I イノベルム
Chapter1
ゴツン――
――カツン。
緊張感のある音が辺りに響き渡る。それは心臓の鼓動と同じリズムで、
ユトス・マクシムスの不安を煽っていた。
「ハァ……ッハァ―」
息を整えて、壁に背をつける。ヒンヤリとしていてる。生きた心地がしない。その見つめる先には、不公平なまでに幻想的な世界が広がっていた。
* * *
西暦二五〇〇年、大規模な太陽フレアにより銀河変動が起きた。
この災害により、生物は凶暴化し、人口の六割が失われた。
これらの変異には、共通して植物の特徴があった。
この新しい生命体をヴァジュタスと呼んでいる。
そして、人々は地上を追われ、
都市型衛星「セカンドアース」
地下居住区域「アンダーネスト」
宇宙と地下で分かれて生活することを余儀なくされている。
かつての都市のシルエットは、自然の力によって新たな生命を宿し、幻想的な風景を作り出す。道路はアスファルトが割れ、その隙間からは色とりどりの草花が顔を出し、まるで大地が息を吹き替えしている。
ユトスは狭い道を歩きながら、ふと立ち止まり、夜空を見上げた。そこには、冷たく輝く月と、その隣に漏れる人工的な光が夜道を照らす。
巨大な木々の間には、変異した獣たちが静かに歩き回る。
昆虫たちは、光を反射する翅を広げて大きな音を鳴らしながら羽ばたき、空中に輝く軌跡を描いていた。彼の足音が響き、冷たい空気が肌に触れる。
(……!)
次の瞬間、鹿は鋭い目つきでユトスを見据え、正面から全力で突進してきた。ユトスは心臓が跳ね上がるのを感じながら、必死に身を翻してその猛攻を回避する。ユトスは、エナジーブレードを構え、集中する。
ユトスの刃がツタを切り裂き、体に深く食い込む。
驚きの鳴き声を上げ、猛烈な力で反撃してきた。ツタが腕に絡みつくが、必死に振りほどき、再び立ち上がった。
(電流で動きを封じる!)
再び突進してくるが、素早く身をかわし、エーテルアシストを使用する。
次の瞬間、エレクトロネットを発射しされ、身動きが封じた。
「終わりだ」
ユトスはエナジーブレードを振り下ろす。その目には同情がにじんでいた。
* * *
ビルの廃墟から突き出た大樹の枝影に潜んで、二人の視線は彼の姿に注がれていた。
「彼が例の」
「信じられないほど動きを読んでるね」
「できるじゃない」
黒いスーツに身を包んだスレンダーな女性と、小柄でほんわかとした雰囲気の女性は、影に隠れながらユトスの動きを一心に見つめていた。その目には、何かを見透かそうとする冷たい光が宿っていた。
* * *
俺は戦闘を終え、周囲を見渡した。仲間たちが戦闘音に気づいて集まってくる。最初に駆け寄ってきたのは「レギオフォル」に所属する女性のマリナ・ルゴフだった。風が吹くたびに、黒い髪が揺れ、彼女の心配そうな瞳がちらりと見え隠れする。
「ユトス、大丈夫?」
「大丈夫。片付いた」
心配そうなマリナの目を見て、優しく言った。
「心配性だな」
「無理しないでよ」
「これくらい余裕だ」
マリナは、倒れた鹿に慎重に近づき、じっくりと観察し始めた。
「寄生が解除されてるね。なんだか、気味が悪い」
彼女は嫌悪感を浮かべた目で鹿を見つめながら、低く呟いた。
「この鹿もヴァジュタスになりたくてなったわけじゃない」
その時、周囲を警戒しながら屈強な部隊長ウィル・ルゴフが現れた。
「ユトス、なぜすぐに救難信号を出さなかった?」
「もう、ひとりで狩れますよ」
「それでも、一人でやろうとするな。周囲と協力しろ」
ウィルは優しくユトスの肩を叩く。その手には温もりがあった。
「はい」
俺はうなずき、ウィルの言葉を胸に刻んだ。しかし、俺ならできるという気持ちが勝っていたのだった。すると、マリナは、俺の背中を叩く。
「イッタ!」
「説教は終わり! 調査も終わり! 運ぼう!」
「そうだな」
俺たちは狩猟した鹿を運ぶ準備を始めた。鹿の四肢を束ねてロープで固定する間、ウィルは周囲を警戒している。
「準備できたぞ」
「行こう」
マリナは小さく頷いて、俺の隣に立った。二人で一斉に力を入れ、鹿を持ち上げる。鹿の重みが一瞬体にのしかかったが、俺たちはしっかりとバランスを取りながら、ゆっくりと運び始めた。
「こんなに重いとは思わなかった」
「ウィルさん押してくれ」
「周囲の警戒も必要だ」
「そんなのエーテルアシストに任せておけばいいでしょう」
「……機械に頼るな。自分の目で見たものを信じろっていつも言っているだろ?」
「そうですけど……おも!」
「重い! ちゃんと引いてる?」
「引いてるよ。……おい。マリナ……手、添えてるだけだろ?」
「ハハハ」
「手伝えよ!」
「うるさいな~」
鹿の体はまだ温かく、息を引き取ったばかりの現実が改めて重くのしかかる。
マリナも口元を引き結び、険しい表情で前を見つめている。俺は愚痴をこぼす。
「車があれば……」
「ヴァジュタスになったら大変だし、燃料足りないじゃん」
「セカンドアースの連中の探査車なら大丈夫だろ?」
「遠征隊が使ってるからないよ。一台しかないもん」
「はぁ……なんで一台だけなんだ」
「貴重なものだからだよ……重い~!」
道中、俺たちは何度も立ち止まり、慎重に休息を取りながら前進した。足元の枝葉がカサカサと音を立て、風に揺れる木々が不気味な影を落とす中、俺たちは黙々と歩き続けた。
* * *
アンダーネストには、荒廃した世界で生き残るために結成された狩人の組織、レギオフォルは、常に危険な生物と戦いながら食料・資源を確保をしている。
ユトスたちのいる区域には、大人子供合わせて百人程度が暮らしている。
狩りの成果を持ち帰り、集会広場にいる。
今晩のごちそうに拠点のみんなが集まってきた。
そこに売店のおばちゃんが声をかけてきた。
「ユトスちゃん一人で狩ったって聞いたよ? ケガはないかい?」
この人は、昔から俺を心配してくれる。アンダーネストのみんなを孫のように思っているようだ。
「ばあや、大丈夫だ。これでみんなにせいのつくもんつくってやってくれ」
「そうだねー。今日は鹿鍋にしようかね。厨房までもってきてくれるかい?」
「もちろんだ。マリナ、団長の報告は任せていいか?」
「わかった。また夕食のときに」
「うん」
ユトスは厨房へ、マリナは団長に成果の報告に向かった。
薄暗い通路の奥にある重厚な扉を前に、マリナは深呼吸をした。その扉の向こうには、シノノメ団長が待っている。団長室へ向かう足音が静かに響く中、心臓は次第に高鳴っていく。
シノノメ・クーロン、三十代でレギオフォルの団長に就任した人物。地下拠点の地上、一番地区での掃討作戦を成功させ、英雄と称された。昔、セカンドアースの軍人だった彼は、大規模なクーデターが起こった際、政府の一方的な弾圧に反発し、地球での生活を選んだという。
扉をノックし、その静寂を破る音が通路に響く。
「どうぞ」
と低く落ち着いた声が返ってくる。扉を開け、団長室に足を踏み入れた。室内は薄暗く、壁にはさまざまな作戦図や地図が張られている。
「報告かな?」
無精髭が彼の顔に力強さを与えている。その瞳は深い知性と優しさを湛え、微笑むとその表情は柔らかい。
「はい。最新のヴァジュタスに関する情報をお持ちしました」
シノノメ団長は静かに頷き、その資料に目を通す。
「うん……この報告をもとに狩猟するところを絞っていこう。報告ありがとう」
「はい、失礼します」
団長の言葉に一礼し、団長室を後にする。
すると、父が待っていた。
「マリナ。今日の狩りで分かったろ。危険だ。所属するんじゃない」
「お父さん……何度反対されても、私もレギオフォルに入るから」
「ユトスもお前を危ない目に合わせたくないと思っている」
「関係ない。母さんの仇は私が根絶やしにする」
私は憎悪に満ちた目をしているのだろう。お父さんは、悲しげに見つめてくる。
「マリナ、待ちなさい。まだ話は終わっていない」
何も言わずに、歩みを進めていった。
そんなウィルに団長室から出てきたシノノメが声をかけた。
「反抗期?」
「そういうものじゃないでしょう。シノノメ団長からも言ってくれないか?」
「本人の意志を尊重させるのが、私のモットーなんだね」
シノノメは悲しげな表情で言葉を続ける。
「憎しみは人に言われてどうにかなるものじゃない」
ウィルはその言葉に返す言葉がなかった。
* * *
夕食を終えてユトスは自室に戻り、今日の出来事を振り返っていた。
そこに救急箱を持ったマリナが入ってきた。
「ん? どうした?」
「ユトスってすごいね」
「まぁな。そんな褒めてもなんも出ねぇぞ。文無しだ」
彼は照れくさそうに答えた。
「私そんなにがめつくないから」
「で……なんでそんなもの持ってるの?」
「そんなの決まってるじゃない。……ほら、やっぱりケガしてる!」
彼の腕に目をやり、傷があることに気づいていた。
「早く手当てしないと」
「別にこれくらい平気だって」
腕を隠そうとしたが、すぐに応急手当の道具を取り出した。
「じっとしていて。すぐに治してあげるから」
私の手は少し震えていたが、それは彼の心配する気持ちと、特別な感情が入り混じっているからだ。彼は、手際の良さに感心しつつも、少し照れくさそうにしていた。
「これで大丈夫。無理しないでね、ユトス」
彼に対する少しの不安と深い愛情が見え隠れしていたのかもしれない。
ユトスはいつも笑顔で傍にいてくれる。私の気持ち気づいてくれていない。
「ありがとう、マリナ。本当に助かるよ」
* * *
翌朝、目を覚まし、窓から差し込むわずかな光に目を細めた。地下拠点の生活は暗く、静かだが、今日も新たな一日が始まる。
食堂に向かうと、すでにマリナが朝食の準備をしていた。彼女は俺に気づくと、明るい笑顔で迎えた。
「おはよう、ユトス。よく眠れた?」
「おはよう、よく眠れたよ。傷もだいぶ良くなったよ」
マリナは少し照れくさそうに微笑んでいる。
「それはよかった。今日は何か予定はあるの?」
「いや、特にないから、訓練所に行くよ」
「……そっか」
少しがっかりしているのは気のせいだろうか。
地下訓練所の空気は、熱気と汗で満ちていた。
訓練服は身体にぴったりとフィットし、筋肉の動きを際立たせている。
(まずは、ウォームアップだ)
ストレッチで筋肉をほぐし、次に走り込みを開始する。
足音が訓練所に響き渡り、他の訓練生たちも彼の動きを注視していた。
続いて、ウェイトトレーニングに移る。重いダンベルを持ち上げるたびに、ユトスの筋肉が隆起し、その動きは力強さを物語っている。
サンドバッグの前に立ち、拳を構える。一瞬の静寂の後、彼の拳が鋭くサンドバッグを打ち、重い音が響く。
(もっと速く、もっと強く)
訓練を終え、家に戻ると、見知らぬ女性が立っていた。
鋭い目つきと整った顔立ちが印象的で、スタイルの良さが際立っている。
「あなたが、ユトス・マクシムスね?」
「あんたは?」
ユトスは警戒しながら答えた。
「私はイリス・エルヴェ。人類復興機関インダストリーに所属しています。あなたをスカウトに来ました」
長い黒髪をかきあげながら自己紹介をする彼女は、スレンダーな体格で、自信に満ちあふれている。イリスは微笑みながら名刺を差し出してくる。
「インダストリーか」
シュウは名刺を受け取りながら、眉をひそめる。セカンドアースの組織。人類復興機関。活動内容は生態系を管理しているということだが、組織の実態は曖昧だ。
「セカンドアースの人がなにか御用ですか?」
「あなたに会いに来たの。そんなににらみつけないでよ」
「……」
「それに、同じことを二度も言わせるなんて、いい男がすることじゃないわ」
「だからなんだよ」
「……さっきから、ずいぶん差別的な態度ね」
イリスが目を細めながら微笑む一方で、俺は嫌悪感むき出しにする。
そこに、マリナが駆け寄ってきて、尋ねる。
「どうしてユトスなんですか?」
「彼の予測した動きができる先見性が魅力的だったからよ」
「だからって……それにレギオフォルとインダストリーは犬猿の仲ですよね?」
「それは、あなた方の決めつけよ? 縄張りは踏み入れないぐらいの配慮はしてるわ」
険悪な雰囲気がますます高まる中、黒服スーツの小柄な女性が現れる。彼女はほんわかした雰囲気を持ち、優しい笑顔を浮かべていた。
「その辺にしてください」
「サフィも来たのね」
「来たのね、じゃないよ。なんで勝手にアポイント取ってるの? 団長を通してからって提督との約束だったじゃない」
「そんな細かいことは性分じゃないわ」
「もー。後で怒られても知らないからね」
そっぽを向くイリスに対し、サフィはあきれている。
「私は、サフィ・マルシャルです。この子と一緒のインダストリーの人間です。特務隊に所属しています」
「どうでもいい。スカウトの件、答えはノーだ。分かったら、さっさと帰れ」
俺はそれを無視して、自室に戻ろうとする。
「へぇー、逃げるんだ」
「なんだよ」
「話を聞かない、愛想もない男。実力も大したことないのでしょうね」
「お前、いまなんて言った?」
「意味分からない? 弱いって言ったの」
「戦ってもないやつが、偉そうに」
その言葉に、イリスの目が鋭く光る。二人の間に緊張が走り、まるで火花が散るようだった。
「ストップ! もう、喧嘩はやめて!」
サフィが間に割って入るが、二人の視線は互いにロックオンされたままだ。
「イリスも!」
サフィの言葉に、イリスはニヤリと笑う。挑発するように一歩前に出た。
「この生意気な小僧のプライドをぶっ壊してやりなさい。サフィ!」
「は?」
「だったら、そこのアンタでいいよ。俺と勝負しろ」
「へ? 意味わからないよ」
「フフッ、逃げるなら今のうちよ?」
「お前らこそ、今謝ったら許してやるよ」
二人は煽り合い睨み合う。
「えぇぇぇ! なんで私が!」
サフィは驚きと困惑の声を上げ、空を仰いだ。まるで自分が巻き込まれたことに対する不満を表すかのように、肩をすくめてため息をついた。
(どうしよう……)
この時、マリナは内心、焦りながらも、ただ立ち尽くすしかなかった。
* * *
訓練所に移動して、サフィと模擬戦闘を行うことになった。
ほんわかした雰囲気のあるサフィは、めんどくさそうに項垂れている。
「はぁ……よろしくね、ユトス君」
「ああ」
ユトスは短く答え、構えを取った。
訓練所の中央に立つユトスとサフィ。
二人の間に、審判役のイリスが立ち、模擬戦のルールを説明する。
「これから行うのは、近接の木刀、遠隔のエーテルアシスト、そしてアビリティのアクセルブースターを使用した模擬戦です。準備はいい?」
ユトスは木刀を握りしめ、背中のアクセルブースターを確認した。
「準備はできている」
サフィは素手で構え、余裕の笑みを浮かべた。
「君にはこれくらいのハンデは必要だね」
「なめるなよ!」
ユトスは低くつぶやいた。
「それでは両者構えて。……始め!」
イリスの合図とともに模擬戦が始まった。
ユトスは開始早々、アクセルブースターを起動した。
瞬時に加速力を高めたユトスはフェイントを加えながら一気にサフィに詰める。
(少し脅かせばいける!)
アクセルブースターの力で、彼の動きはまるで閃光のように速かった。
しかし、サフィはその動きを冷静に見極め、軽やかにかわした。
「ふふ、まだまだね」
「な!」
ユトスはすかさずエーテルアシストを展開し、サフィの後方を塞ぐように配置した。
「これで逃げ場はない!」
「甘いよ」
後ろを振り返らず、遠隔無人機を正確に破壊し、驚くべき速さで詰め寄る。
(早すぎる!)
ユトスは一瞬の隙を突かれ、反応が遅れる。
その瞬間、サフィは勢いを利用し、見事な背負い投げをされた
息が詰まる。背中が痛い。その一撃で戦闘不能となり、模擬戦闘は終了した。
「そこまで、勝者サフィ」
イリスが宣言し、模擬戦闘は終了した。
サフィはユトスを見下ろしながら、頬に手を近づけた。
「私の勝ちだよ」
そう言い放った彼女の目は冷徹だった。そして、いつもほんわか笑顔に戻る。俺は大の字で空を仰いでいた。自分の力の無さを思い知った。。
(負けた……、一瞬で)
「なかなかやるねー。うんうん。これならすぐに任務に当たれるよ」
「甘やかさないで。……ねぇユトス」
サフィは感心しているとイリスが冷ややかな笑みを浮かべて近づいてくる。
「これでわかったでしょう? あなたの実力はまだまだなの」
イリスの挑発的な言葉に、俺は悔しさを噛みしめながら立ち上がろうとした。
(……!)
「雑魚はおとな」
その時、サフィがイリスの肩を軽く叩いた。
「いい加減にしなさい」
その言葉に、イリスは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに肩をすくめて笑った。
「はーい。でも、彼にはもっと強くなってもらわないと」
その時、マリナが駆け寄ってきて、ユトスの腕を支えた。
「ユトス、大丈夫?」
「……」
悔しいよりも恥ずかしさがあって、何も言えない。
その時、訓練所の扉が開き、笑顔を浮かべたシノノメ団長が現れた。
彼の後ろには部隊長のウィルも続いていた。
「おいおい、何があった? 騒がしいぞ」
団長は笑いながら近づいてきた。彼の気さくな態度が、場の緊張を和らげた。
「シノノメ団長、実は――」
マリナが事情を説明し始めた。
「なるほど、そういうことか。とりあえず、みんな落ち着いて」
やれやれと頭をかきながらシノノメは言葉続けた。
「話は承りました。インダストリーの提督には、後ほど返事はするよ」
二人は敬礼をして、了承する。
「やめなさい」
イリスが不快な笑みを向けてくる。サフィに頭を強く叩かれる。
ユトスは、下をまっすぐ見つめ、怒りをこらえるように拳を強く握りしめていた。
* * *
インダストリー隊員イリスとサフィは、アンダーネスト出入口近くに探査船を停泊させている。セカンドアースからヴァジュタスの調査団として派遣されている。第一番地区は浸食が少ない地区であり、対策と戦闘態勢さえ整えていれば問題がない。
「ここは異様な景色よね」
イリスは探査船を降りて、大きく深呼吸をする。
「空気が美味しい。セカンドアースじゃ、人工的な酸素って感じなのよね」
「それちょっと分かる。やっぱり地球がいいよね。浸食がなければだけど」
サフィは探査船の機械を操作しながら答える。
そして、操作を終えると探査船から降りる。
「昨日、ユトス君と喧嘩したっきりなんでしょ? あそこまでつっかかることないじゃない」
「あいつの俺は強いんだっていう感じ? 腹立つ」
「でも、戦闘センスは抜群でしょ? 少し天狗なだけで、戦闘をつんでいけば改心するよー」
「それはどうかなー。それよりも例の件……どうなってる?」
「あのヴェジタスね。監視カメラを設置して捜索してるけど、まだ何も進展なし」
「ほんと、あの巨体でどこにいるんだか」
すると、地下拠点入口からユトス、マリナ、ウィルが出てきた。
「あら? 昨日の負け犬くんじゃない」
「……」
「逃げんのー?」
ユトスは、その言葉も無視して歩みを進める。
「やぁ! お二人さん」
「うわぁ!」
びっくりして振り返ると、シノノメ団長がいた。
「シノノメ団長じゃないですか? どうしたんですか?」
「お仕事お疲れ様です。いやね、もしよかったらレギオフォルの仕事に同行してみませんか?」
「どうして?」
イリスの質問に、シノノメは腕を組んで話す。
「ユトス君をインダストリーの隊員に加入するにしても、もう少し彼に協力してほしいんだよね」
「はぁ」
「彼は新人だが、ここだけが彼の成長の場所にするのはもったいない」
「そうですね」
「だから、面接もかねて、一緒に行ってきてほしいんだ」
「えぇ……私は本部に行くのなんて仕事、めんどくさいから行ってもいいけど……」
イリスはそう言うと、サフィはやれやれという感じで答える。
「はいはい、私だけ本部に調査物資を送りにいってきますよ」
「ありがとー! サフィさん。それじゃー、よろしくねー!」
「切り替えはや! ちょっと待っ……もう行っちゃったよ」
「助かるよー。行ってらっしゃーい!」
ニヤニヤしながら手を振るシノノメ団長は、娘をお遣いに行かせる親のようなものだった。そして、サフィは、ボソッと呟いた。
「家の掃除、一人でやらせてやる」
* * *
ユトスたちは第一番地区のルーイン炭鉱で石炭採集に取り掛かっていた。
ウィルは周囲のトラップの確認に出かけていた。
「こっちの石炭が取れそうだよ!あと、珍しい石も見つけた!」
マリナは慎重に道具を使いながら掘り出した。
「わかった、そっちに行く!」
ユトスは興奮気味に答えた。彼は鉱石のコレクターであり、その情熱は尽きることがなかった。
「ユトス君って鉱石が好きなんだねー」
イリスが退屈そうに言った。彼女は石炭採取を手伝わず、ただ見守っていた。
そんな彼女に近づいていく。
「あのーイリスさん……」
「私は見学~」
「いや、少しは手伝ってくださいよ」
「つまんないなー。マリナさんは何か趣味とかないの?」
「……ギターです」
人の話を聞かないで質問されて、マリナは控えめに答える。
「いいね! 今度みんなでセッションしよう! あ、でも、そこのガキは音痴そうだね?」
「……」
「そうですね」
「キーが合わないだけだ!」
マリナが代わりに答えると、ユトスは苦しい言い訳をし、彼女らは笑っていた。しばらく世間話をしていると、ウィルが近づいてきた。トラップに異常はなかったようだ。
「みんな、エーテルが到着したぞ。石炭の積み込みするぞ」
ウィルが指示を出すと、すぐに石炭を積み込み始めた。
一巡目が石炭を運び去っていく。
「よし、少し休憩にしよう」
ウィルが満足げに言うと、茜色の空には無数の鳥が飛び交っていた。
* * *
焚き火を囲みながら、彼らはリラックスし始めた。焚き火の暖かさが疲れた体を癒し、パチパチと音を立てる火が静かな時を刻んでいた。
「そういえば、みんなの年齢ってどれくらいなの? 私は二十二歳」
イリスが尋ねた。
「私は二十歳だよ」
「俺もだ」
少し間をとってウィルが笑いながら続けた。
「俺は四十五歳だ」
「ウィルさん、四十五歳には見えないですね!」
「ありがとう、イリス。でも、年齢なんてただの数字さ」
「そうだね。年齢がどうであれ、こうして一緒に働ける仲間がいるのは嬉しいことだよ」
「特にこの時代には、仲間の存在が本当に大切だ。」
マリナの言葉に、ユトスは真剣な表情で応えた。
すると、遠くからタイマーのアラームが聞こえてきた。
「見てくる……」
ウィルは立ち上がり、何かを紛らわすようにこの場から離れる。
(ちょっと空気が重たくなったじゃん)
イリスは、思いついたかのようびマリナに話をふった。
「そういえば、マリナってギターが趣味って言ってたけど、いつから始めたの?」
「八歳の時から始めたの。母さんに教えてもらったんです」
「そうだったんだ……」
マリナの声に少しの寂しさが滲んでいる。
(これもまずったな)
「ユトス君は鉱石収集が趣味なんだね。どうして鉱石に興味を持ったの?」
「それはウィルさんがきっかけなんだ。鉱石の話をしてくれて、それが本当に面白くて。その美しさに心を奪われたんだ」
ユトスが懐かしそうに早口で答えた。
「へぇー」
「おい、聞いておいて、どうでもよさそうな顔やめろ」
「ンフ?」
すると、イリスは微笑んで表情を変える。
その時、ウィルが点検を終えて戻ってきた。
「みんな、運搬を再開しよう」
* * *
ユトスたちは二番地区に向かっていた。ヴェジタスの調査のためだ。
道中、身に覚えない光景を目にして、マリナがウィルに尋ねる。
「地面にこんな空洞あったっけ?」
「ん? なんだこれは?」
ウィル驚いた様子で空洞を見つめながら答えた。
マリナが指さす方向には、巨大な落とし穴ができていた。それは、蛇が通った後のようだった。直径二十メートルほどの大きな空洞ができている。
「確かにこんなの前はなかったな」
ユトスとイリスもトンネルを覗き込む。
「落ちたらゾッとするねー」
「ユトス君さ、落ちて調べてきてよ。ハンターでしょ?」
「お前ふざけてんのか?」
「男の子でしょ? 行けるって」
「帰ってこれんだろうが」
「その時は、その時よ」
「お前絶対、後で泣かす」
「はいはい、二人ともその辺で」
マリナが間に入って仲介する。
「このことは、団長にも報告しよう。ポイントの写真データを集めてくれ」
ふたりはウィルの指示のもとデータ収集を始める。その二人の傍らでイリスは、何か考え事をしているようだった。
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