夢咲商店街の花屋さん~陽菜と笑顔を咲かせる物語~

arina

第1話夢咲商店街へようこそ!

大学を卒業してから数か月が経ち、私、山口陽菜(やまぐちひな)は、都会の片隅にある「夢咲商店街」に戻ってきた。ここは、幼い頃から親しんだ場所であり、父が営む小さな花屋「山口フラワーショップ」がある商店街だ。就職をすることも考えたけれど、最後には実家の花屋を継ぐことを選んだ。花と向き合い、人と接する仕事を通して、人を癒す力を育みたいとずっと思っていたからだ。


「ようやく戻ってきたか、陽菜ちゃん!」


私が店先でシャッターを開けようとしていると、隣のパン屋「青木ベーカリー」の店主、青木さんが声をかけてきた。青木さんはいつも笑顔で、ふくよかな体型と温かい雰囲気がなんとも言えず、夢咲商店街の顔のような存在だ。


「青木さん、おはようございます!またお世話になります!」


私も挨拶を返しながら、シャッターを上げて店内に入る。店内は、父が毎朝丁寧に掃除してくれているおかげで、花の香りが心地よく漂っている。青木さんは私の祖父の代からこの商店街でパン屋を営んでいて、うちの花屋とは長い付き合いだ。商店街全体の「お父さん」的な存在で、困っている人がいればすぐに助けてくれる。


「新しい生活、楽しみだなあ」


そうつぶやきながら、私は店内を見渡した。壁一面には、さまざまな種類の観葉植物や小さな鉢植えが並んでいる。カウンターには、父が丹精込めて育てた季節の花々が美しくディスプレイされていた。母が亡くなってからは、父が一人で店を切り盛りしてきたが、最近は少し年を感じるようになってきた。そんな父をサポートしながら、少しでも商店街の活気づけに貢献できたらと思っている。


「よし、開店準備、始めよう!」


店の掃除を終え、開店準備をしていると、早速最初のお客様が入ってきた。花屋にとって朝の時間は意外と忙しい。通勤途中に寄って行く人や、出勤前にちょっとしたプレゼントを購入する人が多いのだ。


「おはようございます、山口さん。今日は何かいい花、入ってる?」


入ってきたのは常連のお客様、杉本さんだった。杉本さんは商社で働く女性で、毎週金曜日には必ず新しい花を買ってくれる。私が小さい頃からの常連で、いつも仕事帰りに立ち寄っては、「疲れた心を癒すために」と言って花を買って行くのだ。


「おはようございます、杉本さん。今日は朝顔の鉢植えが入荷しましたよ。これからの季節にぴったりです。」


杉本さんは朝顔の鉢植えに目を向け、少し微笑んだ。小さな鉢に植えられた朝顔が青々とした葉を広げ、つぼみが可愛らしく顔をのぞかせている。朝顔の花言葉は「愛情」や「短い愛情」だが、私は個人的に「新しい一日の始まり」という意味も込めて、朝顔をおすすめすることが多い。


「綺麗ね。これにするわ。新しい日々が始まるって感じがして。」


杉本さんが朝顔を受け取ると、私は丁寧にラッピングをして手渡した。こうして、一人ひとりのお客様に少しでも喜んでもらえることが、私にとってのやりがいだ。


「ああ、今日もいい一日になりそう!」


笑顔で杉本さんを送り出した後、ふと入口の方を振り返ると、今度は見慣れない顔の女性が立っていた。彼女は少し緊張した様子で店内を見渡している。


「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」


彼女は私の声に驚いたように顔を上げ、軽く微笑んだ。近づいてきたその女性は、若いながらも凛とした雰囲気を持つ、どこかミステリアスな人だった。


「ええ、実はこの近くに越してきたばかりなんです。こちらで新しい生活を始めた記念に、何か素敵なお花を飾りたいなと思って。」


「引っ越し祝いの花ですね!それならこちらのユリがおすすめです。華やかで香りも良く、部屋が一気に明るくなりますよ。」


彼女はユリの花をじっと見つめ、そして静かに微笑んだ。「素敵ですね。では、これをいただきます。」と言って、私に頼んできた。


その後も、朝の時間帯には次々とお客様がやってきて、花を選び、私とのささやかな会話を楽しんでくれた。小さな会話の中で、少しでも相手の気持ちに寄り添い、心がほぐれるような花を提案できることが、私にとってこの仕事の一番の魅力だと感じている。


その日の営業を終え、店の片付けをしていると、父が奥から顔を出した。


「お疲れ、陽菜。今日はどうだった?」


「うん、無事に一日終わったよ。思ってたよりも忙しかったけど、やっぱり楽しいね。」


父はにこやかに笑って、「そうか。お前が戻ってきてくれて、俺も助かるよ。」と言ってくれた。


そして父は、少し照れくさそうにしながらも、「この花屋はな、お前の母さんと一緒に始めたんだ。だから、お前が継いでくれることは、俺にとっても何よりの喜びだ。」と語ってくれた。


「そうだったんだ……母さんの夢も、この花屋に詰まってたんだね。」


母が亡くなったのは私が小学生の頃で、それ以来、父が一人でこの店を守ってきた。だからこそ、父のために、そして母のためにも、この店を盛り立てていきたいと強く思ったのだ。


こうして、私の「夢咲商店街」での新しい生活が始まった。この商店街には、私を温かく迎え入れてくれる優しい人たちがたくさんいる。そして、花屋として働く中で、私自身もまた多くのことを学び、成長していくのだろう。


「明日もきっと、素敵な一日になるはず!」


夜の静かな商店街に、私は小さくつぶやいた。

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