第6話 食事の準備

 ヴィオラがふと思い出したように、呟いた。


「そう言えば、お腹が空いたわね」

「これ、食べるか?」


 ノアディルは、デバシーからエネルギーバーを取り出し手渡した。

 ヴィオラは少し警戒しながらもエネルギーバーを受け取り、恐る恐る口にした。


「あら、案外おいしいわね」


 その味に驚き全てを食べきってしまった。

 そして、


「お礼と言っては何だけど、次の食事は私が作るわ。食材をとってくるから待ってて」


 と言って森の奥へと行こうとした。

 それをみたリアは、少し心配そうにしていた。


「一人じゃ危ないよ。ノアディルも一緒に行ってあげて」

「一人で危ないのはリアもだろ? ヴィオラ、後で皆で……」

「私の周囲をカモフラージュしておくよ!」


 リアとその周囲が一瞬で風景に溶け込み完全に視認できなくなった。

 ヴィオラは目を見開いて


「消えた!?」


 と驚きながら周囲を見渡した。


「早く帰って来てねー!」


 何もない所から元気なリアの声が聞こえた。


「これなら大丈夫だろう。行こう」


 そう言ってノアディルはヴィオラの方を向いた。


「凄いわ……私にも探知できない。絶対に見つからないと思うわ」

「カモフラージュか……義眼ですぐに暴けるが、この世界なら最強かもしれないな」


 ノアディルはそう呟きながら、ヴィオラと共に森の奥へと進み始めた。


・・・


 森の中に入ると、ヴィオラは黙々と草の芽を摘み始めた。

 ノアディルは何が食べられるのか分からず、ただ彼女の作業を見守るだけだった。


「今摘んでいる草って何なんだ?」

「これはキーナの草の芽よ。使う時に説明してあげるわ。しかし、この辺には全然生えてないわね~」


 そう言うヴィオラにノアディルは一つ草の芽を分けて貰った。


「T-0、この草の芽と同じ植物を周囲からサーチしてくれ」


 T-0はノアディルが手にもつ草の芽をスキャンし、周囲にナノマシンを散布した。

 情報収集が終えた後、ノアディルの義眼には草の芽の場所が映し出されていた。


「ヴィオラ、こっちに大量に自生しているみたいだ」


 ノアディルはそう言ってヴィオラを案内した。


「すごいわ! これだけあれば一生困らないわね! 全部摘んでも腐らしちゃうだけだけど……」

「デバシーに入れておけば、半永久的に腐らない。摘んだ後は入れると良い」


 ヴィオラはそれを聞くと喜んだ表情になり、キーナ草の草原に飛び込んだ。

 ノアディルもそれに続き、草の芽を採集し始めた。


「ふう……」


 しばらく採取を続けた後、ノアディルはふと上を見上げた。

 その時、木に赤い実がなっているのを発見した。


「ヴィ、ヴィオラ! あの実はなんだ?」


 ノアディルは興奮気味に質問した。

 だがヴィオラは首をかしげながら、


「分からないわ。本に載ってないし取った事も無い」


 と答えた。


「そうか。ちょっと調査しよう」


 そういってノアディルは木に飛び乗って赤い実を一つもぎ取った。


「T-0、この実を解析してくれ」


 T-0は赤い実をスキャンし終えると、


「名称不明ですが、リンゴにかなり類似しています。成分もほとんど同じです」


 と回答した。

 ノアディルはそれを聞いて大喜びした。


「夢にまで見た本物の果実……しかもリンゴだ!」


 ヴィオラは大喜びするノアディルを冷ややかな目で見ながら


「リンゴ? それ、食べられるの? 赤くて毒がありそうじゃない……私はキーナの芽を取るわね」


 と言った。

 その後もノアディルはリンゴを大量に採取続け、ヴィオラはそれを無視して自分の作業を続けていた。

 

 ノアディルが赤い実を採取している最中、ヴィオラがふと声をかけた。


「ノアディル、そろそろ行くわよ。メインを取りに行かなくちゃ」


 そう言われたノアディルは、採取を中断しヴィオラの元へと戻った。


「沢山取れたぞ!」


 リンゴをデバシーに収納しながら喜ぶノアディルを見て、ヴィオラは微笑みながら、


「あなたがこんなに喜んでいる顔、初めて見たわ。ずっと険しい表情だったのに。」


 と言った。


「突然、未知の場所に飛ばされたら、きっと誰でもそうなるさ。でも、ヴィオラも記憶がないなら、ある意味同じような状況かもな」

「そうね。実は私も黒い穴ってやつからこの家に来たのかもしれないわね」


 ヴィオラは肩をすくめながら冗談交じりに言った。


 そんな会話をしながら森を進んでいると、突然ヴィオラが小声で「伏せて」と言った。

 ノアディルはすぐに彼女に従い、二人で地面に伏せた。

 ヴィオラが前方を指差すと、そこには木々が生えておらず、森が草原を囲むように広がっていた。

 その草原には二頭の動物が草を食んでいた。


 ノアディルはその光景を見て、最初にこの世界に来たときに倒した生物と同じだと思い出した。

 ヴィオラは小さな声で、


「あれは[グリーンスタッグ]よ。あいつの肉はとても美味しいの」


 と言った。


「本物の……肉……!」


 ノアディルは思わず生唾を飲み込んだ。

 彼の時代では、自然に育った肉は存在せず、全てが培養肉だった。

 パサパサで味気ない培養肉、そしてエネルギーバーのような何から作られているのかも分からない代替食品が主な食糧だった。


 ノアディルの心には、久しく忘れていた本物の食事への憧れが蘇っていた。

 そしてふと、デバシーの中にいくつかの酒瓶があることを思い出した。


(そういえば、一級品とは言えないが、いくつか酒を持ってきたんだ。いつかヴィオラにも振舞おう)


 ノアディルはそんな事を考えながら目の前のグリーンスタッグに視線を戻した。

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