負の最端を担う者

@786110

負の最端を担う者

〝それ〟は、負の最端を担う者だった。

 固有の名前はなく、特定の見た目もなく、ひとつの概念として世界に存在している、黒い影のようなもの。

〝それ〟の役割は、人々の抱く劣等感を、すべて引き受けることだった。

 自分こそが世界で最も不幸だ、自分こそが世界で最も不出来な人間なのだ、と嘆く人々の前に、それよりもさらに悲惨な状態で現れては、お前たちの下には自分がいると伝える。

 すると、それを目撃した人々は、自らの置かれていた状況が比較的幸福だったということに気づき、後ろ向きだった生への姿勢を、前向きなものに変えるのである。

〝それ〟はあらゆる負の要素を取り込んでしまっているため、自身が純然たる悪であるということしか認識していない。

 しかし、人類の救いになっているのだから、それはある種の希望だと言っても過言ではなかった。

 今日もまた、〝それ〟は誰かの前に、姿を現す。

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