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ゲーム開始一ヶ月で二千人が死んだ。
外部からの問題解決は、結局もたらされなかった。それどころか、何らかのメッセージが届くことすらなかったのだ。
俺は直接目にしていないが、この世界から本当に出られないとようやく理解した時のプレイヤーたちのパニックは、狂乱の一言に尽きたという。わめく者、泣き出す者、中にはゲーム世界を
プレイヤーは、当初大きく四つのグループに分かれた。
まず、これが約半分を占めたのだが、
彼らの気持ちは痛いほどよく
あるいは、外部では今、運営企業アーガスと、何より政府がプレイヤーを救おうと最大限の努力をしているだろう。慌てずに待っていればいずれ何事もなく自分の部屋で目覚め、家族と感動の対面を果たし、学校や職場でいっときの話題をさらう。
そう思うのも本当に無理はなかった。
幸い《はじまりの街》は基部フロアの面積の約二割を占め、東京の小さな区ひとつほどの威容を誇っていたため、五千人のプレイヤーがそれほど
だが、助けの手はいつまで待っても届かなかった。何度目覚めても窓の外に広がる光景は、常に青空ではなく
二つ目のグループは全体の約三割。三千人ほどのプレイヤーが属したのが、協力して前向きにサバイバルを目指そうという集団だった。リーダーとなったのは、日本国内でも最大級のネットゲーム情報サイトの管理者だった男だ。
彼のもと、プレイヤーはいくつかの集団に分けられて、獲得したアイテム等を共同管理し、情報を集め、上層への階段がある迷宮区の攻略に乗り出した。リーダーのグループは、はじまりの街の中央広場に面した《
この巨大集団にはしばらく名は無かったが、全員に共通の制服が支給されるようになってからは、
三つ目は、これは推定で千人ほどが属したのだが、初期に無計画な浪費でコルを使い果たし、さりとてモンスターと戦ってまっとうに
ちなみに、仮想世界であるSAO内部でも厳然と起こる生理的欲求がある。睡眠欲と食欲である。
睡眠欲は、これは存在するのも納得が行く。プレイヤーの脳は、与えられている感覚情報が、現実世界のものなのか仮想世界のものなのかなどということは意識していないだろうから。プレイヤーは眠くなれば街の宿屋へ行き、
食欲に関しては、多くのプレイヤーを不思議がらせた。現実の肉体が置かれた状況など想像したくもないが、恐らく何らかの手段で強制的に栄養を与えられているのだろう。つまり、空腹を感じてこちらで食事をしたとしても、それで現実の肉体の胃に食べ物が入るわけはない。
だが、実際にはゲーム内で仮想のパンだの肉だのを詰め込むと空腹感は消滅し、満腹感が発生する。このへんのメカニズムはもう脳の専門家にでも聞いてもらうしかない。
逆に言えば、一度感じた空腹感は、食べないかぎり消えることはない。多分、絶食しても死ぬことはないのだろうと思う。しかしやはりそれが耐えがたい欲求であることに変わりは無く、プレイヤーは毎日
さて、話を戻すと──。
初期に金を使い果たして、寝るはともかく食うに困った者たちのうち大半は、例の共同攻略グループこと《軍》にいやおうなく参加することになった。上の指示に従っていれば、少なくとも食い物は支給されたからだ。
だが、どこの世界にも協調性など薬にしたくもないという人々が存在する。はなからグループに属するのをよしとしなかった、あるいは問題を起こして
街の中、いわゆる《圏内》はシステム的に保護されており、プレイヤーは
とはいえさすがの彼らも《殺し》まではしなかった──少なくとも最初の一年は。このグループはじわじわと増加し、先に述べたとおり一千人に達したと推定されていた。
最後に、四つ目のグループは、簡単に言ってその他の者たちだ。
攻略を目指すとしても巨大グループには属さなかったプレイヤーたちの作った小集団がおよそ五十、人数にして五百。その集団は《ギルド》と呼ばれ、彼らは軍にはないフットワークの良さを
更に、ごく少数の職人、商人クラスを選択した者たち。せいぜい二、三百人規模ではあったが、彼らもまた独自のギルドを組織して、当面の生活に必要なコルを稼ぐためスキルの修行を開始した。
のこる百人たらずが、俺もそこに属したわけだが──《ソロプレイヤー》と呼ばれた者たちだ。
グループに属さず、単独での行動が自己の強化、ひいては生き残りにもっとも有効であると判断した利己主義者たち。そのほとんどがベータテスト経験者だった。知識を生かしたスタートダッシュによって短期間でレベルを上げ、単独でモンスターや
その上、SAOというゲームは、《
もちろんリスクはある。例えば、パーティープレイでなら
しかし、危険を
貴重な知識を独占し、猛烈なスピードでレベルアップしていくソロプレイヤーと、それ以外の者たちとの間には深刻な確執が発生した。ゲームがある程度落ち着いてからは、ソロプレイヤーは皆第一層を出て、より上層の街を根城にするようになっていった。
最初に打ち消し線を
死因はモンスターとの
ナーヴギアの構造上、ゲームシステムから切り
浮遊城アインクラッドの下には、どんなに目を
男の名前の上に簡潔かつ
ただ、そのように手軽な手段でここから脱出できるのなら、すぐに全員が外部から回線切断・救出されていてよいはずだ、というのがほとんどのプレイヤーの共通する見解だった。
それでも、男がゲーム世界から消えたあとも、この単純な決着の
それは現在でも変わらないだろう。HPがゼロになり、体を構成するポリゴンが消滅するその現象は、あまりにも俺たちが慣れ親しんだ、いわゆる《ゲームオーバー》に近似しすぎていた。多分、SAOにおける死の意味を本当に悟るには、実際に体験する以外の方法はないのだ。その
さて、《軍》やそれ以外の集団に属したプレイヤー、特に待機組に属した者たちが遅まきながらゲームの攻略を開始するにつれて、やはりモンスターとの
SAOでの戦闘には、多少の勘と慣れが必要となる。自分で無理に動こうとせずシステムのサポートに《乗っかる》のがコツと言えるだろうか。
例えば、単純な片手剣上段
が、それに
スクリーンモニタを通して2Dグラフィックの敵を攻撃するのとは違い、SAOでの戦闘はその圧倒的なリアリティゆえに原始的な恐怖を呼び起こす。どう見ても本物としか思えないモンスターが、凶悪な
ベータの時ですら戦闘でパニックを起こす者がいたというのに、現実の死が待っているとなればなおさらだ。恐慌に
自殺。モンスター戦における敗北。
その数がゲーム開始一ヶ月で二千人という恐るべき数にのぼった時、残った全プレイヤーを暗い絶望感が包み込んだ。このペースで死亡者が増えつづけるなら、半年
だが──人間というのは慣れるものだ。
一ヶ月と少し
このゲームを
最上層は
それから二年。残るフロアの数は二十六、生存者六千人。
それがアインクラッドの現状だ。
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