俺の妹の価値観は、まちがっている。
それが同じ学校に通う俺―――
まぁ、兄目線じゃなくて客観的に見て評価をするなら、彩華は容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子が揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる完璧人間。
そのせいもあってか、彩華に告白する男どもは後を絶たない。同じ学年の男子だけでなく、全学年の男どもから好意の目を向けられている。ほとんどの男があいつの虜になっているだろう。
……ちなみにだが、彩華と仲良くなりたいからって、たまに俺を仲介役にしようとする男どもがいる。まぁ、主に部活の仲間や後輩連中になるが。ほんと、冗談じゃない。勘弁してくれってんだ。
曰く、「妹さんと遊びたいから、なんとかしてくれない?」だの「先輩の妹さんと仲良くなりたいので、紹介してくれませんか?」だの。あいつ目当ての奴らが、こぞって俺にそんな頼み事をしてくるのだ。
その度に俺は「自分で声かければいいだろ」と断っている。なんであいつを誘うために、俺を経由する必要があるんだよ。直接誘えよ。そんなことだから、振られるんだよ。分かってない馬鹿どもだな、全く。
それと普通なら異性に好かれたりもすれば、同性の女子たちに嫉妬されそうなものだけれど、彩華の場合はそれがない。むしろ、同性の女子たちからも好かれている。
というのも、あいつは男女問わず誰に対しても優しいし、人当たりも良い。だから、女子からも男子からも好かれる。ただ、俺から言わせれば外面が良いだけな気もするが。
こんな感じで彩華は家の外では完全無欠の美少女として名を馳せている。しかし、そんな妹にも当たり前だが欠点はある。というか、致命的な欠陥を抱えていると言った方がいいか。
その欠点とはなんなのか。それは―――
「ねぇ、お兄ちゃん」
ある日の夜。俺がリビングにて我が家のペットであるペロ(犬種はチャウチャウ)のブラッシングをしていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り返るとそこには妹の彩華が立っている。にこやかな笑みを俺に向けており、ご機嫌なことが見て取れた。
ただ、俺はそんな妹の姿……というか服装だな。それを見て思わずため息を吐いてしまう。そんな俺の態度に彩華は頬を膨らませた。
「ちょっとお兄ちゃん。なんでいきなりため息なんてつくの」
「いや、お前のその格好見てたら、ため息の一つも吐きたくなるっての」
俺はそう言ってから、改めて妹の姿を上から下まで眺めた。すると、こいつは何も分かってなさそうな、不思議に思うような表情を浮かべている。
「え、どうして?」
「いや……だってお前。その格好……」
俺はそう言いながらも、再び妹の姿へと目を向ける。そして思わず頭を抱えた。
「上はパーカーで、下は下着だけとか。そんな格好でうろつくなよ」
そう。彩華は上はパーカーを着ているのに、下は下着だけという、なんともはしたない格好をしていたのだった。
ただ、パーカーが妹の体格よりも一回りも大きいぶかぶかの物だったからか、ギリギリのところで下着は丸見えにはなってない。が、それでも際どいラインを攻めている。
それと余談ではあるが……こいつの着ている服、実は俺のお古―――とかじゃなくて、勝手に俺の部屋から強奪されていった物である。
元々は俺が着ていたものだからサイズが合って無いし、袖は余りまくりのダボダボ。そして全くといって似合ってないから、ちゃんとした女の子らしい服を着ろと思う。
「えー? なんでダメなの?」
彩華はそう言いながら首を傾げる。どうやら自分の服装に疑問を抱いていないようだ。
「いや、普通に考えてダメだろ。服ぐらい、ちゃんと着ろっての」
「えー。別にいいじゃん。家の中なんだし」
「家の中だからって、そんな格好はダメだろ。というか、風邪ひくぞ」
「いいもん。その時はお兄ちゃんに看病してもらうから」
「お前、馬鹿なの?」
思わずそう返してしまったが、しかし、彩華は気にする様子もなく笑みを浮かべる。そしてそのまま俺に抱きついてきた。
「そ・れ・に。この格好なら、お兄ちゃんも私の下着姿が見られて役得でしょ? 目の保養になるでしょ? ほら、存分に見ていいんだよ」
彩華はそう言いながら、俺の体に胸を押し付けるようにして抱き着いてくる。その瞬間、パーカー越しでも分かるような柔らかい感触が伝わってきた。
「ね? 素晴らしい提案じゃないかな?」
おそらく、こいつは分かっててやっているんだろう。俺も男であるからこそ、こういった手を打てば衝動や欲求に逆らえないと思っての行動だ。思惑が透けて見え見えである。
「いや、別に」
「へ?」
だからこそ、その思惑に乗らないように俺はそう言って妹を突き放す。というか、そんな魅力も何も感じない提案に乗る方が間違っている。こいつ、実妹だからな。
「てか、離れろ。ペロのブラッシングの途中だろうが」
俺はそう言いながら妹を引きはがした後、ペロのブラッシングを再開する。すると、彩華が不満げな声を上げた。
「むぅー」
「なんだよ」
「お兄ちゃんはさ。私とペロ、どっちが大事なの」
「ペロだな。こいつはお前と違って、ちゃんと言うこと聞くし、可愛いしな」
「ひどっ!?」
そんなやり取りをしながら、俺はペロのブラッシングを続ける。すると、彩華がまた抱き着いてきた。今度は俺の背中に胸を押し付けるようにしてだ。
「おいこら、離れろっての」
「やだー!」
俺がそう言っても彩華は全く離れる気配がない。むしろ、さらに強く抱きしめてくる始末である。こいつ……本当に何がしたいんだ?
「お前がそんなだと、ペロのブラッシングが終わらないんだが」
「ペロのことよりも、私のことを優先してよ! 私の方がお兄ちゃんのことを愛しているんだから!」
「犬相手に張り合ってんじゃねえよ」
俺はそうツッコミを入れつつ、妹の奇行に対してため息を吐く。……と、まぁ、こんな感じで。あいつがどうして告白してくる相手を断り続けているのか。誰か他に好きな相手でもいるのか。
その答えは、口にするのも嫌なんだが……俺のことが好きだから、誰も相手にしていないということだ。つまり、極度のブラコンが理由という訳だ。
完全無欠の美少女のくせして、どうして一番重要な価値観が終わってしまっているのか。これが分からない。
そんなブラコン妹に抱きつかれながらも、俺はペロのブラッシングを続ける。そしてようやく満足がいくまでペロを磨き上げたので、最後に一回だけ頭を撫でてやった。
すると、ペロは嬉しそうに喉を鳴らしながら目を細める。そして感謝をするかのように、ペロは俺の顔を舐めてきた。
「ははっ。くすぐったいっての」
ペロが顔を舐めてくるので、思わず笑みがこぼれる。そんな俺の様子を見て、彩華も羨ましそうに声を上げた。
「あーっ! ズルい! 私も私も、お兄ちゃんの顔を舐めたい!」
「おい、やめろ」
気が狂った妹が顔を舐めようとしてくるのを、俺はそう言いながら手で制して止める。本当にこいつの知能、どうだってるんだ? 俺と相対する時だけ、下がりすぎだろ。
そしてペロに「もういいぞ」と声をかけると、勢い良くこの場から走り去っていった。ペロがリビングから出て行った後、俺は彩華の方に振り返る。
「で、何の用だったんだ?」
「えっ?」
「何か用があって話し掛けたんだろ。お前の格好のせいで、話が逸れたけど」
「あ、あー……えっとぉ……」
俺がそう尋ねると彩華は目を泳がせ始める。そしてしばらく考えた後に口を開いた。
「その、実はね。お兄ちゃんにお願いしたいことがあって」
「へぇー」
ほう、またそれか。俺は興味なさげに返事をしながら、妹の顔をジッと見つめる。こいつが今、何を考えているのかを探るように。
こいつの言うお願いというのは、最早いつものことだ。子供の頃に使っていた所謂、一生のお願いと似たようなものだろう。
ちなみに前回のお願いは一緒にお風呂に入って欲しいという、正気を疑うようなとてもふざけた内容のものだった。
その前のお願いは確か、俺がEDかどうか検査するために病院へ一緒に行って欲しいとか、そんな感じの内容だったな。
まぁ、これ以外にもいろいろとお願いはされてきているが……今回もおそらく、ろくな内容じゃないだろう。
「それで、お願いってなんだ?」
「あ、うん。えっとね……」
俺が尋ねると彩華は言いにくそうにしながらも口を開く。そして―――
「お兄ちゃんってさ。明日のお休み、暇だったりする?」
「……まぁ、暇だな。部活も無くて、用事も無いしな」
「それなら……明日、私とデートしよ?」
そう言いながら彩華は俺に訴え掛けるように、上目遣いで見つめてきた。あざとくも可愛らしいその姿。自らの容姿を最大限に活用できる角度や仕草を熟知しているからこそ、できる芸当だ。
それをこんな場面で使ってくるとか、狙ってやっているとしか思えないが。本当にあざとい奴だな。だからこそ、男どもにモテるんだろうけども。
まぁ、残念ながら俺には通用しないけれども。俺からすればこの妹の仕草は、何やってんだこいつぐらいにしか思わない。
「なんで妹相手にデートしなきゃなんないんだよ」
「だって、お兄ちゃんとデートってしたことないから。ずっとしてみたかったんだもん」
「もん、じゃないだろ。そもそも普通、兄妹でデートなんてしないだろうが」
「いいじゃん、別に。それに……私の初めての人は、お兄ちゃんがいいな」
「誤解を招くような言い方すんなっての」
俺はため息を吐きながらそう返す。人に聞かれたらマズいような発言を平然としやがるから、本当に困ったものだな。
「ねぇ、お願いお兄ちゃん。可愛い妹のささやかなお願い、聞いてくれる?」
「自分で可愛いとか言うな」
「だって事実だし」
「はいはい」
俺はそう言いながら再びため息を吐く。全く、こいつは本当に……。まぁいい、とりあえずこの話はここまでだ。これ以上はキリがないしな。
「とにかく、デートはしない。以上」
「えー……」
俺がそう言うと彩華は不満げな表情を見せる。が、こればっかりは仕方ないだろう。なにせ俺たちは兄妹なんだから。兄妹同士でデートとか、気持ち悪いだろ普通。
だから当然の反応だと思うがな。しかし―――
「じゃあさ」
と、そこで。彩華が何か思いついたように声を上げた。そして俺にある提案をしてきたのである。
「デートじゃなくていいからさ、一緒にお出掛けしよ?」
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