第4話 どんなことにも事故はつきもの

 その日の夕食の席、父さん、母さん、妹に俺の4人で食卓を囲んでいる。今夜のメニューはカレーとシーザーサラダだった。


 俺の隣には妹が座っていて、よほどカレーが嬉しかったのか笑顔で鼻歌を歌いながら食べている。かわいいやつめ。


 そんな妹を眺めていると父さんから声がかかった。


 「祐太、最近は学校どうなんだ」


「父さん、その聞かれ方が一番なんて返したらいいか困るんだけど……まあ別にいつもと変わんないよ」


 この質問は世の学生の大半が経験したであろう質問だ。仕事でなかなか子供と話せない父親はこんな風に聞くしかないのだろうが、いかんせん返しに困る。


「そうか……祐太の様子がいつもと違ったから何かあったんじゃないかと思ったんだがな、父さんの勘違いだったみたいだ」


 いつもの父さんにあるまじき鋭い指摘に、俺は思わず心の中で冷や汗をかく。今は偶然にも彼女の件があるのだ。


 万が一白石さんと出かけることを話しでもしたら両親に問いただされることだろう。それだけは絶対にあってはならない。


「あら、あなたもそうだったの?母さんも祐太の様子がなんだかおかしいと思ってたのよ。ちょっと浮かれているようにも見えるし。祐太、あなたもしかして彼女さんでもできたのかしら」


 今度は母さんからの思わぬ援護射撃が飛んでくる。しかもとんでもないニアピンだ。

 

 これはまずい、非常にまずい。うちの母さんはこういう話題には目がないのだ、自分が納得するまで延々と問いただしてくる。


「き、気のせいだって…… そうだ、今日ってカレーじゃん? それで俺もテンションが上がってたんじゃない?」


 苦し紛れの言い訳だが、果たして見逃してもらえるだろうか。


 「ほんとかしら、さっきだってスマホ見ながらニヤニヤしてたじゃない」


 母さんもニヤニヤしながら指摘してくる。


 「それは……アニメを見てて面白かったから顔に出ただけだって」


 これは本当だ。ただ、どんなシーンかは言わないでおく。


「あら?そうなの。それにしてはよく指を動かしてた気がするのだけど」


 これも本当だ、でもそれは画面をズームしようとしていただけだ。


 どうやら母さんは完全にヒートアップしてしまったようで、これ以上否定しても意味はないだろう。


 これはもう完全に終わったな。母さんの隣では父さんがまるで気持ちはわかるぞ我が息子よとでもいうような表情で頷いている。 元はと言えばあんたのせいだろうと思わず手が出そうになる。


 「はあ……もう好きに解釈していいよ」


「ふふ。そうさせてもらうわ。よかったわね、あなた。」


「だから違うってば……」


 もう母さんの中では勝手に結論付けられてしまっているようだ。こうなってしまったからにはもうどうしようもない。


 一方何も理解できていない妹はひとりおいしそうにカレーを食べ進めている。妹よ、将来はこんな母さんになるんじゃないぞと心の中で言葉をかけて、俺も目の前の食事に手を伸ばすのだった。


***


 11時を回った頃、寝る準備を済ませてスマホとともにベッドにダイブした俺は寝前のアニメタイムを満喫しようとしたのだが。


「……ほんとに連絡来ちゃったよ」


 白石さんから”今時間空いてますか?”とメッセージが来ていた。アニメは後でも見れるので、すぐに返信しておこう。


 ちなみに学校での件はメッセージを送って謝罪したら笑って許してもらえたので気にしなくても大丈夫だろう。


”どうしたの? 話しならまだ寝る予定ないから大丈夫だけど”


”いえ、話がしたいというわけではなかったのですが、ちょっと相談がありまして。”


”大宮君は位置情報アプリって入れていますか?”


”なにそれ”


”入れてないみたいですね。日曜日のお出かけに使おうかと思ってダウンロードしてみたのですが、周辺の地図にお互いの位置情報を反映してどこにいるかわかりやすくできるアプリみたいです。もちろん使わないときはオフにもできますし”


”へー、確かに集合するときとか迷ったときとかに役立ちそう”


”そうなんです!私自身あんまり外出しなくて方向音痴なので一応入れてみました。あとで招待するので入れてみてください”


”わかったよ、入れてみる。話ってこれのこと?”


”はい、これで終わりです”


”そっか、教えてくれてありがとう。おやすみ”


”おやすみなさい”


 最後にいつものスタンプのおやすみバージョンが送られてくる。にしてもこのスタンプバリエーション豊富だな。


 さっそく俺はアプリをダウンロードしてログインしてみる。画面には周辺地域一帯の地図が映し出されるが彼女の位置情報は反映されない。どうやら今はオフにしているらしい。


 お互いのプライバシーのこともあるだろうし普段はオフにしておくのが望ましいだろう。


 位置情報アプリを閉じて慣れた手つきでアニメ専門の動画配信サービスを開くと、今日も最新話が続々と更新されている。


 「さてと、まずはこの作品から観ていきますか」


 まだ全然眠気が来ていない俺は視聴を継続する作品を精査するために、無数のアニメの中に飛び込むのだった。


***


 月日が過ぎるのは早いもので、気が付くと待ちに待った日曜日がやってきていた。


 木、金、土と連日のアニメ選別のおかげで視聴する作品数は始める前の3分の1ほどにまで絞ることに成功した。


 ちなみに白石さんとはあれからも何度かLINEでやり取りをしたが、繰り返し話すうちにだんだんと彼女の好みがわかってきた。


 どうやら彼女は純愛ものが好きなようだ。曰く、『心情描写や伏線などがしっかり張られたうえで結ばれる王道のハッピーエンドが至高なんです……!』らしい。


 俺もドロドロしてるよりかはそっちの方が読んでいて気分がいいので、やはり俺たちは趣味が合うらしい。


 今度は純愛本を多めに持っていってあげよう。


 さて、話は変わるが日曜日の朝というのは起きるのが辛いものだ。なにせいくら寝坊しても学校がない。そんな安心感の中で二度寝をしてしまうものも少なくはないだろう。


 もちろん俺も例外ではなく、約束がある今日という日にもかかわらず二度寝をかましてしまった。


 ただ俺もバカではない、再び眠りにつく前にアラームをかけておいたのだ。そう、かけておいたのだが……


「は!? マジかよ! なんでアラーム止まってるんだよ!」


 おそらく寝ぼけて止めてしまったのだろう。今となっては2重でかけておけばよかったのにと悔やまれる。


 だがそんなことを考えている時間は無い。


 約束した時間は午後の1時、昼食もそこで取ることになっている。なのだが、現在俺が起床した時刻はなんと昼の12時35分。家から約束のカフェまではチャリで約15分


 これ、詰んだかな……?


 寝起きの俺の頭はすぐに爆速で回転し始め、何とか間に合うように流れを組み立て始める。


 はじき出された到着時刻は1時4分。あ、これガチのマジでやばいっぽい。


すぐさま俺はベッドからロケットのように飛び起きて準備に取り掛かるのだった。

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