ずさんな運命
屋敷に戻ると、既に明かりが灯っていた。
「嘘っ、おじいちゃん、もう帰ってきてるっ?」
慌てて家の中に駆け込む。
「おじいちゃん、いるの?」
玄関先で声を掛けると、奥から『いるぞ~』とご機嫌な声が返ってきた。これは、そこそこ飲んできているに違いない。
「んもぅ、療養のためにこっちに来てるのに、松田さんちに行っちゃうなんて」
居間では、ソファに凭れかかってテレビを見ている祖父の姿があった。
「そういうお前はどこに行っていたんだ? こんな時間に若い女がひとりで出歩くなんて、危ないだろう」
ごもっともな話であるが、この辺りにはぽつぽつと民家が数件あるくらいで、コンビニすらないのだ。
「月が綺麗だったから散歩してたのよ」
「ほぅ、そんなロマンチックなことを言うようになったのか、俺の孫は」
ニヤニヤしながらあずさをからかう佐久造。
「なによそれっ。私だってねぇ、情緒くらいわかりますっ」
怒ってみせると、ふぅ、と息を吐き佐久造が言った。
「情緒はいいが、禁足地に近寄って神隠しにでも遭ったら困るからな。あまり遠くへ行っちゃならんぞ?」
ピク、とあずさの肩が震える。
「……禁足地? そんな場所があるの?」
ちょっとわざとらしかっただろうか。でも、もしかしたら祖父なら、あの場所のことをなにか知っているのではないか。そんな気がしたのだ。
「あずさが小さい頃にも話したことがあったろ? 子供の頃に聞いた話だ」
「詳しい内容を聞いたことはないよ。勝手に山の中入っちゃ駄目、って意味かと思ってた」
「まぁ、そういう意味合いもあったのかなぁ」
昔を思い出すように、目を細める。
「なんでも、昔、この辺りでは双子が生まれると不吉なことが起きると信じられていたらしい。双子のどちらかを人柱として神様に捧げることで、災いを遠ざけようとしていたんだ」
「人柱っ?」
思わず大きい声を出してしまう。
「ああ、そうだ。山の中には人柱となった子供の魂がいて、生きている人間を取り込もうとするから、その場所には近寄っちゃいけないと言われていたんだよ。神隠しに遭うぞ、なんて言い方もしてたなぁ」
「人……柱、」
「しかしそれがどの辺りのことなのか。まぁ、そもそも昔の話だからなぁ。どこまでが本当なのかは知らないがね」
赤ん坊のころに捨てられた、雪光。
もし彼が、差し出された双子の片割れ……人柱なのだとしたら。
生まれて間もない小さな命を、不吉なことが起こるかもしれないからという理由だけで殺したというのか。あずさは胸が締め付けられる思いだった。
「可哀想、などと思ってはいけないよ、あずさ」
「え?」
見透かされたような一言に、驚く。
「人の運命というものは、最初から決まっているんだ。人間は、決められた通りの道を、ただなぞって生きているいるだけさ。自分で選んだ人生なんて実はどこにもない。自分では選んだつもりでいても、実際はそうじゃない。運命ってぇのは、最初からぜーんぶ決まってるのさ」
ズシン、と心に響く。
生きる運命。死ぬ運命。
親の決めた相手と結婚する運命……?
「その子はそういう運命だった。それだけだ。下手に同情なんかすると、あっちの世界に連れて行かれちまうかもしれないぞ?」
子供を脅すみたいな言い方で、佐久造。
「まさか」
あずさが半笑いで返すと、
「……さて、俺はもう寝るぞ。あずさもそろそろ寝なさい。見合いは明後日だったな?」
あくびをしながら訊ねる。
「うん」
「わかった」
頷き、自室へと戻っていく佐久造。残されたあずさは、しばらくその場から動けなくなっていた。
──運命は最初から決まっている。
雪光は、初めから死ぬ運命だった?
「死ぬことが、人間の生まれる理由なんだとしたら、早かれ遅かれ同じこと……なのかな」
生まれれば、あとは死ぬだけ。
どう生きるか、とか、なにを成し遂げるか、などはすべて後付けだ。人間は、いや、命は皆同じように、この世に誕生して、死ぬ。命を繋ぐためだけに存在している小さな細胞の塊でしかない。無駄に感情などというものが邪魔しているが、つまりはそういうことだ。それは幼いころから祖父がよく口にしていた言葉。
寂しがりで臆病で、ちっぽけな存在。だからこそ、一生懸命生きるのだよ。人には親切にしなさい、誰とでも仲良くしなさい。それが宝になるだろう、というのは、今は亡き父の言葉である。昔は両極端だと思っていた二人だが、根っこの部分は似ているのかもしれない、と今なら思う。結局は皆、抗えないなにかの中にいる。
「どうせいつかはみんな死ぬ。だったら精一杯生きるのが正解なのか、それとも淡々と毎日をこなせばそれでいいのか」
いや、そんなことより……、
あずさは無性に、雪光に会いたいと思っていた。
(雪光が幽霊だとして、じゃあ彼はどうしてあの地に縛られているの? 人柱だから? 成仏できないでずっとあそこにいるのだとしたら、それって『死んだ』ってことになるの?)
悲しくはないのか。寂しくはないのか。恨んではいないのか。聞きたいことは沢山ある。けれど、きっとどれも聞けやしないだろう。雪光も、答えてはくれないだろう。祖父の口にした『同情などしたらあっちの世界に連れて行かれる』も違う。現にあずさは禁足地に足を踏み入れているのだから。そのあずさをこちら側に戻してくれたのは、他でもない、雪光なのだから。
「明日、行ってみよう」
小さくそう呟き、眠りについた。
なのに……、
翌日、佐久造は朝から熱を出した。病院へ連れて行き、点滴を打ってもらう。
結局山へは行けなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます