エピローグ:後半 保身の行方

 ミーアとメイティールがあれっと首をかしげる。ドアが開き、青銀の髪を後ろに束ねた女性が入ってくる。その手には大事そうに赤ん坊を抱いている。


「二人とも少し声を抑えてください。せっかく眠ってくれていたのですよ」


 アルフィーナの言葉に二人がたじろいだ。


「えっと、アルフィーナはまだ王国に里帰り中のはずじゃあ」

「そうです、予定では戻るのは明日のはずです」

「新しい馬車と道のおかげで予定よりも早く戻ることが出来ました。ここのことが心配でしたから。二人とも……」


 アルフィーナは子供を抱いたまま、慌てる二人に微笑んだ。


「私の夫をあまり振り回さないでくださいね。アレクの教育にも関わりますし」


 ミーアとメイティールが一歩後ずさった。


 あの戦いが終わってすぐ俺とアルフィーナは結婚した。結婚式は大変だった。会場は王宮だった。参加者を考えればやむを得ない。新婦が王女なので、国王始め王国の重鎮が殆ど勢揃いだ。そして、新郎は平民なので席のバランスも大変だったらしい。


 そこら辺はルィーツアがしっかりやってくれたみたいだけど。


 でも、王都のフォルムまでパレードさせられたのは、本当に必要だったのか今でも疑問に思っている。おかげで式のことは正直良く覚えていない。ちなみに、結婚一月に勃発したアルフィーナとの初めての夫婦げんかの理由になった。


 俺達の立場についてもさんざんもめたみたいだ。結果、俺は王国と帝国の魔脈災害同盟の代表に任命される事になった。前世の特任大臣みたいだけど、両国からと言うのが頭が痛い。


 後、半年に一度、王宮の閣議にも参加しないといけない。クレイグから「災厄卿」と呼ばれたときは悪口かと思った。


 実は、丘の上にある旧本営に俺の執務室がある。災厄に対する限りでは俺がここのトップなのだ。もし大規模な魔虫の襲撃があった場合、両国から派遣される災害対策軍も俺の下に付くことになっている。


 まあ、ファビウス達がしっかりしているので、平時においては殆どやることはない。だからこそ、その平時を持続させるために必死になっている。


 おかげであの決戦が終わった後も、ヴィンダー商会に関わる時間が全くない。結婚を機に、親父の一声で後継者がミーアに変わった。結婚後の父親からの第一声が「リカルド君。君クビ」なのはどうなんだ。


 まあ、商会に行ったときも新しく入った人間には役員とすら認識されなかった。ちなみに、立場を説明したら国王の女婿とか魔虫大戦の英雄とかいう認識だった。自業自得とは言え、あれは少し凹んだ。


 まあ、英雄の称号の方はミーアを始め、俺の周りの民間人は皆持ってる、一種の勲章みたいな物なんだけど。


 実家の事はともかく、俺達だ。結婚してから二年たっても、俺とアルフィーナの間には子供が出来なかった。俺もアルフィーナも覚悟はしていたことだ。アルフィーナの方はやっぱり気にしていたみたいだったけど。


 二年経とうとした頃、アルフィーナがエウフィリアと一緒に別の女性を置く気はないかとそれとなく勧めてきた。コミュ障の俺に何の拷問だと断ったのが二回目の夫婦げんかだったか。育った環境の深刻な違いを感じた。ちなみにアルフィーナの父親は妻一筋だったらしい。なら、素直にそれに倣えば良いのに。


 アルフィーナの妊娠が解ったのはその直後だった。正直言えば、いろいろなリスクが頭をよぎった。幸い無事に生まれてくれた。アレックスと名付けた男の子。生後一年、今のところは普通の子供と同じ発達段階を経ている。


 戦いが一月で片が付いたこと。その戦いの間も、防護コルセットなどの対策をしたこと。水晶がなくなったこと。後もう一つ……。


 何が良かったのか解らないし、考えるのは無粋だと思っている。まあ、アレクに魔力の資質が全くないことが何かを意味しているのだろう。


 ちなみに、アルフィーナは俺に似たと喜んでいた。紫魔力を扱う資質なんて持ってなくて良かったと俺も思っている。これを理由に、王位継承権とか余計な物も付けないようにしないと。と言うかクレイグは早く結婚してくれ。


 とにかく、こうして俺達は幸せにやっている。色々あったし、今も日々問題は起こっているんだけど、少しずつ保身に近づいているはずだ。それこそ、もうこの手に掴めるところにまで……。


「な、なによ。アルフィーナに子供が出来ないかも知れないって遠慮してたけど、ちゃんと出来たんだし。もう遠慮はいらないでしょ」

「そうですね。約束なら次は私の番です」


 メイティールがおかしなことを言っている。ミーアも何故か同調する。約束って何?


「二人とも、……少し慎みを持った方がよくないでしょうか」


 アルフィーナは僅かにたじろぐが、すぐに反論した。


「慎みって、あなたが腕に抱いている子供はどうやって作ったのよ」

「そ、それは、私たちは夫婦なのですから、と、当然のことではないですか」

「そもそも、子供が出来にくいって言うのは本当だったのかしら」


 メイティールが俺を見る。何が言いたい。その情報を持ってきたのは当のお前だろ。いや、俺もアルフィーナも今でも感謝しているけど。


「もしかしてリカルドの知識で回避する方法を最初から……」

「私たちはまんまと騙されたというわけですか」


 二人が俺を見ておかしなことを言い出す。そんなわけあるか。大体俺達がどれだけ……って言えるか。


「ち、違います。リカルドが毎日あんなにが……から。だ、誰だって、出来て…………」


 だが、アルフィーナが頬を染めてつぶやく。何言い出しちゃってるのウチの奥さんは。いや、こんなかわいい奥さんいたらそうなるでしょ。


「さ、三人とも。アレクの教育に悪いから……」


 さっきまで泣いていたはずなのに、アレクはご機嫌でキャッキャと小さな手を握ったり閉じたりしている。将来ハーレム主人公に成長したらどうする。


「だいたい、あのときのアルフィーナはちょっとおかしいのよね。貴女の性格なら、リカルドへの負い目で押しつぶされてもおかしくないのに。最初から妙に自信があって。一体、どうやって口説いたのかしら」


 矛先がこちらに来た。


「それは当然、二人だけの秘密です」


 アルフィーナは頬を染めながら胸を張った。さっきの発言内容も秘密だと思うけど。


「もしかして、生まれる前の記憶とかが関係するのかしら」


 だが、次のメイティールの言葉に固まった。


「あ、あなた。ミーアやお父様だけならともかく、メイティールにまで……」

「いや、魔脈の研究で天才とか持ち上げられ続けて、もう罪悪感が限界で……」

「ふふ、私も少なくともアルフィーナやミーアと同じくらいはリカルドに近い存在って事よね。ねえリカルド。ちなみに、私が行き遅れているのはあなたのせいなのよ」

「な、何の話だ」

「あの指輪、帝国では自分の全てを預けるって言う意味なのよ。つまりプロポーズの証ってことね」

「…………指輪って、飛竜山の時のか、詐欺だ。戦いが終わった後返そうとしたら、一緒に戦った記念だって」

「あら、私はちゃんと言ったわよ。私の全てを預けるって。法的にはリカルドは私の婚約者なの」

「あ、あなた……」

「いや、それ帝国の法律だろ。無効だ」


 メイティールお前との婚約を廃棄させてもらう。いや、婚約してないけど。


「あの時点での飛竜山は帝国領と言えなくもないわね。少なくとも王国じゃないし」

「むちゃくちゃだ」

「リカルドだって私のこと親身になって心配してくれるじゃない。昨日の会食の時も、甘い物食べ過ぎじゃないかとか。私の体型がそんなに心配なのかしら」

「いや、それは……」


 体質的にメイティールは耐糖能が弱いんじゃないかって心配だからで。まあ、体型とかこっちの世界の生活様式なら大丈夫だと思うけど……。


「そうだメイティール。あれの話をしよう。螺炎の術式を使って冷……温度を下げる」


 俺はメイティールの矛先を研究に向けようとする。


「アイスクリーム製造器のこと…………。あれは興味深いけど今はいいわ」

「さっき、研究のことで来たって言ってたよな」


 大体、アイスクリーム製造器って雑な理解はなんだ。螺炎はすごいんだぞ。螺炎の空気分子の操作と破城槌の回転を使えば大抵の物が実現できるんだ。可能性は無限なんだぞ。だから、そういう未来の話を……。


「そうだ、ほらミーアもエントロ――」

「アルフィーナ。あの朝のことを覚えていますよね。私ちゃんと二年。いいえ、アルフィーナが妊娠していることを考えて三年待ちましたけど」


 フォローを求めようとしたら、ミーアも何か過去を持ち出し始めた。


「そ、それは、で、でも……」

「二年間だけ独占させて欲しい。その後は……って言いましたよね」


 あの朝の二人の話ってそんなのだったの。聞いてないぞ。もしかして、一年前に俺に勧めようとしたのって……。


「で、でも、それは私がリカルドの子供を……可能性があったから……」


 アルフィーナがミーアの迫力にたじろぐ。俺もショックだ。


「俺が将来を誓った次の朝にアルフィーナは……」


 これは三度目の夫婦げんか待ったなしだ。


「あ、あなたも悪いのです。ミーアが帝国に攫われたときに、王宮と戦場で二回もミーアのために命がけで。その上クルトハイトに一人で乗り込んで……」

「そうですね。少なくともあの時、先輩は一度私を選んだわけです」


 ミーアが頷いた。いや、確かに言ったよ「最悪の場合ミーア一人を帝国に行かせるよりは」って。でも……。


「それを知っているから、ミーアなら仕方ないかもって……」


 アルフィーナが小さく唇を噛む。俺が悪い流れに!?


「げ、元凶はそこにいる皇女様では?」

「その皇女様を引き込んだのは?」


 俺の抗議はメイティールの一言で打ち消された。


「先輩に色々問題があることがはっきりしましたね」


 ミーアがジト目で俺を見る。


「…………悔しいですけど、否定できないかも知れません」


 なんでアルフィーナもそっち側にいるの?


「先輩」

「リカルド」

「あなた……」


 ミーア、メイティール、そしてアルフィーナが俺に迫ってくる。これどうするんだ。仮説も対策も何も浮ばない。


 なすすべもなく後退を繰り返す俺の背中が壁にぶつかった。ベランダへのドアはずっと向こうだ。


 絶対に何かおかしい。俺達は人間社会を災厄から守って、目標だった自由商業都市も始まった。後は皆でこれを守り育てていくだけ。そのはずだったじゃないか。


 ついさっき、もうすぐ手に入ると思ってた保身はどこに消えたんだ?









【後書】

2024年11月26日:

これにて予言の経済学本編完結となりました。

百万字近い小説に最後までお付き合いいただき感謝します。

コメント、星評価、ブックマークなどよろしくお願いします。


明日からは後日談を投稿します。

後日談Ⅰ『悪魔の神器』はセントラルガーデンの面々。

後日談Ⅱ『水色の商品開発』はメイティール。

後日談Ⅲ『特別なご褒美』はミーア。

それぞれ深堀したお話になりますので、どうか引き続きお付き合いください。


別作品の宣伝をさせてください。

『毛利輝元転生 ~記憶を取り戻したら目の前で備中高松城が水に沈んでるんだが~』

秀吉の中国大返し直前に前世の記憶を取り戻した毛利輝元が秀吉、光秀、家康と言った本物の名将相手に現代軍事知識で戦う話です。

現在第四章まで投稿完了、歴史ジャンル【年間一位】です。

https://kakuyomu.jp/works/16817330669179697842


こちらは完結済みとなります。

『AIのための小説講座 ~書けなくなった小説家、小説を書きたいAI少女の先生になる~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330648438201762

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る