7
午前九時。
今日の気象設定は
アインクラッドの
俺は七十四層の主街区ゲート広場でアスナを待っていた。昨夜は
ところがどうしたわけかその逆は存在するのだ。メインメニューの時刻関連オプションには《強制起床アラーム》というものがあり、指定した時間になるとプレイヤーを任意の音楽で無理やり目覚めさせてくれる。もちろん二度寝をするしないは自由だが、午前八時五十分にシステムによって
大多数の
「来ない……」
時刻はすでに九時十分。勤勉な攻略組が次々とゲートから現れ、迷宮区目指して歩いていく。
俺はあてもなくメニューを呼び出し、すっかり暗記している迷宮のマップやら、スキルの上昇具合を確認したりして時間を
ゲームの中でゲームをしたくなるとは我ながら救いがたい、もう帰って寝ちゃおうかなぁ……とそこまで思考が後ろ向きになった時、転移門内部に何度目かの青いテレポート光が発生した。さして期待もせずゲートに目をやる。と、その
「きゃああああ! よ、
「うわああああ!?」
通常ならば転移者はゲート内の地面に出現するはずの所が、地上から一メートルはあろうという空中に人影が実体化し──そのまま宙を俺に向かって吹っ飛んできた。
「な……な……!?」
これはつまり、このトンマなプレイヤーは転移元のゲートにジャンプで飛び込んで、そのままここまでテレポートした──ということだろうなぁ。などというのんきな考察が脳裏をよぎる。
「……?」
すると、俺の手に、何やら好ましい不思議な感触が伝わってきた。柔らかく弾力に富んだそれの正体を探るべく、二度、三度と力を込める。
「や、や───っ!!」
突然耳元で大音量の悲鳴が上がり、俺の後頭部は再び激しく地面に
目の前に、ペタリと座り込んだ女性プレイヤーがいた。白地に赤の
「や……やあ、おはようアスナ」
アスナの眼に浮かんだ殺気が
「なん……?」
訳が
光が消え去ると、そこに立っていたのは見たことのある顔だった。
ゲートから出たクラディールは、
「ア……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」
ヒステリックな調子を帯びた
「さあ、アスナ様、ギルド本部まで戻りましょう」
「
俺の背後から、こちらも相当キレ気味といった様子でアスナが言い返す。
「ふふ、どうせこんなこともあろうと思いまして、私一ヶ月前からずっとセルムブルグで早朝より監視の任務についておりました」
得意げなクラディールの返事に、
「そ……それ、団長の指示じゃないわよね……?」
「私の任務はアスナ様の護衛です! それには当然ご自宅の監視も……」
「ふ……含まれないわよバカ!!」
その
「聞き分けのないことを
抑えがたい何かをはらんだ声の調子に、アスナは
実を言えば俺はその瞬間まで、いつもの悪い
「悪いな、お前さんのトコの副団長は、今日は俺の貸切りなんだ」
我ながら
「貴様ァ……!」
「アスナの安全は俺が責任を持つよ。別に今日ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」
「ふ……ふざけるな!! 貴様のような
「あんたよりはマトモに務まるよ」
正直な所、この一言は余計だった。
「ガキィ……そ、そこまででかい口を
顔面
【クラディール から1vs1デュエルを申し込まれました。
無表情に発光する文字の下に、Yes/Noのボタンといくつかのオプション。俺はちらりと
「……いいのか? ギルドで問題にならないか……?」
小声で聞いた俺に、同じく小さいがきっぱりした口調で答える。
「
俺は頷き返すとYesボタンに触れ、オプションの中から《
これは、最初に強攻撃をヒットさせるか、あるいは相手のHPを半減させたほうが勝利するという条件だ。メッセージは【クラディールとの1vs1デュエルを受諾しました】と変化し、その下で六十秒のカウントダウンが開始される。この数字がゼロになった
クラディールはアスナの首肯をどう解釈したものか、
「ご覧くださいアスナ様! 私以外に護衛が務まる者など居ないことを証明しますぞ!」
狂喜を押し殺したような表情で叫び、芝居ががった仕草で腰から大ぶりの両手剣を引き抜くと、がしゃっと音を立てて構えた。
アスナが数歩下がるのを確認して、俺も背から片手剣を抜く。さすがに名門ギルドの所属だけあって、
俺たちが五メートルほどの
「ソロのキリトとKoBメンバーがデュエルだとよ!!」
ギャラリーの一人が大声で叫び、ドッと歓声が
だが、カウントが進むにつれ、
人間のプレイヤーはモンスター以上に、
クラディールは剣を中段やや
カウントが
最後まで俺とウインドウとの間で視線を往復させていたクラディールの動きが止まり、全身がぐっと
ごくごくわずか、ほんの
クラディールの初動は推測通り両手用大剣の上段ダッシュ技、《アバランシュ》だった。
その技を読んだ俺は、同じく上段の片手剣突進技《ソニックリープ》を選択していた。技同士が
技の威力そのものは向こうのほうが上だ。そして、武器による攻撃同士が衝突した場合、より重い技のほうに有利な判定がなされる。この場合は、通常なら俺の剣は弾かれ、威力を減じられるとはいえ勝敗を決するに充分なダメージが俺の体に届くだろう。だが、俺の
二人の距離が相対的に
大きく後ろに振りかぶられた大剣が、オレンジ色のエフェクト光を発しながら
先を取り、
武器と武器の攻撃が
無論めったに起きることではない。技の出始めか出終わりの、攻撃判定が存在しない状態に、その武器の構造上弱い位置・方向から強烈な打撃が加えられた場合のみそれが発生する可能性がある。
だが俺には、折れるという確信があった。装飾華美な武器は、
果たして──耳をつんざくような金属音を
そのまま俺と奴は空中ですれちがい、もと居た位置を入れ替えて着地。回転しながら宙高く吹っ飛んでいった奴の剣の半身が、上空できらりと陽光を反射したかと思うと、二人の中間の
しばらくの間、
すげえ、いまの
剣を右手に下げたまま、背を向けてうずくまっているクラディールにゆっくりと歩み寄る。白いマントに包まれた背中がぶるぶるとわなないている。わざと音を立てて剣を背中の
「武器を替えて仕切りなおすなら付き合うけど……もういいんじゃないかな」
クラディールは俺を見ることなく、両手で石畳に
直後、開始の時と同じ位置に、デュエルの終了と勝者の名を告げる紫色の文字列がフラッシュした。再びワッという歓声。クラディールはよろけながら立ち上がると、ギャラリーの列に向かって
「
次いで、ゆっくりと
「貴様……殺す……絶対に殺すぞ……」
その目つきには、俺も少々ゾッとさせられたことを認めないわけにはいかない。
SAOの感情表現はややオーバー気味なのだが、それを差っ引いてもクラディールの
「クラディール、血盟
アスナの声は、表情以上に凍りついた
「…………なん……なんだと……この……」
かろうじてそれだけが聞こえた。残りの、おそらく百通りの
だが、
転移光が消滅したあとの広場は、後味の悪い
何か言わねば、とそれだけが頭の中をぐるぐる回ったが、二年間ひたすら己の強化しか考えてこなかった俺には、気の
やがてアスナが一歩
「……ごめんなさい、
「いや……俺はいいけど、そっちのほうこそ
ゆっくり首を振り、最強ギルドのサブリーダーは、気丈な、しかし弱々しい笑みを浮かべてみせた。
「ええ。いまのギルドの空気は、ゲーム攻略だけを最優先に考えてメンバーに規律を押し付けたわたしにも責任があると思うし……」
「それは……仕方ないって言うか、逆にあんたみたいな人がいなかったら攻略ももっとずっと遅れてたよ。ソロでだらだらやってる俺に言えたことじゃないけど……いや、そうじゃなくて」
いったい自分が何を言いたいのかも
「……だから、あんたもたまには、俺みたいなイイカゲンなのとパーティー組んで息抜きするくらいしたって、
するとアスナは、ぽかんとした顔で何度か
「……まあ、ありがとうと言っておくわ。じゃあ、お言葉に甘えて今日は楽させてもらうわね。
そして勢いよく振り向き、街の外に続く道をすたすた歩き出す。
「いや、ちょっと、前衛は普通交代だろう!」
文句を言いながらも、俺はほっと息をつき、揺れる
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