第2話三つ子池の幽霊 その弐

「おー、ご無事でしたか。心配していましたぞ」

「……お前、何者なんだ?」


 翌日の放課後になって高等部の部活棟に乗り込んだ従吾は、地下にあるオカルト研究会に乗り込んだ。元々、倉庫だった部屋には本がずっしりと入った本棚で壁が囲まれていた。部屋の中央には二台のソファが向かい合わせに並べていて、それを挟むように長机が置かれている。そして奥の本棚の前にオフィス用の机とゲーミングチェアがあり、そこでパソコンを見ているひかげがいた。


「昨日名乗りましたが、もう一度名乗ったほうがよろしいでしょうか?」

「いいや。お前は景川ひかげだ。だけど、訊きたいことは別にある」

「ほう。なんでしょうか?」


 どかりとソファに腰掛けた従吾は「灰皿ねえのか?」とタバコを取り出しながら言う。


「ここは地下で換気ができないのです。控えてもらえませんか?」

「ふん。聞きたくもないことを言いやがって」

「では訊きたいことをおっしゃってください」


 従吾はタバコをしまってからじっとひかげを見つめる。

 どこからどう見ても、貧弱なオタクにしか見えない。


「どうして女の幽霊のことを知っている? どうやってあのお守りを手に入れた? そもそも、どうして女にお守りが効くって分かっていたんだ?」

「一つ一つお答えしましょう。その前に君の名前を伺ってもよろしいですか?」


 そう言えば名乗らなかったなと思い直して「望月従吾だ」と短く自己紹介する。


「望月氏ですな。そういえばクラスメイトから聞きましたぞ。イキの良い新入生がやってきたと。初等部出身でしたっけ?」

「外部進学生だ。そんなことはどうでもいい。俺ぁ質問の答えを聞きに来たんだ」

「嘘はいけませんなあ、望月氏。君の訊きたいことはそんなことではないでしょう」


 にやにや笑いながらひかげは「その女性の幽霊をどうにかする方法を聞きに来たのでしょう」と核心を突く。

 あからさまに嫌な顔をする従吾にひかげはさらに言う。


「僕の詳細よりも女性に勝つ方法を訊きたいのでしょう? ま、今のままでは勝てませんな」

「勝つ負ける話をしてんじゃねえよ。俺はサイフを取り戻せればいいんだ」

「道理ですね。僕は何故、望月氏がサイフを取り戻したいのか分かりませんが、女性をどうにかしなければ手に入らないのは分かっていますよね」


 ひかげは「女性を除霊するしかありません」と肩をすくめた。


「しかし、霊体に触れることができない望月氏では不可能でしょう」

「そうだな。お前の言うとおりだ。教えてくれ」

「一口に除霊と言っても、いろんな方法がありますからなあ」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、ひかげは「三つ子池の由来をご存じですか?」と従吾に問う。


「知らねえ。俺はこの学園だと新参者だからな」

「元々、二つの池しかありませんでした。だから昔は双子池と呼ばれていたそうです。けれども、五年ほど前に地盤沈下がありましてね。三角形の頂点のところに池ができたというわけです」

「それが女の幽霊とどう関係しているんだ?」


 苛立ちはしないものの、関係のないと思われる話をされて従吾は困惑した。

 まだ余裕のない証拠で、そういった点では幼さは無くなっていなかった。


「三つ子池になってから、女性の幽霊は現れました。僕は少し気にかかっているのですよ」

「お前のひっかかりは置いといて、女の幽霊への対策はあるのか? それとも無いのか?」

「もちろんありますとも。しかし、そこまでして他人のサイフを取り戻す必要がありますか?」


 冷たい言い方だが、従吾が危険に飛び込もうとしているのを止めている。

 それに気づかない従吾は「あるね」と立ち上がった。


「怖い思いした上に金を盗られて、泣き寝入りした玉井の野郎が不憫でならねえんだ。ほっとけねえよ」

「流石、番長と呼ばれるほどのお人ですな」

「それだけじゃねえ。あの女は危険だ。いつ犠牲者が出てもおかしくない」


 従吾はしっかりとひかげの目を見た。

 惚れ惚れとするほど男気のある表情をしている。


「噂を聞いた野郎が面白半分で肝試しするかもしれねえ。そうなったら助かる公算は少ない」

「遊び半分でやってくる連中なんて、ほっとけばいいじゃありませんか」

「そう割り切れればいいけどな。知ってしまった以上、俺ぁ見過ごせないんだよ」


 ひかげは笑顔を消して「まるで正義の味方ですね」と呟いて立ち上がった。

 従吾に近づいて「これを使いなさい」とポケットから取り出した――藁人形だ。


「なんだこりゃ。これで女を呪えってか?」

「いいえ。これは依り代の一種です。女性の幽霊が現れたらこれを投げつけてください。すると女性はここに封じ込められます」

「これで無力化できるのか!?」


 驚く従吾に「それもいいえです」とひかげは首を振った。


「封じこめはするものの、無力化はできません。女性の幽霊は普通に望月氏を攻撃するでしょう」

「よく分からねえな。意味があるのか?」

「藁人形はあくまでも依り代です。しかし、依り代に封じることで女性の幽霊は藁人形になるのです。つまり、今、藁人形を持っているように――触ることができます」

「……理屈は分からねえが殴ったり蹴ったりできるわけか」


 しばらく藁人形を眺めていたが、ふいに従吾はひかげを睨みつける。


「どうしてこんなもんを持っているんだ? ただのオカ研の会長じゃねえな? いったい何者だ?」

「変わり者ですよ。それ以外に今の望月氏に話せることはありません」


 もちろん、そんな答えに納得などしなかった従吾だが「まあいい」と藁人形を素直に受け取った。


「これで三つ子池の幽霊追い払ってやらあ」

「ふひひひ。上手くいくのを祈っていますよ」

「そういえば、あの女、なんで三つ子池にいるんだ?」


 何気なく訊いた従吾に「調べておきますよ」とひかげは答えた。

 つまり今は知らないということだ――そう判断した従吾は「分かったら教えてくれ」と言い残してオカ研から出て行った。さっそく三つ子池に行くためだ。



◆◇◆◇



 三つ子池に着いた従吾は、さっそく昨日幽霊が出た位置まで歩いた。

 すると恨めしそうな女の幽霊がすうっと現れた。

 よく見ると三十代くらいの年齢で、肌が青白く、赤いワンピースがところどころ汚くなっている。

 白目が充血しており、この世の者ではないと感覚で従吾は分かった。


『出ていけ……出ていけ!』

「はん。何が楽しくて成仏しねえのか知らねえけど、今日であの世に送ってやるよ」


 従吾は藁人形をかざして――そのまま女に投げつけた。


『おお、おおおお!?』


 栓を抜いた風呂場の水のように、藁人形に吸い込まれていく女の幽霊。

 稲光が周囲を照らした――女の幽霊が不思議そうに立っている。


『なんだ!? 貴様、何をした――』

「うらああああ! 食らえ!」


 従吾は女の顔面に拳を振るった。

 女は後ろに吹き飛んだ――よし、殴れると従吾は確信した。


『これは……!? このクソガキがああああ!』


 女の幽霊が鬼気迫る顔で従吾を襲う。

 しかし従吾は冷静沈着に攻撃を受け流す。

 伸ばした手を捻り上げようとして――関節が決まらなかった。


「なにぃ!? 普通の身体じゃねえ!」

『放せ!』


 暴れ出した女に従吾は一度距離を取る。

 女は手を押さえて動かなかった。様子を窺っているみたいだ。


「そういや、オタク野郎が言っていたな……女が藁人形になるって。藁だから関節技が効かねえのか。それに殴ったのにすぐに反撃に出た……」


 触れるけれども、攻撃が効きにくい。

 結構厄介だなと従吾は考えた。


『出ていけ……出ていけぇ!』


 腕をぶんぶん振り回しながら襲い掛かる女に喧嘩慣れしてねえなと従吾は思った。

 だけどこのままだとじり貧だ。


「さて。どうしたもんかな……」

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