見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~
見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~
見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~
稲井田そう
見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~
追放という言葉がある。漢字で書く、追って放すだ。おっぱなすだとなんとなくそれっぽい気もするが、追うという字は追尾とか追いかけるとかそういう意味でつかわれる事が多いので、いわゆるネットで追放もの、と呼ばれるジャンルの小説や漫画の広告を見かけるたびに、変な感じがしていた。
まぁ、そんな違和感なんて持っていたところで、物語を楽しむ上で影響はない。
追放ものの流れを簡単に説明すると、魔法や剣を用いて戦うファンタジー世界で、徒党を組む……というと言い方が悪い気がするけど、いわゆるパーティーという名のチームに参加している主人公が、能力不足でクビにされ、後々才能に目覚めて成功する、という話だ。
学生の運動部でたとえると、能力不足を理由に退部させられた生徒が、オリンピックの出場チームに選ばれ金メダルを取る、みたいなものだろうか。
楽しみどころとしては、虐げられたり酷い目に遭っていた主人公が、新しい仲間たちに認められたり、仲間たちの協力を経て活躍していったり、今までのしがらみから解き放たれ、心機一転新しい道を選んだことで眠っていた才能が開花して、いわゆる無双するところだったり、様々だ。
でも、だいたいの人気作に共通しているのは、元居たチームの面々が、いわゆる「ざまぁ」されたりするところ。主人公は役立たずを理由に追放されてしまうものの、実のところ縁の下の力持ち的な役割を担っており、本当は役に立っていた。それを全くわかっていなかった元チームメイトたちは、主人公不在の中、追放したことを後悔するような目に遭ったりして主人公の必要性を痛感、取り戻そうとし断られるか、逆に主人公が新しく見つけた仲間を取り込もうとするなどして、最終的に『ざまぁ』される。
だから、追放モノというジャンルを知ってファンタジー世界に転生した場合、チームメイト……じゃなくてパーティーメンバーに能力不足な仲間がいても、追放しようとは思わない。というかそもそも、追放したくなるようなメンバーは入れないし、みんながみんな強くない。現実と同じだ。
「お前をパーティーから追放する」
しかし俺は、魔物が出なくなったと噂のダンジョンの中で、かねてよりパーティーを支えてくれていた青年に宣言した。
「ど、どうしてですか……お、俺みんなの為に頑張って……!」
青年は愕然とした顔をする。彼の名前は、プロキオン。名前の由来はおそらく星座。冬の大三角形のこいぬ座のうちで最も明るい星だ。
最も明るいというと、そこはかとなく主人公っぽい感じがするがその通り主人公だ。
少し暗めの茶髪の童顔。現代日本だったら絶対に都会のカフェでバイトをし、「家にプロジェクターあるけど一緒に見る?」「家が一番落ち着くんだよね」「友達少ないし」などと申す自称ぼっち性欲陽キャの雰囲気があるけど、この世界では冴えない青年にとどまっている。
そんなプロキオンくんは、WEB投稿から人気になり書籍化、コミカライズ化された『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』通称、捨て弱の主人公だ。
内容はタイトルのままだ。むしろタイトルのままじゃない追放ものはあんまりない。一応説明すると、人を襲ったりする魔族がいて、それらを魔法や剣で討伐するのが当たり前になっている世界で、プロキオンくんは役立たずだと家を追われ、なんとか手に職をつけ、駆け出しで人員不足のパーティーに剣士として参加していたが、だんだんパーティーが力を得ていくにつれ、スキルが無いことを理由に追放されてしまうのだ。
しかし、プロキオンくんはスキルがあった。戦闘中に使う性質のものではなかっただけだ。隠していても意味がないのではっきり言うと『上限撤廃』というもの。基本的に人間は魔力には限りがある。体質によりけりだが、どんなに鍛錬を詰んでも、違法な薬でドーピングしても、頭打ちになる瞬間が来る。
でもプロキオンくんのそれは文字通り上限をなくす。
カードローンでたとえれば200万円しか借りれない中、無制限に銀行から借りられるようになるのだ。恐ろしい話である。
でも、この世界のスキルは、「魔法の効果を強めるよ!」とか、「相手の毒を一回だけ無効化するよ!」みたいな、分かりやすいものが多い。
戦闘中に能力の上限をなくしたところで、「だからなに?」という感じは否めないのだ。
いわば彼のスキルは、事前の努力が必須なのだ。
魔力や戦闘力を増やすような鍛錬をし続け、頑張っても頑張っても、上限──天井があることで報われない人間の壁を壊す、優しいスキルである。
彼らしいスキルだ。
人の為に頑張り、優しくてそんな選択肢ばかり選ぶのが、プロキオンくんだから。
しかしそんなプロキオンくんを、シナリオの中のパーティーメンバーたちは無能として追放した。
彼の持つ上限撤廃のスキルを生かせるような、「頑張れる元気も環境も精神状態」も持っているのに、女だったり名誉だったりお金だったりに関心がいっていたのだ。
「お前の頑張りなんて無駄でしかないんだよ」
そんなざまぁ要因パーティーメンバーのリーダー格、剣士オクタンズとして、俺はプロキオンくんを睨む。
「上限撤廃なんて、スキル無しも同然だからな」
スキル無し。
転生前、転職サイトを眺め自分のスキルのなさに絶望していた俺に刺さる。
そういえば作者大学生だったっけ。就活前なのかな。それともすごくスキルがあるのかな。あれだったりする? 奨学金無し私立大学親の金タワマン在住学部夏休みは留学でグアム学科だったりする?
スキル無くても許してくれ。というかスキルを責めることを法で取り締まってほしい。傷害致死に至るだろどう考えても。言葉で人は死ぬぞ。
「今日からお前は赤の他人だ。じゃあな……行くぞ! トゥカーナ、カエルム!」
俺はプロキオンくんを見捨てるようにして、ほかのパーティーメンバー二人を連れていく。
プロキオンくんは追いかけてこない。これでいいんだと、俺は彼の顔を見ることなくその場を後にした。
「いいんですか店長、プロキオンくん泣きそうでしたよ」
「店長って呼ぶのやめて。ちゃんとオクタンズって呼んで誤解生むから」
プロキオンくんを魔物が出なくなったと言われたダンジョンに置き去りにした後、俺は少し離れた岩場で休憩をしていた。
声をかけてきたのは同じざまぁ要因パーティーメンバーであり、トゥカーナだ。
グラマラス魔法士と二つ名がつきコミカライズの開始とともに同人界隈を賑わせた彼女は外見こそ20代性悪女だが、中身はファーストフード店でパートをしていた50代既婚誠実女性だ。
旦那さんの浮気とモラハラに苦悩し続けた結果、政治への関心が強まり比例して思想も強まった一方、困ったお客さんが来たら助けてくれる頼もしい仲間──いわゆる転生者である。
「おい、本当に大丈夫なのか、転生だの、漫画だの、全部お前の妄想じゃないのか」
怪訝な顔をするのは、カエルムだ。
ノベル版、コミカライズ版ともに陰険眼鏡と揶揄されながらも「ドスケベクソ眼鏡」と女性読者の支持を受け、男性読者から「早く殺しちまえ」「殺したい上司第二号」と称されていた彼の中身は、トゥルーナと同じファーストフード店で、黙々とポテト、バーガーに挟むフードを揚げることに徹し、接客、および従業員同士のコミュニケーションのすべてを放棄していた還暦男性である。
そして俺は、二人が勤めるファーストフード店の店長だった。
一行で説明すると、ブレーキとアクセルを踏み間違えた車がレジカウンターに突っ込んで、その日のシフトメンバーが全滅、小説のざまぁされるパーティーに転生した、以上。
三人も死ぬのか、というところだけど、死にゆく中、アクセル止めろと色んなお客さんが叫ぶのが聞こえたから、たぶん、ずっとアクセル踏み込まれ続けたんだと思う。三人死んでるし。
「彼は我々から追放されて、そこら辺の破落戸に絡まれてる女の子、ああその女の子は有名な騎士団の女騎士なんだけど、その子に外れスキルじゃないって認められて一緒に冒険して、有名なギルドマスターや神官や賢者に認められて、精霊の王様とかにお前は特別に……って新たな加護を付与してもらいつつ、特別な生き物に懐かれながら力をつけていき男女問わず好かれて、色んな国の協力を得た果ての万全態勢で魔王に挑み、最後には勝利するんだ。追放なしに物語なんて始まらない。我々が追放しないと、彼はずーっと下級モンスターだけを相手にして、よその村や街や国家の困りごとは放置され続ける、皆不幸せになるんだ」
「でもプロキオンくん……可哀そうですよ? やっぱり、みんなで力を合わせてその困りごとを解決しましょうよ」
トゥカーナが心配そうに言う。前の人生、子供を欲しながらも夫婦二人暮らしをしていた彼女は、途中加入のプロキオンくんを息子のように可愛がっていた。
はた目から見れば20代女性が10代の青年を可愛がっている。
原作絵、コミカライズ絵、それぞれの単独タペストリーが予約開始とともに売り切れ、「トゥカーナのシャンプーが飲みたいのでシャンプーを出してほしい」という読者要望に出版社の公式アカウントが「本来の使用とかけ離れた用途のグッズ希望は実施できません」と発言した結果、なぜか大炎上、出版社のサーバーが落とされることになったまさに傾国系トゥカーナと、若干童顔気味のプロキオンくん。
事情を知らなければ、なんとも言えない光景だったがこの世界には200歳の幼女もいればどう見ても育ち切った1歳の獣人もいる。多様性の世界だから問題はない。
「力を合わせるにしたって、プロキオンくんが新しく仲間にするのは、伝説級の賢者だったりするんだよ。いわば財閥系大企業の重役とか、政治で言えば大臣、スポーツで言えばオリンピック選手、テレビで言えば大御所俳優たちだよ。一方の我々は、いわば庶民。そして我々三人が不幸になってざまぁされることで、世界は助かる。彼と楽しく旅を続けてほのぼ世界が滅亡するか、三人痛み分けでざまぁされて、とりあえず平和な世界で暮らすか、どちらがいいという話でしょ」
「でも、何回繰り返すんだ。この流れ」
カエルムがうんざりした顔をしながら、視線を俺から外した。彼が見ているのは──、
「みなさーん!」
先ほど我々が置き去りにしたプロキオンくんだ。彼はさっき置き去りにした時は持っていなかったはずのメモ帳を片手に、こちらに駆けてくる。
「至らぬところがあるのは重々承知の上ですが──俺、やっぱり皆さんと一緒に居たいです!」
キラキラした目でプロキオンくんが俺含むパーティーメンバーを見る。
何回繰り返すんだという、カエルムの言葉。そしてやっぱりというプロキオン君の言葉には、意味がある。
ようするに、俺たちがプロキオンくんを追放したのは初めてじゃない。というか追放に初めてもクソもないけど、結論からいえば俺たちが彼を追放したのはこれで84回目になる。
「スキルは無いかもしれませんが……でも、それ以外の部分で皆さんのお役に立てればと思って! あと、俺の悪い点をご指摘頂く機会が多いので、改めて改善点の洗い出しをしておこうと思うんです!」
「そんなもの全部だ全部。こっちは忙しいんだ。お前の都合で俺らの時間を奪うな」
俺は吐き捨てるように言う。カエルムというキャラクターは威圧的で、見た目も金髪ツーブロックに日焼けした肌に屈強な筋肉と、いかにも年齢制限が伴う作品の名前こそ出ないものの露出はヒロインに次ぐ、ヒロインの彼氏に対して「おい見てるかァ?」と語尾がカタカナっぽい見た目をしていて、原作のプロキオンくんは委縮していたはずだが、目の前の彼は「それは申し訳ございません! でも!」と真っすぐに食らいついてくる。
「俺はただ冒険がしたいだけじゃないんです! モンスターの討伐も大事ですけど……それ以上に、こんな僕を助けてくれた皆さんの役に立ちたいんです!」
主人公のお手本のような訴えだ。原作と同じ台詞だ。ファンだったら嬉しいと思う。でも、俺は違う。嬉しくない。ノベルとコミカライズ両方追ってたファンだけど、嬉しくない。
だってプロキオンくんのこの台詞、彼を追放したパーティーじゃなくて、新しいパーティーにいう言葉だからだ。
何がいけなかったといえば、たぶん、俺たちが小説のキャラとして転生してきたことだ。
生まれてきたことがいけなかった。悲しい。
なぜなら原作のオクタンズはプロキオンくんにパワハラをするが、客からカスハラを受けていた店長の俺は、プロキオンくんに対しバイトの学生のような気持ちで接していた。
トゥカーナは原作だと性奴隷としてプロキオンくんを扱っていたが、母親として彼を見守っていた。
ようするに、カエルムが最後の頼みの綱だった。「だった」から結末は想像が付くと思う。
「もう面倒だ。置いておけばいいだろ」
プロキオンくんの背を叩きながらカエルムが言う。プロキオンくんは「カエルムさん……」と感動の眼差しで彼を見た。
前世ではフライヤー職人として沈黙に徹していたカエルム。彼は人が嫌いというより喋りたくないだけの人だった。
坐骨神経痛という腰から下の痛みのほか、透析を受けており、そういったことを忘れて働きたかったゆえにプライベートの話をしたくなく、雑談をすれば自分の話をすることが必須となるため避けていたのが真相だった。
ということで、転生後の彼は比較的話をするし、ぶっきらぼうながら普通に人の心がある。
プロキオンくんに対しても同じだ。
原作オクタンズのパワハラが激のパワハラならば、原作カエルムは静なるパワハラというかモラハラをしていたけど、今のカエルムは見目は20代、中身は無骨なちょっと愛想の悪いおじいさん。「なのじゃ」みたいな話し方をするわけじゃないし一人称も「わし」じゃなく「俺」で、酒場では女にまぁモテるモテる。
そしてカエルムは「若い女はそういう目で見れない」とつれない態度で接し、そこがまたいいと評判だ。
脳内年齢が還暦だから恋愛対象も還暦近く、前の世界ならば「うわぁ20代の男が抵抗できなそうな60代女性を狙うなんて」と軽蔑されそうだが、この世界の最高年齢は上限がないし、見た目4歳実年齢800歳、いわゆる『のじゃロリ』も多く、彼の嗜好は批判の対象にならない。「一生の付き合いがしたい」と高齢女性を口説いて酒を飲むが、「貴方の人生を邪魔したくない」「若い今を大事にしなさい」と振られているが、その振られ方が完全に、「カエルムを本気で好きになり、彼を想うからこそ身を引く」状態だ。振られた回数は二桁にのぼるが、その数は一生の恋心を奪った回数と同数だ。
一方の俺はもう、酒場では警戒されて終わり。人権がない。オクタンズは店員さんに当たりがきつく、絡みそうな顔をしているからだ。制作インタビューに書いてあった。キツそうな見た目のオーダーだって。
「お前が俺らの役に立つ瞬間なんか一生来ない。そんなに俺らの助けになりたいならこのパーティーから出ていけ」
俺はそんなパワハラ顔を生かし凄んでみるけど、プロキオンくんは「嫌です!」と俺より100倍大きい声で猛反発してきた。
「皆さん……これから先、危険な場所に行く気なんでしょう? それで……上限撤廃なんて戦闘中使えないスキルを持つ俺の身を案じて……俺を想ってそんならしくないことを言わないでください!」
自己肯定感とポジティブが上限撤廃している。
原作のプロキオンくんはこんな感じじゃなかった。「俺なんかがみんなの助けになるのなら……」みたいな感じで、儚さがあった。色で例えるなら、「空色☆」みたいな雰囲気だったと思う。さわやかというか、小学生のノートとか文具にありそうな色。それが今はもう、ゲテゲテブルーくらいの自己主張をしてくる。ペンキとかでベッタベタに塗った感じの色。原作プロキオンくんが「たんぽぽのわたげ」くらいの弱さなら、今の彼は「ジャイアントキング隕石」みたいな感じだ。
「俺、強くなりますから……!」
それ、ヒロインが大怪我とかしたとき、悔恨を抱えながら叫ぶ言葉ですから。
言えるはずもなく、俺は周囲を窺う。彼を置き去りにした場所は魔物の出現が控えめな場所だけど、ここは違う。魔物がこちらの様子をうかがっていた。
結局戦闘に入ってしまい、追放はなぁなぁになった。
「計画を変更する。もう囮にして見捨てる」
追放失敗から10日後、俺、トゥカーナ、カエルムはダンジョンと呼ばれる魔物がたくさん出る穴のそばで作戦会議をしていた。もちろん、プロキオンくんの追放のためだ。彼に詳細を知られてはもともこもないため、「買い物をしてきてほしい」と食事を買いに行ってもらっている。クロエという若い女の子が切り盛りしている評判の移動屋台だ。この間までワンオペで死んだような顔をしていたけど、最近従業員を雇ったらしく顔色が目に見えてよくなっている。
「囮なんて可哀そうよ。それなら普通に追放しましょうよ」
トゥカーナが首を横に振る。弱弱しく目を潤ませているが、先日プロキオンくんが「あーっ! チン騎士プロキオンじゃん!」と転生者に絡まれ困っていた時、庇うのではなく相手を魔法で殲滅したまごうことなきモンスターペアレントの顔も持っている。
「本当に見捨てるとは言ってない。万が一が無いよう、陰から見張る。本当に駄目だと思ったら、バレないようにモンスターを倒して、あいつにはたまたま助かったと思わせる。とりあえずあいつがどっかほかの誰かと合流するまで、耐久戦にする」
心が痛いけれど、もうそうするしかない。だってプロキオンくんがきちんと主人公の務めを果たさないと、世界がどうなるか分かったものじゃない。
それにこの世界は『見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~』以外の世界も混在している──っぽいのだ。
なぜかは分からない。でも、別の作家が書いた話でも、いわゆる「テンプレ」というか、推理小説なら「死体が出る、調査する、推理する、犯人が分かる」と流れが共通していたりするから、そういう重なりが世界の重なりになっているのでは、なんて仮説をカエルムが立てていた。
だからこそ、プロキオンくんを追放しておかないとほかの世界に影響する可能性もある。
「本当に駄目だったときって具体的にはどういう状態だ。ちゃんと決めてるのか」
険しい顔でカエルムが俺を見る。
「ああ。全治三週間を越える怪我になりそうなら、断念する。また別の策を考える」
「三週間って相当じゃない? 骨折も含まれるわ」
トゥカーナが思案顔で言うと、カエルムが驚いた顔をした。
「詳しいな」
「結婚前は保険屋さんしてたのよ」
「骨折……はもう、してもらうほかない」
俺は、拳に力を込める。
「店長……」
二人は口を揃え俺を見る。
物事を、シナリオ通りに進めたい。それは作品のファンだからという理由だけじゃないのだ。
プロキオンくん自身の命の為でもある。得られるはずだった強さ、出来るはずだった仲間がない状態で、彼を守り切れるか分からない。
命は、失ってからじゃ遅いから。
前世で勤めていたハンバーガーショップのそばの横断歩道は、見通しが悪く、塾帰りの小学生がそこを渡ってお店に来るため、気になっていた。
信号を作ったほうがいいと近所の人間がせっせと訴えていたし、署名活動もしていた。
俺も名前を書いたけど中々信号は出来なかった。なにごとも、人が死なないと上は動かない。
人手が足りないから人員を増やしたいと言えば人件費がかかる、店舗面積的に難しいだの言い、利益のことしか考えない本社と少し揉め、苛立ちのあまりスーパーで割引になってない惣菜三パック、缶ビール三本買って、途中でトイレに立ち寄って、コンビニに袋ごと置いてくる失態を犯したあの日。
あの日は全部、最悪だった。
でも、最悪は簡単に塗り替えられる。
その横断歩道で、バイトの女子大生がダンプカーに轢かれて死んだ。
真面目な子だった。バイトの面接に来る子は明るい子が多いけど、わりと人見知りがちで、クラスの中心というよりはそこから少しズレた位置にいる地味なタイプだった。
全店舗のベースとしては、お客様に笑顔を! 明るい接客を心がけて! と掲げられているけれど、元気すぎるのも考えものだし、うちにはすでに一言も喋らない揚げ物特化爺さん、政治思想が強く選挙時期になるとちょっとパッションがあふれ出てしまう主婦、そして爺さんと同じくらい無口で暗いが、淡々と働いてくれる男子大学生がいた。
元気で明るい子を付け足し化学反応が起きても恐ろしい。
真面目で素朴だから、という理由で採用した。
ようするに、ちょっと静かな普通の子。
多分これから先、似たような子は沢山出てくる。そんな子。
ただの従業員。
友達でもなんでもない。
外で見かけたら、声をかけようか躊躇うくらいの浅い仲。
でも、悲しかった。
何で死ななきゃいけなかったんだろう。死にたいわけでもなかっただろうに。
他人だし、特別好きだったわけじゃない。というか若い女の子に対して好きとは思えない。
なのに、辛い。
周りの人の死に触れたことが無かったからかもしれない。俺の年になれば、家族の一人や二人死んでいてもおかしくないけど、家族は健康そのもの。
そんな家族との距離感も、微妙だった。虐待されたり、ニュースで見るような酷いことはされてない。正月と盆には実家に帰る。でもすごく仲がいいわけじゃないし、周りの家族エピソードを聞くとびっくりする。
だからか、店長なのに人間関係全般、やりづらかった。
小学校から大学まで友達もいたけど、大人になっても連絡を取り合うまでには至らない。恋人もいたけど、短いとも長いとも言えない期間で自然消滅した。仕事だけ。
そういう自然消滅がないのは。
たぶん仕事では、自分を出したりしないからかもしれない。
自分を出すような場だと、とたんに長続きしなくなるし疲れる。仕事場で、店長として振る舞うと、慕ってもらえる。ただ、その延長で飲み会に誘われたり休日への浸食まで発展すると、途端に耐えがたい気持ちになって、適当な理由で逃げていた。
でもショックだった。仕事の付き合いの人が死んだことが。
その後、大学生の女の子と何か特別な関係にあったのか、それとも死に惹かれたのか、同じ大学生の男の子が死んだ。
自殺だ。歩道橋から飛び降りて即死だった。
短期間で二人死んだことで、本社の人間がさも心配そうにやってきた。
現場気取りで口だけ達者な本社の人間たち。こちらが苦痛を訴えても助けもしようとしなかったのに、人間が死んだら味方面をする。
でも、俺は何も言わなかった。なんか言ってやればよかったと今は思う。「お前らがどんなに幸せな人生を歩んだところでその幸せが他人を踏みにじって出来たことに変わりないんだらな」とか。「これから先お前らが是正したとてクソ企業だった事実は一生ついてまわるぞバーカ」とか。
横断歩道の署名活動に参加すればよかった。もっと行動すればよかった。
後悔しても、の意味もないのに。空虚を抱えながら勤務は続けていて、事故に遭いみんなと一緒に死に、この世界に転生した。
それぞれ死因は違うけど、女子大学生も、男子大学生も、助けられなかった。
でも、今度こそと思った。誰かを助ける力なんてないし、俺はヒーローでも主人公でもない。店内放送の広告で人間誰しもその主人公だと流れていたけど、主人公とか脇役とか、そんなことはどうでもいいから、目の前の青年をどうにかしてやりたかった。
なのに、彼は一向に俺たちのもとを離れようとしない。
「でも、今度こそ」
俺はプロキオンくんが食事を買い求めている間に、準備をすすめることにした。
「これから、この奥の巨大な魔物の討伐に向かう」
「えっ」
昼食を終え、宣言するとプロキオンくんだけが驚いた。当然だ。これはプロキオンくん追放作戦の序章である。彼にも伝えていた予定は、魔物のしっぽや爪など、いわば魔物の墓荒らし、死体あさりといった感じの素材収集だったが、早急に彼を追放しなければならない。
「なんだ。怖いのなら参加しなくていいんだぞ」
「いえ、そういうわけでは……」
プロキオンくんはどこか複雑そうな表情をしている。昼食を買って戻ってきてからというもの、彼はどこか考え込んだり、悩んでいる様子だった。誰かに絡まれたりしたのかもしれないけど、いつものように「大丈夫だったか」「どうしたんだ」なんて声をかけてしまえば、また「恩返しがしたい」と戻ってきてしまうので放置した。
「じゃあ行くぞ」
俺はパーティーメンバーの言うことなど決して聞かない横暴なオクタンズとして振る舞い、ダンジョンの奥を突き進んでいく。この奥にいる魔物は、単眼のトロールだ。トロールというのは桃太郎に出てくるような鬼のムキムキ版で、身長は電柱くらいある。そして脳筋だ。隠れて狩りをしたり、群れを作って大きな敵を倒したりしない。というか出来ない。見つけた、喰う。なんかいる、殴る。そんな思考回路だが、策謀に注ぐはずのパワーを腕力に全振りしているだけあって、拳を振り下ろせば、一軒家くらい軽く潰れる。俺の頭なんて一瞬で卵を潰したみたいになる。
でもやっぱり考えることは苦手なので、後ろから隠れて攻撃すればいいし魔法にはとても弱い。
俺は隠密行動など選択肢にないかのように、バンッと大きな音を立てながら、巨大な魔物の潜む部屋に通じる扉を開いた。
するとそこには、想定よりずっと巨大な魔物がいた。
「オーガが……どうしてここに……」
オーガは属性としては巨大な鬼で、トロールと似ている。
しかしトロールは創作の世界だと友達として登場することもある一方、オーガは俺が読む限り、敵として登場しかなかった。つまり分かり合えない。
なおかつ人の生肉を主食とする神話生物で、この世界の常識で言えばトロールよりずっと強い。オーガの出現は災害と変わらない。
「三人は、助けを呼んできてくれ。頼む」
逃げろと言えば命令に背いてくるのは必須だった。だから言い方を変えた。
トゥカーナとカエルムが無言で視線を合わせる。プロキオンくんを、逃がさなければいけない。二人はプロキオンくんの腕を掴むと、「すぐに!」と声を揃え、出口に向かって駆けだした。
戻ってくるという意味だ。
でも戻ってこなくていい。たぶん俺は助からない。助かりたいと思いながら戦って、敵う相手ではない。
剣を構える。プロキオンくんの追放理由の一つに、俺と剣士の役割が被っている、という点がある。パーティーに剣士は二人もいらない。
そう言って、オクタンズはプロキオンくんを追放した。
でも、今のパーティーで役割が被ることはなかった。なぜならプロキオンくんは、この世界の……ファンタジー世界の剣の構えをする。
でも俺は剣道の構えだ。
前の人生、剣道部だった。地区大会に出たことがあるけど、結果を残したことはない。人生ずっと、こんな感じだった。
何も残せない。何の結果も出せない。死にたいとまでは思えないけど、すごく生きていたいかと聞かれれば違うし、人生を謳歌している人を見ると、モニター越しに見ているような感覚に陥る。
でも、楽しそうにしているのを見るのが好きだ。誰かが、笑っているところも。
人が嬉しそうだと、幸せだなと思う。お客さんの笑顔も、従業員の笑顔も、見ていると元気になる。
でも、その幸せは、きっと長く続かない。
前の人生、なんとなくこのまま働いて、どこか身体が悪くなって、出来ることが少なくなっていって、今身近にある幸せに目を向けながら寂しい気持ちで死んでいくんだろうなぁと、心にちらついていた。
今が一番、人生で楽しい瞬間だ。
そしてこれから先、少しずつこの幸せの色が、濁っていく。
前の人生、未来を見るスキルなんてないけど、自分の人生の結末は予想がついていた。
従業員のみんなはきっと俺のことなんて忘れてしまうけど、俺は覚えていて、ふとした瞬間寂しくなる。一人の帰り道とか、夕飯を食べるときとか、ふいに頭を乾かしているときに。
人の縁は広がっていくというけれど、お金も時間も減っていく。体力もだ。そして気力も、正気であることも失われて、最後は一人で死んでいく。死に場所はアパートの中かもしれないし、もしかしたら公園や高架下かもしれない。
誰にも知られず、一人ぼっちで死んでいく。いい思い出があるのだから、それでいいじゃないかと言われればそれまでだ。
でも辛い。楽しい時間を知ったからこそ、途方もなく将来が恐ろしい。
だから、嬉しかった。
皆と死ねて、転生したこと。
たとえ、悲劇を迎えることが確定していても、先の見えない人生、完全に捨てきれない期待を抱えながら生きていくことは苦しい。辛く苦しい現実だったとしても、先が分かっていることは救いだった。分からないと期待してしまうから。
人生もう少し良くなるんじゃないか。
楽しく過ごせる余地が、あるんじゃないか。
プロキオンくんに優しくしたのは、不幸な結末から逃れるためじゃない。
二人、助けられなかったから。
アイドルが好きな彼女と、漫画が好きな彼。
もう二度と会えない二人にしたかったことを、プロキオンくんにしていた。不幸な結末に抗いたいからじゃない、二人を助けられなかった不甲斐ない前の人生から、逃れるために。
なのに、幸せになりたいなぁと思う。
幸せになりたい。一人で死にたくない。前の人生で読んだストーリーの記憶は引き継ぐことが出来たのに、決めていた覚悟はどうにも上手く持っていられなくて、この世界で生きて人と出会うたびに、どんどんその覚悟はこの手からこぼれ落ちていく。
みんなと幸せになりたい。
もう少し旅を続けたい。
楽しい時間が伸びてほしい。
みんなと一緒にいたい。
家族でも友人でもない、関係性に名前がつけられない、曖昧なみんなと一緒にいたい。
俺は振り切るように息を吐いて、オーガに立ち向かう。俺のスキルは自己の能力強化だ。どこまでも独りよがり、オクタンズとしても、俺としても「らしい」スキル。
ただ、やっぱり頼りない。最強にはほど遠い。オーガは倒せないし、時間稼ぎにもならない。
だからオーガの足を狙う。少しでも三人のもとへ向かう足が遅れるように。三人が助かるように。
俺が一歩踏み込んだ、その時だった。
「店長!」
呼びかけに振り返る。そこにいたのは息を切らしたトゥカーナとカエルムだった。
「なんで……」
「ここが物語の世界なら、こういうのってお決まり、じゃないですか?」
「ああ、歴史ものでもよく見るな」
トゥカーナが言い、カエルムが同意する。
「プロキオンくんは」
「逃がしました。魔法で……ふきとばしちゃったけど……いつの日か、親離れの日は来ますから。崖からなんとやらです」
「屋台に飛ばしたから、崖に突き落すどころか布団に運んだようなもんだ……さ、そのでかい鬼、軽く弱らせないと逃げきれないんだろ。さっさとやるか」
「みんな……」
何か言いたいのに、喉が詰まって言葉が続けられない。俺は改めて、剣を握る。
オーガは強い。きっと勝てない。先は見えている。それでも……なんとか出来そうだ。いや、なんとかしなければ──、
「みなさーん!」
プロキオンくんの声が、上から降ってきた。
少しくぐもっている。一体何が起きているのか顔を上げると、当たりがぱっと閃光に包まれた。次に、何重にも重なった斬撃音と、爆発のような音が連続したあと、強烈な向かい風が吹いた。目を開くのもやっとの中、前方を確認すると、岩肌がむき出しになっていたはずの天井が硝子のように砕けていき、崩落していく。しかし、俺たちの周りには全く落下せず、まるでオーガを閉じ込めるように岩が詰みあがっていった。
「な……」
「やれやれー」
魔法少女が呪文を唱えるように軽い調子で──詰みあがった岩場の頂上に立つプロキオンくんが言う。
「プロキオンくん……?」
「ただいま! 戻りました! 遅れてごめんなさい‼」
プロキオンくんはいつものように謝罪する。さっき、何が、起きた? いや、起きている? 今見たものが幻覚じゃなければ、プロキオンくんは天井を斬撃で砕き、現れたことになるが……。
「危ないプロキオンくん‼」
そうこうしている間に、オーガがプロキオンくんに振り被る。しかしプロキオンくんは新体操のように軽々と飛び上がり、オーガの攻撃をかわした。
「やれやれー」
そして先ほどと同じ言葉を発する。
「なんだそのやれやれは」
カエルムが怪訝な顔をした。
「主人公は敵の前でやれやれって言うって、聞いたんですよ」
「え……?」
「皆さんが最近ずっと僕に出て行けって言うの、おかしいって思ってて……そうしたら、ほかの冒険者が僕を捨て弱のプロキオンだって……そして、色々教えてもらったんです。皆さんのこととか、僕のこととか……皆さん、僕が強くなれるように、新しい仲間を獲得して幸せになれるよう、追放しようとしていたんですよね‼」
プロキオンくんはオーガの猛攻をかわしながら涼やかに言い──剣を構えると、簡単にオーガの右腕を切り落とした。
「でも、僕、新しい仲間なんていらないんですよ」
プロキオンくんはとても悲しそうに呟いた。子供が一人ぼっちで置いて行かれたような悲壮感を漂わせているけれど、その背後ではオーガが苦しんでいる。
「なので、強くなろうと思ったんです。皆さんと冒険を続けるために──いや、皆さんを幸せにするために、頑張ったんです。とりあえずシナリオ? の先回りをして、倒せるモンスター、全部倒してきました‼」
「た、倒すってどうやって?」
トゥカーナが不安そうに問う。
「試行回数です‼ 死ななければ、いくらでも挑戦できます。なので危なくなったら回復をして、戦って、相手が回復をする前に攻撃をして、自分が死にかけたら回復をして……耐久戦に持ち込みました‼ 挑戦って、大事ですよね‼ これからも、頑張ります‼ 皆さんと一緒にいたいから‼」
主人公ぜんとした表情で俺たちに宣言すると、オーガに向かっていく。そして激痛にもだえ苦しみながらもプロキオンくんを握りつぶそうとしていたオーガの左腕を切り落とす。
「……それに俺はただ冒険がしたいだけじゃないんです! モンスターの討伐も大事ですけど……それ以上に、こんな僕を助けてくれた皆さんの役に立ちたい‼」
プロキオンくんは剣に魔力を込める。そしてなにか必殺技を叫びながら、オーガを一刀両断した。あの構えは、プロキオンくんが漫画で披露していたものじゃない。俺が教えた、剣道の一太刀だ。
シナリオにも出ていない、原作でのプロキオンくんですらありえない強さを見せつけながら、プロキオンくんはオーガの死体のを背に、こちらに手を振る。
「みなさーん‼ 倒しました‼ 僕、これからもっと、皆さんのお役に立って、皆さんを守れるよう頑張るので‼ 追放しないでくださいねー‼ 一緒に、楽しく‼ 旅しましょうよ‼」
朗らかに彼は言う。守らなければと思っていた、主人公。
しかし目の前のプロキオンくんは、追放ものの主人公とは真逆──いや、合ってるのかもしれない。
俺は、前の人生で見た「放」の漢字の意味を思い出す。
追放ものというけれどあまり意味が通っていないんじゃないか。そう思って、調べた個々の漢字。追放の追は、そのまま追いかける。
そして追放の放は、ほしいまま。自由。ときはなす。
強さを解き放ち、追う。
目の前の惨状を眺めながら、俺は追放の意味を反芻していた。
見捨てられた最弱剣士、チートスキルで無双中~俺を追放したパーティーが全滅なんてありえないので、のんびりスローライフを謳歌する~ 稲井田そう @inaidasou
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