第11話 過去の傷
「これで足りるか!?」
ノアが両手にいっぱいの魔石を抱えて戻ってきた。
フレヤは梯子から下り、シルフィアの傍らで待っていた。
「……一つで十分です」
「お前必要な数を言わなかっただろう!」
呼吸を浅く繰り返すノアから一つだけ魔石を取ると、苦情を受けた。
(ああ、そっか)
イシュタルディアでは昔、魔石が人々の生活に根付いていた。
火をおこしたり、光を灯したり。魔道具が発展してからは直接魔石を使うことはなくなった。それに加えて、魔石は手に入りにくいものとなり、手にすることはなくなった。
隣国のアウドーラは魔石を豊富に蓄えているが、魔道具をイシュダルディアから輸入している。アウドーラでも当然、魔石を直に使用する習慣はないようだ。
フレヤは小さいころ、そうした魔石の使いかたを学んでいた。
「――転移発動」
シルフィアの身体に魔石を付け、魔言を唱える。
一瞬にして光がシルフィアを包み、その場から姿を消した。
転移は使用者が一度訪れた場所ならばどこにでも使えるのだ。
「シルフィアはどこですか!?」
まだ剣を持っていたが、それを地面に下げ、ユリウスが慌てて問う。
「竜舎に戻しました。あとは安静にさせて、経過をみます。必要なら薬の追加も……」
説明していると、ユリウスの後ろにいた騎士たちがシーンとしてフレヤを見ていた。さきほどまでは「どうなっているんだ?」「スパイだろうと泳がせていれば」などとざわついていたのだが。
「あれ? シルフィアが回復するまでは信用できませんか? まあいつでも切ってくれて構いません」
「……いや……あなたを信じる。手当てをありがとう。シルフィアの容体も心配だし竜舎に行こう」
ユリウスは剣を鞘に納めると、踵を返して竜舎の方向へ歩き出した。慌てて追いかけたエミリアが自分の竜にユリウスを乗せてその場を後にした。
騎士たちも慌てて竜に乗り飛び立っていく。行先は竜舎だろう。
「今の……魔石でやったのか?」
「そうよ。移転は魔石一個消費してしまうから、滅多に使わないけどね」
その場に残っていたノアに振り返る。
魔石は数回使えるものだが、移転は膨大な魔力を使用するため、使うとすぐに消滅してしまう。しかも移転する個体数消費してしまうので、コスパが悪くて滅多に使うものではない。
(この量をすぐに用意できるなんて、さすがアウドーラね)
まだノアの両手に抱えられている魔石を見て、感嘆した。
ノアはまだ息を切らしていて、どこか辛そうだ。
「ちょっと? どうしたの!?」
その場に座り込んでしまったノアを見て、フレヤが視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「だ、いじょうぶだ。ほっとけ……! 休めば直る」
こんなときでさえ憎まれ口をたたくノアに、フレヤは心配になった。
この人は普段からこんな風に他人を拒絶して、助けすら求めないのだろうか。
この強い口調や憎まれ口は、人と関わらないようにするためだろうか。
どう声をかけようか迷っていると、フレヤの前に興奮した医師が割り込む。
「ちょっと君、あの薬はどうやって作ってるんだ!? 実際に見せてみてくれないか!?」
なかば強引に連れ出されたフレヤは、ノアを振り返る。
「僕に構うな」
辛そうなくせに、そう返されてしまう。
「さ、行きましょう」
医師もノアに触れてはいけないかのように、彼を見ようとせずフレヤを連れ出した。
☆☆☆
「つっかれた……!」
やっと竜医師に解放されたフレヤは、小屋の中で盛大な溜息を吐いた。
医師の前で最初から最後まで薬を作らされた。それから聖力についても聞かれ、まったく同じものは作れないと落ち込む医師を慰めた。そのあとは竜についてお互いの知識で殴り合い、楽しかったものの、どっと疲れた。
(そういえば、あいつは大丈夫かしら?)
ふとノアが気になった。前も足の動きがおかしかった。怪我なのか病気なのか。医師の様子を見るも、触れてはいけないような空気だった。
ほっとけと言われたのだから、あんなやつはほっとけばいい。
それなのに、いつもは不遜なあいつの辛そうな顔が頭から離れない。
フレヤは思いつく限りのハーブや薬草をリュックに詰めると、竜舎に向かった。
☆☆☆
(静かね)
竜舎に辿り着くと、騎士たちはもう引き上げたようだった。
それぞれ房の中で竜たちが休んでいる。
勝手に竜に近寄ってはまたノアに怒られるので、入口で立ち止まり、辺りを見渡す。
「シルフィアの様子を見に来たのか?」
後ろからノアの声がして、慌てて振り返る。
「勝手に時間外に入ってごめんなさい――っ、」
足を引きずりながら歩くノアに言葉を失う。
「ねえ、その足どうしたの!? 私、色々持って来たわ! 病気? 怪我? 薬を作りましょうか?」
「……僕を心配して来たのか?」
ノアが驚いて目を見開く。
「放っておけと言っただろう――っ、」
がくりと膝から落ちそうになったノアを慌てて支える。
「ねえ、私のことが嫌いでもいい。シルフィアも治療してみせたんだから信用してくれない? 放っておいて悪化したらどうするの?」
本気で心配しているのが伝わったのか、ノアは口を真横に結んだ。少し逡巡して説明する。
「…………っ、これは古傷だ。もう直らない」
フレヤの手を払い、足を引きずりながら竜の元へ行こうとする。フレヤが見守るも、ノアは途中で崩れ落ちてしまった。
「大丈夫!?」
急いで駆け寄ると、ノアは泣きそうな顔でフレヤを見上げる。
「情けないだろう? 昔、足を大怪我してから、走るとすぐにこうだ……!」
(昔の怪我が原因で……)
古傷ならばフレヤにはどうすることもできない。せいぜい鎮静剤を作ることくらいだろうか。
「こんな足じゃ竜に乗ることもできず、僕は竜騎士になるのを諦めた」
ノアの辛そうな声に胸が締め付けられる。フレヤはノアの話をじっと聞く。
「ずっと兄上みたいな立派な竜騎士になることが夢だった。でも今の僕はただのお荷物だ……!」
「お荷物だなんて」
ノアがキッとフレヤを睨む。その目には涙が溜まっている。
「後悔がないかって? 僕は大ありだ!」
先日の問いかけに答えるようにノアが叫んだ。
「あの怪我さえなければ、僕は今、兄上と一緒に民を助けられる騎士だったんだ! エアロンだってシルフィアと一緒に戦うことができた! 僕が! 僕が……」
地面に拳を付き、泣き崩れるノアにそっと触れる。
「飼育長だって立派な仕事で、間接的に皆を助けているじゃないですか」
顔を上げたノアは、泣きながらもフレヤを睨んでいる。警戒する野良猫のように。
「それでも夢を諦めたのは辛かったですね」
「!」
目を真ん丸にしてこちらを見るノアを、フレヤはそっと抱きしめた。
突然のことに身を固くするも、ノアがフレヤを拒絶することはない。
「エアロンもあなたの苦しみに寄り添いたくて側にいるんだと思いますよ」
話を聞くに、エアロンはノアの相棒だ。竜騎士になれなかったノア以外に相棒を持たずに運搬専門をしているのは、そういった理由だろう。
エアロンが肯定するように「キュウ」と鳴いた。
「う……」
ノアはエアロンに視線をやると、ぼろぼろと涙を落とした。
フレヤがノアの頭を優しく撫でると、彼は涙をためたアイスシルバーの瞳を歪めた。
「うわあああああ!」
フレヤに縋るようにノアが大声で泣き叫ぶ。ずっと我慢してきたものを放出するかのように。
戸惑いながらもフレヤはノアの頭を撫で続けた。
自分はこんな素直に泣けたことがあるだろうか。両親が死んだときも、神殿で不当な扱いを受けたときも、自分にはやるべきことがあると研究に逃げて、感情に蓋をしてきたかもしれない。
そう思うと、やっと泣けたであろうノアに心臓が潰されそうな気持ちになる。
同情なのか、自分と重ねているからなのか。
(泣かないで……)
そう願いながらフレヤはノアを抱きしめた。
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