51. 女神の友達


「自分が幸せかどうか、そんなことは考えたことがない。神はそういうことを考えないものなのだ」

 と女神アテナは玄関をまじまじと見て首を少し傾げた。


「では、玄関はどうなのだ。幸せなのか」

「はい、わたしは幸せです。どんな時でも、思ってくれる友達がいるから、幸せです。今は島に戻って、ジャミル、サナシス、ハミルと毎日、一緒に働いているから、今は超がつくくらい幸せです」


「友達がいなければ、不幸か」

「友達がいなければ、さみしいです」


「それでは、弱すぎるではないか。女たるもの、もっとしっかりせよ」

 女神アテナが声を荒げた。

「玄関よ、そんな人間みたいな弱いことを言うではない。ひとりで強く生きていくんだ」


「わたしは人間です」

「ああ、そうだった」

「わたしは友達に助けられて、ある時は助けて、ともに生きていきたいです」

「ふん。人間は気楽でいい」

 女神が冷笑した。


「人間は気楽ではないですよ。人間は無力ですが、神さまはいろいろな力をお持ちですから、好きなことが何でもできるのではないですか」

「いや、それがそうではない。だから、そなたにブレーンになってほしいと頼んでいるはないか」

「女神さまに友達がいないのですか」

「友達など、必要ない」

「はい。神さまですもの、友達はいりませんよね」

 玄関は答えたが、それはさみしいでしょうという表情があった。


「だが、親友はいたことがある。一度」

「一度。では今は?」

「いない」

「その親友がいた時は、楽しかったですか」

「それは、そうだった。毎日が楽しかった」

 女神は昔を懐かしむような顔をした。


「その親友とは喧嘩別れをなさったのですか」

「いいや」

 女神が泣きそうな目をそらして、青い海を見るためにベランダに行った。


「私はああいう生まれ方をしたから、いとこのトリトンのところで育てられたのだ」

 トリトンというのは海の神ポセイドンの息子である。


 父親ゼウスの頭をかち割って生まれてきたアテナには母親がいなかったから、ゼウスの父の兄ポセイドンのところに送られ、そこでポセイドンの息子トリトン、つまりいとこに育てられたのだ。そのトリトンにはパラスという娘がいた。

 アテナはパラスと姉妹のようにして育った。ふたりはともに格闘技を習い、戦闘ごっこをして腕を磨いた。


 ある日、トリトンがオリュンパスの神々を招待し、親善試合を催すことになった。運動神経抜群の少女たちの上達ぶりを披露したいと思ったのだ。

 神々が観客席で見守る中、試合が始まった。はじめはアテナがリードしていたが、しだいにパラスのほうが優勢になった。

 

 アテナあぶなくなった時、上の観覧席にいたゼウスが、娘を助けようとアイギスの盾を投げた。パラスがそれを見上げた時、アテナの槍がパラスの胸にささってた。そして、パラスは死んでしまったのだ。


「昔は飲み込んでおいて、今度は助けようとして盾を投げるなんて、父は勝手すぎます。あんな余計なことさえしなければ、パラスはあの槍を避けられていたのに。生きていたのに」

 とアテナが泣いた。


「神さまでも、パラスさまの命は救うことができなかったのですか」

「できなかった。パラスは冥途へ行き、私は友達のいない現世で、生きていかなければならない」


「人々は女神さまのことをパラスアテナって呼びますよね。それって、女神のフルネームではなかったのですか」

「私は親友の分まで生きようと、パラスの名前を付けくわえたのだよ」


「新しく友達を作られはしないのですか」

「パラスのような友達がいるはずがない。そうだ、玄関、私の友達になってくれるか」

「わたしがですか。女神の友達ですか」

 玄関が仰天して、目をぱちくりさせた。


「わたしは人間で、ただの羊飼いですから、女神の友達になるのは無理です」

「私が嫌いか」

「そういうことではないです」

「私は玄関と話していて楽しいぞ。そなたはいやか」


「いやだと言っているのではありませんが、友達は遠慮します」

「そなたほど、この私にはっきりともの言う人間を見たことがない。友達がだめなら、ブレーンになら、どうだ」

 女神の目がにやりと笑った。


 女神はねばる。まだあきらめてはいないようだ。



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