隣国へ人質として送り込まれたのに、待っていたのは子犬系王子様との恋でした
海空里和
第一章
第1話 人質に指名されました
「フレヤ、お前には人質として隣国アウドーラへ行ってもらう」
「はい? 正気ですか?」
いきなり神殿にやって来てフレヤの作業の手を止めさせると、目の前でふんぞり返る王太子がそう言い放った。
プラチナブロンドの長い髪を手で払い、エメラルドグリーンの瞳で嫌そうにフレヤを見る王太子、ルーク・イシュダルディアは自分の利しか考えない王子だった。だから神殿に足を運ぶなんてしたことがない。それだけでも驚きなのに、さらに信じられないことを言ったのだ。
「アウドーラは図々しくも、聖女を人質に寄越せと言ってきたのだ」
「はあ」
忌々しそうに話すルークに、フレヤは適当に相槌を打つ。
今日も忙しいのだ。この国は結界のおかげで魔物から守られているが、その維持をフレヤ一人で行っている。
そのための緻密な作業を、話を聞きながらできるはずもなく。
(アウドーラとはついこの前、停戦協約を結んだのよね)
ラベンダー色の瞳を閉じて、情報を整理する。
フレヤが住む国・イシュダルディアは、隣国アウドーラに戦争をしかけて敗戦した。
アウドーラは魔石を多く保有する国で、イシュダルディアがそれを欲してしかけたことだった。
アウドーラには竜を操る竜騎士団がいて、最強の国と言われている。そんな国に平和ボケしたイシュダルディアが敵うはずもなく、敗退したのだ。
イシュタルディアは魔石を使った魔道具作りの技術に秀でているが、自国で採掘できる魔石は年々減少し、枯渇しかけている。それに輪をかけ、今回の戦争では大量の魔石が使われた。
アウドーラは魔石を援助してくれるらしく、イシュタルディアはようやく負けを認めたのだ。
「敗戦したのはこちらなので、あちらが求めるのは図々しくないと思いますが」
「うるさい! 正論を吐くな!」
真顔で言ったフレヤの言葉に、ルークが声を荒げる。正論なのは認めるらしい。
「だから、お前が行くんだろ!?」
何がだからなのかわからない。しかしフレヤにとっては願ったりだ。
「私がここを離れては国の結界が保てませんが、よろしいのですか?」
ルークがはんっと鼻で笑う。
「アウドーラから魔石が届くから問題ない。それに、チェルシーがいれば我が国は安泰だ」
ルークが目で合図すると、チェルシーがこの場に招き入れられる。
チェルシー・スウェンソンは二年前に神殿へ来たばかりの聖女だ。
先の聖女たちが引退して一人で業務をこなしていたところ、やっとできた仲間だ。自身の負担も減るだろうと思っていたのに。
「イシュダルディアはわたしが守るから、フレヤは安心してアウドーラへ行ってね」
愛らしいキャラメル色の瞳は自信に満ちて、綺麗な薄紅色の頭の上にはたくさんの宝石を施したティアラが載っている。それにやっと気づいたフレヤはぎょっとした。
「それ!?」
「やだ、気づいた?」
チェルシーは嬉しそうに口角を上げた。
いつも通り華やかなドレスを着ているから気づかなかった。よくよく見れば、ドレスは王太子の髪と瞳に合わせた金とエメラルドグリーンの生地で作られている。
「チェルシーは正式に大聖女となり、俺と婚約した」
「フレヤはルーク様の婚約者に選ばれたかったのよね? ごめんねえ」
「そうなのか? お前みたいな愛想のない女は俺は好きじゃないんだ。悪いな」
この国の大聖女は王族と結婚するのが習わしだ。
フレヤがなりたかったのは、大聖女だったわけで。
「私もあなたみたいなバカは好きじゃないです」
「何だと!? 聖女だからと俺にそんな口を利くのはお前だけだ!! そういうところが可愛げないと言っているのだ!」
「うふふルーク様、そう怒らないで。フレヤはあなたに選ばれなくて憎まれ口をたたいているのです。あなたの気を引こうとして」
ムキになるルークの手を取り、チェルシーが諭すように微笑む。
「そ、そうなのか」
(そうなわけあるか!)
二人のやり取りに呆れていると、チェルシーがフレヤの側に寄り、囁く。
「バカ真面目に働くよりも王子を篭絡するほうが大聖女への近道なのに、バカね」
「……大聖女になっても聖女の仕事はしない気?」
「聖女の聖力さえあれば、国は守られるでしょう? あとの雑事は神官たちにやらせればいいわ」
「結界はそれだけではダメなのよ!?」
聞く耳を持たないチェルシーは、訴えるフレヤの手を払いのける。
「汚い身なりの聖女がわたしに触らないで。そのローブ、ボロボロでなんてみっともないのかしら」
フレヤが着ているローブは、神殿から支給されたものだ。成長するごとに新しいものが支給されたが、十六歳で支給されてからは二年使い古している。
聖女の活動で汚れるので、洗濯を繰り返してボロボロなのは仕方ない。伸びっぱなしのミルキーブロンドの髪もぱさぱさだ。
「大丈夫か、チェルシー」
ルークがフレヤからチェルシーを遠ざけるように彼女の手を取り、肩を抱く。
「そもそも、聖女は支給のローブを着るものでは? その豪華なドレスはどうしたんですか? 神殿の予算は結界に使うべきもの。まさかとは思いますが、王子?」
フレヤがじろりと睨めば、焦ったルークが逆切れをする。
「チェルシーは俺の婚約者だぞ!? 大聖女でもある彼女が綺麗に着飾るのは当然だろう!」
「結界の強度は日に日に弱くなっています。そんなことよりやるべきことがあるのでは?」
「そんなことだと!? 王太子である俺の婚約者よりも大切なことがあるか!?」
ルークとは度々口論になるのだが、このバカ王子では埒が明かない。
(こんなのが王太子なんて、もうこの国はダメね)
ふう、と溜息を吐けば、チェルシーがくすくすと笑う。
「あなたの魔物研究? そんな気味悪いものに予算を使っていることこそ無駄なんじゃない?」
「な!? 魔物研究は、結界にも関係する重大なことで……!」
聖女だと偉そうに語りながら、学ぼうともしないくせに。
チェルシーの発言でフレヤが憤っていると、ルークが偉そうに上から視線を落とす。
「チェルシーの言う通りだ。無駄な金を使い、お前は何を成した?」
「国のトップに立つあなたまで、そんなことを」
呆れてもう何も言えない。
「とにかく! お前にはアウドーラへ行ってもらうからな!」
「大好きな魔物研究が思う存分できるんじゃない? アウドーラは魔物である竜を操る野蛮な国だもの」
「そうだな! ふてぶてしいお前だが、一応国の人質だ。その魔物どもに襲われないよう、一筆したためてやろう」
フレヤをバカにすると、二人は得意げに笑い合う。
しかし魔物研究をする者として、これだけは訂正しておかないといけない。
「王子、竜は魔物ですが、国を襲う魔物とはまったく種が違います」
「そんなことはどうでもいい! まったく、ああ言えばこう言う。涙の一つでも見せれば可愛げのあるものを。とにかく、明日には向かってもらうからな!」
大事なことなのに一蹴されてしまった。まあいいか。だって人質なんて、この国を追放されるのと同じことなのだから。
フレヤが何回目かの溜息を吐けば、王子に寄り添っていたチェルシーが愉悦の笑みを浮かべた。
(うん。そういうことか)
チェルシーは男爵令嬢で、聖女として神殿に来たからには聖力を持っていた。
ただ、聖力だけ持っていても、使い方や活かし方を学ばないと意味はないわけで。
チェルシーは聖女の仕事を一切せず、王子との仲を深めることに注力していた。聖女だけは生まれに関係なく、王族に意見できる立場なのだ。
「さよなら、口うるさいフレヤ」
チェルシーはフレヤを神殿から追い出したかったから、今回のことで喜んでいるのだろう。
(まあこんな生活、人質生活とも変わらないでしょ。それに、竜も見たいしね!)
神殿には神官たちもいるし、いざとなればチェルシーも動くだろう。
そう思ったフレヤは、アウドーラへ行くことへの高揚感に気持ちを入れ替えた。
だって、竜はフレヤが魔物研究をしようと決めた大切なきっかけなのだから。
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