祟神祓顛末

小野塚 

『根古間神社祭禮』由良智治 守

今年の『根古間神社ねこまじんじゃの祭禮』は

色んな人達のご厚意ご協力があって

かつてない程の賑わいになるべや。

オレがこの神社さ任されてからもう

かれこれ三十年?いや、もっとか。

 兎に角、準備の段階からこんなに

盛り上がりを見せたのは初めてさ。


本当に、なまら御礼申し上げます。

いや、マジだべや。有難いさ。


今日は氏子会議の筈が、何でだか

みたいになってるしょ、だから

最後に神職のオレが締めで話すっけ、

まぁ楽にして聴いてくれや。




実は、オレが生まれたのは奈良県さ。

あの奈良公園の神鹿とか奈良漬とか

盧舎那大仏で有名な関西の古都の。


 なまら意外だってか?


尤も、実家から養子に出されたっけ。

その縁組先が海神 大綿津見神命おおわだつみのみとこ を

お祀りする 由良家 だった訳さ。


元々は『神祇官しんぎかん』の長官に当たる

神祇伯 を数多く輩出してきた家に

生まれたんだわ。

        って、嘘でねえぞ?


『神祇官』何、って?今はねえべ。

律令制度で設けられた、朝廷の祭祀を

司った古い官庁の名称だべや。

 とは、神が天津神あまつがみである天神を

祇が国津神くにつがみである地祇を表すっけ、

その名の通り神への  を司るさ。

中世以降一旦廃れたが、明治維新後に

復活。その後、千八百七十一年に再び

廃止され、現在は天皇御自身や宮内省、

そして神社本庁以下、日本津々浦々に

配された神社庁へと。その役割は

細分化されて行ったべや。


何か、話がなまら傍道わきみちに逸れたしょ。


『神祇官』の仕事は祭祀奉る事だが、

奉祀は勿論のこと、調伏する事すらも

叶わない 荒霊神あらみたま に対しては、もう

どうしようもねぇべ?『神祇官』の

中でも、荒事 を。つまり、

  や  を請け負う者達が

いるっけよ。それは代々、継承して

行くンだが、オレの実家ってのがその

仕事をやってたんだな。しかも後者。

前者の 神籠 を生業とする一族は

國護くにもり』と呼ばれて国の中枢に根を

張っている。

 オレの実家は代々 神殺し を

請け負う一族で、『◻️◻️』という

氏は  とされて、国家の

記憶からも強制的に消し去られた。


これは、だっけ

絶対、他所で言うんでねぇぞ?




あれはまだ、俺が神職としての道に

入る前の事だった。東京の大学で

人文科学を修めていたオレは、ある日

突然、見ず知らずの男の訪問を

受ける事になったんだが、その男は

 からの使いだったんだわ。



その日はバイトがなかったから、

オレは大学の講義が終わると真っ直ぐ

根津にあるアパートへと戻った。

だが、そこには一人の 男 が待って

いたしょ。喪服みたいな真っ黒いスーツ

着た細身で蒼白い顔の、まるで幽霊の

様な男だったべや。






 ◻️◻️智治様で御座いますね。



その男はイントネーションに少しだけ

西の訛りがあった。しかも、語尾が

《ますか? 》じゃない事から、既に

確信した上での来訪だと知れた。


「…オレに何か用ですか?」当時は

オレもまだ大学の三回生だ。少し

ぶっきらぼうだったかとも思ったが

いきなり訪ねて来た見ず知らずの男に

気を遣う筋合いもない。

「実は、斑鳩の方で少々困った事態が

生じまして。」「…でもオレはもう

由良家の。」「ええ存じております。

存じ上げて、敢えて御願いに参った

所存に御座います。」黒スーツの男は

初対面のオレに深々と頭を下げた。


それが既に  なのだと、

思わず身震いをした。

「…とにかく、一旦ウチに入って

貰えますか?」往来では何かと

目立って仕方がない。喪服の様な

真黒いスーツ姿の背の高い男が

俺に頭を深々と下げている訳だ。

一階に住む大家が見たら、何事かと

思うに違いない。


「いえ、一刻も早くお連れせよと

鷹允たかよし様から仰せ仕っております故。」

「伯父上から?」「はい。事は俄に

緊急性を帯びて参りましたので。

『猫魔大明神』様の方にはもう既に

ご了解頂いております。」


北海道の義父の大らかな性格ならば

二つ返事で了承するのも頷ける。



それにしても、伯父から態々オレに

連絡が来るのは一体どうした事か。

既に鬼籍にいる実父の、長兄にあたる

伯父の鷹允とは殆ど面識もない。

一族の 長 という理由で名を知る

程度の、疎遠な人だ。



今は亡きオレの祖父には、三人の

子供があった。



長兄の鷹允は家督を継ぎ、次兄は夭折、

そして三男がだが、それも

十年程前に亡くなっいる。

尚且つ、オレ自身は末っ子の次男坊。

しかも養子に出された無関係者だ。



「兎に角、事は一刻の猶予もならない

状態なのです。何卒…!」又も頭を

下げかけた男に、オレは仕方なくその

足で奈良へと向かう事にした。






新幹線と近鉄を乗り継いで、更に

車で山道を行く。

 喪服の様な黒スーツの男は、常田ときた

名乗った。伯父の筆頭秘書と言うが、

それが態々主を置いて上京して来ると

いうのは、矢張りそれなりに緊急を

要する事なのだろうか。


オレは 酷く居心地の悪い同行 を

車窓からの景色を見る事で、耐えた。

鬱蒼とした木々、そして森閑とした

山の中から時折感じられる

 只、それには敵意や害意はおろか

何の 感情 も、読み取る事は

出来なかった。


いつの間にか、山の木々は竹へと

変わって行った。深い孟宗竹の林の

中へと車は進んで行く。






◻️◻️本家の屋敷は、念入りに結界が

施され  いた。それは我々

人の目に触れないというだけでなく、

 神の目 から隠される事を最大の

目的とした  が何重にも

敷かれ、代々続く  が如何に

不遜 で 忌わしい ものなのかを

物語っているようだった。


竹林の中に、ぽっかりと薄闇を切り

取った様な空間。漆喰の白壁を巡らせ

瓦屋根には 隠讔おんいん を示す梵字の様な

ものが記されている。


確かに、これでは神には読めない。

オレはその屋敷の 造り に興味を

唆られた。




「長旅、お疲れ様でした。」車から

降りると、常田がオレを労った。

「これからお部屋に御案内致しますが

その前に…智治様は猫魔の明神様の

は、所持されておりますか?」

「いや、アレ面倒だから…玄関に。」

一瞬、不信心者と詰られた様な気が

したものの、そもそもここは不信心どころか

も甚だしい場所なのだ。


「ならば、結構で御座います。何せ

『猫魔大明神』様は破格に畏ろしい

神格ゆえ…いえ、それならば問題は

御座いません。」常田は如何にも

ホッとした様な顔で、◻️◻️の屋敷の

大きな門を潜った。








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