ブンメー

@me262

ブンメー

 茫漠たる宇宙空間の暗闇の中を、気の遠くなるほどの時間、ブンメーは漂い続けた挙句、一つの緑の惑星を見つけた。

 この星なら居るかもしれない。

ブンメーはその星に近づき、全体を観察して大気と海と陸の存在を確認した。

 大丈夫だ。きっといる。

 期待をこめてブンメーは一番大きな陸地の、とある海岸に接近した。地面からある程度の高さに留まり、周囲を見渡すと緑色の海と白い砂浜と、鬱蒼と茂る緑の森があった。更に高度を下げていき砂浜と森の間を移動すると、やがていくつかの動くものを認めた。そちらの方に向かい、ブンメーは探し求めていたものを発見した。

 青黒い体表をした六本足のトカゲのような生き物が十数頭の群れを作り、森の樹々が落としたであろう赤い果実を這いつくばって食べている。幾つかの個体は青い魚を食べていた。水陸両用の生き物で、森の果実と海に潜って取った魚を糧にして生活しているのだろう。

 ブンメーは地面近くまで降下して群れの中に入った。トカゲたちは無反応だ。ブンメーには実体がない。意識だけの存在だ。音や風が見えないようにブンメーを見ることができる生き物はいない。

 木登りができないらしく、トカゲたちは赤い果実を手に入れようと、果実をまとった木の幹に体当たりをしていた。体当たりの衝撃でいくつかの果実は落ちるが、トカゲも体が痛そうだ。ブンメーはトカゲを一頭ずつ観察していった。

 どの個体も健康状態に問題はない。なるべく頑強で若い個体にしよう。

 一通り調べ終わり、どれにしようか迷っていると、離れたところで一頭の小柄なトカゲが木のそばでじっと上を見ているのに気付いた。

 体が小さいのは成長途中だからだろう。トカゲの視線の先にはひと際大きな深紅の果実があった。それが欲しいのか、トカゲは数回幹に体当たりをしたが、体力が足りないせいで果実は枝にぶら下がったままだ。

 体中が痛いのだろう。小柄なトカゲは四つの眼を固くつぶってうずくまった。これ以上の力仕事はできないが、諦めきれずにちらちらと果実を見上げている。

 この個体に賭けてみよう。

 ブンメーは小柄なトカゲに近づき、その頭部に入り込んだ。実体を持たないブンメーは存在を他の生き物に重ね合わせることで、その生き物と同じ存在になれる。ある種の寄生だ。

 その瞬間、小柄なトカゲは全身を一回身震いさせた。ブンメーは実体がないので物体に干渉することはできないが、現象を変化させることはできる。ブンメーが寄生すると宿主の脳の中では神経シナプスが劇的に活発になるのだ。その結果、宿主はより深く物事を考えるようになり、思考力が高まる。

 小柄なトカゲはしばらくの間、固まったように動かなかった。そして唐突に深紅の果実を見上げるのを止めて、森の中に入っていった。程なくして自分の体よりも長い一本の枯れ枝を顎に咥えて戻ってきた。

 再び件の木の前に行くと前部の二本の足で枯れ枝を掴み、それを垂直に立てて先端を果実の付け根に持って行った。だが、今ひとつ届かない。

 トカゲは前足を更に上げて何とか距離を縮めようと奮闘する。その内に背中を大きく反らせて四本の後ろ足だけで体を支えて直立する格好になった。

 枝の先端は果実の付け根に達した。その時を見計らってトカゲは前足を激しく動かして枝を果実の付け根に打ち付け始めた。直立して枝を打ち付ける動作を何回か繰り返すと、遂に目的の大きな深紅の果実は付け根から取れて地面に落ちた。

 歓声だろうか。トカゲは甲高い声を上げた。その声を聞きつけて数頭のトカゲが近づいてきた。小柄なトカゲは深紅の果実を一齧りすると、それを仲間のトカゲの足元に転がせた。トカゲたちは同じように甲高い声を上げながら一齧りずつ分けあった。

 ブンメーは安堵した。この生き物は果実を独り占めせずに仲間に与えた。仲間も争うことなく均等に分けあった。どうやら生来善良な心を持っているようだ。

 小柄なトカゲはこれからも色々なことを考えていき、その度に思考力は高まる。やがて成体になり、複数の子供を作るだろう。

 その子供たちは親よりもわずかに大きな頭脳を持ち、各々の頭脳にブンメーは分離して寄生する。親同様に思考力の高い子供たちは生きている間、更に思考力を高める。そしてまたわずかに頭脳の大きな子供を作る。ブンメーはその子供たちにも分離して寄生する。

 これを数千世代繰り返すことでトカゲの子孫たちは巨大な頭脳と高い知性を獲得するのだ。

 彼らは無数の道具を作り、農耕を始め、町を作り国を作りこの星の支配者になる。その時彼らは自らを人類と認識するだろう。善良な人類は繁栄を続けていくだろう。

 前の星の人類はそうならなかった。

 あの狂った猿どもはせっかく高い知性を手に入れたのに、互いに殺しあう兵器ばかり作り、挙句に核戦争を起こして自分たちのみならず星全体を滅ぼしてしまった。ブンメーは宿主の知性を高めることはできるが、心を高めることはできない。与えられた知性をどのように使うかは宿主の自由なのだ。

 今度は失敗しないだろう。新しい人類は互いに思いやり尊重し合い、この星のみならず宇宙までも広がっていくだろう。そして自分を更なる高い次元の世界に連れて行ってくれることだろう。

 ブンメーは大いに満足した。

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