5.復讐の広背筋

 「シフノス王子、貴方に前世の罪もまとめて償ってもらいます!」


「前世……お前、まさか俺と同じ……っ!?っち……!」


 舌打ちをし、上司は逃げようとする。

 しかし、城や民家、林などの空間が見えるにも関わらず、何かにぶつかり弾かれる。


「なっ!?」


 再度試す様に別方向へ向かうが、同様に弾かれ尻餅をつく。

 今度は殴りつけるが、外に突き抜けることは出来ない。


「シフノス王子、逃げるのは止めるのです。ご自身の罪に向き合うのです!」


「あっ!?」


 上司は美しい顔を歪ませアンリちゃんを睨みつける。

 それなのに凛とした佇まいで冷静に説明する。


「私は神々の加護を得ました。貴方が出れないのは、私が加護の力を使って結界を張っているからです。」


「っざけんじゃねーぞ!糞アマがっ!!」


 乱暴な言葉を使い殴りかかろうとするが、届く前に弾かれる。

 それどころか、拳の皮膚が裂け血が吹き出す。


「っあぁぁあああああ!!!」


「……貴方は祈りを捧げるのを怠りました。神々の力によってこの国は守られているのです。

それなのに、信仰心もなく祈りも捧げない貴方が私に手を出すことは出来ません。」


せめて形だけでも祈りを捧げていれば、手を傷つけることなんてなかっただろう。


「っはぁ、祈りなんて、神なんて必要ねぇだろ!っーか、あのさぁ!!なんで俺が逃げる必要あるんだよ!はぁ!?逃げるのはお前達だろう!!なぁ!!」


 叫ぶと、甲冑を身につけた騎士達が一斉に立ち上がった。


「はは、はははは!!俺は王子だぞ!逃げる必要なんてねぇんだよ!ぶぅわぁーーーか!!!身の程を知れクズどもが!!」


「突然のことに我を忘れて逃げた矮小なくせに」


「だ、黙れ!筋肉女が!気持ち悪いんだよ!!」


 大事な筋肉を侮辱された物言いに流石に腹を立て、足を思いっきり高く上げる。

 貴族の令嬢がはしたない行為?

 いや、美しい所作だと言って欲しいわ。


「ぎゃあああ!!!」


その足で踵落としを傷を負った手に追撃する。

ヒールがめり込み、血がさらに吹き出す。

 こいつの血でヒールが汚れてしまうのはかなり嫌だけど必要なことだ。

 それより、アンリちゃんやオルトさんが引きませんように……!


「はや、はやくしろ!てめぇら何をやってんだクズがよぉ!!

こ、こいつら全員殺すんだよ!親もガキも全員だ!!

男は拷問して、お、女は地下牢に幽閉しろぉ!

そこの貴族の女ども逃すなよ!見られてるんだ!全員だよぉ!!」


「最低ね。この貴族の女の子達も、新聞に載ってある行方不明の子たちと似たようなことをしようとしたの?」


「うるせぇ!俺は王子なんだぞ!下民の人間はどう扱ってもいいだろ!俺のなんだよ!

それに貴族なんて、どうせ下民から金を巻き上げてんだろうがよ!!

毎日馬鹿みてぇに舞踏会やらパーティーやら開きやがってよ!!

働カスども!!」


「呆れた。貴方、何も知らないのね。

領地の税金以外にも、事業の収入や、所有する作物からも収入があるのよ。

それに、パーティーを開かなければ落ち目だと見なされて、新しい事業の話や、政治の話など入ってこなくなるの。

営業職なのにそんなのも考えつかなかったのかしら?

そもそも、馬鹿みたいなパーティーを開いてるのは貴方のほうでしょう?」


 オルトさんが紙束を見せつける。


「酒場や娼館に入り浸り、物を壊し、店員や女性達を傷つけた弁償金の金額だ。

王子だからって踏み倒したけど、身分なんか関係ねぇよな?」


 見覚えのあるオルトさんの顔に画面蒼白になったかと思えば、顔を赤くし、苦悶の表情で口汚く周りの騎士達に向かって叫び散らかす。

 騎士達は10、20人は居る。3人に対しては随分な数だ。

 いや、1人に対してか。


「王子……我々はもうついていけません」


 騎士達は一様に武器を下ろす。

 そして、騎士達の背後から中年の女性や、年老いた老人も現れる。

 勿論偶然の奇跡じゃない。

 予め私達が王子の悪事を暴露し、証拠を見せつけるためにここに呼んだ。

 上司の協力してたとはいえ、騎士達は王命をちらつかせ無理矢理に実行していた者達だ。貴族全員で説得して、仲間に引き込んだ。

 

「よくも!よくも私の娘を!」


「孫をどこやった!返せ!!」


 証拠はあったとは言え、認めたくなかったのだろう。被害者の貴族達は真実だと分かり暴れ出す。騎士達は暴動を抑え込むように止める。


 騒ぎを聞きつけ、国民達も家から出てきた。

 泣きはらす貴族の令嬢達と、

 貴族の両親と祖父母が王子に向かって殴りかかろうとしたのを止める騎士達。

 彼らも状況は分かったのだろう。


 鬼のような形相をして王子に殴りかかろうとするが、見えない壁に阻まれてしまう。

 畑からクワやナタを持ってきて壊そうとする様は、上司から見たらこの結界は守りに見えただろう。

 何をしたのか明白だ。

 貴族より国民達を誘拐した方が楽だったのだろう。


 モンスターや野盗を倒して、私に何度も頭を下げて感謝してくれた人達にはとてもじゃないが見えなかった。

 犯人が分かっていたら早く救うことが出来たのか……そう考えると王子について早く調べておけば良かったと後悔が積もる。

 せめて、ここにいる皆の復讐も果たさそう。


「皆様、落ち着いてください!

今、かの悪逆非道な行いをしたシフノス王子ですが、王家の者に手を出せば裁きを受けるのは我々です!」


 私の警告に、少しだけ落ち着きを取り戻し、恨めしげに上司を睨みつける。

 彼はなぜ自分を庇ったのか心底分からないと言った表情だ。

 馬鹿だ、馬鹿だと散々罵倒されてきたが、本当に馬鹿なのは貴方でしたね。


「しかし、彼は本当に王家に相応しいのでしょうか?

国民を誘拐まで企てて暴行しました!

娼館や酒場などの金銭の踏み倒し、神々の祈りを捧げておらず

統治能力に大いに欠如しております!

そのため、王位剥奪を要求します!」


 私の声に大きな怒号があがる。

 それは、賛同の声だ。

 クーデター手前の状況。認めなければ国家転覆が起きるだろう。

 貴族達が8 割認めた時点で、確定なのだ。

 上司は王位剥奪された。


「ふ、ふざけるな!よくも!よくも……!

どいつもこいつも騙しやがって!俺は王子だぞ!俺のおかげで国が回っているんだ!恩を忘れたか!」


「国がまわっているのは国王様とお后様、そして私達貴族と、国民の力によるものです。

酒を飲んで、暴れ回ってる貴方は害悪なだけです」


「ふざけんな、ふざけんな、どうせ、お前そこの男に、たぶらかされたんだろ!」


 そう言ってオルトさんに視線を移す。

 私には力で勝てず、アンリちゃんには加護に逆らえないからって矛先を彼に向けたのか。

 馬鹿な奴。


「俺に愛されたいからって、その愛を貰えなかったからって、そこの男に良いように騙されて、口車に乗って俺を嵌めたんだろ!なぁ!

簡単に股なんか開いてよ糞ビッチが!!

こんな汚い下賎な男どこがいいんだよ!!

は、は、あのさぁ、そんなに言うなら抱いてやるよ!これで満足か!あぁ!!」


「ふざけるな」


 オルトさんが何か言う前に、自分でも驚くほど暗い声が出た。


「てめぇみてぇな奴とオルトさんを比べるまでもないんだよ!

汚い!?妹のために命をかけようとしたこと、私のために体を張ってくれた人、

こんなに優しくて綺麗な人、私は他に知らない!!」


 静寂に包まれ、全員が息を呑む。

 私は構わず、上司の首を掴み高く持ち上げる。

 地面から離れた足は空中でもがき、自由を得ようとするが、叶うことは許さない。


「営業課の部下の名前を言いなさい」


「やめ、離せ!」


「言えッ!!!」


「知らない、そん奴らの名前覚えてねぇ!!」


 私も、私の前にもお前の部下はいたんだぞ。

 今までの自分の努力、アンリちゃんとオルトさんの協力。

 家族を傷つき失ったもの達の苦しみ。


 大胸筋

 三角筋

 広背筋

 上腕二頭筋

 腹斜筋

 脹脛

 ハムストリングス

 腹直筋


 殴るために必要な筋肉に力を込める。

 体を大きく捻る。


「私は、お前を殴るためにここに居る!」


 魔力なしの筋肉だけを使い、上司の顔面を思いっきり殴りつけた!


 呻き声を上げることも出来ず、地面にめり込み、身動き一つ取れず倒れ込んだ。


「連れて行きなさい」


「は、ハッ!」


 騎士達は抱き抱え、お城に逃げ帰る。

 王位剥奪されたとは言え今はここに行くしかないだろう。

 明日は、牢屋だろうが


 上司が消えたことを確認して、アンリちゃんは結界を解いた。

 呆然とした貴族と国民達だったが、城まで追いかける者、私達にお礼を言う者で半数に別れた。


 終わった……。


 殴った拳は、痛くなかったはずなのに感触はずっと残っていた……。

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