第18話

 部屋の中はそこまで暗くないのにドアを開けた瞬間、外が眩しくて目の奥がギュッとなるのが少し不快に感じる人は私だけ?

 私が外の光に目を細めるといつもと変わらない制服姿のミサちゃんがドアの向こうには立っていた。


「悠、ごめんねー」

「ミサちゃん、お見舞い、ありが……。え、なんで……」

「じゃあ、私は帰るから後はお好きにどーぞ。ちゃんとで話し合いなよ。バイバーイ」

「ミサさん、ありがとう」

「ミサセンパイ、ありがとうございました」

「は……? え、ちょ、ちょっと! ミサちゃん!?」

「あがらせて貰うわね」

「お邪魔しまーす」


 突然、姿を現したのは、今、一番会いたくない永遠とわと羊子ちゃんの二人。

 混乱する私の気持ちを置き去りにしたまま二人は私の家の中に入って行った。


 遅れて私の脳内にミサちゃんの「悠、ごめんねー」という声が響き渡る。ミサちゃんのセリフの意味を遅れて理解した私は相当間抜けな顔をしていると思う。


 永遠や羊子ちゃんが来てもきっと追い返されると踏んで、ミサちゃんに手伝って貰ってドア前ギリギリまで二人とも隠れていたのだろう。

 モニターにはミサちゃん以外は誰も映っていなかった。

 

 そして、すでに二人は部屋の中にいる。

 追い出すには難しい状況に私は腹を決めるしかないようだ。


「突然、来てごめんなさい。でも、こうでもしないと悠は私たちと会ってはくれないと思ったの」

「ミサセンパイは悪くないので、ミサセンパイの事は怒らないでください」

「…………うん」


 私はベッドに腰掛ける。ベッド側のローテーブルを挟んで向こう側に正座する二人を見ていられなくて、何となく足元に視線を落とした。


「私たち――私と羊子、二人の仲が良くない事は薄々気付いているわよね?」

「うん」

「それをあたしたちから説明させて欲しいんです」


 そう言って永遠と羊子ちゃんは二人の関係を話始めた。


 羊子ちゃんは永遠の家族の経営する一色いっしきグループに所属する遠い遠い親戚だと言う事。

 幼少期、歳も近く何かと比べられがちだった羊子ちゃんと永遠。

 一色グループの社長令嬢で美しく賢い永遠に子どもながらに嫉妬していた羊子ちゃんは永遠に対して敵愾心てきがいしんを抱くようになったらしい。


 実際、大人たちは永遠と羊子ちゃんを比べては、やはり一色グループの社長令嬢の方が優れていると永遠を持ち上げる。それは羊子ちゃんの両親も同様で、自分の羊子ちゃんをさげてまで、媚びを売る姿に羊子ちゃんは絶望した。

 

 それは純粋に両親や大人たちに愛され守られたい子どもにとって、とても残酷で可哀想な事で、歪んでしまった羊子ちゃんは大人たちの見ていないところで永遠に嫌がらせをするようになったそうだ。


 成績だけではなく、容姿や生まれ、立ち居振る舞いなど様々な点で羊子ちゃんはやり玉に上げられ、その鬱憤を晴らすように永遠に嫌がらせを繰り返した。


 歳を重ねれば、永遠は羊子ちゃんに疎まれる理由も理解出来たが、そうだとしても幼少期から現在に至るまでに受けた嫌がらせの数々によって、羊子ちゃんに対して強い苦手意識を持っていた。


「……あたしが中三の時、一色センパイ……いえ、永遠さんがずっと想い続ける人がいるって知ったんです。ずっと片想いしてる人を追いかけて同じ高校に行ったって、一色グループの新年パーティーで一色邸の使用人たちが噂しているのを聞いて、急遽、同じ高校を受験して、永遠さんを追いかけました。最初は噂が本当かどうか知りたくて、本当じゃなくても弱みを握りたくて、目立たないように観察して、本当だと確信してから、悠センパイに近付きました」


 胸がズキンと痛む。薄々、羊子ちゃんが私に告白したのは純粋な好意からじゃない事は気付いていた。それでも面と向かってネタばらしをされると辛いものがある。


「悠が彼女が欲しいって、学校の女子に手当り次第に声をかけてるのは知らない人はいないわね。まあ、悠は昔から変わらずそうなんだけど」


 永遠は懐かしそうに目を細めつつも苦笑する。その寂しげな表情に罪悪感がわいた。


「正直、初めはこの人こんなにチョロくていいのかな? なんて思ってました」

「チョロいって……」

「事実、悠は女子には誰にでも甘々だから」

「でも、あたし……」


 羊子ちゃんがギュッと唇を噛む。そんなに噛んだら血が出てしまうんじゃないかって私は心配になった。

 そんな風に思っちゃう私だからチョロいって思われるんだろうけど、今はそれでいい。

 羊子ちゃんに自分を傷付けて欲しくない。


「本当は永遠さんへの当て付けで、永遠さんが本当に欲しい人を手に入れて、あたしに夢中にさせたらどんなに気分が良いんだろうって思ってたんです。四月の段階では。でも、そうはならなかった」


 羊子ちゃんが何を言いたいか分からなくて、私はただひたすら羊子ちゃんの顔を見つめ続けた。隣にいる永遠は羊子ちゃんがこの先、何を言うか知っているかのように静観している。


「告白が六月に入ってからだったのは悠センパイ、あなたを本当に好きになってしまったからなんです」

「……へ?」

「五月までには悠センパイに告白するつもりだったのに、見極める最中さなか、あなたが誰にでも優しくて真剣で、そして本当は寂しがりな人だって事を知ったんです。あたしも本当は誰かに愛されたかったから。――だから、本気で好きになったんです」

「私も最初は羊子が私への嫌がらせの一環で悠に近付いたんだって思ってた。悠まで巻き込んで本当に許せないって。でも教室で悠にキスする羊子を見て、あの表情を見て、本気なんだって気付いた」


 二人の告白に理解が追い付かない。にわかには信じられない内容なのに、二人の表情は真剣で、私は変な感じに口に溜まった唾を飲み込む。その音がやけに大きく感じられた。

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