創戦のアルゲンタム

新米

第1話 革命者

 ゴツン……カツン。


 獣なのか機械なのか、緊張感のある音が聞こえてくる。それは心臓の鼓動とも連動しているようだった。


「ハァ……ッハァ―」


 息を整えて、壁に背をつける。ヒンヤリとしていてる。生きた心地がしない。

シュウは生死の瀬戸際にもいるにも関わらず、生きる意思を捨てていない。

彼の見つめる先には、不公平なまでに幻想的な世界が広がっていた。 



 西暦二五〇〇年、大規模な太陽フレアにより銀河変動が起きた。それに伴い、大マゼラン星雲から流れ込んだ未知の粒子が地球の生態系を一変させた。この災害により、生物は凶暴化し、人類はなすすべなく、人口の六割が失われた。この出来事は後に「バイオマスパニック」と呼ばれるようになった。

次第に、生態系のトップに君臨することになったのは植物だった。植物はただの静かな存在ではなく、動物や人間、さらには機械にまで寄生し、変容させる力を持っていた。これらの変異した植物は「プラント」と呼ばれ、地上を支配する恐怖の存在となった。

 人類は地上を追われ、生存者は宇宙と地球の地下に分かれて生活することを余儀なくされた。

宇宙で暮らす人々は、無重力の中で浮遊しながら生活している。一方、地下で暮らす人々は、冷たい石畳の上で生活し、乏しい光の中で日々を過ごしている。宇宙の広大さと地下の閉塞感が、彼らの生活に大きな違いをもたらしている。

 地上の建物は、今やツタと苔に覆われ、まるで緑の巨人がそびえ立っているかのようだった。かつての都市のシルエットは、自然の力によって新たな生命を宿し、幻想的な風景を作り出している。道路はアスファルトが割れ、その隙間からは色とりどりの草花が顔を出し、まるで大地が息を吹き返したかのように感じられた。巨大な木々の間には、神秘的な獣たちが静かに歩き回り、その姿はまるで伝説の生き物のようだった。昆虫たちは、光を反射する翅を広げて大きな音を鳴らしながら羽ばたき、空中に輝く軌跡を描いていた。風が吹くたびに、葉のざわめきと共に、自然の調べが響き渡る。

この新たな世界は、かつての文明の残骸と自然の力が融合し、人々はこの美しい混沌の中で、新たな生活を模索しながら、自然と共生する道を歩み始めている。

 

 地下の人々は狭いスペースに集まり、共同で食事を作り、生活を営んでいる。生活地域の拡大も行われているが、人手不足で進捗は芳しくない。地下の一角では、子供たちの笑い声が響き渡り、遊びに夢中になっている。彼らの足音が石畳に反響し、時折、かくれんぼの声が聞こえる。大人たちは日々の仕事に追われている。

 シュウは狭い通路を歩きながら、ふと立ち止まり、夜空を見上げた。そこには、冷たく輝く月と、その隣に浮かぶ巨大な都市型衛星「セカンドアース」が見えた。月の光は静かで穏やかだったが、セカンドアースから漏れる光は人工的で冷たく、まるで別世界のようだった。


 セカンドアースの中には、豊かで快適な生活を送る人々がいる。彼らは広々とした空間で、最新の技術に囲まれて暮らしているのだろう。それに比べて、自分たちの生活はどうだろうか。地下の湿った空気と、薄暗い蛍光灯の光に包まれた狭い空間。食料も限られ、日々の生活は厳しい。


 深いため息をつき、シュウは再び歩き始めた。足元の石畳が冷たく、吐息が白く立ち上る。彼は狩りのために、仲間たちと共に地上へと向かう。地下の暗い通路を抜け、地上へと続く秘密の出口へ向かう。地上に出ると、彼らは静かに森の中を進み、獲物の気配を探る。

風が木々を揺らし、葉のざわめきが耳に届く。遠くで獣の鳴き声が聞こえ、シュウは息を潜めてその方向へと進む。

 しかし、彼の前に現れたのは、獣ではなく、巨大なプラントだった。ツタが絡み合い、まるで生き物のように動くその姿は、かつての植物とは全く異なる恐怖を感じさせた。

プラントは機械にも寄生し、変容させる力を持っていた。シュウはその場に立ち尽くし、冷静に状況を見極める。彼の手には狩りの道具が握られていたが、相手はただの獣ではない。プラントの動きは予測不能で、油断すれば命を奪われる危険があった。

シュウは深呼吸をし、静かに一歩を踏み出した。彼の足音が石畳に響き、冷たい空気が肌に触れる。プラントのツタが彼に向かって伸びてくるのを見て、シュウは素早く身をかわし、狩りの道具を構えた。彼の心は冷静で、ただ目の前の敵に集中していた。


 シュウは冷静に周囲を見渡し、近くの廃墟となった建物に身を潜めた。彼の視線の先には、プラントに寄生された鹿「ヴァインディア」がいた。その姿はかつての優雅さを失い、ツタや枝が絡みついた異形の存在となっていた。その目は赤く光り、獲物を前に静かに闘志を燃やしているようだった。


「キィィーッ!」


「この鳴き声…鼓膜を引き裂かれるようだ。」


 ヴァインディアのプラントは不気味な鳴き声を上げながら突進してくる。その鳴き声は、低くうねるような音で、まるで地獄の底から響いてくるかのようだった。シュウはその音に一瞬身震いしたが、すぐに冷静さを取り戻した。鳴き声が耳元で響く中、彼は建物の陰から静かに移動し、ヴァインディアの背後を取ることに成功した。ヴァインディアはシュウの存在に気づかず、ただ前方に向かって突進を続けている。


「今だ!」


 シュウは一瞬の隙を突き、手にしたエナジーブレードを振り下ろした。刃はプラントのツタを切り裂き、ヴァインディアの体に深く食い込んだ。しかし、驚きの鳴き声を上げると同時に、猛烈な力で反撃してきた。ツタがシュウの腕に絡みつき、彼を引き倒そうとする。


「くっ…!」


 シュウは必死にツタを振りほどき、再び立ち上がった。鹿のプラントは再び突進してくる。シュウは素早く身をかわし、ドローンアシストを起動した。小型ドローンがシュウの指示に従い、エレクトロネットを発射した。ネットは鹿のプラントに絡みつき、電流が流れて動きを封じた。


「これでどうだ!」


 シュウは再びエナジーブレードを振り下ろし、今度は確実にプラントの生命力を断ち切った。鹿の体は地面に崩れ落ち、静寂が戻った。シュウは息を整えながら、生きていることを実感する。



 その戦闘を見ている二人の人物がいた。黒服スーツを着たスレンダーな女性と、小柄でほんわかした雰囲気の女性が影に隠れながら、シュウの動きをじっと見守っていた。


「あれが、例の人物ですね。」


 黒服スーツのスレンダーな女性がつぶやいた。


「うん、すごいね。あのヴァインディアの動きを完全に読んでいる。」


 同じ服装の小柄な女性が感心したように答えた。


「ヴァインディアは通常、突進する前に一度鳴き声を上げる。そのタイミングを見計らって攻撃を仕掛けるとは、冷静な判断だ。」


 スレンダーな女性が分析する。

 

「それに、エナジーブレードの使い方も見事だね。ツタを切り裂くのに最適な角度で振り下ろしている。」


 小柄な女性が続けた。


 シュウは戦闘を終え、息を整えながら周囲を見渡した。

すると、仲間たちが大きな戦闘音に気づいて集まってきた。最初に駆け寄ってきたのは、同じ狩人「キャラバン」に所属している女性のミラだった。


「シュウ、大丈夫?」


 ミラが心配そうに声をかける。


「問題ない。ヴァインディアを倒した。」


 シュウは冷静に答えた。

ミラは倒れた鹿に近づき、慎重に観察した。


「プラントが解除されているね。これで元の鹿に戻ったみたい。」


 その時、周囲を警戒しながら部隊長のゴウが現れた。屈強な男性であるゴウは、常に仲間の安全を第一に考えている。


「よし、これで食料が確保できたな。」


 ゴウが満足げにうなずく。


「だが……シュウ?なぜすぐに救難信号を出さなかった?」


 ゴウはシュウを優しく諭すように言った。


「俺一人でやれると思ったから。」


 シュウは、自信をもって答えた。


「それでも、一人でやろうとするな。周囲と協力しろ。」


 ゴウはシュウの肩を叩いた。その手はとても温もりがあった。


「……はい。」


 シュウは、自分のゴウの言葉を頷いて返事をした。言葉の意味は理解している。しかし、俺ならできるという気持ちが勝っていた。

 


 キャラバンは、荒廃した世界で生き残るために結成された狩人の集団で、彼らは常に危険な生物と戦いながら食料を確保している。シュウたちは狩りの成果として、プラントを倒して寄生が解除された鹿を持ち帰ることにした。帰りの道中、彼らは巨木に生えたキノコ類を慎重に採取しながら進んだ。彼らは慎重にそれらを運び、地下拠点一番地区に戻る。



 この地下拠点には、大人子供合わせて百人程度が暮らしている。シュウたちは狩りの成果を持ち帰り、地下拠点集会広場にいる。

今晩のごちそうに拠点のみんなが集まってきた。そこに売店のおばちゃんが声をかけてきた。


「シュウちゃん一人で狩ったって聞いたよ?ケガはないかい?」


 昔からこの人はシュウを心配してくれる。キャラバンの皆を孫のように思ってくれている。バイオマスパニックが起きる前はホテルの調理長だったらしい。とても料理がうまく、栄養を管理をしてくれている。


「ばあや、大丈夫だ。これでみんなにせいのつくもんつくってやってくれ。」


「そうだねー。今日は鹿鍋にしようかね。厨房までもってきてくれるかい?」


「もちろんだ。ミラ、団長の報告は任せていいか?」


「わかった。また夕食のときに。」


「うん。」


 シュウは厨房へ向かった。ミラは、キャラバンの団長に成果の報告に向かった。


 ▼団長室▼

 薄暗い通路の奥にある重厚な扉を前に、ミラは深呼吸をした。その扉の向こうには、シノノメ団長が待っている。団長室へ向かう足音が静かに響く中、ミラの心臓は次第に高鳴っていく。

シノノメ、三十代でキャラバンの団長に就任した人物。地下拠点の地上1番地区でのプラント掃討作戦を成功させ、英雄と称された。その経歴は一筋縄ではいかない。昔、セカンドアースの軍人だったシノノメは、大規模なクーデターが起こった際、政府の一方的な弾圧に反発し、地球での生活を選んだという。

ミラは扉をノックし、その静寂を破る音が通路に響く。「どうぞ」と低く落ち着いた声が返ってくる。ミラは扉を開け、団長室に足を踏み入れた。

室内は薄暗く、壁にはさまざまな作戦図や地図が張られている。シノノメ団長はデスクの後ろに座っており、ミラの報告を聞く。


「報告かな?」


「はい、団長。最新のプラント活動に関する情報が入ってきました。」


 ミラは冷静に答える。

シノノメ団長は静かに頷き、その資料に目を通す。


「そうか。プラントの勢力が二番地区に広がってきているね。この報告をもとに狩猟するところを絞っていこう。報告ありがとう。」


「はい、失礼します。」


ミラは団長の言葉に一礼し、団長室を後にする。すると、ミラの父親のゴウがいた。


「ミラ。今日の狩りで分かったろ。危険と隣り合わせだ。キャラバンに所属するな。」


「お父さん……何度反対されても、私もキャラバンに入るから。」


「シュウもお前を危ない目に合わせたくないと思っている。」


「お父さん、シュウがそう思っていてもやるよ。母さんの仇であるプラントは私が根絶やしにする。」


 ミラの憎悪に満ちた目をして、その場を後にする。


「ミラ、待ちなさい。まだ話は終わっていない。」


「……。」


何も言わずに、歩みを進めていった。そんなゴウに団長室からでてきたシノノメが声をかけてきた。


「反抗期?」


「そういうものじゃないでしょう。シノノメ団長からも言ってくれませんか?」


「本人の意志を尊重させるのが、私のモットーなんだね。」


 シノノメは悲しげな表情で言葉を続ける。


「憎しみは人に言われてどうにかなるものじゃない。」


 ゴウはその言葉に返す言葉がなかった。


 

夕食を終えてシュウは自室に戻り、今日の出来事を振り返っていた。そこに救急箱を持ったミラが入ってきた。


「シュウ、今日の戦闘は本当にすごかったね。でも、無事でよかった。」


 ミラが微笑みながら言った。


「ありがとう、ミラ。でも、ちょっと疲れた。」


 シュウは照れくさそうに答えた。 ミラはふとシュウの腕に目をやり、傷があることに気づいた。


「シュウ、やっぱりケガしているじゃない!早く手当てしないと。」


「えっ、ああ、これくらい大丈夫だよ。」


 シュウは恥ずかしそうに腕を隠そうとしたが、ミラはすぐに応急手当の道具を取り出した。


「じっとしていて。すぐに治してあげるから。」


 ミラは優しく言いながら、手際よくシュウの傷を手当てした。彼女の手は少し震えていたが、それはシュウを心配する気持ちと、彼に対する特別な感情が入り混じっているからだった。 シュウはミラの手際の良さに感心しつつも、少し照れくさそうにしていた。

ミラはシュウの幼なじみで、家族のように接している。

それは、親に捨てられたシュウをほっとけないという気持ちからだった。

しかし、ミラの心の中には、シュウに対する母性的な愛情と、彼に対する恋愛感情が複雑に絡み合っていた。


「これで大丈夫。無理しないでね、シュウ。」


 ミラは優しく微笑んだが、その瞳には少しの不安と、彼に対する深い愛情が見え隠れしていた。


「ありがとう、ミラ。本当に助かるよ。」


 シュウは感謝の気持ちを込めて答えた。


 翌朝、シュウは目を覚まし、窓から差し込むわずかな光に目を細めた。

地下拠点の生活は暗く、静かだが、今日も新たな一日が始まる。

シュウが食堂に向かうと、すでにミラが朝食の準備をしていた。彼女はシュウに気づくと、明るい笑顔で迎えた。


「おはよう、シュウ。昨夜はよく眠れた?」


「おはよう、ミラ。うん、ありがとう。傷もだいぶ良くなったよ。」


 シュウは感謝の気持ちを込めて答えた。

ミラは少し照れくさそうに微笑んだ。


「それはよかった。今日は何か予定はあるの?」


「いや、特にないけど、訓練を少ししようと思っている。昨日の戦闘で感じたことを反省して、もっと強くなりたい。」


 シュウの目には決意が宿っていた。


「そうね、無理しないでね。」


 ミラは優しく言った。

朝食を終えたシュウは、訓練場に向かう前にランニングをすることにした。


 彼は地下拠点の長い廊下を駆け抜け、風が顔に当たる感覚を楽しんだ。心地よい疲労感が体を包み、昨日の戦闘の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。

シュウは早朝の冷たい空気が肌に触れるのを感じながら、ランニングを続けた。彼の呼吸が白く立ち上り、荒廃した町は静まり返り、彼の足音だけが響く。公共機関および施設は機能していない。かろうじてインターネットは機能しているが、通信環境は悪い。

階段を上がって、荒廃した町を眺望できる神社に着く。いつもの願掛けをする。風が木々を揺らし、葉のざわめきが耳に届く。

振り返る。昔の写真を見たことがあるが、まるで信じられない。草木が生い茂る住宅街には活力は感じられない。


 家に戻ってみると、見知らぬ女性がそこにいた。


「あなたが、シュウね?」


「あんたは?」


「私はマリュー。人類復興機関インダストリーに所属しています。あなたをスカウトに来ました。」


 長い黒髪をかきあげながら自己紹介をする黒いスーツの彼女は、スレンダーな体格で、自信に満ちあふれている。

ミラは少し離れた場所からその様子を見ていた。彼女の顔には不安の色が浮かんでいた。彼が新たな危険に巻き込まれるのではないかという心配が胸を締め付けていた。


 シュウが家に戻ると、見知らぬ女性が立っていた。鋭い目つきと整った顔立ちが印象的で、スタイルの良さが際立っている。


「あなたが、シュウね?」


 長い黒髪をかきあげながら、彼女は自信満々に言った。


「そうだが、あんたは?」


 シュウは警戒しながら答えた。


「私はマリュー。人類復興機関インダストリーに所属しています。あなたをスカウトに来ました。」


マリューは微笑みながら名刺を差し出した。


「インダストリーか……」


 シュウは名刺を受け取りながら、眉をひそめた。


(セカンドアースの組織。)


 人類復興機関。生態系の秩序を正し、人類の繁栄を理念とする機関だ。セカンドアース発足の組織だということを以前キャラバンの団長が言っていた。活動内容は、生態系を管理しているとかなんだか。組織の実態は曖昧だ。


「セカンドアースの人がなにか御用ですか?」


「あなたに会いに来たの。そう、にらみつけることないんじゃない。それに、同じことを二度も言わせるなんていい男がすることじゃないわよ。」


「俺は、宇宙の連中が嫌いなんだよ。」


「ずいぶん……差別的ね。」


 目をほそめながら微笑するマリューと嫌悪感むき出しのシュウ。

そこに、ミラがシュウに駆け寄って、マリューに問いかける。


「インダストリーからスカウト、いや、ヘットハンティングですよね?どうして、シュウなんですか?」


「確かにスカウトっていうのは語弊があったわね。

そうね。彼には優れた点があるからよ。プラントは予測不能な動きをする寄生型植物。それに対して、彼は、予測した動きができる。その先見性が魅力的だった。分析力があるのね。」


「だからって、キャラバンに所属しているのにずいぶん思い切りのいいことですね。キャラバンとインダストリーは犬猿の仲ですよね?」


「そんなのは、あなた方の決めつけよ?私たちはいつも友好関係を示してきた。縄張りは踏み入れないぐらいの配慮はしてるじゃない。」


 ますます険悪な雰囲気になった。そこに、黒服スーツの小柄な女性が現れる。彼女はほんわかした雰囲気を持ち、優しい笑顔を浮かべていた。


「もう、マリューもお二方もその辺にしてください。」


「スメラギも来たのね。」


「スメラギも来たのねっ、じゃないよ。なんで勝手にアポイントとってるの?キャラバンの団長を通してからって提督との約束だったじゃん。」


「そんな細かいのは性分じゃないわ。」


「もー。後で怒られても知らないからね。」


 そっぽをむくマリューに対して、あきれているスメラギ。

シュウは二人をほっといて訓練所に向かおうとする。


「あんたらの話は、団長を通してから聞く。けれど、答えはノーだ。分かったら、さっさと帰れ。」


「へぇー、逃げるんだ。」


マリューは、シュウを挑発する。


「なんだよ。」


「キャラバンの期待のルーキーに会ってみれば、話を聞かない、愛想もない男だったし。実力も大したことないのでしょうね。」


「お前、いまなんて言った?」


「弱いって言ったの。」


「戦ってそうもないやつがずいぶんな口の利き方だな。」


 シュウの言葉に、マリューの目が鋭く光る。二人の間に緊張が走り、まるで火花が散るようだった。


「ストップ!もう、喧嘩はやめて!」


 スメラギが間に割って入るが、二人の視線は互いにロックオンされたままだ。


「マリューも今はケガで裏方に回ってるけど、すごく強いんだからね!」


 スメラギの言葉に、マリューはニヤリと笑い、シュウを挑発するように一歩前に出た。

マリューはスメラギの横で、シュウを指さす。


「そうねスメラギ。私の代わりに、あの生意気な小僧のプライドぶっ壊してやりなさい。」


「え!?なんで。」


「だったら、そこのスメラギでいいよ。俺と勝負しろ。」


「へ?」


「フフッ、逃げるなら今のうちよ?」


 さらに、マリューは煽る。


「えぇぇぇ~!なんで私がー!」


 マリューの言葉にスメラギは驚きと困惑の声を上げ、空を仰いだ。まるで自分が巻き込まれたことに対する不満を表すかのように、肩をすくめてため息をついた。

この時ミラは内心、(これ以上事態が悪化しないようにしなければ…)と焦りながらも、どうすればいいのか分からず、ただ立ち尽くすしかなかった。



 ▼訓練所で模擬戦闘▼


 シュウは訓練所でエージェントのスメラギと模擬戦闘を行うことになった。スメラギはほんわかした雰囲気の女性だ。そんな彼女はめんどくせーっと思いながら項垂れている。


「よろしくね、シュウ君。お手柔らかにね。」


 スメラギはにこやかに言った。


「…ああ。」


 シュウは短く答え、構えを取った。

訓練所の中央に立つシュウとスメラギ。

二人の間に、審判役のマリューが立ち、模擬戦のルールを説明する。


「これから行うのは、近接の木刀、遠隔のドローン、そしてアビリティのアクセルブースターを使用した模擬戦です。準備はいいですか?」


 シュウは木刀を握りしめ、背中のアクセルブースターを確認した。


「ああ、準備はできている。」


 スメラギは素手で構え、余裕の笑みを浮かべた。


「君にはこれくらいのハンデは必要だね。」


「なめるなよ!」


 シュウは低くつぶやく。

マリューの合図とともに模擬戦が始まった。

シュウは開始早々、アクセルブースターを起動した。この装置は、瞬時に加速力を高めるための最新鋭の機器で、短時間で驚異的なスピードを発揮することができる。

さらに、フェイントを加えながら一気にブーストしてスメラギに詰め寄った。アクセルブースターの力で、彼の動きはまるで閃光のように速かった。

しかし、スメラギはその動きを冷静に見極め、軽やかにかわした。


「ふふ、まだまだね。」


 シュウはすかさずドローンを展開し、スメラギの後方を塞ぐように配置した。


「これで逃げ場はない…!」


 しかし、スメラギはノールックでドローンを正確に破壊し、驚くべき速さでシュウに詰め寄った。


「甘いよ。」


 シュウは一瞬の隙を突かれ、反応が遅れた。その瞬間、スメラギは勢いを利用し、見事な背負い投げをする。


「うっ!」


 シュウは呻き声を上げながら地面に倒れ込んだ。息が詰まる。その一撃で戦闘不能となり、模擬戦闘は終了した。


「そこまで、勝者スメラギ。」


 マリューが宣言し、模擬戦闘は終了した。

スメラギはシュウを見下ろしながら、シュウの頬に手を近づける。

小柄のわりには、くびれがあり、出るとこは出ている美少女。


「口の利き方には気をつけようね?」


 そう言い放った彼女の目は冷徹だった。そして、いつもほんわか笑顔に戻る。

シュウは大の字で空を仰いでいる。茫然としていた。自分の力の無さを痛感し、言葉が出なかった。


 ◇◆◇◆


 模擬戦が終了し、シュウは地面に倒れ込んだまま、息を整えていた。スメラギが勝利を宣言し、マリューが冷ややかな笑みを浮かべて近づいてくる。


「これでわかったでしょう?あなたの実力はまだまだね。」


 マリューの挑発的な言葉に、シュウは悔しさを噛みしめながら立ち上がろうとした。その時、スメラギがマリューの肩を軽く叩いた。


「いい加減にしてマリュー!」


 スメラギの言葉に、マリューは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに肩をすくめて笑った。


「はーい。でも、彼にはもっと強くなってもらわないと。」


 その時、ミラが駆け寄ってきて、シュウの腕を支えた。


「シュウ、大丈夫?ケガはない?」


「大丈夫だ、ミラ。」


 シュウは苦虫をかむように答えた。その目には悔しさが滲んでいた。

その時、訓練所の扉が開き、気さくな笑顔を浮かべた団長が現れた。

彼の後ろには、部隊長のゴウも続いていた。


「おいおい、何があった?騒がしいぞ。」


 団長は笑いながら近づいてきた。彼のダンディな風貌と気さくな態度が、場の緊張を和らげた。


「シノノメ団長、実は……。」


 ミラが事情を説明し始めた。団長は真剣な表情で耳を傾け、事の経緯を理解した。


「なるほど、そういうことか。とりあえず、みんな落ち着こう。シュウもいい加減機嫌なおしなさいよ。」


 やれやれと頭をかきながらシノノメは言葉続ける。


「話は承りました。インダストリーの提督には、後ほど返事はするよ。本人の意思を尊重させたいからね。ちょっとの間待ってはくれないかい?インダストリーのお姉さんたち。」


 二人は敬礼をして、了承する。スメラギが代表して答える。


「かしこまりました。それでは、シノノメ団長、皆さまこれにて、失礼します。」


「シュウ君のリベンジマッチはいつでも大歓迎ですよ~。」


 マリューが不快な笑みを向けてくる。やめなさいと再度、スメラギに叩かれる。

シュウは怒りをこらえるように、拳を強く握りしめた。


「おーと。お姉さんたち、お待ち下さい。はるばる宇宙から来て頂いたのだ。よかったら、日頃の疲れを癒すために温泉でもどうだい?」


「温泉!?」


 マリューとスメラギは目を輝かせて、団長に詰め寄る。


「地下住人の特権、源泉かけ流しの温泉ですよ?」


 シノノメ団長はとても前向きな人だ。こうして、自分たちの境遇に落ち込まず、ポジティブなことを言って、いつもみんなを元気づけてくれる人だ。


「行きます!」


 マリューとスメラギは即答する。


「それじゃーみんな参加ってことで。君たちもここに一泊してみてはどうだ?話し合いも必要だし、今夜はゆっくり休んでくれ。」


 団長の提案に、マリューとスメラギは一瞬驚いたが、頷いた。


「わかりました。お世話になります。」


 マリューが答えた。


「ありがとうございます。」


 スメラギも微笑んで答えた。


 シュウたちに休息を取るよう促したのだった。


(温泉……。)


そこに、団長はシュウの耳元で囁いた。


「シュウ、考えていることは同じだな?」


 夜になり、皆で温泉に向かった。

余談だが、温泉での記憶がなくなっている。薄っすらと、きれいなシルエットが断片的にある。しかし、思いだそうとすると、頭が痛くなる。この話はいつか話そう。


 ▼地下拠点入口▼

 インダストリー隊員マリューとスメラギは、地下拠点の出入口近くに探査船を停泊させている。セカンドアースからプラントの調査団として派遣されている。一番地区はプラントの浸食が少ない地区であり、対策と戦闘態勢さえ整えていれば問題がない。


「ここは異様な景色よね。」


 マリューは、探査船を降りて、大きく深呼吸をする。


「空気が美味しい。セカンドアースじゃ、人工的な酸素って感じなのよね。」


「それちょっと分かる。やっぱり地球がいいよね。プラントの浸食がなければだけど。」


 スメラギは、探査船の機械を操作しながら答える。そして、操作を終えると探査船から降りる。


「昨日、シュウ君と喧嘩したっきりなんでしょ?あそこまでつっかかることないじゃない。」


「あいつの俺は強いんだっていう感じ?腹立つ。」


「でも、戦闘センスは抜群でしょ?少し天狗なだけで、戦闘をつんでいけば改心するよー。」


「それはどうかなー。それよりも例の件……どうなってる?」


 マリューはスメラギに質問する。


「あのプラントね。監視カメラを設置して捜索してるけど、まだ何も進展なし。」


「ほんと、あの巨体でどこにいるんだか。」


 すると、地下拠点入口から、シュウ、ミラ、ゴウが出てきた。


「あら?昨日の負け犬くんじゃない。」


「……。」


 シュウはマリューの挑発を無視して、歩きつづける。


「逃げんのー?」


 その言葉も無視して歩みを進めるシュウ。

そこに、シノノメ団長マリューたちをが驚かすように登場した。


「やぁ!お二人さん。」


「うわぁ!」


 マリューとスメラギは、びっくりして振り返る。


「シノノメ団長じゃないですか?どうしたんですか?」


「お仕事お疲れ様です。いやね、もしよかったらなんだけど、キャラバンの仕事に同行してみませんか?」


「どうして?」


 マリューは質問すると、シノノメは腕を後ろにくんで話す。


「シュウ君をインダストリーの隊員に加入するにしても、もう少し彼に協力してほしいんだよね?」


「はぁ……。」


「まだ、彼は新人だ。キャラバンだけが彼の成長の場所にするのはもったいない。スポンジのように物事を吸収していく。お姉さんの指導があれば、よくなっていけるかもしれない。もし、改善の兆しがないようなら君たちにとって損だよね?」


「そうですね。」


 マリューとスメラギは、納得する。


「だから、面接もかねて、一緒に行ってきてほしいんだよね。」


「私は本部に行くのなんて仕事、めんどくさいから行ってもいいけど……。」


 マリューはそう言うと、スメラギは、やれやれという感じで答える。


「はいはい、私だけ本部に調査物資を送りにいってきますよ。」


「ありがとー!スメラギさん。それじゃー、よろしくねー!」


「あ!ちょっと待ちなさい!って、もう行っちゃったよ。」


「助かるよー。行ってらっしゃーい!」


 ニヤニヤしながら、手を振るシノノメ団長は、娘をお遣いにいかせる親のようなものだった。

スメラギは、次の報告会議にマリューだけで行かせようと考えた。


 ▼一番地区での石炭採集▼

 シュウたちは1番地区の大きな洞窟で石炭採集に取り掛かっていた。ゴウは周囲のトラップの確認に出かけていた。マリューはシノノメ団長の計らいで、「シュウたちの仕事に同行してみてはどうだ?」と提案され、一緒に仕事に参加していた。スメラギは本部に調査物資を運搬に行った。


「シュウ、こっちの石炭が取れそうだよ!あと、珍しい石も見つけた!」


 ミラは慎重に道具を使いながら掘り出した。


「わかった、そっちに行く!」


 シュウは興奮気味に答えた。彼は鉱石のコレクターであり、その情熱は尽きることがなかった。


「シュウ君って鉱石が好きなんだねー」


 マリューが退屈そうに言った。彼女は石炭採取を手伝わず、ただ見守っていた。

ミラはそんなマリューに近づいてきた。


「あのーマリューさん……。」


「つまんないなー。ミラさんは何か趣味とかないの?」


「……ギターです」


 マリューの質問にミラは控えめに答える。


「いいね!今度みんなでセッションしよう!でも、シュウ君は音痴そうだね?」


 マリューはシュウをからかった。


「なっ!」


「そうですね。」


「キーが合わないだけです。」


 ミラが代わりに答えると、苦しい言い訳をするシュウに彼女らは笑っていた。

しばらく世間話をしていると、ゴウが近づいてきた。トラップに異常はなかったようだ。


「みんな、ドローンが到着したぞ。石炭を運搬する準備をしよう」


 ゴウが指示を出すと、シュウたちはすぐに石炭をドローンに積み込み始めた。ドローンが石炭を運び去ると、1番地区での作業は無事に終了した。


「これで一番地区の仕事は終わりだな。」


 ゴウは満足げに言った。


 ▼休憩時間▼

 作業が終わり、シュウたちは休憩を取ることにした。焚き火を囲みながら、彼らはそれぞれの年齢について話し始めた。


「そういえば、みんなの年齢ってどれくらいなの?私は22歳。」


 マリューが尋ねた。


「私は二十歳だよ。」


 ミラが答えた。


「俺もだ。」


 シュウが続けた。


「俺は四十五歳だ。」


 ゴウが笑いながら答えた。


「ゴウさん、四十五歳には見えないですね!」


 マリューが驚いた表情で言った。


「ありがとう、マリュー。でも、年齢なんてただの数字さ。」


 ゴウが笑顔で答えた。


 ▼異変の気づき▼


「地面にこんな空洞あったっけ?」


 ミラがゴウに質問する。


「ん?なんだこの大きな空洞は?」


 ミラが指さす方向には、巨大な落とし穴ができていた。それは、蛇が通った後のようだった。直径二十メートルほどの大きな空洞ができている。


「確かにこんなの前はなかったな。」


 シュウがトンネルを覗き込む。


「落ちたらゾッとするねー。」


 マリューも覗き込む。


「シュウ君さ、落ちて調べてきてよ。ハンターでしょ?」


「お前ふざけてんのか?」


 シュウは間髪いれずツッコむ。


「男の子でしょ?行けるって。」


「帰ってこれんだろうが。」


「その時は、その時よ。」


「お前絶対、後で泣かす。」


「はいはい、二人ともその辺で。」


 ミラが間に入って仲介する。


「このことは、団長にも報告しよう。ポイントの写真データを集めてくれ。」


「はい。」


 シュウとミラはゴウの指示のもとデータ収集を始める。

その二人の傍らでマリューは、何か考え事をしているようだった。


(この空洞……もしかして?)


 ▼二番地区での異変▼

 シュウたちは二番地区での仕事を終え、帰路に就いていた。夕暮れの空が赤く染まり、静かな街並みが広がっていた。


「今日は順調だったな。」


「そうだね。シュウ君。お姉さん感激しちゃった。惚れちゃうかもー」


 マリューはニヤニヤと笑っている。


「お前なんかごめんだね。」


 その時、突然、地面が揺れ始めた。ドドドドドドドドド、遠くから巨大な影が迫ってくるのが見えた。


「なんだ、あれは…?」


 シュウが目を凝らすと、それは新幹線に寄生した巨大なプラントだった。外角はまるで龍のように見え、その姿は恐怖を感じさせた。


「みんな、気をつけろ!」


 ゴウが叫んだが、プラントはすでに彼らの目の前に迫っていた。

ヴォォォォォォォォォォー

そして、土埃と轟音とともに、建物が崩落する。


「間に合わない!伏せろ!!」


 崩落した瓦礫をゴウはプラズマカッターで一掃するも、間に合わない。


「ミラ!」


 ミラに向かって、ツタが伸びる。シュウはとっさにミラを突き飛ばした。

プラントはシュウを勢いよく取り込む。


「シュウ!」


 ミラは、悲痛な声で叫ぶ。


「あのバカ!二人とも!私、あいつ助けに行ってくる!」

「少しでもいいから、時間稼ぎお願い!」


「マリュー!それは危険だ!」


 ゴウは反対する。


「私、これでもインダストリーのエースなの。それじゃ!行ってくるわ!」


「おい待て!」


 マリューは、巨大なプラントに取り込まれて行った。


 ▼プラント体内▼


「ここは?」


 シュウはプラントの中に取り込まれた。意識を取り戻すと、目の前には「16号車」と記載されたプレートが見える。立ち上がり、慎重に前へ進んでいく。すると、前方からプラント化したスーツケースやバックが襲いかかってきた。それらは全体的に甲殻類のような外見をしており、手足は植物で形どられていた。動きはのろまで、ぎこちなくシュウに向かってくる。「ヴァインバゲージ」と名付けられたこれらの敵を次々と撃退していった。

 次の車両、15号車に進むと、プラント化した人が3体現れた。シュウは一瞬、戦うことに躊躇したが、その瞬間、後方から羽交い絞めにされ、ピンチに陥った。

その時、銃弾が放たれ、シュウを拘束していた敵が倒れた。


「ヒーロー参上!」


 可愛らしい声が響く。振り返ると、そこにはマリューが立っていた。


「マリュー!?どうしてここに?」


「弱っちぃアンタを助けにきたのよ!」


「ケガしているのに無茶するなよ……でも、ありがとう。」


「これぐらい、ケガしてても余裕余裕。」


「そうか。」


「でもー、脱出したらお願い聞いてもらうから。」


「傲慢さは相変わらずだな。」


「はいはい……とりあえず、大丈夫そうね?」


 マリューはシュウの様態を確認する。


「もう、この人たちは浸食がひどくて助からない。躊躇しないで。」

 

 マリューは、どこか哀れみの目をして言った。


「でも……」


「シュウ、今は迷っている時間はないの。私たちが生き残るためには、戦うしかないのよ。」


 シュウはマリューの言葉に覚悟を決め、再び戦闘に臨んだ。

14号車に進むと、シュウは一冊の手記を見つけた。それは遺書のようで、娘に宛てた手帳だった。おそらく、先ほどプラント化した人のものだろう。シュウはその手記を手に取り、言葉が出なかった。無念さが胸に込み上げ、彼はしばらくその場に立ち尽くした。

 

 シュウとマリューは13号車から6号車まで一気に進んだ。その間、二人はここからの脱出方法について話し合った。


「1号車の先頭まで行けば、口があるから、そこから脱出できるはずよ。」


「窓はどうだ?外に出られないか?」


「窓はプラント化がひどくて、寄生される恐れがあるわ。安全な方法じゃない。」

 

 マリューが冷静に答えにシュウはしぶしぶ従った。


「わかったよ…」


「もっと積極的に動いてくれない?命がかかってるのよ!」


 マリューが少し腹を立てた様子で言った。


「でも、こんな状況で冷静にいられるか?」


「だからこそ、冷静でいるべきなのよ。」


 5号車に到達すると二人は少し休憩を取ることにした。シュウは疲れた体を休めながら、マリューに話しかけた。


「どうして、君はキャラバンにいるの?」


 シュウは一瞬考え込んだ後、静かに話し始めた。


「6歳のときに親に捨てられて、ゴウに保護された。」


「そうだったの……。」


 マリューは驚いた表情を見せた。


「キャラバンにいるのは恩返しだ。」


 シュウは明るく笑って言った。

その笑顔を見て、マリューは少し驚いた。


(こんなふうに笑うのね。)


 シュウは背伸びをしてから話しを続ける。


「ゴウは俺にこの世界の戦い方を教えてくれた。ミラは支えてくれた。保護されたばかりの頃、家出したことがあってな。生意気にも、俺は一人だって生きていけるって言い放った。」


「でも、怖くてさ。外の暗い通路の隅っこで泣いていた。そんな時、ミラがきた。」


「ミラは『シュウも家族だよ』って優しく手を差し伸べてくれたんだ。」


 シュウは懐かしのアルバム見ながら話しているようだった。思いふけっている。

マリューはそんなシュウに仲間意識が芽生えた。マリュー自身のことを話し始める。


「似ているね。私が8歳の頃、セカンドアースが内戦で混乱していたの。それで、家族と離れ離れになってさ。」


 マリューは体育座りになり、寂しさをにじませた表情で続けた。


「今も両親は行方不明。一人ぼっちで泣きじゃくる私を提督が保護してくれた。それで、インダストリーにいるの。」


「……。」


 シュウは、マリューの話を黙って聞いているが、彼女に対して共感が芽生え始めた。


「インダストリーが今のこの世界を変える。有名になればいつか家族が気づいてくれる。」


 シュウはその言葉に対して同情しつつも、どこか親に対する不信感で複雑な気持ちだった。


「そうか……君も大変だったんだな。」


「ええ。でも、だからこそ強くなりたいの。」


 マリューは決意を込めて言った。


「俺もだ。」


 シュウは静かに答えた。


 シュウとマリューは4号車に進むと、今までの車両とはずいぶん雰囲気が変わっていることに気づいた。薄暗い車内には霧が立ち込め、視界がぼんやりと曇っていた。足元から冷たい湿気が漂い、空気が重く感じられる。


「なんだか、ここは不気味だな……」


 シュウが低い声でつぶやいた。


「気をつけて。何かがいるかもしれない。」


 マリューも警戒を強めた。


その時、霧の中にぼんやりとした影が見えた。シュウとマリューは立ち止まり、息を潜めてその影を見つめた。影はゆっくりと動き、まるで彼らを観察しているかのようだった。


「見たか?」


 シュウがささやいた。


「ええ、見たわ。何かがいる……」


 マリューの声には緊張がにじんでいた。

二人は慎重に足を進め、影に近づいていった。霧の中で影の輪郭が少しずつはっきりしてくる。これまでの人型のプラントではない。ヴァインバゲージを捕食している。そのプラントは二人に気づき、言葉を発した。


「オマエラハ、ナンダ?」


 その言葉に二人は絶句した。距離をとる。


「プラントが言葉を話すなんて……」


 マリューは驚きを隠せなかった。


「どうやら、聞き間違いじゃなさそうだな。」


 シュウが冷静に言った。

プラントはふらふらしながら立ち上がりカタコトな言葉にする。


「オ、マエラ二、ナル」


 腕の根っこ伸ばして、襲いかかってきた。

シュウは素早く反応し、マリューを守るように前に出た。


「そっちにいったぞ!」


 プラントの攻撃をかわし、反撃の一撃を放ったがかわされる。

マリューもすぐに体勢を整え、シュウと共に戦い始めた。

プラントの動きは鈍重だが、柔軟な動きをする。

(こいつに関節はねぇのかよっ)シュウは内心思った。

二人は巧みに攻撃をかわしながら、隙を見つけては反撃を繰り返した。


「ここで倒さないと、先に進めない!」


 シュウが叫んだ。


「わかってるわ!」


 マリューも必死に応戦した。

二人の連携は次第に息が合い、プラントを追い詰めていった。

最後にシュウが渾身の力を込めた一撃を放ち、プラントは倒れた。


「やったか……?」


 シュウが息を切らしながら確認した。


「ええ、なんとか……」


 マリューも疲れた表情で答えた。

しかし、その瞬間、プラントが再び動き出し、ヴァインバゲージに分裂して拡散攻撃を仕掛けてきた。シュウは不意を突かれ、吹き飛ばされて壁まで追い込まれた。


「シュウ!」


 マリューが叫んだ。(やるしかない!)マリューは決意する。

マリューは光とともに霧を吹き飛ばしながら、一閃を放った。見たことのない武器だ。

それは、ガンブレードのような形状している。氷を纏わせている神秘的な武器だった。

その一撃で、分裂したプラントは全て凍結された。


「すごい……」


 シュウは驚きと感謝の気持ちでマリューを見つめた。


「大丈夫?」


 マリューが駆け寄り、シュウを支えた。


「なんとか……ありがとう、マリュー。」


 シュウは息を整えながら答えた。


「その武器はなんだ?」


 さらに質問した。マリューは急いで答えた。


「細かい話をしている時間はないよ。ざっくり言うと、【イノベーター】っていうイメージを具現化した武器。創造することがトリガーなの。」


 そう言うと、イノベーターは時計に変身し、マリューの腕に戻った。スゲーとシュウは感心した。


「シュウ君も、使えるよ?」


 といたずらっ子のような表情でマリューは言った。シュウは、目を見開き、驚いた。


(マリューってこんな表情もするんだな。)


 二人はゾンビ化したプラントとの戦いを振り返りながら、1号車まで進んだ。

シュウは眉をひそめて言った。


「なんだったんだ、あれは?」


 マリューは首を振りながら答えた。


「分からない。本部にもどったら報告するわ。」


 シュウはさらに問いかけた。


「プラントはまだ進化するのかよ。」


 マリューは深く息をついて答えた。


「私たちはまだ、知らないこと多いのよ。プラントのことも世界のことも。」


 先頭に到着すると、二人は立ち止まった。扉をこじ開けてもすぐに戻ってしまう。


「扉に攻撃を加え続けるから、先に外に出て。」


 マリューが冷静な声音で提案した。


「お前がどうなるんだよ!」


 シュウは納得できなかった。マリューは冷静に言葉を続けて話した。


「いいから早く行って。」


「ミラさんたち助けに行かなくていいの?」


「いつも助けることができるヒーローはいないんだよ。」


 少し間をおいてマリューは廊下をダンっと踏みつける。


「これを持って。イメージすれば、起動するから。こいつを倒すの。」


「終わったら、私を迎えにきてね?」


 マリューはイノベーターを渡して、シュウの手を包み込む。

シュウは葛藤したが、マリューの笑顔を見て覚悟を決めた。


「……必ず迎えにくるから。待ってろ。」


 力強く言い、イノベーターを握りしめた。

マリューは手を振り、優しくシュウの背中を押した。


 ▼巨大プラント:ヴァーダント・サーペントの決戦▼


 シュウが脱出に成功し、外に出ると、目の前の光景に驚愕した。

ゴウがボロボロの状態でミラを守っていたのだ。ミラは戦闘不能の状態で、ツタに身動きを縛られている。ゴウのおかげで寄生化はまだ浸食していないが、意識を失っている。


「ミラ!、ゴウ!」


 シュウは叫びながら駆け寄った。ゴウは弱々しく微笑む。


「シュウ……ミラを頼む……」


 ゴウはうなだれて意識を失う。シュウは怒りを感じ、イノベーターを起動させた。


「……イノベーター起動」


 静かな怒りは闘志が籠っている。その言葉と共に、イノベーターが光を放ち、シュウは、全身を装甲に包まれる。


 ーイノベーター展開 ”アルゲンタム” 起動ー


その頭部は龍の頭を模しており、鋭い目と角が特徴的だ。青く光る目は威圧感を放ち、見る者を圧倒する。胴体には龍の鱗を模した装甲が施され、中央にはエネルギーコアが内蔵されている。腕部には前腕にエネルギーシールドが装備され、脚部には強化されたブーツがあり、底には小型のジェットエンジンが搭載されている。

全体は黒と銀色の装甲で覆われており、人型の形状を持ちながらも、龍の特徴を取り入れた機体のようだ。肩、腕、足は鋭いエッジで尖った形状と岩石を纏う剣は、攻撃性を象徴している。


「絶対に助ける!」


 シュウは決意を込めて、ツタを切り裂き、ミラを解放した。

ミラの意識は戻らないが、シュウは彼女をしっかりと抱きしめた。


「ミラ、いってくる……」


 シュウは静かに誓い、二人を安全な場所に運ぶ。

そして、ヴァーダント・サーペントを見降ろす。


 ▼決着▼

 シュウはゴウとミラを安全な場所に運び終えると、再び戦場に戻った。彼の目には決意と怒りが宿っていた。瓦礫が散乱する戦場には、夜空に浮かぶ月が静かに輝き、セカンドアースの人工的な青い光が淡く照らしていた。その静寂の中、ヴァーダント・サーペントの咆哮が響き渡り、緊張感と豪快さが一層際立つ。


「お前を倒す。」


 シュウは静かに、しかし力強く言い放った。

ヴァーダント・サーペントは怒り狂ったように、巨大な砂埃をまとめ上げ、ブレスとしてシュウに向かって放った。砂埃が巻き上がり、視界が一瞬で遮られる。

シュウは、光を反射して銀に輝く大剣で切り裂き、「シュバッ!」と音を立ててプラントを二つに分断した。しかし、特徴を活かし、車両を分けることで切断をプラントは避けた。

そして、プラントのカウンターとして、二つに分かれた車両でシュウを挟み込む。シュウはそれをそれぞれ片手で受け止め、「ドンッ!」と地面に投げ飛ばした。

ヴァーダント・サーペントは、再び接続して、シュウを取り囲んでいく。シュウをとじこめて、窒息させる気なのだろう。

シュウは、力一杯に拳をにぎり、エネルギーを集中させる。そして、そのエネルギーを放つと、プラントは、車両は一斉にはじけとんで、バラバラになる。


「これで終わりだ!」


 シュウは叫び、イノベーターのエネルギーを集中させた。その瞬間、彼の全身が光り輝き、火炎が周囲に現れた。銀色に燃え上がり、龍の形に変わった一撃が放たれる。分断されたヴァーダント・サーペントが16か所から瓦礫も巻き込んだ竜巻を放つ。両者の攻撃は激しく拮抗する。


「マリューを返してもらうぞ!」


 爆炎が広がる。ドドドドドドドドドと地面が空気を揺らす。

最後の力を振り絞り、雄叫びをあげる。シュウの火炎は竜巻を包みこみ、そのまま直撃し、その巨大な体を貫いた。


「シャァァァァァ!」

 

 サーペントは悲鳴を上げながら崩れ落ち、「ドサッ!」と音を立ててその体は徐々に消滅していった。シュウは息を切らしながらも、勝利した。

大きな樹木が建物の瓦礫になだれ込む。各車両が続々とその倒れていく。


「今迎えにいくぞ。」


 シュウは勝利の余韻に浸る間もなく、マリューを助けに向かった。

車両の先頭部分は避けて攻撃しているが、心配だった。


 ▼マリューの心▼

 閉じ込められていたマリューは、夢の中で一人ぼっちで泣いている自分を見ていた。

「寂しい、助けて…」と涙をこぼしながら、彼女は強くなろうといつも一人で演習場にいた過去を思い出していた。


 周囲の人が楽しそうに遊びに行く光景を見て、羨ましさを感じていた。


「私はひとり……。」


 夜になると、ベッドの上で孤独に浸り、一人でいることの辛さを感じていた。


「お母さん……お父さん。」


 シュウを見送って、孤独が押し寄せてきた。


「いつになったら、迎えにきてくれるの?」


「迎えに来たぞ!」


「!」


 その時、声が聞こえた。


「お前は一人じゃない!」


 聞き覚えのある声に、うずくまっていた体を起こすと、そこにはシュウがいた。


「来い!」


 その言葉は熱く、凍った心を溶かすようだった。マリューはシュウの伸ばされた手を取り、涙を拭った。


「……遅いよ。」


 マリューはボロボロな服装だ。迷子の子供がなきじゃくるような自分を必死に取り繕う。

ポンっとシュウを叩く。


「ごめん。」


 シュウは優しく答えた。そして、シュウはマリューを立場ではなく、マリュー自身を仲間だと認めた。


「もう大丈夫だ。」


 マリューはシュウの胸に顔をうずめ、涙を隠す。


「……ありがとう。」

 

 照れ臭く答えた。 


 シュウは不思議な体験をした。マリューを迎えに行くとき、マリューの心が伝わってきた。


(とにかく、無事でよかった。)


 安堵ともに、マリューを力強く抱きしめた。そして、シュウのイノベータは解除された。


(うん?マリューが顔を隠す。どうした?)


 マリューが恥ずかしそうに言葉にする。


「降ろして。」


「え?……あっ……」


 お姫様抱っこの状態だった。降ろしたとき、ぶつぶつとなにか言っている。

ゴウとミラの元に戻る。ゴウは壁に背を預けて目を覚ましている。

ミラに声をかけると弱々しく意識を取り戻した。


「ミラ!」


「……シュウ。」


 シュウは優しく抱きしめる。ミラは安堵ともに涙を流しながらシュウの無事を喜んでいた。


「……無事でよかったぁ。」


 シュウは再び誓いを立てた。もう二度とこんな怖い思いはさせないと誓った。



 今日の出来事が起きたことで、新たな発見があった。そして、世界が変わり始めていることを確信したのだった。そして、マリューが手を叩いて仕切り直す。


「それじゃ、帰りましょうか。みんなの家に!」


 激戦を終えて、地下拠点へ戻ろうとしている。しかし、全員満身創痍だ。どうしたものかと考えていたとき、空から音が聞こえる。ヘリコプターが来ている。インダストリーの時計の紋章が見えた。

マリューがヘリコプターに向かって大きく手を振る。


「おーい!こっちこっち!スメラギが迎えに来てくれたよ。」


「みんなー!大丈夫?ってボロボロじゃない。早く救助してあげないと。」


「要救助者発見。降下のスタンバイ完了。これより救助します。」


 操縦者がインカムで状況の報告をする。ヘリコプターからインダストリーの救援隊が降下する。

迅速に作業を行い、ミラとゴウたちを先に乗せた。

スメラギも降りてきた。安心した表情を見せている。


「ほんと、無事でよかった。マリューからの通信が入って飛んできたよ。時間かかってごめんね。」


「ううん、ありがとう!シュウ君のおかげでみんな無事だよ。」


 マリューはスメラギに抱き着く。シュウは、疲労感と安心感から脱力し、地面に倒れる。あれ?力が入らない。


「うごけねぇ……。」


 マリューが歩みよって、シュウの顔を覗きこむ。


「イノベーターの反動だね。初めて使うのに、全身に装甲展開したんだもん。エネルギー消費激しいよ。」


 スメラギが驚いたと同時、感心している。


「すごーい。シュウ君、みんなを守ってくれてありがとね。」


「……スメラギさん。当前ですよ。」


 シュウはうつろに答える。


「お?言葉も丁寧になってるね。改心したんだね。」


 スメラギが腕を組みながらうんうんと相槌をうつ。

シュウは、急激に眠くなり、目をつぶった。それを見て、マリューが自愛に満ちた表情で膝枕をした。

そして、顔を近づける。スメラギは、その光景に顔を真っ赤にした。


「シュウ……ありがとね。」


 インダストリーのヘリコプターにのり、キャラバンの地下拠点に戻る。

地上は瓦礫の残骸で見るに堪えない。

それでも、夜空の星は輝いていて、セカンドアースの光と月明りはいつもより頼もしかった。

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創戦のアルゲンタム 新米 @mad982sousen

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