38. ジャミルの話
ジャミルが説明をし始めた。
ジュマ村でようやく玄関に会えて、あと1年で呪いが解けるという時になったあの日、ジャミルはラティハの誕生日に仕事を頼まれて、玄関の工房へ行ったのだった。
「ジャミルが突然現れたから、ものすごく驚いたの。そう、仕事箱を背負っていたのを覚えている……」
と玄関が眉を八の字にした。
「うん、あの時なんだ」
誕生日に飴を作ってみせてほしいと言われて出かけたのだけれど、女子たちがいる前で、へリマからしつこくされた。でも、誕生パーティなので、それはなんとうまくかかわしていた。
けれど、怒ったヘリマから無理やりにキスをされてしまった。13年前のオリーブの島で起きた事件と同じだ。そう思うと、ジャミルは恐怖でうろたえた。
来年は玄関が14歳になる。自分は17歳。
その歳になったら、ふたりでオリーブの島に帰りたいとずうっと思って生きてきたのに、また女神に誤解されて、また3歳児に転生させられるかもしれない。
もう一度、やり直すなんて、絶対にいやだ。どうしてもいやだ。
だから、ジャミルはすぐに女神に会って釈明しようと思い、島に急いだのだった。
でも、その時は夏の祭りまでには帰れると思っていたのだ。
かわいそうなジャミル。
玄関はあの時、ジャミルがどんなにパニックになり、必死で島に戻った気持ちを思うとかわいそうすぎて涙が流れ落ちた。
ジャミルはそういう真面目な性格なのに、いつも禍がやってくる。
どうしてなの。かわいそうすぎると玄関が泣いた。
ハミルが、玄関の肩を強く引き寄せた。
「もう大丈夫だよ。こうやって会えたじゃないか」
うん、そうだね。
「ジャミル、がんばったね。ひとりでがんばったね」
玄関がうるんだ瞳で言った。
「がんばったのは、玄関だろ。泣くなよ。こうやって、また会えたじゃないか」
「うん、会えた。本当に、会えた!」
玄関が半笑いすると、ジャミルが玄関の頭をぽんぽんした。
「それで、ジャミルは島に着いて、それから」
ハミルが話をリードをした。
「うん。オリーブの島に着いたら、そこはもう女神の島ではなく、息子のエリクトニオスが支配していて、ひどいことになっていたんだ」
「女神アテナには息子がいるのかい」
「うん。エリクトニオスは女神アテナの息子だけれど、女神が産んだというわけではないんだ」
ジャミルは島人から聞いたという話を伝えた。
ある時、女神アテナは新しい槍を注文しようと火の神ヘパイストスの
ヘパイストスは女神アフロディーテという美人の妻がありながら、アテナに一目惚れしてしまいしつこく迫いかけてきた。
「アプロディーテって、美の女神よね。そんな奥さんがいながら、女神を追いかけたというの?」
「玄関、これはオリュンポスの神々の話だからね。落ち着いて聞こう。人間のことじゃないんだから」
とハミルがなだめた。
「そうだよ。かっかするのはやめよう」
「わかった」
アテナは嫌がって逃げたのだけれど、 ヘパイストスの身体から飛び散った体液が、女神の足に飛んでべっとりとついてしまった。
ああ、気持ちが悪い。
女神はそれを羊の皮でふいて大地にぽいと捨てた。しかし、その体液で大地の神ガイヤが懐妊してしまい、エリクトニオスが生まれたのだった。
つまり、エリクトニオスの母は大地の神ガイヤで、父はヘパイストスなのである。
「そんなことで、子供が生まれるわけ?」
「だから、神々の話なんだから」
「わかった」
大地の女神は自分では子供を育てられないから、それでアテナがエリクトニオスを自分の息子として慈しんで育てることにしたのだった。
エリクト二オスは父親似で、顔はかわいいとは言えない、というか、醜い。それに、上半身は人間だが、足が蛇である。
「足が蛇なの?」
「だから、神々の話なんだから」
「わかった」
エリクトニオスは性格がひねくれていて誰からも嫌われているが、育ての母のことだけは慕っている。1日も早く戦いに出たい。戦争で、母親の力になりたいと思っている。
女神アテナはそんな息子を愛しいと思うのだった。
エリクト二オスは足が蛇なので、2本足の人のように馬やチャリオット(戦車)には乗れないから、自分が乗れるチャリオットを発明して練習を続けた。
けれど、たびたびチャリオットから落ちるものだから、人々から笑われ馬鹿にされた。
それを見て不憫に思った女神が、オリーブの島を愛する息子に与えることにしたのだった。
あの島民は温和だから、どんなにチャリオットからぶざまに転落しても、決して嘲笑などしない。息子は自由に練習ができるだろう。
エリクトニオスは母に深く感謝をし、喜んで島に移住してきたが、間もなく、体調を崩してしまった。喉と目が腫れ、呼吸困難になり、目やにが出るようになった。
医者を呼んで診させたら、その原因が「オリーブアレルギー」だとわかったのだ。
それでオリーブの木を伐採させ、島中をチャリオットの練習場にして、練習に励んでいるのだ。
オリーブの木伐採に大反対をした島民は、洞窟に住まわされ、苦しい生活を強いられている。
「ひどい話だわ。エリクトニオスは自分のことしか考えない。島民のことを何だと思っているの!」
「そうなんだよ」
エリクトニオスに従順なふりをしている少数の島民が、洞窟に食べ物を運んでくれるがそれでは十分ではなく、みんな痩せこけている。病気の人も多く、玄関の養父も動けない状態だ。
ジャミルも島に着いてすぐ囚われて洞窟に閉じ込められたのだが、島民の協力で、どうにか洞窟から逃げだすことができた。
「ぼくが助けを連れてきて、みんなを助けますから。それまで、なんとか生きていてください」
とジャミルは島民に約束した。
そして、浜にあった古い舟を見つけ、必死で数日間漕ぎ続けたら陸地が見えてきて、そこに見慣れたふたつの影が手を振っていたのだった。
「ふたりを見た時には、心臓が飛び出すほど、驚いたよ。あんまり会いたかったから、幻を見たのかと思ったよ」
とジャミルが涙声で言った。
「うれしかった」
「わたしもすごくうれしい」
「ぼくもだ」
「島民が、今も、苦しんでいる。早く助け出さなければならないけど、どうすればよいのだろうか」
玄関が顎に手を当てて考えた。ふたりは玄関ならなら、もしかしてよいアイデアを出してくれるかもしれないと思って見つめた。
「わたしに、よい考えがあるわ」
と玄関が凛々しい顔で言った。
ほら、きた。あの時のエヴァンネリだった時の顔だ。やっぱり頼もしい。
昔のエヴァンネリが戻ってきた。ジャミルとハミルは顔を見合わせて頷いた。
あの頃は、問題は何でもエヴァが解決してくれたものだ。
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