10
俺とアスナは迷宮区の中ほどに設けられた安全エリア目指して一心不乱に駆け抜けた。途中何度かモンスターにターゲットされたような気がするが、正直構っていられなかった。
安全エリアに指定されている広い部屋に飛び込み、並んで
「……ぷっ」
どちらともなく笑いがこみ上げてきた。冷静にマップなりで確認すれば、やはりあの巨大
「あはは、やー、逃げた逃げた!」
アスナは床にぺたりと座り込んで、愉快そうに笑った。
「こんなに
「…………」
否定できない。
「……あれは苦労しそうだね……」
と表情を引き
「そうだな。パッと見、武装は大型剣ひとつだけど特殊
「前衛に堅い人を集めてどんどんスイッチして行くしかないね」
「盾装備の
「盾装備、ねえ」
アスナが意味ありげな視線でこちらを見た。
「な、なんだよ」
「君、なんか隠してるでしょ」
「いきなり何を……」
「だっておかしいもの。普通、片手剣の最大のメリットって盾持てることじゃない。でもキリト君が盾持ってるとこ見たことない。わたしの場合は細剣のスピードが落ちるからだし、スタイル優先で持たないって人もいるけど、君の場合はどっちでもないよね。……あやしいなぁ」
図星だった。確かに
スキル情報が大事な生命線だということもあるし、またその技を知られることは、俺と周囲の人間とのあいだに
だが、この女になら──知られても、構わないだろうか……。
そう思って口を開こうとした時、
「まあ、いいわ。スキルの
と笑われてしまった。機先を制された格好で俺は口をつぐむ。アスナは視線をちらりと振って時計を確認し、目を丸くした。
「わ、もう三時だ。遅くなっちゃったけど、お昼にしましょうか」
「なにっ」
「て、手作りですか」
アスナは無言ですました笑みを浮かべると、手早くメニューを操作し、白革の手袋を装備解除して小ぶりなバスケットを出現させた。この女とコンビを組んで確実に良かったことが、少なくとも一つはあるな──と
「……なんか考えてるでしょ」
「な、なにも。それより早く食わせてくれ」
むー、という感じで
「う……うまい……」
二口みくち立て続けに
最後のひとかけらを飲み込み、アスナの差し出してくれた冷たいお茶を一気にあおって俺はようやく息をついた。
「おまえ、この味、どうやって……」
「一年の修行と
言いながらアスナはバスケットから
「口あけて」
ぽかんとしながらも、反射的にあんぐりと開けた俺の大口を
「……マヨネーズだ!!」
「で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨」
最後のは
「ぎゃっ!!」
悲鳴とともに指を引き抜いたアスナはぎろりとこちらを
「さっきのサンドイッチのソースはこれで作ったのよ」
「…………すごい。
正直、俺には昨日のラグー・ラビットの料理よりも今日のサンドイッチのほうが
「そ、そうかな」
アスナは照れたような笑みを浮かべる。
「いや、やっぱりだめだ。
「意地汚いなあもう! 気が向いたら、また作ってあげるわよ」
最後のひと言を小声で付け足すと、アスナは横に並んだ俺の肩に、ほんの少しだけ自分の肩を触れさせた。ここが死地の
こんな料理が毎日食えるなら節を曲げてセルムブルグに引っ越すかな……アスナの家のそばに……などと不覚にも考え、危うく実際にそれを口にしかけた時。
不意に下層側の入り口からプレイヤーの一団が
現れた六人パーティーのリーダーを一目見て、俺は肩の力を抜いた。男は、この浮遊城でもっとも古い付き合いのカタナ使いだったのだ。
「おお、キリト! しばらくだな」
俺だと気付いて笑顔で近寄ってきた長身の男と、腰を上げて
「まだ生きてたか、クライン」
「相変わらず
荷物を手早く片付けて立ち上がったアスナを見て、カタナ使いは額に巻いた
「あー……っと、ボス戦で顔は合わせてるだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド《
俺の紹介にアスナはちょこんと頭を下げたが、クラインは目のほかに口も丸く開けて完全停止した。
「おい、何とか言え。ラグってんのか?」
ひじでわき腹をつついてやるとようやく口を閉じ、
「こっ、こんにちは!! くくクラインという者です二十四歳独身」
どさくさに
《風林火山》のメンバーは、全員がSAO以前からの
胸中深くに
「……ま、まあ、悪い連中じゃないから。リーダーの顔はともかく」
今度は俺の足をクラインが思い切り
「どっどどどういうことだよキリト!?」
返答に
「こんにちは。しばらくこの人とパーティー組むので、よろしく」
とよく通る声で言った。俺は内心で、えっ今日だけじゃなかったの!? と仰天し、クラインたちが表情を落胆と
やがてクラインがぎろっと殺気充分の視線を俺に向け、高速
「キリト、てンめぇ……」
これはただでは解放されそうもない、と俺が肩を落とした、その時。
先ほど連中がやってきた方向から、新たな一団の訪れを告げる足音と金属音が
「キリト君、《軍》よ!」
ハッとして入り口を注視すると、果たして現れたのは森で見かけたあの重装部隊だった。クラインが手を上げ、仲間の五人を
安全エリアの、俺たちとは反対側の
よくよく見ると、男の装備は
男は俺たちの前で立ち止まると、ヘルメットを外した。かなりの長身だ。三十代前半といったところだろうか、ごく短い髪に角張った顔立ち、太い
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ」
なんと。《軍》というのは、その集団外部の者が
男は軽く
「君らはもうこの先も攻略しているのか?」
「……ああ。ボス部屋の手前まではマッピングしてある」
「うむ。ではそのマップデータを提供して
当然だ、と言わんばかりの男の
「な……て……提供しろだと!? 手前ェ、マッピングする苦労が
クラインの声を聞いた
「我々は君ら一般プレイヤーの解放の
大声を張り上げた。続けて、
「諸君が協力するのは当然の義務である!」
──
「ちょっと、あなたねえ……」
「て、てめぇなぁ……」
左右から激発寸前の声を出すアスナとクラインを、しかし俺は両手で制した。
「どうせ街に戻ったら公開しようと思っていたデータだ、構わないさ」
「おいおい、そりゃあ人が
「マップデータで商売する気はないよ」
言いながらトレードウインドウを出し、コーバッツ中佐と名乗る男に迷宮区のデータを送信する。男は表情一つ動かさずそれを受信すると、「協力感謝する」と感謝の気持ちなどかけらも無さそうな声で言い、くるりと後ろを向いた。その背中に向かって声をかける。
「ボスにちょっかい出す気ならやめといたほうがいいぜ」
コーバッツはわずかにこちらを振り向いた。
「……それは私が判断する」
「さっきちょっとボス部屋を
「……私の部下はこの程度で
部下、という所を強調してコーバッツは
「貴様
というコーバッツの声にのろのろ立ち上がり、二列縦隊に整列する。コーバッツは
見かけ上のHPは満タンでも、SAO内での
「……
軍の部隊が上層部へと続く出口に消え、規則正しい足音も聞こえなくなった
「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑んだりしないと思うけど……」
アスナもやや心配そうだ。確かにあのコーバッツ中佐という奴の言動には、どこか
「……一応様子だけでも見に行くか……?」
俺が言うと、二人だけでなくクラインの仲間五人も相次いで首肯した。「どっちがお
手早く装備を確認し、歩き出そうとした俺の耳に──。
背後で、アスナにひそひそ話しかけるクラインの声が届いた。
「あー、そのぉ、アスナさん。ええっとですな……アイツの、キリトのこと、
俺はびゅんっとバックダッシュし、クラインのバンダナの
「な、何を言っとるんだお前は!」
「だ、だってよう」
カタナ使いは首を傾けたまま、じょりじょりと
「おめぇがまた
「ま、惑ってない!」
言い返したものの、クラインとその仲間五人、そして
おまけにアスナがクラインに、任されました、などと言っている声まで聞こえた。
ずがずがとブーツの底を鳴らし、俺は上階へと続く通路へと脱出した。
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