはやはり抵抗がある。以前一度だけ所属した、今は存在しないギルドの名を思い出して、胸の奥に鋭い痛みを覚える。
まあ、簡単に負ける気はないさ……と俺は胸の中で
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます