50. 女神の頼み

 オリーブの島の復興が始まってから、早くも1年が過ぎた。まず道路が整い、島は昔の平和な光景を取り戻しつつあった。


 それより何より、島人の顔に笑顔が戻ってきた。朝起きた時、明るい空を見て、生きているぞ。今日もがんばるぞ、というやる気が出てくるのだ。

 人生の中で、やる気が泉のように湧き出てくるというのは、あまりないことだ。


 それは島の復興のリーダー4人の若者たちのおかげだろうと人々は思う。

 彼らはすごい。仕事ができるばかりではなく、人にやる気を起こさせる。

 予想より早く島が復活していることを聞いて、女神アテナが島にやってきた。そして、渡したいものがあるからと、玄関を宮殿に呼んだ。


 女神は玄関の賢さと活躍を褒め、アテナイから持ってきたという象牙の短刀を出した。

「これはそなたのものだ」

「わたしのもの?」

 短刀を手に取ってみると、「エヴァンネリ」と彫ってあった。


「ありがとうございます。わざわざ作ってくださったのですか」

「いや、私が作らせたものではない」

「では、誰が」

「これはそなたの実の母親が作らせたものだ」


「わたしの母?わたしの母をご存じなのですか」

「そうだ」

「それは、誰ですか」

「そなたは南のネリ島の国王の王女なのだ」


「わたしが国王の娘ですか?」

 玄関はまさか、とぷっと笑ったが、女神は真剣な顔をしていた。


 どうも、真実らしい。


 でも、急にそんなことを言われても、玄関には意味がわからない。

 そう言えば、父さんが、わたしは舟に乗せられていたとか、女神が授けてくれたとか言っていた。


「では、聞かせよう」

 女神アテナが玄関の出生について話し始めた。

 

 ネリ島の国王、つまり玄関の父親は、娘が生まれると間もなく亡くなった。しかし、王妃にはすでに3人の息子がいたから、跡継ぎの問題はなかった。では、3人の息子の誰を国王にすべきか。消極的な長男か、行動的な次男か、または自分に似ている三男か。

 

 王妃が神官に占わせたら、

「末娘がこの国の支配者になるだろう」

 と予言したのだった。


 しかし、末娘に国を継がせるわけにはいかないから、それを恐れて赤子を小舟に乗せて流したのだ。

 女神アテナはその話を聞いて、自分と境遇が似ていると思い、赤ん坊を舟から拾って子供をほしがっていた羊飼い夫婦に与えたのだ。


 ネリ国は結局長男が国王になり、次男が宰相、三男が将軍になったけれど、3人とも強欲で、陸地を手にいれて領地を広げようと戦争ばかりする。

 けれど、占い師が予言したように、負けが続き、今では島は見るに堪えない状況になっている。

 

 王妃は国の現状を嘆き、娘を捨てたことを後悔し、もしや娘のエヴァンネリがどこかで生きてはいないかと占わせたら生きていると出たので、今はその行方を必死に探しているという。


「そなたは、母親のもとに帰るつもりはあるか」

「いいえ。ありません」

 玄関が即答した。


「わたしはもうエヴァンネリではなく、玄関です。わたしには東にアーニャという母がいて、いつか島に会いに来てくれます。だから、よそに行くつもりは全くありません」

「そうか。はっきりしているな」


「ところで、女神とわたしの境遇が似ていると言われましたが、どういうことでしょうか」

「私は母の胎内にいる時、父のゼウスが今度生まれる子供が天空の支配者になるという予言を聞いておそれ、母を飲み込んだのだ。私は父の体内で大きくなり、父の頭をかち割って、出てきたのだよ」


「ゼウス様の頭はどうなりましたか」

「神は死なない。父ゼウスの頭はすぐに再生した」

「はい」

「私はよろいをつけ、かぶとをかぶり、槍をもって、父の頭からひとりで生まれてきた。この世にでる前から、男どもと、戦う覚悟だった。だから、私は戦い続けた」

「そうでしたか」


「しかし」

 と女神は言葉を止めた。

「戦うだけでは悲しみが増すだけで何も終わらないし、何も始まらないと気がついた」

 やりたい放題にやっているように見える神たちにも、悩みや苦労というものがあるのだと玄関は思った。神に生まれても、楽ではないようだ。


「玄関、今日は特別な頼みがあって、やって来たのだよ」

「何でしょうか」

「私のブレーンになってくれないか。相談役になってほしいのだ」

「女神のブレーンに?」

「そうだ。この人生は戦争の連続だったが、戦争では人が傷つき、死に、憎しみが増すばかりだ。何も解決しない。これからは武器で戦う時代ではない。話し合いで解決せねばならない。だから、玄関に、力になってほしいのだ」


「それは光栄なのですが、……」

 玄関はすぐには答えることができない。


「なぜ、考えることがあるのか。人間にとって神の相談役は最高のポジション、栄誉ではないか。ほしくはないのか」

「わたしが望むことは、ジャミルとともに生きることです」


「はっ。なんてばかばかしい」

 女神は腹立たしそうに言った。


「玄関よ、そなたは空を飛べる翼をもって生まれた鳥なのだ。飛べるのに、なぜ大空に向かって飛ぼうとしないのか」

「わたしはジャミルがいないと、やる気がわいてこないのです」

「ああ、情けない。能力があるというのに、男なんぞのために、大事な人生を無駄にするな。男にそういう価値はないぞ」


「大事な人生だから、愛する人と一緒にいたいのです」

「考えが狭い。そなたがそんな女々しい考えをしているとは思わなかった。男のためにその才能を無駄使いするのか。なんと残念なことだ」


「女神はどうして男がそれほど嫌いのですか。ゼウスさまに飲み込まれたからですか」

「父親だけとはかぎらない。男は骨が折れるだけのくだらない存在だ。そうは思わないか」

「そうでしょうか」

「考えてもみよ。世の中に、結婚して幸せになった女がいるか。幸せな夫婦がいるか。そう見えている者がいたしとしたら、みんな仮面をかぶっているだけだ。玄関よ、自分のために、自分の人生を生きよ。大きな舞台で、活躍してみよ」


「では、お聞きしたいのですが、女神さまは、今、お幸せなのでしょうか」

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