第7話
「はい、これ。
「わざわざ手紙?」
「そそ! たまにはこういうのも悪くないっしょ?」
ミサちゃんはルーズリーフをハートの形に折った手紙を渡してきた。
小中学生の頃に同級生の女の子たちがこういうのでやり取りしていたのを思い出してジェラシーを覚える。
わ、私だってハートに折れるし鶴にだって折れるもん! だからいつか私とも手紙交換しよう? お願い。
「悠には今度お手紙書いてあげるから……」
とうとう声に出さずとも表情で私の言いたい事がミサちゃんに伝わってしまったらしい。なんか照れます。
だけどミサちゃんは哀れみの表情を向けている。Why?
まあ、いいや。ミサちゃんが隣のクラスの先生から永遠に渡すプリントやらも貰って来たので、私はミサちゃんの手紙と一緒に永遠に渡すプリント類をクリアファイルにまとめて鞄へとしまった。
「じゃあ、私はもう行くけど渡すものは手紙だけで本当に大丈夫?」
「大丈夫〜。あ、でも悠が何か持ってく分にはいいんじゃない?」
「んー、そうだね。行きながら考える。じゃあね、ミサちゃん」
「ほいほい〜。気を付けてね〜」
ミサちゃんは朝の不機嫌さが嘘のように上機嫌で私を見送ってくれる。
やっぱり女の子は笑顔が一番。うんうん。……永遠絡みってのが少し気に入らないけど。
まあでも、滅多に休まない永遠が休むって事は体調不良の可能性が高いのは間違いないし、たまには優しくしてやるか。
ミサちゃの勧めもあったし、私は永遠の住む高級マンションへ行く前にコンビニに寄って、生クリームたっぷりの今にもとろけそうなプリンとみかんとパイナップルの入ったフルーツゼリー、スポーツドリンクを買った。
あまり多くの物は買い込まない。お粥なんかは家政婦さんが作ってくれるだろう。
たくさん買っても一人で消費は難しくなるだけなので、そういう所で気を遣う。
私みたいな一般家庭の生まれでひとり暮らししているなら、たくさん買い込んでくれるのは有り難さMAX(申し訳なさもMAX)だけど、もうすでにたくさんの物を持っている永遠には不必要だ。
だから永遠が昔から変わらず好きな生クリームたっぷりのとろけそうなプリンを買って行く。
ゼリーはオマケ。もしかしたらプリンが胃に重かった時の事を考えて、さっぱりツルッとイケそうなフルーツゼリー。
それさえも無理ならスポーツドリンク。この体調不良者御用達三点セットなら、間違いなく迷惑にはならない。
もちろんスポーツドリンクは家政婦さんが用意してるとは思うんだけど、こんなんなんぼあってもいいですからね、の精神で持っていく。
高級マンションのエントランスでは柔和な表情を浮かべるコンシェルジュが立っていた。
所作も丁寧なコンシェルジュから「ようこそ、
一〇〇八号室。三十階建て高級マンションの十階の部屋である。永遠があまり最高層には住みたがらなかったので安全性も兼ねて十階の部屋になったらしい。
最初、私も友達価格で、この高級マンションに住まないかと打診されたが丁重にお断りした。
もちろん私の両親も全力で断ってくれた。庶民なのに、こんな身の丈に合わない高級マンションに住んだら色々と価値観が崩壊してしまいそうである。
――ピンポーン。
インターホンを押す。少し間を置いてから、機械越しの永遠の「……はい」と言う声が聴こえてきた。
「私。プリントとか届けに来た」
プツッとインターホンの通話が切れる音がして、すぐ様、ドアが開いた。
二日ぶりに会った永遠は過去一ヒドイ顔をしている。
体調が悪いとか悪くないとか、そこは分からないけど明らかに顔色が悪い。
「お邪魔します」
「どうぞ」
玄関で律儀にお決まりの言葉を述べて室内に入る。
ひとり暮らしなのに、何故か三LDKの広さもある永遠の住む部屋。
とりあえずリビングのソファに座って荷物を漁る。
「これが永遠のクラスのプリントとあとミサちゃんから手紙。預かってきたから」
「ありがとう」
永遠はプリントには目もくれず、ミサちゃんからのハートの手紙を丁寧に開いて読み始めた。
渡すものを渡したらすぐに帰ろうと思っていた私は完全にタイミングを逃してしまい、永遠がミサちゃんの手紙を読むのをぼんやりと観察する。
……美人は顔色が悪くても美人なんだよな〜。
そんな事を思っていたら不意に永遠がミサちゃんの手紙を読みながらクスっと笑った。顔色が優れないのに、心の底からの小さな微笑みを見て、何だかすごくモヤっとする。
そのモヤモヤは次第にイラつきに変わって、優しくしてやるか〜って思ってた気持ちなんて全部吹き飛んで私はちょっと乱暴にまだ手紙を読む永遠にコンビニの袋を押し付けた。
「これ、買ってきから。もう帰るね」
「……っ! 待って!」
「…………何?」
自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出た。何でか分からない。
正直言って、永遠に対してこんな子どもじみた行動に出てしまったのは初めてまである。
永遠も私の声の冷たさに驚いてビクっと体を跳ねさせた。それさえも何だか癪に触る。
……今日の私はどうかしてる。だから、早く……。
「何もないのなら帰るから」
「……ダメ!」
「ダメって……」
「言われても」と続けたかった言葉を私は飲み込んだ。
永遠が泣いている。
私はおかしくなりそうな気持ちでいっぱいで、永遠の零した涙を恐る恐る指で拭った。
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